大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
第4章へと進化したソニー「VAIO」の狙い
~VAIO|red editionと新型番に込めた想いとは?
(2013/6/26 00:00)
「VAIOは第4章へと進化した」--。ソニーが発売したVAIOの2013年夏モデルは、16年に渡るVAIOの歴史の中でも、大きなターニングポイントを迎えた製品となる。これまでのアルファベットによる型番をやめ、「Duo」、「Tap」、「Pro」、「Fit」の4つのカテゴリに分けたモデル名を新たに付与。ユーザーが分かりやすい環境へと製品ラインアップを再編した。
また、従来は個人向けモデル、企業向けモデルといった区分けをしていたが、すべての製品において、「よく遊び、よく学び、そして、よく働く」というコンセプトで展開。プライベートからビジネスまでをカバーする、PCならではの特性を改めて訴求している。
さらに、夏モデルではそれぞれのカテゴリに横串を刺すような形で「VAIO|red edition」を用意。これもこれまでのソニーにはない取り組みだといえる。ソニーVAIO&Mobile事業本部長の赤羽良介業務執行役員SVPは、「社内では共通的に使っている言葉ではないが」と前置きしながら、「まさに第4章ともいえる進化。この夏モデルでVAIOは大きく生まれ変わった」と位置付ける。VAIOは何が変わったのか。赤羽事業本部長に話を聞いた。
成長戦略に陰で失われたソニーらしさ
2013年3月に終了した同社2012年度のVAIO事業は、残念ながら赤字となった。年間出荷台数は760万台。前年比9%減という実績だった。前年割れとなった理由はいくつかある。1つは、鳴り物入りで登場した新OSであるWindows 8の売れ行きが業界の予想を下回った点。新OSが登場した年に、PC本体の出荷台数が前年実績を下回ったのは初めてのことだ。これは業界全体の誤算だったといっていい。ソニーもその影響を受けずにはいられなかった。
2つ目は、ソニーがPC事業の成長戦略を打ち出したのに伴い、成長市場である新興国へフォーカスした事業展開を加速。これが結果として、業績に対しては逆効果となった。新興国市場の中には、予想以上に需要が減速したことで計画通りに販売台数が伸びなかったケースがあったほか、普及価格帯の製品が需要の中心となり、平均単価が下落。価格競争が激化する中で、収益性にも影響を及ぼしたからだ。
実は、この成長戦略へのシフトは、VAIOの事業フォーカスが、普及モデル偏重の体制にならざるを得ないという状況も生み出した。ソニーが得意とする付加価値モデルより、価格訴求力を前面に打ち出した製品が事業戦略上、主軸とならざるを得なかったわけだ。
だが、VAIOというPCは、誕生以来、その独自性が際立っていたことが最大の特徴である。いわば、2012年度はVAIOが本来持つ特徴が発揮できない状況に陥っていたともいえるだろう。
ソニーはそうした反省から、製品開発の考え方を大きく見直した。それは、VAIOが持ち続けてきたプレミアム感や、付加価値を発揮する製品開発へのシフトだった。
VAIOが持つ価値とは何なのか
昨年(2012年)、赤羽事業本部長は、開発チームに号令をかけた。「お客様に価値を感じてもらえるPCとは何か。それを実現するためには、コストがかかってもいい。ここに取り組まなければ、VAIOの未来はない」。
そして、赤羽事業本部長はこんなことも語ったという。「VAIOのロゴが無くても、VAIOだと感じてもらえるフォームファクタやデザインであること、そして、PCならではのプロダクティビティ、クリエイティビティを実現し、新たな価値を体験できる製品を開発して欲しい」。
市場では、タブレットやスマートフォンが席巻し、PCの存在意義が問われている。「果たして、PCとは、どういったツールであるべきなのか。もう一度それを考え、その領域において、VAIOにしかできないものは何かを追求しなくてはならない。その第1歩が、今回の夏モデルということになる」とする。
よく遊び、よく学び、そして、よく働く
