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NEC PCとヤマハがこだわる「音」をヤマハ豊岡工場で見た
(2014/8/1 09:04)
NECパーソナルコンピュータ株式会社(NEC PC)では、2009年以降の一部製品でヤマハ製スピーカーを搭載している。最近でも、2014年夏モデルではヤマハのDSPをソフトウェア化した「AudioEngine」を搭載するなど、音質改善を継続的に行なっている。
今回、NEC PCに搭載されるスピーカーやオーディオ技術について、静岡県磐田市のヤマハ株式会社・豊岡工場を訪れ、スピーカーやDSPの開発に携わるエンジニアから説明を受ける機会を得た。
説明会の冒頭では、NECパーソナルコンピュータ 商品企画本部 プラットフォームグループ マネージャーの石井宏幸氏が、NEC PCとヤマハによる音質強化の取り組みの歴史を紹介。
NEC PCでは、付加価値戦略の1つとして、ヤマハとともに音質強化に取り組んでいるが、2009年に2.1chの「SR Bass」スピーカーを搭載する「VALUSTAR W」が最初の製品として登場した。その翌年となる2010年に、「VALUSTAR N」に現在へと繋がる「FR-Port」スピーカーを搭載。2011年にはノートPCの「LaVie L」にもFR-Portスピーカーを搭載した。
そして、現在発売されている製品に搭載されている最新のオーディオ技術は大きく2つのものがある。1つが「磁性流体を用いた2-wayスピーカー」。もう1つが「AudioEngine」である。この2点について、ヤマハのエンジニアによる説明が行なわれた。
FR-Portを利用した磁性流体フルレンジ+ウーファの2-wayスピーカー
FR-Portスピーカーの説明は、ヤマハ 研究開発統括部 第2研究開発部 ユニットグループ 技師補の新井明氏が行なった。
新井氏はまずFR-Portについて解説。「PCでは小型で、かつ低音が出ることが重要」とのことで、低音や出しやすいバスレフ方式のスピーカーを採用している。FR-Portスピーカーもそのバスレフ方式の1種だ。
2009年に発売されたVALUESTAR Wに搭載された「SR-Bass」スピーカーもバスレフ方式の1種だが、こちらはパッシブラジエータを採用し、エンクロージャー内の空気バネの効果と、なんらかの振動する素材とを共鳴させて低音域を強化するものとなる。SR-BassはSwing Radiatorの略で、揺れる(スイング)板の質量を用いたものとなる。
それに対してFR-Portは、バスレフスピーカーの中でもポート方式と呼ばれるものの1種となる。これはエンクロージャーと呼ばれる開口部(ポート)を設け、の空気バネの効果によるヘルムホルツ共鳴を利用して低音域を増強するものとなる。ポート方式の方が構造は簡単だが、「SR-Bassを利用していた頃は、ポートから発生する風切り音などのノイズがあるほか、ポートから強い風が吹き出すことから、(先述のNEC PC商品企画部の)石井さんはポート方式を悪者にしていた」と言う。しかし、技術開発が進み、FR-Portという風切り音も少なく、効率のよい方式が生まれたことから採用へ至った。
FR-Portはフラット・ラジアル・ポート(Flat Radial Port)の略で、横から見ると水平、上から見ると両端が放射状に広がっていることを表している。一般的な円筒形のポートでは、吐き出される空気が渦輪となり、風切り音などのノイズの原因になるる。中でもPCに搭載されるような小型のスピーカーの場合は、ポートの距離を長くできないために風が強くなることでノイズが増すほか、細いポートを強い風が行き来することで空気抵抗が増すなどの課題があったそうだ。
実際にその空気の渦を解析した結果も示され、ラッパ状では悪影響のあるきれいな渦輪が発生するのに対し、FR-Portの形状では、上下に出ようとする空気がフラットな形状であるために押し潰され、渦輪の発生を抑えることができている。
また、この空気の流れは、ポートの内部のみで空気が振動して低音域を増幅させており、その空気の振動は外部に出にくい構造と言うことになる。実際の搭載PCではポートの前面にパンチングメタルが設けられるが、従来のバスレフポートは、ポートの出口の空気まで振動していることから、前面をパンチングメタルで塞ぐと気流抵抗が増えて、出力を上げるほどに音圧が下がる特性が生まれる。一方でFR-Portは、ポート内部のみの振動で低音域を増幅するため、前面をパンチングメタルで塞いでも音圧が下がりにくいメリットもあると言う。
