山田祥平のRe:config.sys
話の続きはメールでしよう
2019年8月16日 06:00
多くの人は引っ越しをするし、いくつかの学校を経て職につき、そして、場合によっては転職する。世の中のネットワークリテラシーが大きく高まったこの20年だが、この20年間に自分のメールアドレスが変わっていない人はどのくらいいるだろうか。
組織とメールアドレス
学校時代に所属していた団体の同窓会を15年ほどぶりに開こうとしている。顧問の教授が古希を迎えるそうなので、それをお祝いすることを目的に、秋の開催に向けて有志が集まって準備を進めている。
こういう時代なので、往復はがきを使っての連絡よりも、メールを使って機械可読のかたちでデータと出欠を確認したいのだが、なかなかそうは問屋が卸さない。なにしろ、最高齢から最若手までの年齢の開きは50年近いのだ。高齢の方はメールなどでの連絡は不可能だろうし、中堅でもかつてのメールアドレスを常用しているかどうかはあやしい。そもそも、500名くらいを対象としたくても、全員のメールアドレスを特定するのは至難の業だ。
たまたま15年前に開いた同窓会で収集したメールアドレスの一覧が手元にあるが、そのアドレスに一斉同報した場合、どのくらい宛先不明で戻ってくるか。もっとも、これは住所にしたって同じで、きちんと名簿がメインテナンスされていない限り、戻ってくるのは同じことだ。ハガキとちがって、メールの場合は、郵送料がかからないのがせめてもの救いだ。
インターネットメールアドレスは世界で一意となる個人を特定する。ただ、基本的に組織を前提とするため、組織の出入りに伴って失われたり得られたりが繰り返される。組織から貸与されたメールアドレスの持ち主が5年前と同じ組織に居続けているとは限らないのだ。
今や、メールアドレスがなければ、インターネットでのショッピングもままならない。いろいろな連絡に必ずといっていいほどメールが使われる。だが、それを一生維持するだけのモチベーションがないというのが実状ではないだろうか。
携帯電話番号は一生もの
携帯電話の普及は著しい。携帯電話番号ポータビリティ、いわゆるMNPが始まったのは2006年だが、とくにその後は、メインに使っている携帯電話番号は変更していないという方は多いのではないだろうか。そして携帯電話は個人に属し、さらに引っ越しや婚姻などで番号は変わらないし変えない。だから、15年前の名簿に掲載されている携帯電話番号は今も有効である可能性は高い。固定電話の時代にはそうはいかなかったことを考えると、これはすごいことだと思う。
ただ、MNPの場合、メールアドレスは新規の取得となる。つまり、番号はそのままでも、長年愛用したメールアドレスは新たに取得することになる。MNPによって事業者を変更するユーザーが新しい端末の購入で優遇された時代が長く続いたため、本当なら番号もメールアドレスも同じものを使っていたであろうユーザーも、MNPの誘惑には勝てず、新しいメールアドレスを使うようになったというユーザーは少なくないのではないか。
どっちにしても、そのくらいメールアドレスは、いわば「捨てアカ」であり、こだわりがもたれにくい時代だといってもいい。
とはいえ、スマートフォンの普及は、「捨てアカ」の権化とも言えるフリーメールアドレスの信頼度をグッと向上させた。たとえばGmailはサービス開始からほぼ15年になるが、Androidスマートフォンのユーザーの多くがGmailアドレスを取得してアカウントとして使っている。iPhoneでも同様で、Apple IDと紐付けられたiCloudメールを利用することができる。
メールを役立たずにした犯人は誰
携帯電話事業者は、その気になれば、一生使ってもらえるインターネットメールアドレスのプロバイダーとして機能するビジネスを提供することはできたんじゃないかと思う。MNPのときにメールアドレスも移行できるようにすればよかったのだ。そのためにMNO各社は1つのドメインを共有することを考えてもよかったかもしれない。
だが、なぜかそれをしなかった。MNPでメールアドレスがなくなることを流出をつなぎ止めるための、ささやかな理由にしかできなかった。
だが、MNPユーザーは、長年愛用したメールアドレスにこだわることはなかった。それは、携帯電話に届くメールの多くが迷惑メールだったことと、その迷惑メールを抑止するための方法として、インターネットからのメールをデフォルトで拒否することくらいしか手立てを打てなかったからだ。インターネットからのメールを受信しないアカウントは外とのコミュニケーションを拒否しているに等しい。
その結果、多くの携帯電話ユーザーは、あれだけ愛用したにもかかわらず、携帯メールは役に立たないと、LINEなどのメッセージサービスに移行した。こうなるともう止まらない。メールなんてどうでもいい。メールはめんどうくさい。絵文字やスタンプも使えるシンプルなメッセージがいちばん便利という価値感が生まれる。もはや、その感覚をくつがえすのは難しいだろう。
スマホとアカウントとメールアドレスと
そんなわけで、インターネットメールは組織での仕事や連絡にだけ使うものという考え方がはびこるようになってしまった。組織内での仕事や連絡なのだから、あくまでも事務である。組織を抜けたらもういらない。個人間のプライベートな連絡は別の方法でというわけだ。
Gmailのような個人に向けたメールサービスであっても、そこで取得したメールアドレスを永年使おうという気にならないようだ。ただ、GmailアドレスやiCloudアドレスなどのフリーメールアドレスであっても、それを、GoogleアカウントやApple IDとして使う場合には、ある程度のこだわりをもって使い続けることができるかもしれない。
これらのアカウントを維持することによって、自分のアイデンティティが確立され、スマホの機種変更などでも、新機種へのデータ移行がスムーズに行なえるからだ。
もしかしたら、今、スマホのメインアカウントとして使っているメールアドレスは、一生ものとして使い続けられることになるかもしれない。
ところが、その大事なメールアドレスを本人が記憶していないケースが少なくないのだ。月間アクティブユーザー数が15億人という巨大なサービスで新規アカウントを取得するさいに、簡単なアルファベットの組み合わせで望み通りのアドレスを取得するのは難しい。たいていは、アルファベット+数字などの組み合わせで一意性を担保しなければならない。@の右側が gmail.com だけなので余計に難しかったりするわけだ。
そうして取得したアドレスはサービスからの候補提案だったりもするため、自分ではexample@gmail.comを取得したつもりになっていて、現実には、example1995@gmail.comが本当のアドレスだったりするのだ。そのあたりで混乱してしまい、自分はexample@gmail.comを取得したと思い込む。で、うまくログインできず、また新たに取得しなおしといったことを繰り返す。本来のexample@gmail.comの持ち主にはこのうえない迷惑だ。
よく連絡する相手の携帯電話番号、さらには自分の電話番号でさえ覚えていないのが新しい当たり前になりつつある今、メールアドレスを正確に記憶して、同じものを一生常用しろというのは無茶な話かもしれない。だが、特定のサービスプロバイダーに依存することなく、あらゆる方法で維持できるのがインターネットメールアドレスだ。これからの数十年、いろいろなことがあるとは思うが、最後まで残るとしたら、それはインターネットメールだろう。なんとか復権の道を探せないものだろうか。