ソニーは、新たなVAIOのコンセプトに、「よく遊び、よく学び、そして、よく働く」という言葉を使った。「この言葉にたどり着くまでは、かなり悩んだ」と赤羽事業本部長は振り返るが、その一方で、この言葉にたどり着いた時には、むしろ「これしかない」と感じたという。
「英語ではなかなか通じる言葉がない」と苦笑するが、「All work and no play makes Jack a dull boy」という英文のことわざを持ち出して、この意味を表現しているようだ。
では、この言葉にはどんな意味が込められているのだろうか。赤羽事業本部長は次のように説明する。「ソニーが作るPCとはどんなものか。まず第1にエンターテイメント性に優れたPCであること。これは外せない要素である。そして、2つ目には、プロダクティビティ、クリエイティビティを実現するために、仕事にも活用できること。つまり、遊びも仕事も両立したいといった使い方を実現するのがVAIOが目指す姿になる」。
これまでのVAIOはエンターテイメント性が前面に打ち出されていた。そして、個人向けPCと法人向けPCを切り分けてラインアップしていた。だが、これを1台のPCでカバーし、遊びと同時に、学ぶことや働くことを支援するPCを目指したというわけだ。これも、PCの立ち位置を改めて追求した結果、導き出した新たな方向性だと言えよう。
Power of Sonyを取り込むVAIO
今回の新VAIOでは、隠れたメッセージの1つに「Power of Sony」を掲げている。これは、VAIOの中に、ソニーの各部門が持つ技術を採用し、ソニーならではの力を製品のパワーとして活用するという考え方であり、ソニーの平井一夫社長がよく使っている「One Sony」を、VAIO&Mobile事業本部流に置き換えたものだといえる。
例えば、Surf Slider方式を採用したVAIO Duo 13では、デジタルカメラ事業で培った技術を採用したExmor RS for PCを内蔵カメラに採用している。タブレットモードで、このカメラ機能を使い、机の上に置いた書類などを撮影。そのままイメージデータとして保存することができるのに加え、OCR機能を使うことで、データをテキストに変換して取り込むことができる。
「デジカメで培ったカメラの高い感度に加えて、TV事業で培ったディスプレイの色純度技術などが組み合わさって、こうした使い方ができる。ビジネスシーンでの提案においても、ソニーが持つエレクトロニクス事業の技術が応用されている例の1つ」と、赤羽事業本部長は語る。
VAIO Duo 13のディスプレイには、トリルミナスディスプレイ for Mobileを採用。1,920×1,080ドットのフルHDに対応するとともに、高輝度化により屋外などの明るい場所での視認性を高めている。こうした取り組みも、Power of Sonyの成果だと言えよう。
そして、Power of Sonyは、技術だけには留まらない。製品同士をつないだ活用提案、アプリやコンテンツ、サービスなど、そしてマーケティング施策もこの中に含まれるという。
なぜ4つのカテゴリに再定義したのか
ソニーは、2013年夏モデルから、これまでのアルファベットによる型番を止め、Duo、Tap、Pro、Fitの4つのカテゴリに分けたモデル名を新たに付与した。すでに、DuoおよびTapは、2012年10月のWindows 8の発売にあわせて製品化されていたものだが、夏モデルでPro、Fitを追加。「当面は、この4つの製品カテゴリで展開していくことになる」(赤羽事業本部長)という。ソニーにとって、この夏モデルは、製品ラインアップの再定義という大きな節目を迎えることになったのだ。
では、なぜソニーは、製品ラインの再定義に取り組んだのか。赤羽事業本部長はその最大の理由を、「よりシンプルなものにしたかった」と語る。
アルファベットによる型番は、ソニーをよく知るユーザーにとってはその位置付けや、製品のファンクションを理解しているだろう。Zシリーズと聞いた途端に、それがVAIOの最高峰製品であることが理解できる。だが、ラインアップの増加とともに、多くのユーザーにとって、それぞれの製品の位置付けが理解できない状況に陥っていたとも言える。
