メーカーさん、こんなPC作ってください!

入門者からプロまで使えるマンガ家向けPCを創る【中編】

~プロマンガ家:北上諭志氏、ソフトメーカー:セルシス監修

 前編でお伝えしたとおり、今回はプロのマンガ家・イラストレーターである北上諭志氏を迎え、マンガ家向けのPCをパソコン工房とともに考えてみる。一口にマンガと言っても、伝統的なペンと紙、すなわちアナログで描く人もいれば、PCを使ってデジタルで作業する人もいるが、今回取り組むのは、デジタルマンガ家向けのPCだ。

 すでにアナログで描いている人や、これからマンガに挑戦してみようとする入門者にも、デジタルでの作画が果たしてアナログ作業に劣らないのか不安を持つ人もいるだろう。前編では、マンガ制作のデジタル作業の流れや実態などについて、長年デジタルで作業されている北上氏に伺っているので、そちらを併せてお読みいただきたい。

 マンガ家向けPCソフトとしてはセルシスのソフトが非常に大きなシェアを持っており、プロアマ問わず幅広く利用されていることから、今回は同社製ソフトの標準バンドルを前提に考えており、その点から、セルシスの担当者にもミーティングに参加いただき、助言を頂いた。

北上諭志氏のプロフィール

近影

漫画家・イラストレーター。太田出版より「デビルズ・ダンディ・ドッグス」発売中/COMIC LIVE!にて「Bye Bye Blackbird」掲載中。CSエンタメ~テレ「キ号冒険学校が行く!」にキ号冒険学校メンバーとして出演するほかサブカル系実録マンガなども手がける。

マンガ家向けPCを考える

【司会】それでは、PCの企画に入りたいと思います。今回のマシンはCLIP STUDIO PAINTの搭載を前提に考えます。セルシスさん、こちらはどういったソフトでしょうか。

【セルシス】CLIP STUDIO PAINTは約2年前に発売したソフトです。エンジンが刷新され、64bit OSやマルチコアCPUにも対応したことで、最新PCであれば性能をフルに発揮できるようになっています。また、今回はちょっと関係ないかも知れませんが、タブレットPCにも対応しており、ピンチイン/アウトで拡大縮小といったこともできます。

【司会】今回、搭載ソフトがCLIP STUDIO PAINTになると聞いて、僕の方で北上さんに事前にその話をした時、このソフトはどちらかというとイラストレーター向けなのではと印象を持たれていたのですが、そのあたりはどうなのでしょう?

【セルシス】それについては、製品のグレードを分けてターゲット/用途を変えています。CLIP STUDIO PAINTには「PRO」と「EX」という2つがあり、PROはどちらかというとイラストに特化してアピールしているのですが、EXはマンガを描くためのソフトとしてアピールしています。実は、PROでもマンガは描けるのですが、単ページのみの扱いなので、マンガの複数ページの管理はできなくなっています。このほかにも、3D画像をマンガっぽく出力する3DLTレンダリング機能などもEXには追加されています。

 全体的な特徴も併せて説明しますと、CLIP STUDIO PAINTはマンガ特有の集中線や流線、トーンなどの機能が標準で搭載されており、簡単にそれらを描くことができます。また、CLIP STUDIOのサイトでは、使い方講座や、無料のものを含んだ追加素材なども多数ご用意して、包括的にマンガを作るための環境を提供しています。

【司会】ではEXであれば、ComicStudioから移行しても、機能が足りないと言うことはないと。

【セルシス】そうですね。カラーであるとか、水彩ブラシなど新しい機能で表現力を増しており、そのあたりのUIは当然変わっていますが、なるべく踏襲するようにもしています。データの互換性もありますので、ComicStudioのデータをCLIP STUDIO PAINTで読み込むことができます。ただし、逆はできません。それから、CLIP STUDIO PAINTからPhotoshop形式への書き出し、およびPhotoshopデータの読み込みもできますので、Photoshopを買わずとも、出版社や印刷所にデータを渡すこともできます。

【北上】ということはプロのマンガ家が導入するとなると、アシスタントにもCLIP STUDIO PAINTを使わせる必要があるということですね。

【セルシス】いえ、それが理想ですが線画はCLIP STUDIO PAINTで他はComicStudio、または逆のパターンなど、ソフトを併用される現場もあると聞きます。現在は専門学校でもCLIP STUDIO PAINTを採用しているところが主流になってきていますから、アシスタントの方がCLIP STUDIO PAINT育ち、というケースもあるそうです。ちなみに、ちなみに、EXはPROの機能も全て搭載していて、PROを購入した方向けにEXの優待販売なども行なっています。

【北上】ということは、最初は例えばpixivなどで単発のイラストを投稿したいという入門者はまずPROを買って、マンガにも挑戦したくなったら、EXにアップグレードという道があるわけですね。

【セルシス】そうなります。ちなみに、PROでもプロのマンガ家さんの利用に耐えうるだけの機能も持ってはいるのですが、1ページずつ処理することになってしまうという感じです。

【司会】今使われているPCに性能面で何か不満はお持ちですか。

【北上】以前使っていたマシンはしょぼくていろいろ重かったのが、今使っているマシンではあまり不満は感じていません。ただ、大きなデータを読み込むのにはそこそこ時間がかかるのでそこは短縮したいですね。それって無駄な時間じゃないですか。

【司会】現在の制作環境でマンガを制作した場合、データ量はどれほどなのでしょう?

