山田祥平のRe:config.sys

ビジネスとAIが歩むハイウェイのインターチェンジ

 AIという言葉が蔓延している。ちょっとした自動化はすべてAIと称すればトレンディというイメージだ。それでもAIは日々、進化を遂げている。これからの暮らしにAIがもたらす変化について考えてみた。

AI神話を否定

 企業の意思決定者やマーケッターの業務を支援するAIを提供する企業として知られるAppierのチーフAIサイエンティストのミン・スン氏が、AIをめぐる声明を発表した。「人工知能をめぐる神話と現実」と題するもので2つの神話を否定するものだ。

 1つ目の神話は「AIはすでに人間の能力を凌駕しており、私たち人間が意識決定を行なうよりも、正しく決断ができる」というもの。

 AI技術には、人類が持つ能力の多くがまだ欠けていて、同情や共感能力を持っていないうえに、ニュアンスを理解することはできないとする。AIが定型の作業を肩代わりすることで、たとえば医師の時間を節約することはできるが、依然として人間自身がデータを分析し、過去の経験や知識、事例などに基づいて正しい診断を行ない、患者が納得できる形で伝える必要があるという。こうしたことは現在のAIには不可能だというのだ。

 もう1つの神話は、「現在のようなスピードでAIシステムの技術開発が進めば、間もなくAIとロボットが世界を支配するようになる」というもの。

 こちらについては、人間は“人間のように行動する”AIを必要としないと言い切る。ただ、AIは膨大なデータを分析・処理するなど、人間があまり得意でないことを得意とすることから、人間のチームメイトのようにはなり、感情・思いやり・創造性などを得意とする人間と、論理・規模・速度が得意なAIのツールやソリューションを組み合わせることでベストのチームメイトとなり、人間はAIの実装に不安を感じるのではなく、興奮を感じるはずだという。それによって人間は、人間にとって重要なことにもっと時間を費やすことができるようになるとスン氏はいう。つまり、協調はあっても、人間が望まないから支配はないということになる。

AIは人間を超えているって本当か

 2015年に、Microsoft Reserch AsiaのDr. Hsiao-Wuen Hon氏に話をきいたことがあった。そのとき彼は、AIは危険だという人もいるが、その心配はないと言っていた。将来的には頭脳を持つだろうし、機械にはいろんなことができるが、それをチョイスするのは人間だからだというのが博士の見解だった。マシンはルーチンワークを代わりにやっているにすぎず、マシンが新しいアルゴリズムを書くということは今のところないとした上で、ヒューマンとマシンでスーパーマンになるのではないかと楽天的に考えているという話だった。

 あれから4年が過ぎたいま、別件でマイクロソフトを取材したさいに、同社では、画像認識、音声認識、機械翻訳、文章読解力においてはAIが人間を超え始めているという同社の見解にフォーカスした。2040年には人間を超えるAIが登場するという予測もあった。現代のAIシステムは、訓練された特定の課題にはうまく対処できるが、世界が直面している最も困難な問題にAIシステムで対応するには、複数のAI技術を汎化したうえで熟達させなければならないと同社では考えているようだ。

 Appierのミン・スン氏、MSRAのDr. Hsiao-Wuen Hon氏も、同様の方向性でAIをとらえているように思う。そういう意味ではここ数年のスパンでは状況は変わっていないともいえる。

デジタル前提のAI

 そのミン・スン氏が来日したので話をきいてきた。

 1960年頃、聖域である人間のインテリジェンスを機械にもたせることができないかということから始まったAI研究だが、それはいま、幅広いタスクに影響を与えるようになったとスン氏はいう。さまざまなデジタルマーケティングに使われるようになり、AIの技術はどこに適用すればいいのか、効果のあるところとないところなどもわかってきたともいう。

