山田祥平のRe:config.sys

Nexus 7(2013)、その超えられない線としてのLINE

 Googleのリードデバイス、7型タブレットの「Nexus 7(2013)」の販売が始まった。期待通り、LTE版も発売されるようで、周辺市場が活気づくのは喜ばしい。今回は、この人気タブレットを含めて、7型タブレットの未来について考えてみる。

らくらくスマートフォンとしての7型タブレット

 7型タブレットは、今、もっともホットなカテゴリだと言える。Windows 8.1が8型前後のスモールスクリーンをサポートするようになったことで、日本エイサーの「ICONIA TAB W500」のような製品が注目されたり、先週紹介した「Slate 7」によって巨人HPがこの分野に参入したり、さらには、iPad miniのリニューアルの噂など、話題には事欠かない。

 その一方で、スマートフォンは踊り場のような状態にある。スクリーンは大型化する傾向にあるかと思えば、ドコモのツートップ戦略のもと、小ぶりな「Xperia A」が空前の大ヒットになるなどの現象にも注目すべきだ。これでドコモが次のiPhoneを扱うといったことになれば、スマートフォンからの撤退を表明したNECや、同様の方向性を検討しているというニュースが駆け巡るパナソニックの後を追う国内ベンダーが出てきてもおかしくない状況だ。

 そんな中でのNexus 7(2013)の登場だが、前機種から50gもの軽量化を果たし、重いLTE版でも299gと、300gの壁を超えたことで携帯性が大きく向上している。

 ちなみに、ぼく自身も例外ではないのだが、ある世代以上のユーザーにとって、7型スクリーンというのは「らくらくスマートフォン」的な意味合いもある。スマートフォンのスクリーンが大きくなってきているとはいえ、あのサイズのスクリーンの中で、さまざまな作業をするのが視力的につらい年代だ。だったら、スマートフォンのサイズは小さく抑えて、追加で7型タブレットを携行するという手もある。その世代は、モバイルシーンを牽引してきた年代でもあり、影響力も強い。その層が10型スクリーンの大きさ重さを敬遠し、7型スクリーンを受け入れたことによって広がった市場は、きわめて大きなものになった。

タブレットはパンツのポケットに入らない

 それでも7型タブレットは、持ち歩く唯一のデバイスとしての立場を得ることはできない。そのユーザーのポケットには必ずスマートフォンが入っている。7型タブレットは、パンツのポケットにはスムーズに入らないし、軽量化されて、どんなに携帯性が高まったとしても、いつでもどこでも肌身離さずというわけにはいかないからだ。それに通話だってできないものがほとんどだ。

 つまり、7型タブレットはスマートフォンの環境を補完する立ち位置にある。マルチデバイスの時代というのはそういうことだ。幸い、クラウドは、手持ちのすべてのデバイスで、あらゆるデータを同期することができる環境を実現してくれている。自宅にいる時には、着信音が鳴らない限り、スマートフォンを手に取ることはないという使い方もありだ。多くの場合、それで何の不便もないからだ。

 「多くの場合」と書いたのは、例外になっているキラーサービスがあるからだ。それがLINEだ。今や、若年層のコミュニケーションインフラとして、なくてはならないものに台頭してきているサービスだが、これがマルチデバイスで使われることを、おそらくは意図的に想定しないでいる。

 LINEのサービスは、電話番号とメールアドレスに強く紐付けられている。メールアドレスさえ登録しておけば、アカウントそのものは、どんな端末でも運用可能だが、運用できる端末は1台だけとなっている。例えば、端末AにインストールしてLINEを使っているユーザーが、端末Bを入手してLINEをインストールし、自分のアカウントで使い始めようとすると、端末Aに設定されていたアカウントやそのデータは全部消えてしまう。また、端末を変えても電話番号が変わらない限り、友だちやグループについては引き継がれるが、トーク、いわゆる会話の履歴はきれいさっぱりなくなってしまう。それを残しておくには、会話スレッドごとにバックアップをとっておく必要があるのだ。

 はっきり言って、こんな面倒くさいことはやっていられない。必然的に、LINEの熱心なユーザーであればあるほど1台の端末を唯一のコミュニケーションデバイスとして常用することになる。

