笠原一輝のユビキタス情報局

VAIO創立10周年、会計年度2023年は台数も売上も2倍の急成長を遂げていた

 VAIO株式会社が2014年の7月1日にソニーから投資会社の日本産業パートナーズ(JIP)に対してPC事業が事業譲渡される形でスタートしたPCメーカーであることは本誌の読者にはおなじみの事実だろう。

 本日でVAIOは創立10周年を迎えることになり、それを記念した新製品というわけではないが、新しい製品として世界最軽量(同社調べ)の約325gを実現した14型モバイルモニターが発表されている。

 本記事では、VAIOをリードしてきた同社 取締役 執行役員 林薫氏に、VAIO製品の10年を振り返ってもらい、これからの展望についてもお話を伺ってきた。

ソニー時代のエンジニアリングチームを引き継ぐ

 以下の図1は、筆者が自前で作成したVAIOのノートPCをリリース時期別に図にしたものだ。

VAIO株式会社のノートPCリリースの歴史(筆者作成)

 新生VAIOは、2014年の7月1日に3製品でスタートした。それがVAIO Pro 13、VAIO Pro 11、そしてVAIO Fit 15Eという3製品で、いずれもソニーVAIO時代の製品を引き継ぎ、それをVAIOの製品としてリブランドしたものとなる。

 新生VAIOで設計された完全な新しい製品となったのが、2015年2月に発表されたVAIO Z(VJZ13Aシリーズ)だ。シェンロンという開発コードネームが後に明らかにされたVAIO Zは、TDP 28Wの第5世代Core(開発コードネーム : Broadwell)を採用していることが特徴で、VAIOの熱設計技術というアドバンテージを生かした製品になっていた。

VAIO Z(VJZ13Aシリーズ)

 また、5月にはVAIO Z Canvas(VJZ12Aシリーズ)という、ゲーミングノートPCに搭載するようなHシリーズ(TDP45W)の第4世代Core(開発コードネーム : Haswell)を採用したモデルが登場。タブレットPCとしては異色のスペックで、ペンとキーボードでクリエイターがイラストを描くのに適した製品としてリリースされた。

VAIO Z Canvas(VJZ12Aシリーズ)

 このVAIO Zが現代的なスペックのノートPCとしてよみがえったのが、2021年の2月に発表されたVAIO Z(VJZ141シリーズ)だ。第11世代Core(開発コードネーム : Tiger Lake)のH35というTDP35W版を採用した薄型ノートPCで、やはり熱設計技術の粋を集めて作られたことで高性能が話題になった。

VAIO Z(VJZ141シリーズ)

 現在はVAIOのハイエンド製品はVAIO SX14、VAIO SX12といういずれも14型と12型を採用したモバイルノートになっており、メインストリーム向けの製品がVAIO S13、そして廉価版の普及価格帯向け製品としてVAIO F14、VAIO F16というが昨年投入されて今にいたっている。

 1世代しか登場しなかった製品(たとえば2in1のVAIO A12やRyzenを搭載して普及価格帯を狙ったVAIO FL15)なども含めて、結構多くの製品がこの10年登場してきたなというのが筆者の正直な感想だ。

 というのも、ソニーという巨大企業の一部だった頃のVAIO事業であればともかく、今やVAIOは従業員数で言えば340名(2024年4月1日時点)の中小企業の規模であるからだ。その規模感で言えば、ここまで多くのモデルを出せていることには正直驚かされる。

 VAIO株式会社 取締役 執行役員 林薫氏はこれまでについて次のように述べている。

VAIO株式会社 取締役 執行役員 林薫氏

 「この10年はあっという間の10年だった。10年前、この会社がスタートしたときに思ったことは、チャンスもあるけれど、リスクも高いだろうというのが正直なところだった。

 ただ、非常に大きかったのは、ソニー時代に培っていたエンジニアリングチームを継承できたことで、一般的な中小企業で集めるのが難しい高いスキルを持つエンジニアリングチームを持ってスタートできたことは大きかった。また、中小企業の企業規模になったことで、逆に小回りが利くようになった面もあり、それもよい方向に振れた理由の1つだ」。

 林氏は、VAIOが多数の製品を世に送り出せてきた理由の1つがソニー時代のエンジニアリングチームを継承にあると説明した。

 また、規模が小さくなったことは、「規模の経済」であるPC事業を行なう上でもちろんハンデ(たとえば部材の購入価格など)となった側面も否定できないと思うが、その代わりに重役、開発陣、サポート担当者などがすべて安曇野の本社に集結していることで、会社としての風通しは良くなり、より新しいことにチャレンジする際の意思決定が早くなるなどのメリットがあったということだ。

2023年度に台数も売上も2年で倍になったVAIOのPCビジネス、その要因は?