赤羽事業本部長は、2012年春頃から、ラインアップの再定義について、検討を開始していたようで、Windows 8の発売を1つの転機に、その再編に乗り出し、今回の夏モデルでその全貌を明らかにした格好だ。
4つのカテゴリは、最先端技術を搭載した上位モデルのProおよびDuo、普及戦略を担うTapおよびFitに二分することができる。また、Windows 8の新たなユーザーインターフェイスや機能などに対応したフォームファクタを持ったDuoおよびTap、従来からのクラムシェル型ノートPCなどのデザインを継承したProおよびFitという分類の仕方も可能だ。この2つの要素の組み合わせで、それぞれのカテゴリの位置付けが明確になり、カテゴリの名称もそれらの位置付けから連想しやすい3文字で構成される言葉にした。
上位モデルであり、新たなフォームファクタに対応したDuoのカテゴリに入るVAIO Duo 13の場合には、タッチによる操作に適したSurf Slider方式を採用。タブレットモードとキーボードモードの双方での利用を可能とし、各種の最先端技術を搭載している。また、ProカテゴリのVAIO Pro 11の場合には、クラムシェル型ノートPCの形状を継承しながらも、UDカーボンを採用することで、11.6型タッチ対応Ultrabookでは世界最軽量の約870gを実現するなど、最先端技術による進化を遂げている。
このように、4つのカテゴリに分類したことで、ソニーの製品戦略が明確に伝わりやすくなったのは確かだ。
Zシリーズが無くなった意味とは
だが、その一方で、今回の夏モデルでは、製品ラインアップの再定義とともに、VAIO Zシリーズの直接的な後継機種がなくなったのが気になる。
VAIO Zシリーズは、ソニーの技術の粋を集めて製品化した、いわばVAIOを象徴する最高峰の付加価値モデルだ。これがなくなったことは、ソニーが、最高峰モデルの開発をやめたということに受け取れなくもない。
それに対して、赤羽事業本部長は、「Zシリーズという名称は使わない。今後も、直接的な後継モデルは投入する計画はない。そして、私自身もZシリーズという名称が無くなることには大きな寂しさを感じた」とする一方で、「とはいえ、これからも最高峰技術を搭載した製品がなくなるわけではない。そして、VAIOは最先端技術の搭載に関してもこだわり、外に向けて、その強みをアピールし続ける」とする。
その上で、赤羽事業本部長は次のようにも語る。「Zシリーズの後継機を、あえてあげるとすれば、それはVAIO Duo 13になる」。VAIO Duo 13には数々の最新機能が搭載されている。赤羽事業部長は、手にVAIO Duo 13を持ちながら、「タブレットモードとして利用した場合と、キーボードモードで利用した場合には、CPUのスペックが変わる仕組みとしている。キーボードモードでは高いパフォーマンスが発揮でき、一方で、タブレットモードでは長時間利用を想定した仕様にしている。バッテリ駆動時間は18時間を実現し、スリープからの復帰も0.3秒とスマートフォン並の環境を実現しているのは、Haswell搭載機ではVAIO Duo 13だけ。形状は異なるが、Zシリーズが維持してきたフラッグシップの立場は、VAIO Duo 13が受け継いでいくことになる」と語る。
今回の4つのカテゴリへの再定義は、PC事業が置かれた立場の変化、そして、PCが求められている役割の変化を象徴したものだと位置付けることもできる。Zシリーズを継承せずに、新たな製品を生んだことは、PCが置かれた立場の変化を捉えたソニーの回答だったといえるかもしれない。
VAIO 第4章で目指す「プレミアム感」の醸成
ソニーは、1997年にVAIO第1号機を投入した。VAIOが意味した「Video Audio Integrated Operation」の言葉の通り、AV機能を強化したPCとして話題を集め、「PCG-505」で採用された紫色の筐体は、エンターテイメントを強く意識したノートPCの象徴として注目された。
ソニーは、2004年に「VAIO 第2章」という表現を用いて、ITとAVの融合をさらに深め、VAIOの世界にTVやオーディオの最先端技術を盛り込むことに挑戦。「PCの音質だから仕方がない」、「PCの映像だから仕方がない」という声を払拭する取り組みが、この時から始まったと言っていい。
