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505→type P→Z……VAIO往年の名機から見える技術の進化。そして現在へ
2024年10月25日 06:25
VAIOがソニーから独立してから、今年の7月1日でちょうど10年が経過した。ソニーのPC部門だった時代を含めると、最初の製品が登場して以来、すでに25年以上が経っており、今に至るまで多数の名機種が生み出されてきた。
本記事ではソニー時代を含め、VAIOが投入してきたノートPCのうち、印象的だった製品をピックアップし、当時の開発担当者に話を伺った。
以下の図を見ると分かるように、現在主力のノートPCである「VAIO SX14」に至るまでに、軽量堅牢素材、アルミパームレストの開発などなど……さまざまな製品の上に今の製品が成り立っているのが分かる。
時代を経ても知識が受け継がれていくように、過去のユニークな製品で培われた技術は現在のVAIOノートに受け継がれている。懐かしの製品とともに、その系譜を追っていきたい。
VAIO NOTE 505のマグネシウム合金、そしてカーボンへ
VAIOは新素材を活用するパイオニアと言っても過言ではない。VAIOのモバイルノートの直接のご先祖様である「VAIO NOTE 505」(PCG-505)では、それまでノートPCにあまり採用されてこなかった「マグネシウム合金」が使われたことで話題を呼んだ。さらに、厚み23.9mm、質量1.35kgという当時としてはかなりの薄さと軽さを実現して注目の的となったのである。
また、その当時のノートPCと言えば、黒か白系(主にアイボリー)の色しかなかった中で、紫色という印象的なボディカラーを採用したことは大きなインパクトだった。
そのときの開発者はVAIO NOTE 505について、「 4面にマグネシウムを採用したのは、当時としてはかなりチャレンジだった。その時代の他社製品はプラスチックが一般的で、正直開発を始めたときには実現できるのか、量産できるのか分からないという中で開発を始めた 」とのこと(VAIO株式会社 取締役 執行役員 開発本部 本部長 林薫氏)。
開発時は厚み22mmを目標にしていたそうだが、実際に登場したVAIO NOTE 505では薄さが23.9mmと若干厚くなっており、加工の難しさがうかがえる。とは言え、それでも当時としては画期的に薄いノートPCとして登場することになった。
その開発だが、当時のVAIOはソニーの一部門だったので、すでにカメラなどで使っていた実績があり、それを参考に部品メーカーに試作してもらったそうだ。
「 最初の試作の段階ではある程度マグネシウム合金での形ができ、その後実際に組み立ててみると、反ってしまったり、変形したりしてしまって、これは大変だということになった 」という(VAIO株式会社 UXソリューション開発 室長 兼 テクノロジーセンター メカ設計部 浅輪勉氏)。
そこで、組み立て工場において、ジグで修正したりしていたそうだが、“パキン”と折れてしまったりなど、当初歩留まり(良品率)を上げるのにかなり苦労したそうだ。
そのVAIOが新たな素材として、初めてカーボンに挑戦した製品が2003年に投入した「VAIO NOTE 505 EXTREME」(通称X505、PCG-X505)だ。
VAIO NOTE 505 EXTREMEのうち、上位製品となる「PCG-X505/SP」は、A面(天板)とD面(底面)にカーボン素材を採用した特別版として、当時のソニー直配サイト(ソニースタイル)限定で販売された。カーボンを採用することで、最薄部9.7mm、質量780gという当時としては世界最軽量かつ最薄を実現した製品になった。
このX505のカーボン版は「特別版」という扱いだった。それがより量産品に近いところでVAIO Type Tのマイナーチェンジ版で限定的に採用されたほか、後段でも触れるVAIO type S(SZシリーズ)でオプションとして天板にカーボンが採用され、VAIO type Z(PCV-Z91シリーズ)などに続いている。
そして、VAIOのカーボン素材の集大成となった製品が2021年に発売された「VAIO Z」だ。VAIO Zでは、通常はプラスチック素材が採用されるB面(ディスプレイ面)も含めて、4面(A~D面)すべてがカーボン素材になっていることが特徴だ。
「 VAIO Zではカーボンを曲げて天板を作るという新しい取り組みを行なったが、これはVAIOだけでなく、カーボンを製造する部材メーカーも経験がないレベルだったため、何度もメーカーへ通い試作を繰り返した 」(VAIO株式会社 PC事業本部 エンジニアリング統括部 メカ設計課 武井孝徳氏)とのことだ。
