山田祥平のRe:config.sys

通信断下でも賢くなければスマホじゃない

 スマホはすでにコモディティと考えられている。つまり、生活必需品であって贅沢品ではない。あると便利というより、なければ困るレベルだ。だからこそ、そこそこのことが、そこそこできればそれでいいと考えられるようにもなっている。本当にそうなんだろうか。

可能性を世に問う無印/Pro、かたちにする「a」

 Googleが新型スマホ「Pixel 6a」の予約を開始した。発売は来週、7月28日(木曜)だ。2022年5月のGoogle I/Oでは、秋に発売予定のPixel 7/7 Pro、そしてPixel Tabletも同時に発表されている。

 発表時にはGoogleストアでの直販価格が5万3,900円とされていたPixel 6aだが、米国での販売価格は449ドルで売上税を考慮すると500ドル程度だ。

 5月の発表時点での対ドル為替レートに比べれば、今はかなりの円安になっているが、それでも約束通りの価格で予約が開始されている。予期していたのかしていなかったのは分からないが、いきなり25%引きというイメージで、消費者にとっては破格と言ってもいい価格設定だ。

 Google製品のうち「a」の付くPixelは廉価版だとされている。GoogleのスマホとしてのPixelシリーズは、毎年秋にフラグシップを2モデル発売し、翌年夏に廉価版が追いかける。そして、秋が来れば次のフラグシップというステップが繰り返されている。

 「a」が廉価版と書いたが、これは書籍で言えば単行本に対する文庫本のような位置づけと考えてもよさそうだ。あるいは新作映画が配信に降りてくるイメージか。

 書籍については電子書籍の浸透で、その装丁の違いによる付加価値が意味のないものとなってしまった。だが、リアルなハードウェアとしてのスマホでは、ソフトウェア的に提供されるピュアGoogle体験を同等に保ちながら、モノとしての装備の部分でコストカットをし、ほぼ同じ遜色のない体験をより低い価格で提供できる。

 最初に書いたようにPixel 7/7 Proは、すでに発表済みなので、6aは眼中になく、7を楽しみに待つ人もいれば、質実剛健で価格的にもハードルが比較的低い「a」を狙う人もいるだろう。どちらもその期待を裏切らない。

 新しい世代のハードウェアで何ができるかを世に問い、夢をかたちにしたプロトタイプ的な存在が無印版とPro版Pixelで、a版はそのマスプロといったところだろうか。価格の違いはファンドの追加のようなものと言ってもいいかもしれない。

シン・スマホって実はファット

 Pixel 6aは、価格だけを見てミドルレンジスマホと位置づけられることがある。ただ、それが正しい認識かというと、ちょっと違うんじゃないかと思っている。

 コンピュータ的なデバイスとしてのスマホは、制限速度のない世界の住人だ。どんなに処理性能が高くてもつかまることはない。だから、スマホとは言え処理性能が高い方が、結果として使い勝手は高まる。そしてPixel 6aは、コンピュータとしてはハイエンドなスペックを持っている。

 Googleは2021年秋のPixel 6シリーズから自社開発のプロセッサGoogle Tensorを搭載している。Pixel 6aもまた、同じプロセッサを搭載している。Pixel 5aまでのaは、プロセッサが異なるものだったので、どうしても見劣りがして廉価版のイメージをよくないものにしていたが、今回は様子が違う。

 器は違ってもエンジンは同じというイメージか。軽自動車のボディにF1のエンジンを積んだようなものとも言える。3モデル揃ったPixel 6シリーズだが、後追いの6aを含めて全部がハイエンドだ。

 ただ、Pixel 6 Proが12GB、Pixel 6が8GBのメモリを搭載しているのに対して、Pixel 6aは6GBしかメモリがないので、そこには目をつぶる必要がある。やはりメモリは多い方が安心だ。

 スマホの処理性能が高い方がいいというのは、エッジデバイスでの処理が重視されるトレンドがあるからだ。そのことは、Googleも十二分に分かっている。同社はクラウドサービスで世界を変えようとしている企業であると考えられがちだし、実際に、さまざまなクラウドサービスを提供していて、ぼくらはそれらのサービスを本当に便利に使っている。

