メーカーさん、こんなPC作ってください!

入門者からプロまで使えるマンガ家向けPCを創る【前編】

~プロマンガ家:北上諭志氏にデジタルマンガ制作プロセスを聞く

 PCは実に多くのことができるが、最近ではスマートフォンなどの能力も一気に向上しており、PCでなければできないことは減りつつある。だが、ものづくり、あるいはそこまで行かなくても、自分で編集・作成するオリジナルコンテンツの制作においては、PCに比肩するデバイスはないのが現状だ。

 ただし、何でもできると言っても、実際には、予算上限が決まっているので、いくらでも高性能なパーツを使えるわけではないし、1人が使う用途もある程度限られている。

 本コーナーでは、主にクリエイターやクリエイターを目指すユーザーを想定し、特定の用途において価格性能比の面で最適なPCとはどのようなものかを、その分野に造詣の深い専門家やライターの方、および実際にPCを製造するメーカー、PC Watchの三者が一緒に議論、検討し、実際に製品化する。

 今回はプロのマンガ家・イラストレーターである北上諭志氏を迎え、マンガ家向けのPCをパソコン工房とともに考えてみることにした。一口にマンガと言っても、伝統的なペンと紙、すなわちアナログで描く人もいれば、PCを使ってデジタルで作業する人もいるが、今回取り組むのは、デジタルマンガ家向けのPCだ。

 まず、前編として、現在フルデジタル環境でマンガ制作を行なわれている北上諭志氏にその制作フローを伺った。これからデジタルでマンガを描いてみようと思っている入門者のみならず、すでにアナログで活動しているが、デジタルに乗り換えようかと考えている経験者にも参考になるのではないかと思う。

北上諭志氏のプロフィール

近影

漫画家・イラストレーター。太田出版より「デビルズ・ダンディ・ドッグス」発売中/COMIC LIVE!にて「Bye Bye Blackbird」掲載中。CSエンタメ~テレ「キ号冒険学校が行く!」にキ号冒険学校メンバーとして出演するほかサブカル系実録マンガなども手がける。

プロのデジタルマンガ家の作業フローとは

【司会】まず、北上さんの略歴を教えていただけますか。

【北上】マンガ家兼イラストレーターをやっています。COMIC LIVE!で出版された「Bye Bye Blackbird」という作品からフルデジタルでマンガを描くようになりました。最新作は、太田出版から出ている「デビルズ・ダンディ・ドッグス」という作品で、こちらではアシスタントも含めてフルデジタルで作業しています。イラストについても、Photoshopなどやはりデジタルで描いています。

 マンガを描き始めたのは16~17歳の頃で、最初は僕もアナログでやっていました。当時はまだデジタルは面倒でお金がかかるものだと思っていました。でも、セルシスさんの「ComicStudio」の4.0が出た時、SNS界隈でいろいろなプロのマンガ家たちが、このソフトはすごく良いって言い始めたんですね。で、僕も使ってみたところこのソフトは、手書きに負けない表現ができるというか、むしろこちらの方がより細かい表現ができることが分かったんです。マンガ家は誰しも作画で自分の個性を出したいと考えていますが、セルシスのソフトはタッチに個性が出せる域に達しています。そういうことがマンガ家たちに広く伝わって、一気にデジタルでやる人が増え、今では一般的にすらなりました。

 僕の知っている範囲だと30代以下だと、デジタルでやる人の方が多いですし、40~50代でもデジタルに移行する人が増えています。アシスタントなどさらに若い子は、よりデジタル率が高く、アシスタントにアナログでの作業を教えるより、デジタル作業を教えた方が今後の役に立つだろうというのも、僕自身がデジタルに移行した理由の1つでもあります。

 また、デジタルでやると、特にプロが長期的にやるのであれば、制作コストを抑えられますし、デジタルならではの表現ができるというメリットもあります。コストについてはまた後ほどお話ししますが、表現については、例えば雲や炎、水といった自然現象みたいなものを描く時、デジタルだとすごく簡単にできるということもあります。

【司会】北上さんはデジタル歴はどれくらいなのでしょう?