部材メーカーと一緒になって部材を作り上げたため、他社では見られないB面(ディスプレイ面)のベゼル部分をもカーボンにして、4面カーボンという製品が実現できたのだ。
VAIO type Pで培われた小型軽量+WWANの設計
「VAIO type P」(後にtypeがなくなりVAIO Pという製品名になった)は、8型1,600×768ドットという極端な横長のディスプレイを採用したモバイルノートだ。横長の筐体により、モバイルノートとして比較的標準的なキーピッチのキーボードを実現しつつ、約588gという軽量さが人気を集めた。ジーンズの後ろポケットにVAIO type Pを入れている広告を見た人は多いことだろう。
「 当時はIntelがMenlowの開発コードネームで知られる超低消費電力のCPUを出したことで、非常に小型の基板を作れるようになった。実際VAIO type Pの底面を見ると分かるように、底面のほとんどはバッテリに割り当てており、基板に割り当てられるスペースは大きくなかった。そこで当時、基板チームがいつか使ってやろう!と温めていたフレックスリジット基板という新技術を採用することで、小型の基板を作り上げることが製品化に大きく貢献した 」とのこと(VAIO株式会社 プロダクトセンター 部長 鈴木一也氏)。
VAIO type Pのもう1つの特徴として挙げるべきなのが、「WWAN」(Wireless Wide Area Network)の採用だ。当時は携帯電話回線のWWANまたはWiMAXのWWANが選べるようになっていた。小さいモデルだからこそ、外出時にはいつでもどこでもインターネットにつながることが必要だという考えの元、WWAN搭載を決めたそうだ。
今では当たり前のように外出先でノートPCからインターネットに接続できるようになっているが、VAIO type Pが登場した2009年頃は今ほどインフラが整っていなかったため、WWANについてもかなりの挑戦と言えるだろう。
そうしたソニー時代からの精神と技術は、VAIOとして独立してからもきちんと受け継がれている。それは2015年発売の「VAIO S11」という11.6型サイズの小型ノートPCにおいてであり、VAIO独立後にWWANモジュールを搭載した最初の製品となった。
VAIO S11の誕生に関して、「 当時はWWANが標準搭載されているノートPCは希だったし、オプションで選べる程度だった。しかし、いつでもどこでもつながるスマホのような使い勝手のノートPCを実現したいと考えて製品を作った 」という(VAIO株式会社 プロダクトセンター シニアUXマネージャー 鈴木陽輔氏)。常時接続が当たり前になるノートPCの世界観を作りたくてVAIO S11が企画されたわけだ。
鈴木氏によれば、ソニー時代は特定の通信キャリアでだけ動作認証を取っていたが、VAIOとして独立してからはビジネス向けに力を入れていることもあり、顧客がどの通信キャリアを選んでも使えるようにチューニングや動作検証を行なうのが大変だったという。SIMカードが入れ替わるたびにフェームウェアを書き換えたりしながら、そうした相互運用性の問題を地道に解決していったとのことだ。
VAIO type S/Zから発展したアルミパームレスト
意外に思われるかもしれないが、一見すると何の変哲もないキーボード面のパームレストについても、技術的な改良が行なわれ続けていた。その歴史は結構古く、まず2006年の「VAIO type S」(通称SZ)にアルミパームレストが採用され、現在へと続いているのだ。
VAIO type Sで採用されたアルミニウムのパームレストは、まず押し出し成形で作られたアルミニウムの素材があり、それを切っていく形で、1つ1つ製造されていった。ちなみにシリーズ名が「SZ」となっているのは、「限りなくZに近付いたtype S」(林薫氏)といったコンセプトがあったからだそうだ。ご存知の通り、「Z」はVAIOにとって最高位を示す。
このため、VAIO type Sには実にさまざまな新技術を搭載され、言ってみれば“VAIO ZになりたかったVAIO type S”というような製品だったようだ。そうしたこともあり、より高級感を出すためのデザインの1つとしてアルミニウムのパームレストが採用された。
ただし、このVAIO type Sでのアルミニウムはパームレストだけで、キーボードのベゼル部分などはプラスチックだった。そこも含めてC面カバーがすべてアルミニウムになったのが、次に紹介する「VAIO type Z」(VGN-Z73FB)だったわけだ。
