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スパコン「富岳」の技術を活用した世界最速の36量子ビット量子シミュレータ。富士通
2022年3月30日 12:44
富士通は、スーパーコンピュータ「富岳」のテクノロジーを活用し、世界最速となる36量子ビットの量子シミュレータの開発に成功したと発表した。同社では、量子コンピュータの実用化を見据えたアプリケーションの開発を加速する考えを示したほか、2022年9月までに、世界最大級となる40量子ビットのシミュレータを開発する計画も明らかにした。
今回発表した世界最速の量子シミュレータは、富岳に搭載しているCPUである「A64FX」を採用した富士通のスパコン「FUJITSU Supercomputer PRIMEHPC FX700」を64ノードで構築したクラスタシステム上で、36量子ビットの量子回路プログラムを処理。大阪大学とQunaSysが開発した量子シミュレータソフトウェア「Qulacs」を、高速な並列分散実行を可能にすることで、36量子ビットの量子演算において、主要な量子シミュレータの約2 倍の性能を実現。今後の実用化が見込まれる量子コンピュータのアプリケーションの先行開発ができるようになるという。
2022年4月1日からは、富士フイルムと共同で、革新的な材料設計手法の実現に向けて、計算化学領域における量子コンピュータアプリケーションの研究も開始。さらに5社との共同研究を進める考えも明らかにした。
富士通 執行役員常務の原裕貴氏は、「量子コンピュータでは、すでに100量子ビット級の実機が実現され始めているが、それらはNISQと呼ばれる計算機であり、ノイズが多く、量子アルゴリズムなどの理論的な研究開発での利用は困難である。本格的な量子計算を行なうためには、誤り耐性量子コンピュータが必要であり、それを実現するには、100万量子ビットが必要と言われる。
そのため、実際には、既存のコンピュータを用いた量子シミュレータが広く利用されているのが現状である」と前置きし、「だが、量子シミュレータは、1量子ビット増やすとメモリや計算回数はそれぞれ2倍に増加。量子ビット数を10増やすと、メモリは1,024倍にもなる。量子ビット数を増やすことでメモリは指数関数的に増加するため、通常のコンピュータで計算ができるのは、30量子ビット程度だと見られている。そうした課題を富士通のHPC技術を用いて突破できた」とする。
今回の量子シミュレータは、富岳に比べると2,500分の1の規模であるが、インテルのIntel Quantum Simulator(Intel-QS)や、独ユーリッヒ研究センターのJUQCS、IBM のQiskit Aerといった他機関の主要な量子シミュレータに比べて2倍以上の性能を実現。今後は、クラウドサービスとして提供することも検討しているという。
「他機関の主要な量子シミュレータでは、丸1日かかっていた計算が、夜間だけの計算で済むようになり、研究開発の速度を飛躍的に効率化できる。実機の開発に時間がかかる中で、量子アプリケーションの先行開発が行なえるメリットは大きい」などと述べた。
今回の世界最速の量子シミュレータの実現においては、量子シミュレータソフトウェアに採用したQulacsを、A64FXに移植する際にSVE(Scalable Vector Extension)命令を活用して複数の計算を同時に実行することで、メモリバンド幅の性能を最大化する実装技術を開発。また、MPI(Message Passing Interface)により、Qulacsを並列分散実行することで、計算と通信をオーバラップさせ、ネットワーク帯域を最大限に引き出すデータ転送技術を開発した。
さらに、クラスタ上の分散メモリに展開する量子ビットの状態情報を量子回路とその計算の進捗に合わせて、効率よく再配置する新たな方式を開発。これによって、通信コストを削減することができるという。
「30量子ビットまでは1つのコンピュータで処理ができるが、それを超えると、通信が発生し、大幅な遅延が生じる。富士通が開発した量子計算にあわせたデータ再配置技術により、最初の計算が終わった時点で、30量子ビット以降の情報量を一気に再配置。オーバーヘッドを大幅に短縮できた。この技術では、最も通信コストを削減できる再配置方法を選択できることがポイントとなっている」とした。
なお、量子計算にあわせてデータを再配置する方式は、Qulacs以外の量子シミュレータソフトウェアにも適用できるという。
富士通では、今回の量子シミュレータを活用して、材料分野や金融分野などを中心に、量子アプリケーションの開拓を加速。富士フイルムをはじめとした企業との共同研究を進めていくことになる。また、QunaSysとの提携により、量子化学計算ソフトウェアのQamuyを利用できるようにすることで、高速に量子化学計算を実行できるようにするという。
さらに、理化学研究所との協業で実施している理研RQC-富士通連携センターで開発中の量子コンピュータの実機でもアプリケーションが利用できるようにする取り組みを開始する。
今後の計画については、「量子技術を活かした社会課題解決に向けて、大規模な量子シミュレータを公開していく予定であり、2022年9月までに40量子ビットの量子シミュレータを開発し、より多くの人に使ってもらいたいと考えている。その規模と高速性を生かし、いままでにないようなアプリケーション開発が加速することを期待する」としたほか、「2023年度には、理研RQC-富士通連携センターで開発している超伝導量子コンピュータの実機が公開できる予定である。これを使って、先行開発してきたアプリケーションを検証できる。さらに、2024年度以降は、100量子ビット超える超伝導量子コンピュータの実機を公開し、エラー訂正技術も実装することになる。量アプリケーション領域を広げ、社会課題の解決につなげたい」と述べた。
一方、富士通 執行役員専務 CTOのヴィヴェック マハジャン氏は、「富士通は、コンピューティング、ネットワーク、AI、データ&セキュリティ、コンバージングテクノロジーの5つのキーテクノロジーに注力している。
企業のデジタライゼーションには、膨大なデータを処理する巨大なコンピューティングパワーが必要であり、富士通では、HPCやスパコン、サーバーなどの古典コンピューティングに加えて、デジタルアニーラや量子シミュレータなどの量子インスパイアド技術、そして、ダイヤモンドスピン方式をはじめとした量子コンピュータの開発にも取り組んでいる。固定コンピューティングはなくなることはない。様々なコンピューティング技術を組み合わせて提供することが、富士通の戦略になる」とコメント。
「富士通の量子コンピューティング研究開発戦略は、量子デバイスから基盤ソフトウェア、アプリケーションまでのすべての領域をカバーすること、ソフトウェア技術に注力する一方、ハードウェアは幅広い可能性を追求すること、理化学研究所をはじめて世界有数の研究機関とグローバルに研究開発を推進することの3つがポイントになる。2022年度からはインドの研究開発拠点でも、量子ソフトウェアの研究を開始する。研究のスピードを加速し、量子技術を活用したソリューションを、お客様にいち早く提供したい」と述べた。