【北上】コミックスタジオ歴で言うと、Bye Bye Blackbirdが最初で、それから5~6年になります。その前から読み切り10ページなどで、Photoshopを使ってトーンの部分だけとか色塗りだけ試すということはやっていました。ただ、そのときは、アナログの方が速いし、描きやすいと感じていました。でも、さっきも言った通り、ComicStudioが出て、デジタルでもアナログと同等以上のパフォーマンスが出せるようになったんで、Bye Bye Blackbirdでは、フルデジタルで行こうと決意したんです。

【司会】現状利用されているのはComicStudioということですね。

【北上】そうです。セルシスさんの最新の「CLIP STUDIO PAINT」への移行も考えていて、すでに使われている先輩や作家さんたちに使い心地を聞いているところなんですが、なかなか良いタイミングがないんですね。というのも、今僕はプロとしてアシスタントを抱えてやっているので、僕が移行するとアシスタントのソフトも移行しないといけない。でも、アシスタントは複数のマンガ家先生の下で掛け持ちしている場合もあるんです。ので、ほかのマンガ家先生も移行しないと、そういうアシスタントの人は移行できないという事情があるんです。

【司会】マンガを描くに当たって、最初から出版までの工程をおおざっぱに教えていただけますか。

【北上】まずはどういう作品を作るかということを考えます。それに基づいて担当編集さんと打ち合わせして、内容を詰めていきます。次に、キャラクターデザインと、プロットを作ります。プロットというのは、物語のポイントを他の人が見ても分かるレベルで箇条書きにしたものです。映画を作る時ほどの緻密なものではないです。キャラクタデザイン段階ではもうComicStudioを使っています。

 これで行けそうとなれば、ネームに進みます。ネーム作業というのは、コマ割りをして、おおざっぱな下書きや、台詞を書き込んでいきます。マンガの設計図といったところでしょうか。ここが一番時間がかかるところです。

 最後にペン入れで清書するわけですが、僕はキャラクターを描いて、アシスタントが背景を描いたり、ベタを入れたり、はみ出した線をホワイトで修正したりし、最後にトーンを貼ります。

 台詞の文字打ちは、ComicStudioでもできるので、同人誌の場合はその機能を使うことになると思いますが、商業誌の場合、写植は出版社に投げるので、僕はやったことはないです。

その場でサンプルのネームを起こして説明する北上氏

【司会】北上さんの作業は、例えばラフを切ったり、ネームを入れたりするところからデジタルなのでしょうか。

【北上】1つ前の作品では、ネームなどは紙に書いていましたが、デビルズ・ダンディ・ドッグスではネームも含め全部デジタルでやってます。ネームの前のプロットについては、喫茶店なんかで担当編集さんと打ち合わせしつつ、紙のノートにアイディアをまとめていったんですが、帰宅してそれをスキャナで取り込んで、それを見ながらネームを描いていくという手順を踏みました。

【司会】プロットもデジタル化されるのは何か理由があるんでしょうか。

【北上】あ、それはノートのまま手元に置いておいてもいいんですが、なくすのがこわいのでスキャンしてるんです(笑)。

【司会】ネーム作業もComicStudioでやられているのですか。

【北上】そうです。というのも、アナログだとネームはノートなどに描いて、OKが出たら、原稿用紙に清書するわけです。デジタルだとネームで作ったコマ割りをそのまま使って、その上にキャラクターなどのレイヤーを重ねていく形で流用ができるし、吹き出しの位置を変えたりという調整も非常に楽なんです。アナログ時代はハサミとテープでコマなんかを切り貼りしてたこともありました(笑)。