【北上】正確なサイズは今は分かりませんが、あまり大きくはないです。

【司会】では、今回のマシンでさほど大容量のストレージを積む必要はないということですね。

【北上】そうですね。ちなみに、Photoshop形式に出力すると結構大きなサイズになってしまうので、原本のデータは保存したままにしますが、Photoshopデータは渡したら削除しています。

 データもそうですが、動作も軽いのがマンガ家の間でセルシスのソフトが普及した理由の1つだと思います。それ以前、Photoshopなんかで作業していた時代は、重かったので、そこそこのスペックのPCを購入できるベテランや売れっ子作家だけがデジタルで作業できていたのが、セルシスのソフトが出たことで、もっと下の層の作家でもデジタルに手が出しやすくなったと言えると思います。

【司会】なるほど。今までのセルシスのソフト通りの軽さは、CLIP STUDIO PAINTでも同様に実現しているのでしょうか。

【セルシス】推奨環境はなるべく低めに設定していますが、フルカラー等でできることが増えている分、レイヤーを多用する場合などは、メモリがそこそこ必要になってきたりというのはあります。

【工房】我々が下調べした中でも、このソフトを効率よく使うのはメモリにかかっているのかなと感じています。

【セルシス】ComicStudioの開発当時は、OSも32bitが主体だったので、メモリは2GBまでを前提に設計していました。CLIP STUDIO PAINTは64bit対応ですので、より多くのメモリを扱えます。

【北上】レイヤーが何枚くらいになるとメモリがないと重くなるというのはあるんですか?

【セルシス】これはレイヤーに対する画素密度に依存するので、作家さんとか、作品毎に変わってしまいます。ただ、CLIP STUDIO PAINTでは、メモリが足りなくなった時にHDDに今までよりも上手に逃がすことができるようになりました。

【工房】メモリについで気になっていたのがSSDが必須になるのかという点です。

【セルシス】昔のComicStudioはモノクロに特化してしまっていたので、当然データは軽いのです。一方、今のCLIP STUDIO PAINTはカラー対応になっているので、データ量は大きくなっています。その点で、ページを開いて画面が出てくるまでの時間を短縮するには、ストレージの速度が速い方が望ましくなります。デスクトップ向けの高速なものならHDDでも大丈夫ですが、SSDを積めるのであれば、我々はそちらを推奨したいところです。アプリの起動については、あまり時間はかかりません。

【司会】北上さんはレイヤーは多用されていますか。

【北上】僕の場合まず、自分のレイヤー、アシスタント1のレイヤー、アシスタント2のレイヤーというように分けています。各自が15~20くらい使うので、大体1コマ50レイヤーくらいですね。このくらいだと僕のPCではあまり重いと感じないのですが、アシスタントのPCはちょっとスペックが低いこともあって、こちらより開くまでに時間がかかったりすることはあります。

【工房】素材の読み込みは多用されていますか。

【北上】写真を読み込むことはありますが、作風次第ですね。極端な話、全く素材を読み込まない作品・人もいます。特に、入門者向けなら、そこはあまり考慮しなくていいのではないでしょうか。

【工房】今回は、プロの方も使えることを想定はしていますが、価格的には入門者でも買える価格帯にしたいと考えています。10万円は切りたいですね。その意味で、メモリとSSDにはそこそこコストをかけ、CPUはかなり落とそうかと思っていたのですが、さきほどマルチコアCPU対応ということをおっしゃっていたので、それはどれくらい効くものなんでしょうか。

【セルシス】主に画面の表示でマルチスレッド処理を行なうことで、マルチコアCPUを活用しています。我々としては、まずメモリに比重を置きたいと思いますが、次がSSDなのかCPUなのかはちょっと判断に迷うところです。ストレージについては、メモリが十分あれば、読み込みは最初だけで済むので、あまり高速である必要はありません。でも、頻繁に保存したいというのであれば、高速なSSDが有利になってきます。基本的にCPUはクロックが高い方が有利だと思います。

【司会】GPUの性能はどれくらい影響があるんでしょう。

【セルシス】GPUは3D機能を使う時しか利用していません。ので、優先度は落として良いと思いますし、概ねCPU内蔵のもので大丈夫だと思います。

【北上】ちなみに僕はそこそこ使っていて、デビルズ・ダンディ・ドッグスでも銃とか車、ワインボトルが飛び散るシーンとかは3Dデータを使ってます。僕自身は、手書きでもそれらを描けるんですが、若い子はまだ技術が追いついていない人も多くて、3Dを多用して画力を上げてますね。