従来から使われているFR-Portだが、新井氏は初期の試作品や、旧モデルで採用された製品の内部も披露。従来品は現在の物よりFR-Portが長かったが、より短く、効率化しているなどの進化を紹介。
さらに、試作品ではバスレフポートとスピーカーユニットが離れた位置にあったが、このレイアウトでは中高音域と低音が離れて聞こえるため、自然に聞こえるよう位置を近づけたなどの経緯を紹介。スピーカーとFR-Portの開口位置の関係については特許も取得しているのだそうだ。
さらに、2014年夏モデルのVALUESTAR Nでは、FR-Portを用いた「2-way」のスピーカーを2つ(ステレオ)搭載する。2-wayのうち、1つはフルレンジスピーカー、1つは
ウーファとなる。内部も2部屋に分かれており、フルレンジのみで1つの密閉型となり、ウーファ側がFR-Portのバスレフ構造になっている。
また、フルレンジスピーカーは、ボイスコイルにまとわりつくように磁性流体を用いているのも特徴だ。一般的なスピーカーでは、ユニット自体の周波数特性により、特定の周波数で音圧が乱れて歪みが増えるが、磁性流体を用いることで音圧の特性も歪みも解消できる。
ちなみに、2-wayスピーカーの多くは、フルレンジスピーカーと高音域用のツイーターの2個を並列に接続し、ツイーター側に高音域の周波数のみを通すハイパスフィルター(ローカットフィルター)を挟む構造となっていることが多い。しかし、ここでは32mmという小型フルレンジスピーカーなので、高音域は十分出ており、むしろ低音域の弱さが課題となる。
そこで、フルレンジとウーファを並列に接続し、ウーファと並列に中高音域を通すためのコンデンサを挟む構成としている。フルレンジスピーカーにはほぼ全ての周波数の信号が流れるが、先のように周波数による音圧の特性などが小さいため、「磁性流体がメカニカルなフィルター素子として働いている」と言えるほど、素直な音になっているという。
とは言え、1つの振動板で低音から高音までを出すには限界もあり、現実的にはフルレンジは軽量なアルミを2層巻きするというツイーターと同じような構造で中高音域向きの設計とし、ウーファは4層巻きでロングストロークとし低音域を出すという設計になっている。
ここで使われている磁性流体は、磁石にはくっつくが、砂鉄などとは違い、紙などで拭くと簡単に取れる。これは、磁石にくっつく力よりも、紙の毛細管現象によって吸い取られる力の方が強いことを表している。通常は、ボイスコイルは紙でできていることが多いが、繊維の間に磁性流体がどんどん吸い込まれてしまったり、紙とコイルの隙間などに入り込んだりなど、磁性流体をスピーカーに使うことには苦労が多かったそうだ。
また、磁性流体は高音域用のスピーカーなど、振れ幅の小さいスピーカーに用いることが多かったが、ここではフルレンジスピーカーに使っている。そのため振れ幅が大きく、磁力が弱いと振り切られてしまうことがあるそうで、通常よりも2倍の強さのものを使っていると言う。
さらに、ボイスコイルに磁性流体をまとわりつかせることで、オイルシールをするような格好になっているという。結果、その内側の空気を完全に閉ざしてしまうことになる。通常のスピーカーではコイルの隙間などから空気が抜け出るので問題にならないが、密閉されてしまうことで圧力が高まり、動きを制限してしまう。そのため、背面に空気を抜くための穴を設けているのも特徴となっている。
半導体DSPの技術をWindowsでソフトウェア処理させる「AudioEngine」
もう1つのポイントである「AudioEngine」については、ヤマハ 半導体事業部 事業企画部 技術開発グループ 技師の石田厚司氏が解説。
ヤマハは業務向けにコンサートホール設計を手がけた経験や、国内外のコンサートホールや教会などの音響を測定した実測データを保有している。例えばコンサートホールの設計では音響補正を電気的に行なったりするが、こうした技術を応用して、DSP半導体製品を民生向けに提供している。こうしたDSPデバイスはオーディオコンポやWi-Fi/Bluetoothスピーカー、TVなどに国内外問わず採用されていると言う。
これらの技術を総称して「AudioEngine」と呼ぶが、2014年夏モデルのVALUESTAR NとLaVie Lには、このDSPで使われている技術のIPコアを、Windows上で動作するソフトウェア化して搭載した。ソフトウェア化に当たってはPCで使う上で求められる技術の選別や最適化も行なっているという。