「 VAIO type ZではC面カバー全体がプレス成形のアルミニウムになった。当初キーボードのための穴を開けたりすると歪むことが想定されたため、小型の試作製品を作ってみて、実現可能かどうかなどを検討していき、最終的に実現に至った 」という(VAIO株式会社 開発本部 テクノロジーセンター メカ設計部 メカ設計課 課長 原田真吾氏)。VAIO type Zになり、ついにC面カバー全体のアルミニウム化が果たされたわけだ。
VAIO X→Z2→Pro 13で完成を見たウェッジシェイプ&チルトアップ
現在のVAIOのノートPCは「ウェッジシェイプ(くさび型)&チルトアップ」という構造を採用している。これはノートPCの天板、つまりディスプレイ部分を開くとキーボードの奥側が持ち上がり、本体がチルトアップする仕組みのことだ。チルトアップにより、キーボードがタイピングのしやすい角度に調整され、手首にかかる負担を軽減できる。また、地味ながら放熱性を高める効果も期待できる。
このウェッジシェイプ&チルトアップ構造が完成形に近付いたのが、2013年にソニー時代のVAIOがリリースした「VAIO Pro 13」と「VAIO Pro 11」の2つだ。この製品で採用されたウェッジシェイプ&チルトアップ構造は、その後VAIOがソニーから独立した後も、VAIOのビジネス向け製品の中核であり続け、現在の主力製品と言える「VAIO SX14」や「VAIO SX12」につながっている。
「 こうしたウェッジシェイプ&チルトアップ構造は、いきなりVAIO Pro 13で完成したわけではなく、その前段階としてVAIO X、外付けGPUボックスを装着できる第2世代VAIO Zの2製品があった 」という(VAIO株式会社 開発本部 テクノロジーセンター 電気設計部 部長 兼 グローバル戦略本部 パートナー戦略部 宮入専氏)。ウェッジシェイプ&チルトアップ構造はいくつかのモデルで改良が行なわれ、徐々に完成形に近付いていったわけだ。
ただ、「 VAIO Xでは、CPUの消費電力が大きく減り、それに合わせて本体側を小さく薄くすることが可能になった。ただ、試作機ではその結果VGAコネクタを挿すと床と干渉してしまうという構造上のジレンマを抱えていた 」とのこと(宮入専氏)。
VAIO Xの角度が付いたキーボードについては、ユーザーの評価が高かったとのことで、VAIO Xの人気要素の1つになったそうだ。
しかし、角度を付けたいからと言ってVAIO Xのように底面にスタンドを設ける形だと、ユーザーが自分でスタンドを開くというアクションが必要になる。また、VAIO Xではおかしな方向の力がかかるとスタンド自体が外れる形になっていたそうだが、やはりスタンドの物理的な破損というリスクは否定できない。
そして、次の第2世代「VAIO Z」では、今のウェッジシェイプ&チルトアップの原型に近いものがほぼできたという。
第2世代「VAIO Z」では、VAIO Xに比べてヒンジの軸が下がり、ディスプレイ部の下部がデスク上に接地するようになり、キーボードが打ちやすくなった。同時にディスプレイ部が机に接地する部分には「オーナメント」と呼ばれるデザインが設けられるようになり、ほぼ現在のウェッジシェイプ&チルトアップ構造の完成形に近付いたと言える。
唯一の違いは、ヒンジ部分が本体から露出して見えるようになっていることで、VAIO Pro 13/11から現在のVAIO SX14/SX12ではこのヒンジ部分が本体の中に格納されて見えないようになっていることが大きな違いとなる。
「 このチルトアップ角度に関しては、経験的にこの間にあるとユーザーが入力しやすいと感じる角度が分かっている 」(林薫氏)とのことで、現在の製品でその最適な角度が設定されているわけだ。
VAIO Zで極まった性能アップ機能のVAIO TruePerformance
VAIOノートの特徴として、最後に知っておきたいのが高性能なCPUやGPUを搭載してきたという歴史だ。それを象徴するのが、VAIOのフラグシップ製品に冠される「Z」の名称を付けた製品だろう。VAIO type ZやVAIO Zなど、時期により名称は微妙に異なっているものの、「Z」が付けられた製品が同社にとって大きな意味があるのは間違いない。
この「Z」のハイパフォーマンスの歴史は、大きく2つの時代に分類される。1つはGeForceといった外付けGPUを活用したスイッチャブルグラフィックス、もう1つが標準よりも高いTDPのCPUを採用した時代だ。
前者のスイッチャブルグラフィックス時代のZでは、CPUにも特徴があった。簡単に言うと、当時のモバイルノートはIntelのノートPC向けCPUで言うところのULV(Ultra Low Voltage)と呼ばれる、CPUにかける電圧を低く抑えることで、同時に消費電力を下げるという設計が採用されていた。