【工房】その場合も、レンダリングと言うより描画のような感じなので、CPUの方が重要そうですかね。

【セルシス】そうですね。アニメーションさせるわけではないですし。

【工房】ただ、マルチスレッドはだいぶ効いてきそうな雰囲気ですね。

【北上】先ほど10万円を切るくらいという話がありましたが、その価格だと、もちろん入門者にも手が届きやすいと思いますが、我々プロの場合でも、アシスタントに使ってもらうPCとしてすごく重宝しそうだなと思いますよ。僕は今遠隔で在宅のアシスタントさんを使っていますが、指示が出しやすいので、通いで来てもらうパターンも多くあります。実は僕も次の連載が決まったら、1人は通いのアシスタントを雇おうと思っているのですが、そのアシスタント用として、ある意味CLIP STUDIO PAINT専用マシンが10万円で手に入るというのは魅力的です。僕は、今回もう少し高いマシンになると思っていたので、10万円と聞いて、「あ、僕も買おう」と思っていたところです(笑)。

【司会】数台置くというのはプロの方限定だと思いますが、そうすると筐体サイズは小さい方がいいということになりますか。

【北上】もちろん小さいに越したことはないですが、作業場の広さ次第ですね。

【工房】マンガの制作現場で、PCのファンの騒音は気になったりするものなのでしょうか。

【北上】ネーム作業の場合は考えることに集中してるんですが、作画の段階になると、脳内にできたイメージを手を通じて出力するだけなんで、ながらでもできるんですね。なので僕は雑談したり、YouTubeを観たり、DVDを観たり、音楽を聴いたりしながら作業してるので、よほど大きな騒音でなければ、大丈夫です。

【工房】液晶は大きい方がいいのでしょうか。

【北上】はい、大きい方が作業しやすいですが、20型くらいあれば基本的には十分です。

【工房】縦で使うことはありますか。

【北上】僕はほとんど使わないですね。というのも、セルシスのソフトは絵を画面上でいくらでも回転できるので、そちらを使っています。

【工房】グラフィック作業の場合、マルチディスプレイにして、1つには絵を、もう1つには作業ツールなどを表示するスタイルの方もいますが、北上さんはどうでしょう。

【北上】僕はまさにそういうスタイルで使っていますが、1画面でも大きな支障はないと思います。

【工房】ペンタブレットの話になりますが、CLIP STUDIO PAINTは筆圧は2,048段階まで対応するのでしょうか。

【セルシス】はい。

【工房】北上さんは2,048段階対応のタブレットを使われていますか。

【北上】はい。

【工房】その点は、マンガを描く上で1,024段階ではなく、2,048段階対応というのは譲れない点でしょうか。

【セルシス】ちなみに、ワコムさんのタブレットは初期設定は1,024段階で、設定で1,024段階のチェックを外さないと2,048段階にならないんです。その意味で、一般的には1,024段階でも通じるのかなとは思っています。

【北上】実は僕も最初数年は知らずに1,024段階で使っていて、ある時マンガ家界隈のTwitterで「今すぐチェック外してないやつは、外せ!」みたいなのが拡散されてきて、僕も外して2,048段階にしたら、全然違ったという体験をしました(笑)。マンガ家は、PCのハードには疎い人が多いので、そういうことはよくあります(笑)。

【司会】ただ逆に言うと、気付く前は1,024段階でもプロの仕事に耐え得たということですね。

【北上】そうですね。ただ、2,048段階との差は、僕がアナログから入ったから気付いたのであって、最初からデジタルでやれば、違和感なく入れるのではとも思います。

【司会】この企画のこれまでの2回は、パソコン工房、PC Watch、ライターという3者で企画していました。今回はそこにソフトメーカーであるセルシスさんが加わられたわけですが、そこを活かして、今回のマシンに何かお買い得感を付与できたらうれしいなと思うのですが(笑)。

【工房】台数限定とかになるとは思いますが、セルシスさんにも協力いただき、何かしら努力させていただきたいと思います(笑)。

 スペックのバランスは、セルシスさんからサンプルデータなどを頂いて我々の方で検証して、突き詰めてみたいと思います。これからマンガ家を目指す方が、PCの値段で挫折することがないよう、積めるところは積んで、そぎ落とせるとこは落として、最適なものを煮詰めていきたいと考えます。

 ただ、今回はあまりスペックを豪華にしなくても、プロの方の使用にも耐えうるんだというのも見せたいとも考えています。

【司会】分かりました。また、後編では北上さんに、実際のPCをレビューしていただきますが、そのPCで今回の企画のために1本短編漫画を描き下ろしていただく予定ですので、そのあたりもお楽しみにしていただければと思います。

(若杉 紀彦)