 例外はPC環境で、例えば、Windows 8であれば、デスクトップ版のLINE、ストアアプリのLINEが用意されているし、複数台のPCにこれらをインストールしておき、その都度、使うPCを変えることもできる。

 つまり、7型タブレットのPCがあれば、それをスマートフォンに加える2台目のLINE機として使うことができるわけだ。スマートフォンとPCの同時ログインは可能だが、複数台のPCにインストールしていても、それらを同時にログインしっぱなしにはできない。1台のPCでログインすれば、他のPCではログアウトされてしまう。セキュリティの面でもこれは好ましいかもしれない。また、デスクトップ版、ストアアプリ版についても排他ログインとなる。

 それでも、スマートフォン1台とPC 1台は同時にログイン状態にしておけるのだ。AndroidやiOSタブレットは、スマートフォンの仲間なので、それらにインストールしてしまうとスマートフォンの環境が消し去られてしまうのとは、この点が大きく異なる。

 1台の端末にしかインストールできない、Webサービスがないというのは、おそらく意図的に仕組まれた環境だろう。なぜか例外がPC用のアプリであり、PCならスマートフォンへの追加で、日常的なコミュニケーションができるということの便利さに若年層が気がつけば、ひょっとして、UltrabookのようなPCが注目を集めるようなこともあるかもしれない。

キャリアビジネスに影響を与えるLINE

 PCと同様に、LINEがスマートフォンやタブレットなどマルチデバイスでの同時ログオンをサポートするようになれば、おそらくタブレットの市場は今の倍以上になるだろう。タブレットを手に取ろうとしない若年層が少なくないのは、スマートフォンのスクリーンで必要十分な情報を得られるだけの視力があり、気力があるからだが、そうはいっても地図を見たり、Webを楽しんだり、あるいは動画を楽しんだりするならもっと大きなスクリーンがあっても悪くないとは思っている。

 今後、LINEは音楽などコンテンツ販売の強化、そして、物販などをもくろんでいるそうだが、そのときにマルチデバイスでログインして、リッチなスクリーンで物色したいというニーズが高まれば、対応に向かう可能性もある。

 このように、LINEは、サービスとしての基盤が強固なものになるにつれ、端末ベンダーはもちろん、移動体通信のキャリアのビジネスをも左右する力を持ち始めている。

 LINEアカウントは今のところ電話番号に紐付けられてはいるが、メールアドレスはキャリアとは無関係だ。だから、躊躇なくMNPができる。2年ごとにキャリアを行ったり来たりしても困ることは何もないといってもいい。この時点でキャリアメールアドレスはすでに意味を失ってしまっているため、変わってしまっても何の問題もないからだ。

 さらに、マルチデバイス運用が可能になれば、電話番号さえ意味を持たなくなる。モバイルデバイスでのコミュニケーションは、まさにOTTとしてのLINEが牛耳ることになるだろう。かつてのLINEは出逢いの場を提供しているムードが高く、敬遠するユーザー層もあったわけだが、今は、リアルで顔見知りの仲間とのコミュニケーションの場を目指しているように感じる。まさに、電話と同じだ。LINEの支配力が高まれば、キャリアの支配力は相対的に低くなるということでもある。それを厭うなら、そうなる前に、キャリアは自らのビジネスを変革する必要がありそうだ。

 実際、Nexus 7がSIMロックフリーであることから、にわかにMVNOのビジネスも活気づく傾向にあるようだ。

不便と楽しさの両立

 いろんな理由から、7型タブレットは、無くては困るデバイスではなく、あれば便利なデバイスだと言える。そして、その向こう側には10型以上の画面を持つPCが見え隠れしている。PCが必須なユーザーにとっての7型タブレットは、3台目のデバイスだ。いくら便利なものだといっても、3台ものデバイスを携帯してもらうには、かなりのインパクトが必要だ。

 Googleのハングアウト、Facebookのメッセンジャー、MicrosoftのSkypeなど、先行してきたコミュニケーションツールがLINEにかなわないように見えるのは、彼らが便利と実用に重きをおいて訴求してきたからだろう。

 Nexus 7を今の倍売る市場を生成する力を持つためには、不便なことの楽しさをアピールする必要があったということなのかもしれない。そして、それは、かつてキャリアが目指してきたSIMで縛った端末ビジネスそのものだと言うこともできる。

(山田 祥平)