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民間月面探査「HAKUTO-R」、月面に自由落下してハードランディングか。取得データは次のミッションに

 宇宙スタートアップの株式会社ispaceが世界で初めての民間による月面探査プログラム「HAKUTO-R」ミッション1のランダー(月着陸船)月面着陸を、予定通り日本時間2023年4月26日午前1時40分を目標に試みた。降下オペレーションは順調に進んだものの、着陸予定時間直前に通信が途絶した。その後、通信は回復せず、月面への軟着陸は確認できなかった。

 後に解析したところ、ランダーの高度速度情報に誤差が生じ、高度の見積もりを誤ったことから、正しいタイミングと推力でスラスターを噴くことができず、最終的には燃料の推薬が切れて、月面へ自由落下したと推定されるという。搭載しているペイロードの状態は確認できない。

 東京・日本橋にあるミッションコントロールセンター(地上管制室、MCC)では、テレメトリーから着陸シーケンスの終盤にランダーの姿勢が月面に対して垂直状態になったことは確認したが、着陸予定時刻を過ぎても着陸を示すデータの確認には至らなかった。

 降下シーケンス開始から月面到達までの様子はYouTubeライブ中継も行なわれ、ネット上でも多くの人が見守った。着陸予定時間を過ぎた後にはMCCでテレメトリーを確認しようとしている様子も中継されたが、通信は回復せず、袴田氏が現場の報告と既に多くのデータを収集していること、そして関係者に感謝の言葉を述べて中継は終了となった。

 その後、同社ではランダーの推進燃料の推定残量がなくなったことと、データ上、急速な降下速度の上昇を確認。最終的にテレメトリが取得できない状態となった。これらの状況から、ランダーは「最終的に月面へハードランディングした可能性が高い」と考えており、同社はミッション1において設定した10段階のマイルストーンのうち、「月面着陸及び通信の確立」という「Success9」には達成できないと判断したと発表した。データに関しては今後、詳細な解析を進める。

 一方、「Success 8」までのマイルストーンでは成功を収めることができ、「Success 9」中においても、着陸シーケンス中のデータも含め、月面着陸ミッションを実現するうえでの実際のデータやノウハウなどを獲得することができたとしている。今後はこれらのデータを活かす。

ispaceが設定した10段階のマイルストーン。8までは達成し、9の直前までのデータを取得した Credit: ispace

高度推定に誤り、最後は自由落下してハードランディング

株式会社ispace 代表取締役CEO & Founder 袴田武史氏

 26日午前10時に行なわれた記者会見で、株式会社ispace 代表取締役CEO & Founderの袴田武史氏は「昨晩(今朝)、民間初の月面着陸を目指してオペレーションを進めてきた。残念ながら着陸確認ができない。その後、通信確立を試み、データの解析を行なってきたが、午前8時の段階でも通信確立ができないことから「Success9」の着陸が達成できない状況を確定した」と語った。

 そして「Success 8までサクセスを積み上げて達成してきている。9でも着陸する直前まで通信を確立してデータを取得できたことは大きな達成。今後のミッション2、ミッション3でも着実に達成度を上げるための次への大きな大きな一歩だと考えている」と強調した。

株式会社ispace CTO 氏家亮氏

 着陸想定時刻にはMCCで運用に携わっていたCTOの氏家亮氏は「昨晩ホテルに戻ってから、色々な方に注目してもらっていたことに改めて気づいた。期待に応えられなかった」と述べ、着陸シーケンスを再度説明した。

 ランダーはまず「デオービット」と呼ばれる短い軌道制御のマヌーバを計画通り0時40分ごろに実施。着陸のための楕円軌道に移った。その後、姿勢制御だけを行なって飛行し、その後のさらなる減速の「ブレーキングバーン」、姿勢を立てて最終降下姿勢へ移行する「ピッチアップ」も計画通りに実施された。

HAKUTO-R ミッション1 着陸シーケンス Credit: ispace

 ランダーはタッチダウン時にはアシストスラスターだけで降下していく。そのモードにも達した。最終的にタッチダウンに至るまで速度を十分に抑えて降下する予定で、推定高度情報は着陸状態(高度0)まで至ったが、着陸を検知するデータは送られてこず、そのまま高度はマイナスとなっていった。

