山田祥平のRe:config.sys

モノよりコトを求める現代版の錬金術

 壮大なワリカンといわれるインターネット。そのワリカンはトラフィックに要するコストのみならず、われわれの情報の消費者としての行動が分析され、きわめて確からしい情報の提供につながり、そしてそれが次の購買に結びつき、売る側も買う側もハッピーという循環を生み出す。それがデジタルマーケティングであり、少なくとも今は真理かもしれない。

信頼関係あってこそのさらけだし

 Adobeの年次イベント「SYMPOSIUM」が開催された。10回目となる今年(2019年)はデジタルマーケティングプラットフォームの雄として知られるマルケトの統合後、最初の開催となる。基調講演の冒頭には #PrayForKyoani のハッシュタグを掲げ、京アニ事件の犠牲者への追悼があった。そこはなんといってもクリエイターを支援してきたAdobeらしいといえばAdobeらしい。

 ただ、Adobeのもう1つの顔として、世界のマーケッターを支援するプラットフォームを提供する企業としての面がある。今回のイベントは、そちらにフォーカスしたものだ。

 冒頭に書いたように、インターネットでは情報の消費者としての行動が、逐一収集され、個人を特定し、確からしい情報が提供されている。その確からしさをより確からしくするためのプラットフォームがAdobe Experience Cloudだ。

 デジタルマーケティングは顧客のトレーサビリティを前提にしたテクノロジーだ。つまり、顧客を特定するし、それができることを前提にしている。Adobeは、クリエーター向けのアプリケーションをソフトウェアパッケージとしての提供から、サブスクリプションモデルにシフトすることで大きな成功を手に入れたが、サブスクリプションはユーザー顧客を特定し、その行動を把握するための方法論としてとてもすぐれている。Adobeがそうしたのは賢明だといえるだろうし、こうした時代の到来を見越していた結果ともいえる。

 ただ、こうして顧客が喜んで行動情報を提供するという、このような時代をAdobeはいつまで続くと考えているのだろう。というのも、情報を外に出さないことが当たり前の世のなかになりつつあるからだ。

 そこには、企業に対する顧客の忠誠心、信頼感と、顧客自身のトレーサビリティが密接に関連してくる。客側は、自分自身がトレースされることを許諾することが前提になるからだ。要するに、モノではなくコトを買わせることでトレーサビリティを確保するというのがデジタルマーケティングのポイントだ。

 今、キャッシュレスやQRコードによる決済がホットな話題となっている。現金で商品を購入するという行為は、個人を特定しにくい。だから、売る側はポイントカードやマイレージといった、あの手この手で購入者を特定しようとする。ポイントやマイルは買い物体験を特定の個人と結びつけるので、企業側にとっては次のアクションを起こすための材料となる。

 消費者側としては、ポイントやマイルを使ってトクをする仕組みにもなる。つまり、お互い様だし、それが壮大なワリカンとなっていく。こうして、買い物というモノの交換の仕組みは、モノを買うというコトの体験にすりかわる。

 こうした循環を成立させるには、消費者と企業との間の信頼関係が必要だ。エンゲージングと呼ばれているが、それをどう深めるかが重要になってくる。Adobeの会長、社長兼CEOのシャンタヌ・ナラヤン氏は、カンファレンスの基調講演後に会見し、完全な透明性を担保することが重要で、知り得た情報をどう使うか、すべてをオープンにして信頼性と透明性を担保、データがセーフガードされていることが保証されていれば、消費者は情報を出してくれるのだと、このビジネスの優位性をアピールした。

個人情報のガードリテラシーもトレンド

 一方、今の世のなかは個人情報をガードする方向にも動いている。マカフィーなどのセキュリティ関連企業は、自分自身の情報は常に誰かに監視されていることを意識する必要があり、そのことを自覚するリテラシーを持たなければならないという。

 ところが、多くの消費者は、うすうすそのことを気づいていながら、それが自分のメリットにつながるなら、ある程度は許容しなければならないと思っている。それは、TVの民放で、番組の間に流されるCMを仕方がないとする気持ちに通じる。ブラウザを使ってインターネットを徘徊していても、ページに表示される広告類が自分の行動に基づいて表示されているのを、ちょっと怖いし気持ちが悪いと感じながらも、そのおかげでタダで情報が得られるのだから仕方がないとあきらめているし、まれに、その広告をクリックして、購買の行動につなげてしまうこともある。

 ネコが見ていても1%といわれるTVの視聴率だが、そのCMは誰が見ているのかわからない状態でオンエアされる。たまには響くものもあれば、ちっとも響かないものもある。送り手側は時間帯によるセグメンテーションでコンテンツ内容やCMスポンサーを選りすぐり、特定の視聴者層をターゲットにしようとするのだが、ビデオレコーダーなどの浸透がその確率を下げる結果になってしまっている。

 近い将来、そのTVの道と同じような運命に陥りそうだったWebの世界に、確率の高いターゲティングをもたらしたデジタルマーケティング。各企業は、これからその威力を堪能するつもりで取り組んでいるようだ。

タダでは何ももらえない

 ダークウェブの世界では、特殊なブラウザと特殊な検索エンジンを使い、誰がどこからきて何をしたのかを特定できない環境で悪事が働かれているという。取引に使われるのも仮想通貨でやりとりの特定が困難だ。取引後の商品がどのようにして消費者の手元に届くのかは知る由もないが、なんでもあるとされるダークウェブの世界、マーケットで扱われる商品も、デジタルデータである可能性は高い。それなら匿名性を保つこともできそうだ。

 そういう環境が、一般消費者の楽しむWebの世界で当たり前になれば、デジタルマーケティングのもくろみは崩れ去ってしまうかもしれない。

 それはいいことなのか、悪いことなのか。この世のなか、何もタダでは手に入らない。代償としては、それなりのものが必要だ。

 Adobeが電通デジタルといっしょにEdelman Japan 調査部門に委託し、2019年7月に日本の20~60代の1,000人を対象にデジタル体験について実施したオンライン調査「消費者のデジタル体験に関するインサイトリサーチ」調査によれば、約6割(61.7%)の消費者が企業のマーケティング活動においてネットの検索履歴や購買履歴が参照されていると認識しているにもかかわらず、「参照されたくない」という回答は約5割(53.5%)に留まったという。

 また、「個人情報」のなかで、どのようなデータであれば参照されてもかまわないか聞いたところ、「性別/年齢」(37.1%)や「趣味/興味/関心」(22.2%)は比較的高い結果だったのに対して、「転職や引越のようなライフスタイルの変化」(2.2%)は低い結果となったそうだ。

 消費者が自分にとってメリットのあるデジタル体験を積み重ねるなかで、参照されてもかまわないと感じるポテンシャルがあることを表していると、彼らは結論づけている。両方がトクをするならいいじゃないかというわけだ。「今後、消費者にメリットがあるデジタル体験が増えれば、ライフスタイルの変化についても企業に公開してもよい情報としての認識が高まることが期待されます」という展望、果たして、いつまで真理であり続けられるのだろうか。