ここに実装されている技術は大きく5つある。
「Acoustic total-linear EQ」(AEQ)は、電気的な音響補正を行なうもの。音が伝わる速度は振幅特性という特性があり、周波数ごとにスピーカーから耳に届くまでの時間が異なる。また、PCに限らず、スピーカーもデザインが優先されレイアウトが制限される。本体の表面に置かれるとは限らず、音が届くまでにさまざまなものに反射をし、位相がズレて耳に到達する。この振幅特性と周波数特性の両方を補正する。
「Spacious sound 3D」(S3D)は、同社が持つ膨大な音響実測データを元にサラウンド空間を生み出している。AVスピーカーでは一般的にサラウンドスピーカーを用いるが、PC向けには2スピーカーで空間を作るのが特徴となっている。
「Harmonics Enhancer Extended」(HXT)は、ミッシング・ファンダメンタルと呼ばれる脳の錯覚を利用したもの。人間の脳は、倍音の構成比率によって認知していることから、特定の周波数と同じ比率の倍音を再生することで元の音を認識できる。これを利用し、スピーカーでは再生できない周波数の倍音成分を強調することで、その周波数が出ているように脳に認識させる技術だ。
「Clear Voice」(CLV)は、セリフやナレーションなど人の声を改善することで、声を聞き取りやすくするものだ。例えば、バーチャルサラウンド技術を用いてスタジアムの空間を再現した場合、TV中継の実況などもサラウンドがかかることで不自然な音声になることがある。先のAEQと、このCLVの組み合わせでは、スタジアムの音響空間は再現しつつ、ナレーションはサラウンドの処理から分離してCLVを利用し、透き通った声で聞こえるようにするといった調整が行なわれている。
「Adaptive Volume」(ADV)は、音量調整の技術。コンテンツによって異なる音量を、音揺れや音質の変化を抑えて平均化する。また、従来の技術に比べると、音量切り替えの反応も改善し、常時オンにしても使えるようなものを目指したと言う。PCで見るコンテンツの代表とも言えるDVDは音が小さかったり、YouTubeであればコンテンツによって音量がまちまちだったりするが、そうした利用シーンで効果的な技術だ。
このAudioEngineは、内部で非常に多くのパラメータを持っており、スピーカーの位置だけでなく、各音場についても徹底したチューニングが施されているという。先に示した通り、ノートPCでは小型のスピーカーが液晶の下部にコンパクトに収められているように、PCではスピーカーレイアウトが非常に制限される。液晶一体型PCはかなり場所を取れているものの「欲を言えば画面の真ん中にスピーカーを置きたい」(石田氏)とのことで、決して満足できるものではないようだ。しかし、Audio EngineのAEQやS3Dを活用すると、スピーカーが液晶に下に配置されていても、あたかも画面の中央から発せられているような雰囲気で再生できる。
ちなみに、ノートPCなどで外付けDACを用いたり、ヘッドフォン出力からの音声に対してはAudio Engineは働かず、内蔵スピーカーに対してのみ適用される。まさにヤマハの技術で、ヤマハが考える音を堪能できる仕組みになっている。
ヤマハでは音楽/音声を素直に再現する「ナチュラルサウンド」というコンセプトで音作りをしており、そのコンセプトに基づいてチューニングしたサウンドをNEC PCに提案。ほぼそのまま受け入れて製品に反映されているそうだ。
写真撮影が禁止されていたこともあるので記事では詳しく触れないが、今回、金管楽器や木管楽器の製造工程も見学させてもらった。ほとんどの製造工程が人力で行なわれており、最終検査は高級品から普及品まで同じ内容のテストが行なわれていると言う。金管楽器ではハンマリングと呼ばれる、2,000回にも及んで木槌で叩くという作業があるが、これも人の手で丁寧に行なわれていた。
吹奏楽などで実際に演奏を行なう従業員も多く、都市対抗野球などが開かれると応援に参加して、見るからに従事しているスタッフが少ない日すらあると言う(残念ながら今年は地区予選で敗退したため、この日も多くの従業員が作業していたのだが)。NEC PCの製品に搭載されるスピーカーやオーディオ技術は、このような「音」にこだわる人が集まっている場所で作られているわけだ。
とは言え、技術は文字や写真で伝えられても、実際の音をここで伝えることは難しい。ぜひ、量販店の展示機などで、実際に耳にしてみて欲しい。その明々白々たる差を実感できるはずだ。