イベントレポート

MIPSがMIPSを売る会社でなくなっていた件……RISC-V命令セット採用NPU「S8200」を発表

MIPS Technologies マーケティング部長 ジェームス・プライヤー氏

 「MIPS」と言えば、プロセッサマニアの諸兄におかれては、RISCアーキテクチャのISA(Instruction Set Architecture)の1つとして「懐かしい」と感じる名称ではないだろうか。そのMIPSアーキテクチャをほかの企業などにライセンスする事業を行なってきたのが企業としてのMIPS Technologiesだ。

 そのMIPS Technologiesは今、ファウンドリ企業のGlobalFoundriesの傘下となって事業再編を進めており、その中心となる製品はもはやMIPSのライセンス事業ではなく、オープンISA「RISC-V」ベースのCPUやNPUになるという。

MIPS TechnologiesがRISC-VのIPライセンスを販売する企業に転換

現在のMIPS TechnologiesはGlobalFoundriesの傘下企業

 MIPSと聞いて「懐かしい」という感想を持たない半導体関係者はいないだろう。MIPSは古くは、Armやx86などと並ぶCPU ISAの代表例の1つで、多くの組み込み製品に採用されたほか、SGI(Silicon Graphics International)のスーパーコンピューターに採用されるなどして、1990年代にはx86やArmと並んで将来有望なISAの1つだと考えられていた。

 その後、x86がPCやデータセンターのCPUとして発展し、Armがモバイル機器向けのISAとしていずれも市場を独占するような状況の中で、MIPSは徐々に採用例が減っていき、そのアーキテクチャライセンスを提供するMIPS Technologiesも次々とオーナーが変わるような状況になってしまっていた。

 そのMIPS Technologiesが大きく方針を変更したのは、2021年。MIPSはCPUのデザインを行なう経験をもったエンジニアを多数抱えているという同社の強みを生かすべく、使用するISAをプロプライエタリなMIPSからオープンアーキテクチャのRISC-Vへと転換することを決定した。

 MIPS Technologiesマーケティング部長ジェームス・プライヤー氏は「現在のMIPSはMIPSアーキテクチャに関しては、ご希望のお客さまに販売し、これまでのお客さまに対してのサポートは続けている。しかし、すでにビジネスの中心はRISC-VのIPライセンスを販売する形になっている」と述べ、MIPS Technologies全体としてはRISC-Vへのシフトを行なっているのだという。

 実はMIPSは昨年の6月に、ファウンドリビジネスを行なっているGlobalFoundriesの傘下になっている。GlobalFoundriesと聞いて、こちらも「懐かしい」と感じる読者の方は多いだろう。GlobalFoundriesはもともとはAMDの製造部門が2009年に独立してできた企業で、AMDとアブダビ政府の投資会社「MUBADARA」などが出資してできた企業の傘下でスタートした(現在もアブダビ政府の投資会社Mubadala Investmentが筆頭株主)。

 今は、AMDの製造工場だった独ドレスデンの工場(かつてのAMD Fab30/36)、IBMから得た米ニューヨークの工場などで製造を行なっている。GlobalFoundriesはかつてAMDのCPUやGPUなどの半導体を製造していたが、現在は先端プロセスノードでの生産は行なっていない。10nm以上のいわゆる成熟したプロセスノードを利用して、自動車向けやIoT向け、モバイルやPC向けでは周辺のマイクロコントローラなどを製造しており、安定した成熟ノードを利用したい半導体メーカーにとって、有望な選択肢となっている。

 MIPS TechnologiesはそうしたGlobalFoundriesの傘下企業になっているが、プライヤー氏によればGlobalFoundriesだけに向けて製品を作っているのではなく、同社が提供するIPライセンス(後述)は、GlobalFoundries以外のファウンドリにも最適化されており、顧客が好きなファウンドリやプロセスノードを選択できるということだ。

RISC-VのISAを採用することで「ソフトウェアファースト」なNPUになるMIPS S8200

MIPS S8200のブロック図

 そうしたMIPS Technologiesの現在の主力製品はRISC-VのISAを持ったCPUのIPライセンスなどになるという。IPライセンスとは、言ってみれば半導体の設計図のようなもので、顧客となる半導体メーカーはこのIPライセンスを購入して自社の製品に統合して製品化までの時間を削減できる。

 こうしたライセンスはArmであればアーキテクチャライセンスとIPライセンスという2つがあり、それぞれ目的に応じて使い分けられている。前者はArm ISAの使用権がライセンスとして提供され、AppleのAシリーズやQualcommのOryonなどがこの形のライセンスを使って、自社でCPUの設計図を引いてArm CPUなどを自社設計している。

 それに対して後者は、「Cortex」や最新では「Lumex」といったIPスイート群として提供される半導体の「設計図」が該当し、MediaTekやGoogle Tensorなどがこの形のライセンスを利用している。RISC-Vの場合はアーキテクチャライセンスは、ライセンスフリーで利用できるため、MIPSが提供しているのは後者のIPライセンス(半導体の設計図)になる。

 MIPS TechnologiesはすでにP8700、I8500というRISC-V CPUのIPライセンスを提供している。今回MIPSはCESにおいて、同社が「ソフトウェアファーストNPU」と呼んでいる「MIPS S8200」を発表した。

 MIPS S8200は、ISAとしてはRISC-V(厳密にいうとRVA23+プロファイル、RISC-VのプロファイルはArmでいうところのv8とかv9のようなもの)に対応したCPUだが、CPUにはない機能として256~512bitの浮動小数点演算ユニット、Matmul(行列積和演算器)を備えており、要するにその部分がNPUそのものということになる。MIPSによればS8200のMatmulは1~4,000基のMACを実装可能になっている。

ソフトウェアファーストなRISC-V NPU

 これらの機能も含めて、RISC-VのISAで利用可能であるため「ソフトウェアファーストNPU」という呼び方をしているのだ。すでにRISC-Vのプログラム経験があるプログラマーなどはその経験を元にソフトウェアを書けるため、容易にNPUクラスの高いAI推論性能を実現するAIプログラムを作ることが可能になることがメリットになる。

クラスターは4つまで拡張可能
ASICの一部としても提供可能

 このS8200では、4つのプロセッサで1つのクラスタを構成することが可能で、1クラスターで1TOPSから100TOPSまで必要な性能に応じて柔軟な構成が可能になっている。さらに、クラスター数を最大4つまで拡張でき、その場合は最大400TOPSのAI推論性能を実現する(性能は顧客となる半導体メーカーが利用するプロセスノードやクロック周波数などにより変動する)。このため、ロボットや自動運転自動車などフィジカルAIと呼ばれるアプリケーションに適しているとMIPS Technologiesは説明している。

 MIPSによればMIPS S8200は顧客向けに提供が開始されており、2027年にS8200のIPデザインを採用した半導体製品が市場に登場する見通しだということだ。