【司会】使われているPCはどういったものなのでしょうか。

【北上】今使っているのは4~5年前に買った自作のWindows 7のマシンです。昔は僕もそうでしたが、マンガの現場はMacが主流でした。でも今は大手出版社もWindowsでデータを扱っているんですね。また、若い世代を見た時、Macは価格が高いということで、Windowsを選ぶ人が増えています。もちろん今でもMacを使われているプロの方も少なくありませんが、そういう方もWindowsとの2台持ちという人が多いです。

【司会】周辺機器については、描くのはペンタブレットでしょうか。

【北上】はい。ワコムの20型くらいのやつを使っています。液晶タブレットの導入を考えたこともあるんですが、結構大きいんですよね。以前住んでいた家は狭かったので、ペンタブレットに落ち着きました。サイズはある程度大きい方が描きやすいです。以前、友人に小さいものを使わせてもらったんですが、1枚なら問題なくても、マンガのように何十ページもある場合、小さいと疲れてしまうんです。場所やコストの問題もありますが、タブレットと液晶はある程度大きい方がいいと思います。

【司会】描き心地についてペンタブレットと紙+ペンでは、どちらがいいと感じたことはありますか。

【北上】それがタブレットの問題なのか、ソフトの問題なのかは分かりませんが、昔はデジタルでやりにくいと感じたこともありますが、今ではないですね。たぶんComicStudioの精度が高いんだと思うんですが、紙にペンで書いたのと同じような筆圧とかインクの沈み具合とかがうまく再現されるので、慣れさえすれば、どちらでも思うように表現できるはずです。

【司会】これからマンガを描こうと思う人が、最初からデジタルでも問題ないでしょうか。

【北上】そうだと思います。実際、すでに若い世代だとアナログでは描いたことないという人がたくさんいますし。で、ComicStudioを使えれば、プロのアシスタントとしてもやっていけるという状況ができあがっています。

【司会】先ほどはプロットをスキャナで取り込むという話もありましたが、それ以外に使われている周辺機器はありますか。

【北上】プリンタを使っています。最終的に紙の単行本として出力されるわけですが、その際に実際の原稿から8割ほど縮小されます。そうすると、トーンが思ったより濃く出たりする場合があるんですね。また、全体的な黒と白のバランスなんかもプリンタで出してからチェックします。慣れた方ならこの工程はいらないかも知れませんが、僕はその辺りも確認したいので。

【司会】アシスタントの方はどのような作業をされるのでしょう。

【北上】基本的には背景とトーン貼りがメインですね。

 ちなみに、僕のアシスタントの1人は札幌在住なんです。で、データはDropboxで共有して、都度Skypeチャットで指示を出して、細かく描いてもらうという手順を採ってます。今はそういう在宅アシスタントという形態も増えています。出版社は東京に集中してるので、僕が若かった頃は、マンガ家になりたければまず東京に出てこい、という感じでしたが、今では地方で在宅のままアシスタントを経て、そのままプロになられる方もいます。

【司会】デビルズ・ダンディ・ドッグスにはもう1人原作の方が関わってらっしゃいますが、この方ともSkypeでちゃっとされていたのでしょうか?

【北上】その方はSkypeを使われていなかったので、僕の方がLINEを入れて、LINE電話でやりとりしていました。

【司会】PC業界では、クラウドに保存されたオフィス文書を、複数人が遠隔で共同編集して作り上げるというのがこれからのワークスタイルだ、みたいに言われることは多いんですが、マンガ家の世界では、デジタル化が進み、クラウドを使った共同作業もすでに実践されているんですね。驚きです。

 で、作品が完成したら、それもデジタルのまま出版社に入稿されるんでしょうか。

【北上】そうですね。ただ、ComicStudioのデータのままでは受け取ってくれないので、いったんPhotoshop形式に吐き出してから渡す必要があります。まぁ、渡した後もデザイナーさんが作業されたりするので、そこではComicStudioは使わずPhotoshopでやることになるので仕方ないんですが。

