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スペック値よりも全然短いんだけど!ノートPCのバッテリ駆動時間が公称値と実利用で差が出てしまう理由
2024年5月31日 06:21
日本で販売されているノートPCの多くが「JEITA 測定法」と呼ばれる、日本独自のバッテリ駆動時間測定法を使用している。ただ、その動作時間はユーザーの体感とだいぶかけ離れており、実際の利用時間はざっくりその半分程度。つまり、20時間の動作が謳われていたら、10時間くらいが限界だったという感じだ。
そのJEITA測定法について、昨年(2023年)から新しく「JEITA バッテリ動作時間測定法(Ver. 3.0)」が公開され、昨年の12月1日以降に販売された製品から、同Ver. 2.0と併記される形で導入されている。すでに製品ページなどで見たことがあるという人も増えていることだろう。
そこで、そもそもJEITA バッテリ動作時間測定法(Ver. 3.0)にはどういう意味があるのか、実利用時間との乖離はどうなったのか、そのあたりをJEITA(電子情報技術産業協会)と、レノボ・ジャパンに取材して確かめてきた。
バッテリ駆動時間の測定方法統一を目指したJEITA測定法
ノートPCのスペック表などに記載されるバッテリ駆動時間の計測方法が、「JEITA バッテリ動作時間測定法(Ver. 3.0)」へと移行が始まっている(以降は略称のJEITA 測定法 3.0で統一)。
そもそもJEITAというのは「電子情報技術産業協会」の英語略名称で、電機メーカーなどが加盟する一般社団法人として運営されている。ITやエレクトロニクス産業などに向けたさまざまな統計を取ったり、政策提言を行なったりという活動をしており、JEITA統計によるPC出荷台数などがよく知られている。
そのJEITAが策定したバッテリ駆動時間の計測方法が、JEITA測定法の最初のバージョン(JEITA 測定法 1.0)で、2001年に導入された。JEITA 測定法 1.0では、それまでメーカー間でバラバラに行なっていたバッテリ駆動時間の測定方法を統一し、同じ手順で実行することで、より公平にバッテリ駆動時間をスペック表に掲載することを目的にして策定されたものだった。
そこから13年経って改訂されたのがJEITA 測定法 2.0で、こちらは約10年近く前になる2014年2月に発表されて導入されている。
JEITA 測定法 1.0と2.0の詳細は関連記事を参照してほしいが、要するにその当時にノートPCにとってはJEITA 測定法 1.0は軽すぎるバッテリテストになってしまったので、より重い処理を行なって実態に近いものにしたい、という意図でテスト内容が改訂された。
そして、そこから約9年が経過した昨年の5月に、さらに改定されたJEITA 測定法 3.0の導入されたわけだ。
「2014年にJEITA 測定法 2.0をリリースしてから、5年程度が経過した頃から、実働時間との乖離があるという質問が各メーカーに寄せられるようになった。そこで、2021年の7月に検討委員会を立ち上げて、JEITAに加盟しているPCメーカーを集って検討し、2022年の12月頃に3.0の骨格が出来上がり、2023年の5月末に正式に報道発表を行なった」(JEITA PC・タブレット事業委員会 小山良男氏)という。
筆者の感覚ではJEITA 測定法 2.0導入当初は大まかに言って実バッテリ駆動時間はJEITA 測定法 2.0の半分程度だったが、それが3分の1、最後の方は4分の1ないしはそれ以下になってしまっていた。
メーカー公称値のJEITA 測定法2.0でのバッテリ駆動時間18時間になっている実際の製品「Lenovo IdeaPad Slim 5 Light Gen 8」(Ryzen 7730U/メモリ16GB/輝度60%設定)で実作業としてテストしてみると、テキストエディタでのテキスト編集、Webサイト巡回、約2時間程度のWeb会議、作業中における4時間くらいのながら動画視聴を行なうと、バッテリ10%までが約9時間、0%までで10時間というのが実利用環境だった。JEITA 2.0測定法の結果から大体半分というのは概ね肯定される結果と言える。
JEITA 測定法 3.0では実際との乖離を抑えるために調整
それではJEITA 測定法 3.0は、どのような議論を経て、どのような形の改定になったのだろうか?