確かにULVは低消費電力ではあるのだが、電圧を下げることでクロック周波数も下げないといけなくなってしまうので、性能はSV(Standard Voltage)というフルサイズのノートPC向けに比べて低いという弱点があった。
そこで、VAIO type Zなどでは、CPUにSV版を採用して、性能を引き上げるという手法が採られていた。それにスイッチャブルグラフィックスで外付けGPUも搭載することで性能を引き上げていたのが特徴だったと言える。
この設計はスイッチャブルグラフィックスの機能が搭載されなくなった新しい「VAIO Z」でも採用された。2015年のVAIO ZはTDP 28Wの第5世代Core(標準はTDP 15W)、2021年のVAIO ZはTDP 35Wの第11世代Core(標準はTDP15W/28W)をそれぞれ搭載しており、標準の熱設計の枠に比べてやや発熱量の多い高性能なCPUとなっていた。
これを可能にしたのは、VAIOの開発陣が歴代の製品で熱設計の技術を磨いてきたからにほかならない。他社で通常のTDPのCPUを採用していたのは、薄型軽量のノートPCではスペースに限界があり、何か特殊なテクニックでも適用しない限り、一段上のTDPに設定されているCPUが発する熱を放熱することが難しいからだ。
そうしたVAIOの熱設計技術の1つの集大成となっているのが、「VAIO TruePerformance」だ。その詳細に関しては、以下の記事で解説しているので、興味がある方は参照してほしい。
VAIO TruePerformanceについてざっくり説明すると、第8世代Core以降のIntel CPUには、Turbo Boostという一種の「公式オーバークロック機能」が用意されている。Turbo Boostは、標準設定よりもクロック周波数を上げてもCPUの限界設定温度に達するまでの時間にタイムラグがあることを利用したものだ。
CPUの温度が上がってくると、あるところで徐々にクロック周波数は下がっていき、最終的に規定のクロック周波数よりやや上の周波数で落ち着いて動作するようになる。その安定動作するクロック周波数をやや引き上げることで、できるだけ高いクロック周波数で動くようにする機能である。
VAIO TruePerformanceが搭載された経緯については、「 Intelのスペックを見ているうちに、熱設計について何も規定がないことに気が付いた。であれば、きちんとした熱設計を施せばクロック周波数などを引き上げて動作させることもスペックの範囲内だと考え、VAIO TruePerformanceを実装することにした 」という(VAIO株式会社 開発本部 テクノロジーセンター 電気設計部 EPL課 課長 板倉功周氏)。
VAIOはただIntelのスペックやデザインガイドといった資料のまま作らずに、最善の工夫を凝らしていることが分かるエピソードだ。
現在のノートPCのCPUスペックは、基本的に文字通りのスペックでしかない。そのスペック以上の性能を発揮できるかどうかは、PCメーカーの熱設計デザイン次第であり、性能アップさせるには実はそこの部分の比重が大きい。そのため、VAIOのように熱設計を真面目にやってきたメーカーにとっては、技術を生かしやすいということなのだろう。
現在のVAIO SX14/12へとつながる技術の系譜
ここまでで、VAIOにおける以下の5つの技術の発展を見てきた。
- 軽量堅牢素材開発
- WWAN機能開発
- アルミパームレスト開発
- ウェッジシェイプ&チルトアップ開発
- パフォーマンスアップ機能開発
こうしてソニー時代から長年開発してきたさまざまな技術の集大成が、今発売中の「VAIO SX14」と「VAIO SX12」へと受け継がれている。
いずれも天板と底面にカーボン素材を採用し、5G対応のSIMスロットをオプションで搭載可能。アルミニウムパームレストで強度や質感を高めつつ、ウェッジシェイプ&チルトアップのキーボード設計を承継。そして、独自に性能アップを図るVAIO TruePerformanceもサポートする。
VAIO SX14を筆頭としたVAIOのビジネスモバイルノートは、法人向けシェアを大きく伸ばしているとのことで、VAIOが進めてきた種々の製品開発が、現代ビジネスの現場に叶う重要な要素として機能していることもうかがえる。
PC WatchのVAIO関連の昔のインタビュー記事などを探してみると分かるが、今回インタビューした開発者で、ソニー時代からのVAIO開発者として登場している方も多い。我々は製品を購入する場合、その製品の一面にしか目がいかないものであるが、こうしてVAIO開発の系譜を追うことで、開発者たちによって長い年月をかけて技術が磨かれ、製品が進化してきたことが分かる。今のVAIOのノートPCは、ソニー時代を含めた30年近い歴史によって実現されているのだ。