そして、2008年には、VAIOの定義を「Visual Audio Intelligence Organizer」へと変更。Intelligence(知性)をもったPCへと進化を遂げることを目指した。それは数々の機能となって、VAIOの中で実現されてきたのは周知の通りだ。
こうした3つの変遷を捉えながら、赤羽事業本部長は、「社内でこうした言葉を使っているわけではないが」と前置きしながら、「今回の取り組みは、VAIOにとって、いわば『第4章』の始まりと捉えることができる」とする。
第4章のVAIOが目指すのは、「よく遊び、よく学び、そして、よく働く」を実現するPCの実現である。また、すべての生活シーンの中で、VAIOが活用され、VAIOユーザーの人生を充実させ、新たな価値を享受できるPCへの進化だといえる。そしてそれは、「プレミアム感」というVAIOが築いてきたこれまでのイメージを、改めて追求する取り組みであるといえよう。VAIOがユーザーにとって特別な存在であること、また、「プレミアムPCといえばVAIO」という位置付けを取り戻すのが、VAIO 第4章でのターゲットとなる。
平井一夫社長が掲げるように、ソニーは、全社目標として、「人々の好奇心を刺激し、感動を届けることに、情熱を持って取り組んでいくこと」を目指している。「感動を与えるということは人々を元気にするということ。これによって、生活の充実感を高めたり、生活や仕事の達成感につながる。それを支援するPCを作ることに、情熱を持って取り組んでいきたい」と、赤羽事業本部長は語る。
VAIO|red editionに込めた熱い想い
夏モデルの発売にあわせて、ソニーは、「VAIO|red edition」という呼ばれるモデルを新たに追加した。その名の通り、質感の高い「レッド」カラーを施した製品であり、丁寧に塗装を重ね、手磨きで光沢を生むことで、美しい輝きと深みのある色を実現した特別カラーのVAIOだ。だが、ソニーでは、これをカラーバリエーションではなく、「VAIO|red edition」という切り口で、4つのカテゴリを横串をした製品群と位置付ける。
VAIO|red edition購入者専用のサービスや、VAIO Duo 13向けにはPORTERオリジナルケースを専用で発売するといった特別な仕掛けも用意している。そして、店頭展示用に大理石を使用した特別な展示台も用意した。
「ここに込めた想いは、VAIOが目指すプレミアム感の実現、そして、VAIOチームの熱い情熱である」と赤羽事業本部長は語る。
実は、red editionの影では、プレミアム感の象徴という点で、ゴールドカラーの採用も検討に挙がっており、実際に試作品も作ってみたという。「第1候補はレッドであった。だが、かつての製品ではType Tシリーズでシャンパンゴールドを採用して好評を博した例もあった。そこで2つの試作品を作ってみた。その結果、実際に2つの試作品を見比べてみると、圧倒的にレッドの方が質感がよかった。そして、VAIOチームの情熱を示す意味でも、レッドが最適だと判断した」。
また、こんなことも赤羽事業本部長は語る。「ソニーが第4章で目指す、『よく遊び、よく学び、そして、よく働く』を実現するには、レッドが最適なカラーではないだろうか」。
レッドは、その華やかさからエンターテイメントのイメージが涌きやすいが、仕事に賭ける情熱を示すという見方もできる。まさに遊びと仕事を両立するための象徴的な色ともいえよう。
こうしてみると、VAIO|red editionを単なるカラーバリエーションという位置付けにしなかった背景には、今回の進化で示すソニーの新たな挑戦を象徴する製品にする狙いがあったからと言えよう。
「VAIOの新たな挑戦は始まったばかり。これからさらに驚きと感動を与えるVAIOが登場することになる。それをぜひ楽しみにしていて欲しい」と赤羽事業本部長は、次の展開にも期待を抱かせる。
2013年度は、VAIOの次の進化に向けてその片鱗が少しずつ明らかになる1年だといってよさそうだ。
元気なVAIOがもうすぐ戻ってきそうである。