VAIO Vision+(上側のモバイルモニター)

 VAIOが10周年を迎えるに当たって、筆者が「おやっ」と思ったことは、その10周年に合わせて発表された製品が、PC本体ではなくて、VAIO Vision+と呼ばれるモバイルモニターだったことだ。

 というのも、先ほどの図1を見れば分かるように、VAIOが一番直近で発表したPC製品は、昨年の7月に発表されたVAIO S13(VJS135)で、ハイエンド向けのSX14/12は第13世代Coreを搭載した製品が2023年6月に発表されて以来新製品は投入されていないからだ。

 その間に、Intelは新しいSoCとしてCore Ultraを発表しているだけに、そうした製品が10周年に合わせて発表されるのかなと思っていたため、やや肩透かしをくらった気がしていた。

 VAIOの林氏は、VAIOが独立後にはソニー時代にようにコストをかけて次々と新しいマシンを出していくという環境ではないことを認めつつも、新製品の開発が停滞しているわけではなく、たまたまこのタイミングではなかっただけだと説明した。

 ただ、そうしたノートPC製品はなくとも、実のところVAIOのPC事業は昨年投入した製品が好調な売れ行きを見せており、売り上げも台数も増加傾向にあるという。

 林氏はVAIOの昨年の会計年度(2023年6月~2024年5月期)における売り上げも、台数も2年前同期(会計年度2021年)比で倍になっているということ明らかにした。

【訂正】初出時には会計年度前年度比という表現がありましたが、正しくは会計年度2年前比でしたので表記を修正しました。お詫びして訂正させていただきます。

 このことは実に驚くべきことと言って良い。実はPC業界にとっては、暦年の2023年はここ数年で最も台数が減った年だったからだ。その要因としては、20年~22年のコロナ特需の反動が来たというのが多くの関係者の共通認識だ。

 暦年とはズレがあるとはいえ、そうした中で、会計年度23年の売り上げも台数も2年で倍になったというのは、大きな驚きだと言ってよい。なお、VAIOは株式市場などに上場していない非公開企業なので、財務諸表などは公開されていない。あくまでVAIOの公式見解にだけよることはお断りしておく。

 林氏によれば、急成長を遂げた要因としては、VAIOがこれまでの10年で徐々に進めてきた法人市場へのシフトが進んだことと、その法人市場の需要が急成長したためだという。

 「会計年度21年度比で売り上げも台数も2倍になっている背景には、法人のお客さまの意識変化が進んだことが大きいと考えている。従来の法人向けPCはコストと考えて、できるだけコストを抑えるという形でPCを買われるお客さまが大半だった。

 しかし、コロナ禍を経て、オフィスをなくしたりという変化を経て、従業員と会社のつながりがPCだけという企業が現れたりして、大きく意識が変わっている。むしろ、従業員が快適に使えるPCに投資するという考え方に切り替える企業が増え、それが弊社のノートPCの売り上げも台数も増えた要因だと考えている」(林氏)。

 コロナ禍から通常モードに変わっていく中で、ハイブリッドワーク(出社とリモートワークの混合的な働き方)のような働き方が市民権を得た結果、PCの導入を投資と考える企業が増えたため、高品質、高いデザイン性など、VAIOのPCが評価されるようになった結果というわけだ。

 林氏によれば、すでにVAIOの総出荷台数のうち、時期に揺らぎがあるそうだが、おおむね80~85%程度は法人向けというのが現状だとのこと。ソニーVAIO時代には、一般消費者向けがほとんどで、法人向けはおまけのような扱いだったことに比べると、そのコントラストは印象的でさえある。ただ、だからと言って別に一般消費者向けの製品展開をあきらめたわけでなく、それは今後も継続していくという。

 ただ、中小企業になったVAIOにとっては、安定した売り上げが期待できる法人向けがビジネスの中心になったことは、安定性を確保する上で大きな意味があるといえ、台数や売り上げが増えたことと同時にそれこそがVAIOにとっては重要なことだと言える。

 会社の規模が大きくなれば、それだけ新製品を開発する際にかけられるコストだって増えるわけだから、一般消費者向けのルートでVAIOを購入しているユーザーにとってもメリットがあると考えられる。

VAIO Vision+ 14はモノだけでなくコトも重視するVAIOの新しい開発方針を象徴

VAIO Vision+ 14の付属フォリオケースをスタンドにして、PCの上部にモバイルモニターを設置する使い方。カフェなどで机のスペースに制限があるような場所で使う場合などに便利そうだ