 Pixelシリーズはそのクラウドサービスをエンドユーザーに対して分かりやすく、そして便利なものとして提供するためのデバイス群だ。考えようによっては、しっかりしたクラウドがあって、そこで稼働するサービスを、しっかりした通信インフラの元で使えれば、スマホに過大な処理性能は要らなくなる。

 言わば「シン・スマホ」として入出力だけができるシンクライアントでいいのかもしれない。今年は、暮らしはもちろん社会そのものを支えるインフラとしての移動体通信ネットワークの障害が、社会生活にどれほど大きな影響を与えるのかを考える機会が多いが、今、手元にあるスマホを機内モードに設定したとき、どれだけ役に立つのかを試してみたことはあるだろうか。

 WebはつながらないしSNSアプリもだめ、当たり前だが、メールも送受信できなければ、メッセージングアプリも使えない。スマホの用途の相当量がつぶされてアウトだ。

 クラウドあってこそ、そこにつながってこそのスマホであることを痛感させられるのだが、これからは、つながっていても出さないことを考える必要もある。だからこそエッジで処理できる仕事を増やす必要がある。

 つまり、プライバシーを外に出さない配慮がハードウェアデバイスとしてのスマホに求められるようになり、ネットワークから切り離された状態でも、スタンドアロンで役に立たなければならない。通信が途絶えても仕事ができなくてはならないのだ。

 リアルタイム翻訳や音声の文字起こし、また、Pixelシリーズのカメラの編集機能で提供される消しゴムマジックや、カモフラージュモードなどがクラウドサービスと遜色のないレスポンスでできるのは、TensorというAI関連機能に優れたプロセッサを搭載しているからだと言っていい。

 仮にネットワークにつながっていて通信ができる状態であっても、プライバシー性の強い情報をクラウドに送ることなく、自前で処理することができれば、そのほうがいいと考えるユーザーは、これから増えていくだろう。

 そのことを求める組織も少なくないはずだ。現在のPixelでは、こうしたAIを駆使したエッジ処理は「ユーザー補助」関連のものが目立つが、今後は、もっと整理されてより簡単に使えるようになっていきそうだ。

 それが新しい当たり前なら、Pixelには、それに対応できる一定レベルのAI処理機能が求められるし、それに応えられるプロセッサはTensorだ。

 めくるめくGoogle体験を提供するための自社ブランドスマホPixelで、そこをけちるのはGoogleにとっても得策ではないし、廉価版からフラグシップまで、すべて同じプロセッサで揃えることで、かえってスケールメリットも出てくる可能性もある。

Google体験のエッセンスを凝縮

 残念ながら、当面はスマホに限らず、電子デバイスは以前よりも高価な存在になるだろう。デバイスが高価になったぶん、収入も向上すればチャラなのだが、日本では悲しいかなそういうわけにもいかなそうだ。

 その一方で、スマホのようなデバイスを通信事業者が契約者へのサービスとして大きく割引いて販売するようなビジネスモデルもどうなるか分からない。

 通信料金の高止まりを招きかねないモデルを排除するのは、健全と言えば健全なのだが、とにかく、本来は高額で当たり前のスマホを、一過的には安く手に入れる方法を探すのが難しい状態が続く。しかも価格上昇の傾向もある。とにかく難しい時期のPixel 6aデビューだ。

 個人的に、コンパクトで軽量なスマホを裸で使うのを好む1ユーザーとして、Pixel 6aの6.1型171gというボディはとても魅力的に感じている。しかも、その使い勝手はPixel 6/6 Proと遜色がない。バッテリの持ちも十分だ。Google体験のエッセンスが凝縮されているように感じる製品になっている。「a」にこういう印象を持つのは初めてだ。

 Pixel 6/6 Proは常用スマホにするには大き過ぎるし重すぎるように感じていて、ポケットに入れてほぼ肌身離さず携行しているメインスマホは今なお151gのPixel 5だ。そのPixel 5からは27gの増加になるが、Pixel 6無印が207g、Pixel 6では210gと極端に重量が増えていたので、今回のダイエットは大歓迎だ。もっとも、秋のPixel 7の重量が未発表なのは気になるにせよ、Pixel 5からのPixel 6aは、乗り換えるには格好の製品だと感じている。