 現在のAIはディープラーニングによって生のデータを読み込み、そこからコンセプトを抽出することができるようになっている。30年ほど前まで、キーワードのマッチングは、一字一句合致しなければならなかったが、いまはAIが、パラグラフの中で言葉がどのように使われているかを認識し、データから学ぶことができる。AIの最初の30年は人間の知識を追求し、ナレッジグラフをつくって、それをソフトで使うことが想定されてきたが、次のフェーズとして、知識を書き留めるというあまりにもたいへんな作業から人間を解放し、マシンラーニングでインターネット上のテキストから自分で学ぶことができるようになった。当然、インターネットにある情報はデジタルデータだ。イメージもデジタルだ。これらを人が書き留めるよりずっとカンタンに情報として収集することができる。

 そうはいっても、デジタル化されていないかぎり、新しいアプローチを導くのは難しい。いま、重要なのは、かつて、人が経験したことがあるかどうかよりも、そのことがデジタル化されているかどうかで、膨大なデータのなかには人の経験に基づかないこともあるとスン氏は指摘する。

 たとえば、ニュースとフェイクニュースの判別は今のAIには難しいかもしれないとスン氏はいう。なぜなら、どちらも人間が意図的に作っているからだ。人間にとってもも判別が微妙でだからこそフェイクニュースに人間は混乱させられる。ところが、物語と新聞記事はカンタンに区別することができる。その技術はすでに確立されているらしい。

AIには人間の力が必要

 スン氏がAIの世界に入ったのは15年前だ。カレッジ時代に電子工学を専攻したあと、スタンフォードに修士過程のために入学した当時、最初の講義がアナログの回路を設計する講義だったという。回路を人間が微調整してパラメータを決める仕組みを学んだりしていたそうだが、そんなときに、別の講義で機械学習のクラスがあり、機械を教育してパラメータ調整をさせることができるということを知った。それなら自分がやる必要はないと判断し、AIの世界に入ったのだそうだ。それが2005年で、以来AIの世界に没頭することになったというから人生はわからない。

 失望はそれをよくすることにつながるし、チャレンジであるとスン氏はいう。新しい技術の誕生につながるたくさんの経験をすることが必要なのに、リサーチャーやAIのエクスパートは人がサービスを使えるようにするのがいかにたいへんかということをわかっていないとスン氏は指摘する。

 だからこそ、AIのビジネス応用に興味をもち、アカデミックの世界から、ビジネスの世界に入ってきたというスン氏。

 AIにアルゴリズムは作れるのかどうかときくと、AI自身は人間がデザインしているし、シンセサイズプログラムといってAIが合成するプログラムも存在することを前提に、人間がプログラムすると苦しい反復の作業があるが、AIはそれを苦にしないため、一定レベルのプログラムならAIで作れるという。そしてAIがAIを作れるともスン氏はいう。もっとも例外のところもあって、常に上には人間がいる点では昔と何も変わっていないのだそうだ。AIとAIを組み合わせてAIを作れるとしても、AIは自分が何をしたいのかわからない以上は、人間の力が必要だ。

 いま、高みにいくという面と、幅を拡げるというのとの両面でAIは進化している。もう一段階上にいくには、まず人間が考えなければならないとスン氏。今はできないにしても、自分で自分を高めるようになればAIがAIを作れるようになる。でも、そういう環境はこれから10年経ってもおきないとスン氏は予測する。そういう研究をしている人もいるようで、AIが意志を持つことを証明しようとしているらしいが、純粋な研究であって、実用に向けたものではないらしい。

 いまは、AI活用のエコノミカルモチベーションが必要で、ビジネスとAIというふたつの視点の交差点を見つけたいとスン氏。これから20年間の人々の暮らしを底支えするために、いかにAIが貢献できるかということを考える必要があると考えているようだ。どんなに原始的な自動化でもAIと呼んでしまうトレンドは、あながち間違ってはいないような気がしてきた。それによって人間自身が高みにあがれる。それこそが、スン氏のいう視点の交差点だからだ。