JEITA PC・タブレット事業委員会の川瀬旭弘氏によれば、「検討委員会の中でもさまざまな議論があった。ノートPCのバッテリ駆動時間は、使い方によって変わってくる。動画だけを見た場合、Officeアプリを使っている場合、あるいはそれらをミックスしている場合と利用シーンによって変わる。このため、どのようなアプリを使って計測するのが一番公平かつ実現可能なのかということを議論した」とのこと。
たとえば、Officeアプリを利用している場合、CPUやGPUが多少使われたり、アイドル(待機状態)になったりする。実際にはユーザーがキー入力している間などは、CPUはほとんどアイドル状態になるので、電力はさほど食わない。
しかし、何かアプリを起動したりすると、CPUはフルパワーになり、アプリ処理によってはずっとフルパワーの状態が続くこともある。その間は当然バッテリが勢いよく消費される。
動画を再生するときは、現代のPCの場合GPUに内蔵されているハードウェアデコーダが動作して動画を処理するため、CPUやGPUはほとんどアイドル状態になる。つまり、CPUやGPUにとってアイドル状態を除き、最も電力を消費しない状態で動作しているのが動画再生の状態になる。
また、ディスプレイの輝度もバッテリ駆動時間に大きな影響を与える。というのも、ノートPCのほとんどに採用されている液晶パネルには、構造上バックライトが必須で、バックライトの明るさで輝度が決まってくる。輝度を上げれば上げるほど、バックライトを明るくしないといけないので、消費電力が増える。
意外なところではキーボードのLEDバックライトもバッテリ駆動時間に影響がある。後述するLenovoの調査によれば、LEDバックライトをオンにしていると1割程度の影響があるという。
そのようにさまざまな要素がノートPCのバッテリ駆動時間に影響を与えている。同じ設定でJEITA 測定法 3.0を実行すると、キーボードバックライトオフの場合はベースのバッテリ駆動時間に対して77%だったが、キーボードバックライトをオンにする48%になり、大きくバッテリ駆動時間が減っていることが分かる。つまり、バッテリ駆動時にはキーボードバックライトをできるだけオフにしておくと、より長時間駆動が可能になるということだ。
そうした現状を踏まえた上で、JEITAのワーキングループでは現実を見据えて、より処理の負荷を上げる変更を加えたと川瀬氏は説明した。その変化は大きく言って2つある。
1つ目は結果の表示方法の変更だ。今回のJEITA 測定法 3.0では、動画再生時とアイドル時の2つの動作時間を計測することはJEITA 測定法 2.0と同じなのだが、JEITA 測定法 2.0では動画再生とアイドル時の平均値をスコアとしていた。
一方で、JEITA 測定法 3.0では2つそれぞれを併記するようになっている。つまり、動画再生時とアイドル時という2つの利用シーンそれぞれの結果を表示することで、よりユーザーに情報を提供しているのだ。
2つ目は動画再生時の負荷を現代的にすることだ。JEITA 測定法 2.0では画面輝度が150nit(=cd/平方m、以下同)で再生する動画ファイルが1,920×1,080ドット(フルHD/2K)/30fpsだったのに対して、JEITA 測定法 3.0では画面輝度が200nitに引き上げられ再生する動画ファイルも3,840×2,160ドット(4K)/60fpsに強化されている。
これにより、輝度が上がる=バックライトの電力が増えるということになるので、JEITA 測定法 2.0に比べて消費電力は増える。加えて、動画ファイルの解像度とフレームレートが上がるので、CPU(SoC)への負荷は増える。
ただし、現代のSoCは、いずれもハードウェアデコーダを内蔵しており、動画の再生は固定ハードウェアが行なうため、4K/60fps程度の動画であればCPUへの負荷はほとんどない。
このため、実質的にはCPUもGPUもアイドル状態にある状況を計測していることになり、負荷としてはやや軽い部類の処理になることは否定できないのも事実だ。
依然として乖離があるJEITA 3.0
現代のユーザー利用環境はもう少し複雑で、たとえばアメリカに行く飛行機の中で使うと考えた場合、最初の2時間は動画を見て、次の3時間はPowerPointでスライドを作成し、次の2時間はWebブラウザで電子メールを書いている……というミックスされた環境が一般的だろう。
そう考えると、そうした環境を再現できるようなベンチマークツールがあれば、よりユーザーの実利用環境に近いバッテリ駆動時間を再生できる可能性がある。
