山田祥平のRe:config.sys

変わったけれども変わっていないMicrosoft

 今のMicrosoftがどのような考えでビジネスを進めているのかを包括的に説明するというので、米ワシントン州レドモンドにあるMicrosoftコーポレーションの本社キャンパスを訪ねてきた。「自分がクールになりたいならMicrosoftにこなくていい。ほかの人をクールにしたいならMicrosoftにきてほしい」という同社だが、今、改めて、どんな企業なのかを考えてみる。

Microsoftってどんな会社?

 米Microsoftにはチーフストーリーテラーという役職がある。同社がビジョンや戦略を語るときの文脈を考え、その表現を練る立場で、企業としてのMicrosoftを、どのように世界に対して印象づけるかにさいして、きわめて重要な役割を担う。同社のコミュニケーション部門もその傘下にある。

 そのチーフストーリーテラーであるスティーブ・クレイトン氏は、今のMicrosoftが20年前とは大きく異なる企業であり、さらには5年前に著しい変化を遂げたという。サティア・ナデラ氏がCEOに就任した2014年以降、会社そのもののミッション、文化が変わったことを受け、同社は会社としてのミッションステートメントを作り直した。

 それまでのMicrosoftは創業以来の社是である「コンピュータをすべての机、すべての家庭に」という43年前のステートメントを主張し続けていたわけだが、それはとっくにかなえられた。世のなかが大きく変わったのに、そのことに対するイマジネーションをしっかりもっていなかったとクレイトン氏は述懐する。

 そして新たに作られたミッションステートメントが、今、同社が繰り返しアピールしている「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする」というものだ。

 もし、Microsoftがなくなったらこの世界はどうなるのか。Microsoftがこの世のなかでユニークである点はなにか、それらをじっくりと考えた結果としてのステートメントだ。以来、一度、同社を去った社員が戻ってくるケースも目立つようになったという。

 今のMicrosoftは、約13万人が120カ国で働いて成立する巨大な企業なわけだが、世間が同社に対して持っているイメージは、それぞれでまったく異なるものらしい。もはやWindowsやOfficeの会社というわけではないようだ。

 子どもにとってはマインクラフトの会社だし、一部の人々にとってはセキュリティの会社、また別の人々にとってはマウスとキーボードの会社であり、さらには退役軍人を手助けする会社だと思っている人もいるそうだ。いずれにしても同社内の文化は多様化し、さまざまな才能、スキルを持つ人によって構成されている。

人そのものがモビリティ

 今、Microsoftが注力するインテリジェントエッジとインテリジェントクラウドだが、散乱しているコンピューティングの世界のなかで、エッジの領域にスマートフォンをはじめとしてさまざまな端末が出てきたことを受け、同社はクラウド指向に大きく舵をきった。その根底にあるのは「実際にモビリティを持つのは人間だ」という考え方だ。スマートフォンをテーブルに置いたままでは人間が動いたときにスマートフォンがあとをついてこない。当たり前のことだが、スマートフォンを持てばそれがモバイルという考え方を覆す。

 そして同社は、人間が存在する環境にこそコンピューティングが組み込まれることが必要だと考えた。だからこそのAzureプラットフォームであり、そこにDynamicsから、Microsoft 365、そしてゲーミングまで、ありとあらゆるソリューションをのせてしまったわけだ。

 いずれにしても今のMicrosoftには複数のビジネスモデルがある。1つがこけても別のところで別の賭けができるとクレイトン氏はいう。だからこそ時価総額トップの座を維持できるのだそうだ。同氏は変わることを怖れなくなったと同時に、変わらなければならないという兆しも感じているようだ。

 ジョン・フリードマン氏(デザイン&リサーチ担当 コーポレートバイスプレジデント)は、Microsoftは過去においてデザインの会社ではなかったが、今は、ソフトウェアデザインを重要視するようになっているという。彼らが注力しているのは人間の行動を考慮し、人間を中心にしたデザインだ。モダンライフを生きるなかで、人はなにを必要とするのか。しかも、その人は種々雑多だ。今や、職場に5つの世代の人々が混在している時代である。そして世代ごとに異なるニーズを持っている。

 さらに、仕事がいろいろな場所でできる時代である。Officeスウィートだけでも10億人のユーザーを抱えるMicrosoftだが、そのソフトウェアデザインをほんの少しいじるだけでもビジネスチャンスは変化するという。だからこそ、エンドユーザーが可能なかぎりのパワーを発揮できるように、使い方、考え方、行動パターンを考慮してデザインする。

 あちこちからきこえてくるのは「変えるな」という要望だ。同社のOfficeスウィートを長く使っているユーザーは、クラシックなリボンに慣れ親しんでいる。いや、単なるツールバーボタンでよかったという人もいるかもしれない。だが、若い世代の人々は、モダンなコンピューティングが当たり前だと感じ、シンプルなものを求める。

 もし、Microsoftだけがソフトウェアメーカーであるなら、変える必要はないとフリードマン氏は言う。だが、競合他社はたくさんある。顧客の期待も変わる。バランスが必要だが変化も必要だ。人間の脳はユニバーサルオペレーティングシステムだとクレイトン氏は笑う。ソフトウェアを使うときには、人間の脳のように機能するようにしたいと考えているそうだ。

 ちなみに、同氏が率いるデザイナー陣は、仕事をするスペースをたがいに見えるようにしたことで、デザインに広がりを持つようになったという。かつて、同社のオフィスは、ひとりひとりが個室を持っていたり、高いパーティションで仕切られた密室的なスペースで、個々のプライバシーを守ることが優先されていたが、今はそうではない。それも、近年で大きく変わった面だという。

変わったけれども変わらない

 レドモンドのMicrosoft本社には、個人的におそらく10回以上は行なっていると思うが、最初に訪問したのはオフィス機器とPCの統合環境として「Microsoft At Work」の発表会をニューヨークで開催したのを視察し、その帰りのことだったので、1993年のはずだ。すでに四半世紀が経過しているわけだが、規模は桁違いに大きくなっているものの、彼らがいうほどあまり印象は変わらないというのが正直なところだ。

 今回、同社で受けたレクチャーでは、いろいろな肩書きをもち、異なる立場の異なる視点で、今のMicrosoftを語ってくれたのだが、個人的には、当時の自由な感じに回帰しているようにも感じた。もしかしたら、そうではなかったギスギスした時代があって、そのときには同社を訪問する機会もなく、ぼくが知らないMicrosoftが存在していて、その渦中で、彼らはいろいろな葛藤を感じていたのかもしれない。そんなMicrosoftに、なんとなく人間らしさが感じられた有意義な訪問だった。