山田祥平のRe:config.sys
ポケモンGOよりAmazon Go
2019年6月14日 06:00
リテールの業界で、無人で決済ができるAmazon Goが注目されている。以前にシアトルを訪問した時点では一般への開放がまだだったが、久しぶりにシアトルにきて初めて体験することができた。確かに未来がそこにあるような気もする。その反面、それがどうしたという気持ちもあったりするわけで……。
スーパーマーケットの未来感
小学生の頃、実家のある田舎町に最初のスーパーマーケットができて、その買い物を最初に体験したときのことは、今でも覚えている。店を訪ねて挨拶をして、なにがほしいかを伝えて、包んでもらってカネを払うというそれまで慣れ親しんだ一連の買い物体験は、そこにはなかった。並んでいる品物から目的のものを自分で探し出し、勝手にカゴに入れて、レジに並び、そこで初めて人間に接してカネを払うのだ。たぶん小学生の低学年の頃だったと思う。衝撃的だった。
Amazon Goはどうか。
訪ねたのは、シアトルのダウンタウンにある店舗で、中くらいのコンビニ程度のサイズ感だ。利用するにはアプリのインストールが必要だ。これは日本のAmazonのユーザーなら、自分が登録しているアカウントとクレジットカードがそのまま使える。アプリをインストールしてクレジットカードを指定すればそれでOKだ。
入店前にアプリを開くとQRコードが表示されるので、それを入店時に改札機的なゲートでリーダに読み取らせる。入店手続きはそれだけだ。
店内に入って品物を物色する。並んでいる品物の多くは食料品で単価もそれほど高くはない。そうは言っても数十ドルのワインなどもあったりする。ただし、酒のコーナーには係の人がいて、未成年が酒を持ち出さないように監視しているようだ。
買い物客の一挙手一投足は天井などに多数取り付けられたカメラで監視され、商品を手にした、手元のカバンに入れた、棚に戻したといったことをチェックしているようだ。ただ、持ち帰りに使うバッグ、いわゆるレジ袋については、店舗内に置かれているものを自分でいくつとったかをアプリに登録する必要がある。現時点での設備では、何枚袋をとったのかを入手するのが難しいのかもしれない。
今回は、ドクターペッパーの350ミリリットル缶を1つだけ手にして店を出た。店を出るさいにはゲートを通るだけで、チェックアウト的な行為としてリーダにQRコードを再度読ませるといった手続きは必要ない。そして、店を出て、買った、というか持ち出したばかりの冷えたドクターペッパーを開けて飲み干す。
この時点では、まだ決済は終わっていない。10分程度すると決済が終わったことがアプリに表示され、今、なにを持ち出し、それがいくらだったかといったレシートとして確認することができる。また、それとは別に半日後くらいにレシートがメールで届く。買い物の間にはいっさい人間との会話はないし、そもそも店舗内にスタッフの姿はそれほど見当たらない。機械処理のためになにかを能動的に伝える作業をしたわけでもない。棚から品物を取り出して店を出ただけだ。
いったいどうすれば万引きができるのだろうかと考えてしまう。万引きができたら1,000ドルプレゼントといったキャンペーンでもやってくれれば、あの手この手でチャレンジする輩が出てくるのだろうか。でも、今の時点でそういう話は聞かない。
データセンターつきコンビニ
これらの一連の買い物体験で、いったいどのくらいの量のデータトラフィックがあるのかは知る由もないが、いろんな方面からの話を統合すると、店舗のサイズにもよるだろうが、どうも一般的なギガビット程度のインターネット接続帯域では難しいくらいの量のトラフィックになるのだそうだ。
となれば、買い物客の動きを検知するために設置されるカメラのコストはもちろん、その情報を処理するところまでの作業を店舗ローカルですませる必要がある。そのために、売り場のバックヤードには売り場面積に匹敵するか、あるいはそれ以上の計算機リソースが必要になり、まるでデータセンターのような様相にならざるを得ないという。つまり、膨大なコストがかかる。
無人店舗にはコストがかかり、経営側にとってモトがとれるのはごくかぎられた店舗のみで、それより人件費のほうが安上がりになるというようなことがよく言われるのだが、Amazon Goの場合、比較される計算機リソースが現時点では天文学的な金額になるというわけだ。
それだけのコストがかかってしまうことをわかっていても、Amazonがこうした店舗を実験的に展開しようとしているのは、やはり小売り業界の未来が確実にそういう方向を向いていることを確信しているからなのだろう。いや、確信というよりも、そう持っていきたいという意志に近いものを感じる。
そういう意味では日本の各社が提供しようとしている無人店舗のソリューションはかなり現実的なものだ。店舗を訪れた顧客は店舗にチェックインしてチェックアウトする必要があり、人間が商品を手に取る様子は重量センサーなどですませ、セルフレジで初めて画像認識等を行ない決済を手動で行なうようなもので、コストの点ではそれほど大きくはならない。これなら人件費よりも安上がりだということの説得力もある。だからとても現実的だ。
手が届け未来
もっとも現時点では帯域やコンピュータリソースの点で採算に合わないようなソリューションであっても、ごく短時間でテクノロジが解決してしまう可能性は高い。そこに今、リソースを投入できるかどうか、そのための研究開発費を調達できるかどうかは、近い将来の業界構図に大きな影響を与えるだろう。
少なくとも、Amazon Goの無人店舗は、自分が50年以上前に体験したスーパーマーケットでの買い物より、はるかに未来だ。半世紀経てば、こういうことも起こるのだと痛感する。1990年代初めに米ラスベガスのCOMDEXで見たビル・ゲイツの基調講演で、コーヒーを携帯端末で購入するシーンがあったが、その体験はごくごく短期間で、おサイフケータイのようなかたちで現実のものになった。10年間はかからなかったのだ。
そういう意味ではAmazon Goのような店舗形態が新しい当たり前になるのに、そんなに時間はかからないのかもしれない。それで失われる雇用も多いが、生まれる雇用も多い。革命という言葉はあまり使いたくはないのだが、やはりそれは1つの産業革命なのだろうと実感した。