山田祥平のRe:config.sys
モバイルディスプレイの誘惑
2018年8月31日 06:00
マルチディスプレイ環境は諸刃の剣かもしれない。ノートPCの1枚画面での作業が妙に窮屈で使いにくく感じてしまうからだ。そのことがかえって、いつでもどこでも作業をするためのスキルを落としてしまうことにもなりかねないのだが、一度その便利さを知ってしまうと、もうもとには戻れない。だからいつも持ち歩く。
ケーブル1本で映像と電力を入力
ドイツ・ベルリンで開催されている消費者向けエレクトロニクスの展示会IFAの取材にやってきた。いつもの出張と同様にモバイルディスプレイを連れてきた。しかも今回はUSB Type-Cディスプレイを2台だ。1台は発売されたばかりのデルのP2419HC 、もう1台は日本未発売のHP S14だ。
冒頭の写真は今回宿泊したホテルの部屋でのセッティングで、左端が富士通のLIFEBOOK UH、まんなかがS14、右端がP2419HCだ。さらにキーボードとマウスを外付けしている。こういう使い方をすると、LIFEBOOKにType-Cポートがもう1つあったらいいのにと思う。
編集部からお叱りの注釈が入る前にお断りしておくと、前者は一般的な薄型軽量ディスプレイを持ち出しているだけで、デルとしてモバイルディスプレイを謳っているわけではない(もうモバイルじゃないとは言わせない参照)。また、後者については日本での発売は未定だが、すでに米国で出荷されているものを評価させてもらっている。
デルP2419HCについては以前に紹介しているので、今回はHP S14について見ていくことにしよう。
このディスプレイは正真正銘のモバイルディスプレイとしてHPが謳っている製品だ。画面サイズは14型で、潔いことに、入力用に装備されているのはUSB Type-C 端子1つだけだ。この端子を使って映像を入力すると同時に、電源もバスパワーでまかなう。Power Delivery(PD)対応かどうかは不問でType-C Currentでの稼働ができるようだ。Typical電力が5Wなので、1.5Aしか供給できなくても使えてしまうようだ。
重量は約1kgで後発製品としてはちょっと重いが、厚みは9mmしかない。添付品として画面の表面を覆えることに加え、風呂蓋のように折り返してスタンドにもなるカバーがついている。この重量を加えるともっと重くなるということだ。100均で買えるようなタブレット用のスタンドで代用し、もっと軽いケースを探すなり、裸で持ち運ぶほうが負担は少なそうだ。今回のIFAでは15.6型世界最軽990gのAcer Swift 5が発表されたりしたので重量についてはもう少しがんばってほしかったところだ。
映像はType-CのAlt ModeでのDisplayPortに加え、Thunderboltでの入力も可能になっているのは、先行製品に対する優位性と考えてもいいかもしれない。また、アスペクト比は16:9のフルHDまでの対応となっている。ケーブルについては、USB 3.0以降のものが必要で、2.0のみ対応の充電ケーブルでは表示ができない。つまり、1mを超えるケーブルは使えないということでもある。
接続はシンプルなほうがいい
ケーブル1本で接続するだけで映るというのはとても便利に感じる。ビジネスマンが会社の機密情報を含む書類をカフェやコワーキングスペースなどの人目のあるところで大画面表示するといった使い方は難しそうだが、訪問先の応接室や会議室などで相手に対して簡単なプレゼンをするといった用途では、プレゼンを見る側、見せる側で対面して同じ画面を見たりすることもできるので重宝するのではないだろうか。
PCのバッテリが十分にあれば、数十分間のプレゼンでも困らないはずで、電源アダプタを持ち込み、コンセントを探して借りてといった煩雑な作業をすることなく、スンナリとプレゼンに入ることができる。働き方改革が進むなかで、自宅で込み入った作業をするような場合にも便利さを感じられるはずだ。
本体右側面にはType-Cポート、左側面には電源ボタン、そして、左下側面に各種設定用の4つのボタンが装備され、輝度やコントラスト、カラーなどを調整することができる。この設定はまずいじることはないだろう。電源ボタンも明示的にオフにするときに使うだけで、Type-CケーブルでPCと接続し、電源が供給されれば、電源ボタンにふれることなく表示がスタートするので本当にケーブルをつなぐだけで使える。じつに気軽だ。
Type-Aでも出力したいとか、せめてHDMI入力ができればといったニーズもあるとは思うが、それをあえて切り捨てた大胆さに感心する。HPのような巨大なベンダーがこうした製品を提供するというのは意味がある。今後、ノートPCからはUSB Type-A端子は消え、映像専用の出力端子もなくなるに違いないからだ。その遷移は早いほうがいい。未だにVGA端子などのレガシーポートが求められるといったことで薄型軽量化を果たせない企業向けPCは、これからの働き方改革の時代にそぐわない。
モバイルディスプレイが拓くデジタルトランスフォーメーション
HPと同様、デルもType-Cの採用に熱心なベンダーだ。ただ、本来の意味でのモバイルディスプレイはまだ用意できていない。今回のIFAで、デルのJim Thompson氏(VP & GM Central Europe CSB)にインタビューする機会があったのできいてみたが、現在、モバイルディスプレイも準備中とのことだった。次の正月明けのCESのころには期待できそうな雰囲気の回答だった。
ディスプレイといえば、デスクトップPCとの組み合わせだけを考慮してきたわけだが、もはやそういう時代ではない。試しに手元で使っているファーウェイのP20 Proを、HP S14にケーブルで接続したところ、当たり前の話だが、それだけでデスクトップモードが表示され、スマートフォン本体をタッチパッドとしてPC的な使い方ができた。電力的にも大丈夫だった。
これでマウスやキーボードをBluetooth接続したりすれば、一般的な仕事にはそれで十分だと考えるユーザーも出てくるだろう。とくに若い世代はスマートフォンの画面でのフリック文字入力操作ができることを喜ぶかもしれない。表示が大画面なので、スマートフォンでのExcelだって怖くない。Wordドキュメントの誤字脱字の見落としも少なくなるだろう。卒論をスマートフォンで書くにはモバイルディスプレイが必須の時代がやってきても不思議じゃない。
PCを持ち歩くにしても、スマートフォンで代替するとしても、外付けディスプレイをつなぐだけで、その活用の幅は大きく拡がる。ビジネスホテルに宿泊すると、部屋にノートPCの貸し出しを案内するパンフレットが置かれているのを見ることがある。ホテル側としても、そんなメンテナンス性の低いものを貸し出すよりは、モバイルディスプレイを貸し出すようにすればいいんじゃないかと思う。
部屋のTVについてはHDMIがあったりなかったり、あっても無効にされていたりで、必ず使えるという保証がない。オンデマンドビデオのセットトップボックス接続などで、HDMIを開放するのが難しいようなら、そうしたサービスもありじゃないだろうか。
モバイルディスプレイが一般化することで、ノートPC側のあり方にも変化が現われるかもしれない。これまでは既存のノートPCを、より便利に使うためのモバイルディスプレイだったわけだが、先にモバイルディスプレイありきの世界観のなかで、PCはどのようにあるべきかを考えることで、新しいなにかが見えてきそうにも思う。それは、PCのフォームファクタの再定義にもつながっていく。
24型据置ディスプレイを持ち運ぶにはスーツケースが必要だが、14型モバイルディスプレイならそんな大げさな装備にはならない。マルチディスプレイ愛好者としては、この市場が拡大し、さらにバリエーションに富んだ製品群が登場することを願いたい。