【司会】先にも少し話が出ましたが、デジタルで作業すると、インクや原稿用紙、トーンなどが不要になるわけですが、どれくらいコストメリットがあるのでしょう。

【北上】デジタルの方がコスト面でも圧倒的に得ですね。特にトーンは1枚500円くらいして、1話で数十枚使うわけで、週刊だと毎週それくらいのお金がかかるんですが、これがほぼ無料になるわけです。

 また、トーンは切ったり、貼ったり、削ったりというのですごく時間がかかるのですが、デジタルだと種類を選択して、場所を指定するだけで終わってしまいます。僕はアシスタント時代はアナログでやってたんですが、入稿前の2日くらいはずっとトーン貼り作業をやってたんですね。で、自分の作品を初めてデジタルでやったとき、同じくらいの時間がかかるだろうと見込んでいたら、1日かからずアシスタントから終わりましたと言われたんですね。それまでだと、たいてい締め切りは押すものだったんですが、初めて前倒しで終わることになったのにとても驚いたし、デジタルに移行して良かったと思いました。

 それからアナログの時代は、トーンが足りなくなって先生に急いで買ってこいと言われ、電車に乗って新宿だ吉祥寺だに行って探す羽目になることもしばしばでした。もちろん時間も手間もかかるわけですが、そこまでしても売り切れという場合もあるんです(笑)。今では、Amazon.co.jpとかでリアルなトーンも当日宅配とかもできますが、デジタルの場合はその手間が一切かからないので、労力の面でもメリットが大きいです。

 総合すると、僕の場合、ざっくり月にアシスタントを2人雇うくらいのコストメリットとパフォーマンスをデジタルから得られている計算です。アナログでまだ作業されている先輩作家の方にデジタルへ移行すべきか相談されることもありますが、その場合は確実にデジタルの方がいいと断言しています。同人誌を作る場合も安く上げられます。

 それに、ComicStudioは、他のユーザーが自作したオリジナルトーンを買ったりできるんですよね※。

(※編集部注:セルシスが提供するユーザー参加型のポータルサイト「創作活動応援サイトCLIP」のこと。ユーザーが自作したトーンや背景素材をアップロードして、それを他のユーザーがダウンロード、購入可能になっている)

 ある時ComicStudioに標準のトーンで、いいやつが見つからなかったので自分で作ろうかと思ったんですが、そしたらアシスタントの子が、ダウンロードできるサービスがあると教えてくれたんです。で、目的に合うトーンもそのまま探してくれて、便利な世の中になったなぁと実感しました(笑)。それ以降もかなり活用しています。

【司会】完成した作品のデータについて、バックアップはどのようにされているんでしょうか。

【北上】マンガだと出版社で版を起こすんですね。それがマスターデータのようなものなので、僕の場合、出版社に完全にお任せして、自分でもバックアップは取っていますが、あまり神経質にはなっていないです。でも、滅多にないことではありますが、最近は出版社が版を紛失したりということも聞いたりしています。また、自分のコンテンツを売れる「note」みたいなSNSとか、これからは個人で作品を売れる機会も増えてくると思います。そう考えると、バックアップは取るべきだろうし、簡単にバックアップとれる方法があったらいいなと思っています。

【司会】さきほど、完成した作品を一度確認で印刷するという話がありましたが、確認したらその印刷出力は廃棄されるんでしょうか?

【北上】それは一応持ち続けます。ので、それがバックアップであるとも言えます。でも、最近の若い作家はこういうことはやっていないと思います。僕の場合はアナログ時代の名残りなんです。当時は原稿を編集さんに渡す時に、自分でもコピーを取って持っておくようにしてたんです。そうすると、万が一オリジナル原稿に何かがあっても、対処できるので。実際、オリジナルを紛失して、コピーを印刷所に持って行ったという話もあったと聞きます。

【司会】ありがとうございました。今お伺いした情報を元に、マンガ家向けPCに必要なスペックをパソコン工房さんたちと考えていきたいと思います。

(若杉 紀彦)