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視覚障がい者の町歩きを助ける「AIスーツケース」開発へ

~IBMほか5社が業界の壁を超えて集結

 アルプスアルパイン株式会社、オムロン株式会社、清水建設株式会社、日本アイ・ビー・エム株式会社、三菱自動車工業株式会社は2020年2月6日、「一般社団法人 次世代移動支援技術開発コンソーシアム」を2019年12月20日付で設立したと発表し、東京・江東区にある清水建設技術研究所で記者会見を開催した。

 視覚障がい者の実社会におけるアクセシビリティと生活の質向上を目的として、AIを活用した移動やコミュニケーション支援のための統合ソリューション「AIスーツケース」の開発と、社会実装に向けた実証実験を行ない、障がいのある人もない人も、互いに、その人らしさを認め合いながら共に生きる「共生社会」の実現を目指す。

 「AIスーツケース」は、視覚障がい者の街での移動を助けるためのスーツケース型ナビゲーションロボットとウェアラブルデバイス(カメラと触覚デバイス)から構成されるシステム。カメラのほか距離センサや加速度センサー、内蔵バッテリや駆動部などを持ち、位置情報と地図情報から目的地までの最適ルートを探索する機能、音声や触覚を使った情報提示による誘導機能、カメラ・センサーからの情報を使って障害物を認識し回避する機能のほか、周囲のお店の案内や買い物を支援する音声対話機能、カメラを使って知人を認識して相手の表情などから状況を判断してコミュニケーション支援する機能、行列に並ぶような社会的行動を支援する機能などを持つ。

AIスーツケース。LiDARやデプスカメラなどを搭載
ハンドル・センサー部

 コンソーシアム設立のきっかけであり、発起人兼技術統括者であるIBMフェロー浅川智恵子氏による米国カーネギーメロン大学(CMU)でのスーツケース型誘導ロボット「CaBot」の研究をベースとしている。今後、参加企業5社、CMUほか各大学、関連する支援団体などと協力して、新しいアクセシビリティ技術の開発を進める。2020年6月には公開実証実験を東京都内の複合商業施設で実施し、2022年の社会実装を目指す。

各社技術と役割分担
2022年以降の社会実装を目指す

コンピュータが人の機能をリアルタイムに補う「Cognitive Assistant」

IBMフェロー、カーネギーメロン大学客員教授 浅川智恵子氏

 IBMフェロー、カーネギーメロン大学客員教授の浅川智恵子氏は、中学生のときにプールでの怪我がもとで失明。教科書を含むあらゆる書籍が読めなくなったことがもっとも悲しかったと振り返った。IBMで情報アクセシビリティの研究に取り組み、文字の点字化システム、音声リーダーブラウザなどの開発に従事した。これら技術によってアクセシビリティは大きく向上した。

 だがモビリティにはまだ課題がある。「自由に安心して町歩きを楽しむという面では、今でもあまり状況は変わっていない。それを可能にすることが今の私の研究の目標であり、コンソーシアムの目標だと述べた」。そして昭和時代の「光速エスパー」というヒーローもの番組を紹介し、小さな小鳥型ロボットが主人公の肩に乗って情報を伝えていたことが印象的だったと語り、それは今は手の届くところにあると述べた。IBMでは人に寄り添い、コンピュータが人の機能をリアルタイムに補う技術をCognitive Assistantと呼んでいる。

浅川智恵子氏による「Cognitive Assistant」

 浅川氏らが開発した「Navcog(日本ではインクルーシブナビ)」という屋内高精度ナビゲーションアプリはすでにリリースされて使われている。だが、これではまだ精度が足りないなどの課題がある。そこで浅川氏はスーツケースを使ってうまく歩く方法を見出したことから、スーツケースを使えば、自然に人をナビゲーションすることができる技術が実現できるのではないかと考えたという。

屋内高精度ナビゲーションアプリ「Navcog(日本ではインクルーシブナビ)」
AIスーツケース完成イメージ。環境を認識し、ユーザーを助ける

 今、CMUでは3号機を開発中で、各ユーザーの速度に合わせた誘導、軽量化などの課題があり、それらを解決するには各技術を統合することが必要であり、コンソーシアムの設立に至ったという。

CMUで開発中の3号機

 AIスーツケースはアクセシビリティ向上のための技術だが、歴史を振り返ると、電話や字幕など、このような技術がのちのイノベーションに繋がった例は少なくない。そして「ユニークなニーズが多くのイノベーションを創出してきた。次はAIの時代だ」と締めくくった。