 ランダーはそのままジワジワと速度を落としながら降下を続け、一定のところまで降りたところで、推定される推薬の量が底をついたと思われるところでアシストスラスターが不安定となり、落下速度が増加していって、最終的に通信が途絶えた。最終的な落下速度や高度は不明。おそらくはブレーキングバーンの後に、徐々に推定高度が実際とズレていったと考えられる。

 「最後は自由落下してハードランディングした事象」だと推定され、高度推定を誤った原因については、ハードウェアにあるのかソフトウェアにあるのかなども含めて、解析を進めている途中とのこと。なお高度情報はLiDARのほか、レーザーベロシメーターを使って計測・推定しているという。

ispace HAKUTO-R ミッション1ランダー。ドレイパー研究所の誘導・航法・制御システムやドイツのアリアングループのスラスターを採用。 Credit: ispace

 氏家氏は「昨晩見ていた状況はあくまでテレメトリ情報。本当のランダーの情報は異なる。我々はそのギャップをなるべく小さくして誤差を許容しようとしている。高度がマイナスになってもタッチダウンしてないということは、現実とテレメトリからの情報に乖離があり、燃料が尽きて自由落下に繋がった。着陸の態勢にはなり、そこから決められた精度で降下していったが、最後は燃料が尽きて自由落下し、軟着陸には至らなかったと推定される」と語った。高度だけでなく速度・位置の推定にも誤差が生じていた可能性があり、実際にどのくらいの誤差範囲のなかに収まっていたのかは今後精査する。

今後のミッション2と3は調達済み資金で実施可能

ispaceが「HAKUTO-R ミッション3」で運用予定のSeries 2ランダー。Credit: ispace

 ispaceでは2024年の「HAKUTO-R ミッション2」では月面探査を行なう予定。2025年を予定する「ミッション3」では新しいバージョンのランダーを使って、NASAの商業月面輸送サービス・CLPS(Commercial Lunar Payload Services)プロジェクトのペイロードも運んで、月の裏側に着陸する予定としている。

 袴田氏は今回の意義について「非常に有意義なミッションになっている。着陸直前までデータを確認できた民間企業は我々だけ。実際に宇宙に出てデータを獲得したことは、今後のミッションの蓋然性を上げていくため非常に大きなデータだと思っている」と語った。今後詳細な解析を行ない、シミュレーションのベースになる推測値の精度を今回のデータをもとに高めていく。

 同社がグロース市場に上場していることから投資家に対するコメントも求められた。袴田氏は「長期的に事業が継続できる基盤を構築している。ミッション1は達成できなかったが、今後、ミッション2、3を達成する。中長期的目線で応援いただければと思う」と語った。これまでも外部レビューを入れてフェーズごとの審査を行ない、マイルストーンの開示を行なってきており、今後も説明を尽くしたいと述べた。

株式会社ispace CFO 野﨑順平氏

 ispace CFOの野﨑順平氏も「リスク開示は最大限行なってきた」と語った。ミッション2と3に関しては、手元資金と既に調達済みの資金で賄えるという。一方で開発を続けるには追加投資が必要であることも事実で、「資金繰りは維持していけるが開発資金は大きく、今後も調達は必要となる。正直申し上げて着陸したかった。できなかったことは残念。一方昨晩から次のミッションへのモチベーションも高く感じている」と述べた。なお「ミッション前から売上は達成しているため、サクセス9を達成できなかったことの今期業績予想への影響は軽微」。ただし、「来期以降の予想は難しい」とのことだった。

 なおispaceは2022年11月に三井住友海上の「月保険」に入っている。補償内容については今後の協議が行なわれる。

 同社は非常に多様性に富んだメンバーから構成されているが、「月に行く」という大きなビジョンでチームがまとまっているという。CTOの氏家氏は感極まった様子も見せつつ「心から感謝を伝えられる。こういう機会を袴田さんが作ってくれて、そこに参加できた。今回は着陸成功とは言えないが貴重な経験だと思っている。これからも一緒に頑張りたい」と語った。

 高度が正確に分からなかった問題については詳細なスタディと本質的な問題解決を進め、より確実な月面への輸送の実現を目指す。

会見中、氏家氏は感極まった様子も見せた