たとえば、BAPCoの「MobileMark 25」や、UL Solutionsの「PCMark 10 Applications」と「Procyon Battery Life Benchmark」などはその代表だ。
MobileMark 25を例に取ると、オフィスアプリとしてはMicrosoft Office(Word/Excel/PowerPoint/Outlook)と、Adobe Acrobat Pro、WebブラウザとしてのGoogle Chrome、そしてクリエイターツールとしてAdobe Creative Cloud(Photoshop/Lightroom Classic CC/Premiere ProとAudition)、ユーティリティとしてCorel WinZipとShotcutなどがインストールされ、文章やコンテンツを作るというシナリオでアプリが自動実行され、その応答速度を計測して性能のスコアを計測し、同時にバッテリ駆動時間を計る仕組みになっている。
実際、グローバルにバッテリ駆動時間をテストする場合には、こうしたMicrosoft Officeを利用したベンチマークプログラムを利用するのが一般的だ。
たとえば、グローバルでのLenovoはThinkPadシリーズのバッテリベンチマークとして、JEITA測定法とMobileMark 25のようなベンチマークを併用している。
Lenovo製品のスペックを公開するPSREFでは、JEITA測定法の数値と、MobileMark 25のようなMicrosoft Officeを利用したバッテリベンチマークの結果が併記されていることが分かる。
レノボ・ジャパンの開発者は「JEITA測定法は日本のユーザー向けとしてテストしている。JEITA測定法のすばらしいところは、複数の異なるメーカー同士を同じ土俵で比較できることだ。それに対してMobileMark 25ではより、ユーザーの実用環境に近い結果を出せるため、意味があると考えており、グローバルにはこちらを使っている」と説明する。
Lenovoの調査によればJEITA 測定法 2.0を基礎データにした場合、JEITA 測定法 3.0はバッテリ駆動時間が77%(JEITA 測定法 2.0に比較して-33%)に減少するという。つまりそれだけテストの負荷が高い。それに対して、MobileMark 25は28%(JEITA 測定法 2.0に比較して-72%)になり、JEITA 測定法 2.0と比較して約4分の1程度になっている。
具体的に考えれば、JEITA 測定法 2.0で30時間だったと仮定すると、JEITA 測定法 3.0では23時間になり、MobileMark 25では8.4時間になるということだ。
ユーザーの体感からすれば、MobileMark 25のほうがよりユーザーの体感に近いデータと言える。そう考えると、JEITA 測定法 3.0の平均値の約3分の1が実利用時間に近い結果だと考えられる。
Lenovoが公開したデータによれば、JEITA 測定法 3.0をテスト中のシステム全体の消費電力は、4W前後とアイドルよりは高いがMobileMark 25のように、動的な動きがほとんどないことが分かる。
それに対してMobileMark 25ではアプリが起動するたびに5Wから10Wの間ぐらいで消費電力が跳ね上がっており、しばらくするとアイドルになり消費電力が下がるということを繰り返している。実際のユーザーの利用環境でも、そうした動作をすることが想定されるため、この観点で見てもMobileMark 25のほうがユーザーの実利用環境に近いテストだと考えられる。
JEITA測定法の目的は他社との比較を公平すること
JEITAによれば、JEITAの検討委員会でもそうした実情は理解しており、MobileMark 25などの導入は真剣に検討したという。
「最大の問題はMobileMark 25などは言語が英語環境でしかサポートされていないということ。そして現状1年に1度新しいOSのパッチが導入されることを考えると、たとえば将来のOSアップデートでMobileMark 25が動かないという問題が発生することは当然想定される。そうなったときに、誰がそれをサポートするのかなどを含めて現実的に考えると無理なのではないかといった議論になった」(JEITA検討委員会の関係者)との通りで、従来の動画再生を利用した測定法を選択したことになる。
というのも、MobileMark 25のような実アプリを使ったベンチマークは複雑な構造になっており、設定を1つ間違うだけできちんと動かなかったり、OSのバージョンが上がるとそれが問題になって動作しなくなったりする。