アクセシビリティ向上のための技術がイノベーションに繋がる

3年間で社会実装の構想を練る

一般社団法人 次世代移動支援技術開発コンソーシアム代表理事、日本アイ・ビー・エム株式会社 東京基礎研究所所長 福田剛志氏

 一般社団法人 次世代移動支援技術開発コンソーシアム代表理事で、日本アイ・ビー・エム株式会社 東京基礎研究所所長の福田剛志氏は、はじめに「AIがあらゆるシーンを変えようとしている。AIを使えば新たな共生社会が実現できるはず。だがまだまだやらなくてはならないことがたくさんある」と述べた。

 AIスーツケースを実現するためには、ロボット技術、測位・ナビゲーション技術、顔画像認識、対話AI、行動・環境認識技術、触覚インターフェース技術、クラウド技術などを統合し、実際の環境で安定して動かす必要がある。そこで5社が各技術を持ち寄って実現を目指す。電子機器、自動車、まちづくり、ITソリューションなどを手がけてきたメンバー企業の技術を持ちより、実証実験を行うことで課題を洗い出しつつ使い勝手をよくし、技術の社会的受容面、持続的ビジネスモデルなども検討し、実用化を目指す。

 コンソーシアムの活動を通じて得られる知見は、直接/間接的にさまざまな応用が可能だと考えているという。そして「今後、世に出る製品やサービス、都市全体をよりアクセシブルにすることに貢献できると考えている。3年間のコンソーシアムの活動を通じて、よりよい社会作りが進むことを願っている」と述べた。

 利用形態そのものが個人所有になるのか、社会の共有物のようなかたちになるのか、価格はいくらぐらいなのかといった側面はまだ検討中とのことだった。目標サイズや重量は「空港でチェックインができる」ものを目指しているという。とくにネックとなるのはバッテリだが、「10kg前後」を目指したいとのことだった。また、ロボットが自然に人と一緒に移動すること、ユーザーが手元に持って移動できるシステムの実現が難しいと考えているという。

2020年6月に実証実験
社会的受容面、持続的ビジネスモデルなども検討

AIスーツケース開発を通じて未来のモビリティを作る

左から日本アイ・ビー・エム株式会社 東京基礎研究所所長 福田剛志氏、オムロン株式会社 技術・知財本部副本部長 研究開発センタ長 竹内勝氏、IBMフェロー 浅川智恵子氏、清水建設株式会社 専務執行役員技術研究所長 石川裕氏、アルプスアルパイン株式会社 技術本部開発部 主幹技師 白坂剛氏、三菱自動車工業株式会社 車両開発技術本部 本部長 原徹氏

 各社は持ち寄る技術と課題について、下記のように述べた。三菱自動車工業株式会社 車両開発技術本部 本部長 原徹氏は、「今のところ車の技術そのもののうち、これを入れればいいというアイディアはできてないが、電力消費を抑えたり回生したりする技術や小型化に関する提案はできるのではないか。コンソーシアムの活動を通じて、われわれ自身も学びたいと考えている。AIスーツケースは新しいモビリティを考えていくなかでは、『小さな自動運転車』として捉えることもできる。将来のモビリティを考えるヒントが得られるのではないか」と語った。

 触覚技術を提供するアルプスアルパイン株式会社 技術本部開発部 主幹技師の白坂剛氏は、「一番の課題は人が触ったとき、デバイスから振動がきたときに、本当にわかりやすいのか、心地いいのか。人はどういうときに心地よさを感じるのか。人を理解した上でデバイスはどうあるべきかを考えないといけない点だ」と述べた。

 清水建設株式会社 専務執行役員技術研究所長 石川裕氏は、「2つの技術を提供する予定。1つ目は屋内での位置測位とナビゲーション技術。すでにスマートフォンを使ったナビゲーション技術として提供しているもので、2019年の10月から『コレド日本橋』で実装している。もう1つは各社から提供される技術を導入していくところも担当する予定。まだまだ重量も機能も解決しなければならない課題がある」とした。

 顔画像認識技術を担当するオムロン株式会社 技術・知財本部副本部長 研究開発センタ長の竹内勝氏は「課題は障害者が近づいてくる知人と自然なコミュニケーションを果たせるかというところに尽きる。色々な顔の向きから登録者のうち誰かを認識し、話しかけていい状態なのかどうか表情から認識して知らせる。結構速いタイミングで伝えないといけない。そのためには高速処理が必要だが、小型であることとのせめぎあいが技術的課題となる」とコメントした。

 日本アイ・ビー・エム株式会社 東京基礎研究所所長 福田剛志氏は「IBM Watsonを使った音声対話技術を用いる。また、周囲の状況を認識して、たとえば人の行列を認識して列の最後尾を認識するようなAIを提供する。これはまだ商品化していないので、この取り組みのなかで実現していくことになる。社会的課題も多い。コンソーシアムの活動を通じて周囲の受容性や、移動のための地図情報などの準備などがどのくらいできるか、地図情報のアップデートがいかにタイムリーにできるかを検討する。それらは今後の他の情報処理の問題とも共通しているので解決していきたい」と語った。