 林はこれからのVAIOの製品展開に関して以下の3つの柱を強調し、それにもとづいた製品開発を進めていくと説明した。

  1. 働き方の質を高める
  2. 持続可能なものづくり
  3. 日本のものづくりの未来を切り開く

 林氏は「働き方の質を高めるというのは、VAIOを手に取っていただいたお客さまがワクワクしながら働けるようにすること。ビジネスパーソンの生産性を上げるのはもちろん、同時に楽しんで働けるような製品作りを目指していくという意味になる」と述べる。

 また、持続成長が可能なものづくりに関しては「持続可能なものづくりというと再生素材の採用などがクローズアップしがちで、もちろんそれは大事でVAIOでもその取り組みはしていくことになるが、単にリサイクルに取り組むのではなく、お客さまにもメリットがある形にしていきたい」と説明した。

 そして日本のものづくりに関してはこの10年でいろいろな意味で後退を強いられているのは否定できないことを指摘しつつ、「日本のものづくりというと過去の成功体験にだけ依存していてはいけないと考えている。日本のものづくりは“モノ”には強いけれど、“コト”には弱いということがよく指摘されている。VAIOとしては、たとえば世界最軽量など“モノ”のスペックにこだわっていくのはこれまでと変わりないが、それと同時にその世界最軽量をどう使うのかという“コト”にもこだわっていきたいと考えている。それを体現するのが今回発表したVAIO Vision+だ」と述べた。

 今回VAIOが発表したVAIO Vision+ 14は、14型画面を採用したモバイルモニターとしては世界最軽量(VAIO調べ)の325gを実現しているが、同時にそれを活用するためのスタンドになるフォリオカバーが付属している。

 そのカバーがユニークなのは、縦方向に置くとノートPCの画面の上部にモニターを置いて上下2画面として活用できることにある。そうした使い方を実現できたのも、VAIO Vision+ 14が325gという軽量さを実現しているからだ(重いと安定させるのが難しくなる)。

 単に軽くできましたというだけでなく、軽さをどう生かしていくかということの提案が、林氏の言う“コト”にもこだわるVAIOの新方針を反映していると言える。

次世代PCの開発は地道な品質改善の取り組みとともに進行中

現在のVAIOのフラグシップモデルとなるVAIO SX14(第12世代Coreを搭載したVJS145、現在のVJS146は第13世代Coreを搭載)、次世代のSX14はどのような製品になるのか……

 PCユーザーとしては、VAIOの新しい製品開発方針が次世代のPC開発にどのように生かされていくかに期待したいところだろう。特にPC業界は今「AI PC」という新しいトレンドの真っ只中にあり、Microsoftの「Copilot+ PC」などが大きな話題を呼んでいるところだ。

 そうしたトレンドの中に、日本ローカルのPCメーカーはまだあまり入っていないというのが現状だが、すでにDynabookやパナソニックは、Core Ultraを搭載したAI PCのリリースをしているし、今後はVAIOがその列に続くのは疑いの余地はないだろう。

 ではVAIOらしい「AI PC」とは何か、そして林氏の言う優れたユーザー体験になる“コト”をどうやってAI PCで実現していくのか、それがVAIOにとってもAI PCに取り組んで行く上で鍵になってくるのだろう。

 林氏は「この10年くらいPCのコンピューティングパワーがクラウドに行くという大きなトレンドがあった。AI PCではそれが再びローカルに戻ってくるというのがその実態だ。それにより、セキュリティも含めてエッジ側にあるAI PCで何ができるのかをお客さまに提案していくことが重要だ」と述べた。

 また、この10年VAIOが継続して取り組んできた地道な製品の品質を上げていく取り組みも引き続き重要だと林氏は強調する。VAIOが独立して得たことの1つとして小回りが利くより柔軟な組織があることはすでに述べた通りだが、実のところ、そのメリットを最も享受していたのが、製品品質の管理(いわゆるQA)だという。

 林氏は最後に次のようにまとめた。

 「ある特定のお客さまの不良報告を受けて、再現試験を何度やっても再現できないという事例があった。条件を加速度的に悪いほうに振って試験したり、強い力を入れても全然再現できずに頭を抱えていた。そこで試しに弱い力で試験してみたら、それで再現することが分かった。この力でここを押すとストレスがかかる共振が発生することが分かり、それを防ぐ対策ができるようになった。

 このように品質を上げるという作業は本当に地道な作業で、お客さまから上がってくる不良のレポートは宝の山だ。そうした問題を単にユーザー事由だと決めつけるのではなく、そこをきちんとチェックしていくと、全体の不良率が下がっていく傾向があることがすでに分かっている。そうして地道に取り組んできたことでこの10年で不良率が全体のトレンドとして下がっていっている」。

 サポート窓口から上がってくるレポートがダイレクトに開発部門に届くようになったことで、徐々に不良率が下がっていくなどの品質面での改善効果があるとのことだ。