そのたびにパッチを当てたりしないといけないのだが、それも英語環境では動作が保証されていても、日本語環境では動作が保証されないという課題がある。JEITAは営利団体ではないので、それをサポートするのは難しい。
また、今はWindows OSの機能更新プログラムが1年に一度あり、場合によっては1カ月に一度新しい機能が追加される。そのたびに、MobileMark 25のような複雑なベンチマークが動かなくなる可能性があることを考えると、その対応が難しいと考えるのも無理はないところだ。
JEITAの川瀬氏は「JEITA測定法の重要な役割は、同条件の中で異なるメーカー間でバッテリ駆動時間を比較できることにある。まずはそこを優先することが第一であり、どのOSであろうが、どのメーカーのPCであろうがテストできる動画の再生とアイドルというやり方を続けることにした」と述べた。
確かに、こうした方法を採ることで、Windows OSのPCだけでなく、macOSを搭載したデバイス、ChromeOSを搭載したデバイスでもJEITA 測定法 3.0は実行できる。もちろん、macOSを搭載したデバイスを販売するAppleがJEITAに加盟しているわけではないので、JEITA 測定法 3.0を採用する義理はないし実際に利用されていないのだが、そういうことも可能ということだ。
また、NEC PCのようにChromebookを販売している国内メーカーであればChromebookのバッテリ駆動時間測定をJEITA 測定法 3.0で実行できる。そのことは確かにメリットだと言え、異なる製品同士を簡単に比較できるツールとしての「JEITA 測定法 3.0」に価値があると言えるだろう。
さらに言えば、JEITA測定法では、ユーザーも同じ方法で検証できるということも重視されている。PCMark10は個人利用では制限があるものの無料で使えるとは言え、MobileMark 25も含めて基本的に有料であり、そうなると手を出しにくい。
しかし、JEITA測定法では測定に利用する動画や設定条件などは公開されており、その方法さえ理解すれば誰でも実際に売っている商品を使って計測できるわけだ。
JEITA 測定法 3.0では平均値の3分の1ぐらいが実利用時間
このように、ユーザーの理想から言えば、より実環境に近いスコアということでMobileMark 25のようなバッテリベンチマークのほうが望ましいことは否定できないが、異なるメーカー間でより手軽に公平な比較ができるという意味ではJEITA 測定法 3.0に十分な価値がある。
その観点で、ユーザーとしてはそれぞれの特徴を理解しておき、かつ目的に応じてどのスコアを参照するか選択することだ。グローバルのPCメーカーの場合、LenovoのようにMobileMark 25とJEITA測定法の両方を公開している場合があるので、実利用時間に近いバッテリ駆動時間の公称値を知りたいならMobileMark 25のスコアを参照することになる。
それに対して、ほかのメーカーと比較したい場合にはJEITA 測定法 3.0を参照することにだろう。国内メーカーの場合はJEITA測定法のスコアのみを公開していることが多いので、JEITA 測定法 3.0のスコアとして公開されている2つのスコア(動画再生とアイドル時)の平均値をさらに3分の1ぐらいにすると実利用時間に近いバッテリ駆動時間と理解しておけばいい。
PC販売の現場を見ると、ビジネスPCを入札で決める場合などには「スペック要件書」という、企業側が求めるスペックをPCベンダーに提示するのが一般的だ。そのスペック要件の1つとして「JEITA 測定法 2.0でxx時間」といった条件が入っているのが通常で、他社製品との比較で公平なモノサシとしてJEITA測定法が利用されている現実があることも忘れてはならないだろう。
JEITA測定法にはJEITA測定法のメリットがあり、JEITA 測定法 3.0はそこを維持したまま、可能な限り現代の使い方に近づけたものと評価できる。
なお、JEITA 測定法 3.0は昨年の12月から発売されたPCでスペックに記載され始めているが、2023年12月1日から2024年11月31日までの1年間は移行期間とされており、スペック表にはJEITA 測定法 2.0とJEITA 測定法 3.0を併記するというのがJEITAのガイドラインで定められている。
そのため、JEITAに加盟しているPCメーカーのスペック表には2.0と3.0のスコアが併記されている。ただ、それも11月31日までになるので、JEITA 測定法 2.0をベースに商談を続けているような流通チャンネルや発注元は、それまでにJEITA 測定法 3.0の活用へ移行しておく必要があると言える。