ニュース

外出困難者が分身ロボで接客するカフェ「DAWN ver.β」再び

 「コミュニケーション技術で孤独を解消する」をミッションとして掲げる株式会社オリィ研究所が主催する「分身ロボットカフェ DAWN ver.β 2.0」が2019年10月7日から23日までの12日間、東京・大手町で行なわれる。オリィ研究所が開発している遠隔操作できる分身ロボット「OriHime」、120cmサイズの「OriHime-D」を使って、病気そのほかさまざまな理由で外出が困難な人が接客する実験的な期間限定カフェで、2018年11月にも10日間、実施された(ロボット接客カフェ「DAWN ver.β」が期間限定でオープン参照)。今回が2回目。

 今回の公開実験カフェとなったのは東京・大手町の大手門タワー・JXビル1Fの「3×3 Lab Future(さんさんらぼ フューチャー)」。テーブルは6卓。事前チケットはクラウドファンディングで販売され、当初目標額だった300万円を上回る、10,417,500円、555人からの支援を受けた。ロボットを使って接客している様子を見ることは自由にできる(9、12、16、19、20日はメンテナンスと改良の為、休店)。

 また展示ゾーンが併設されており、そちらは入場無料・予約不要だ。オリィ研究所で提供している視線入力装置「OriHime eye」が体験できる。売店コーナーでは吉藤氏の著書やグッズなどを購入できる。

「OriHime」で注文を受ける
「OriHime-D」がドリンクを運んでくる
視線入力装置「OriHime eye」体験コーナー
ロボットを操作するパイロットは30名

 初日の7日にはオープニングセレモニーが開催され、脊髄性筋萎縮症の永廣柾人さんが自宅からロボット「OriHime-D」を左手と口を使って遠隔操作してテープカットを行なった。永廣さんは「生身ではできないことをやってみたい」と語った。なお今回の分身ロボットの「パイロット」は30名を予定している。一番若いパイロットは16歳だという。

パイロットの永廣柾人さん。左手で口で遠隔操作する
テープカット。ロボットは遠隔操作でテープを掴み、ハサミで切った

目指すのは「孤独の解消」

株式会社オリィ研究所 代表取締役所長吉藤オリィ氏

 株式会社オリィ研究所 共同創設者 代表取締役所長の吉藤オリィ氏は「われわれが作りたいのはロボットでもカフェでもない。どうやったら孤独を解消できるかだ」と分身ロボットカフェのコンセプトを語った。人の身体はいつかは動かなくなる。そのときどうやって生きていくのか。それを当事者と一緒に考えていくのがミッションだという。

 そして、28歳で故人となった番田雄太氏は寝たきりであったがロボットを分身として秘書として働き、給料を得ることができたと紹介した。しかしながら、そのときに特別扱いされたことが悔しかったという。

 実際、テレワークは難しい。スキルも必要だからだ。分身ロボットカフェの狙いの1つは、労働経験のない人に、じょじょに社会人経験のステップを踏んで経験を積んでもらうことだ。今回、パイロットとして申し込んでくれた人は100人。前回は労働として成り立つかどうかを実験したが、今回は、よりさまざまな仕事に挑戦する。またパートナー企業もはロボットを使って働いていくことの意味を探る。

 前回はロボットを使ってオーダーをとって運んでくるだけだったが、操作者側も接客が得意な人もいれば、マネージャーになりたい人もいるし、売店でものを売りたいという人もいる。そこで今回はロボットとパイロットそれぞれにおいて、役割を分けた。

 卓上には事前に卓上サイズの「OriHime」とマイクが設置されており、注文を受ける。すると120cmサイズの「OriHimeD」がバックヤードからドリンクを運んでくる。その間は卓上の「OriHime」でおもてなしを行なう。なかにはフロアマネージャーとして全員に指示を出す係の人もいる。

「誰かに必要とされること」が孤独の解消につながるという
全体の状況を見るための「OriHime」も設置

 インターフェイスとしての視線入力機能も強化した。壁に飾られた絵もALSのほうが視線入力機能を使ってPCで描いた絵を使用しており、吉藤氏は「テクノロジを使えばコミュニケーションも表現もできる。目と耳されあればそういった生き方できるという実験でもある」と述べた。

 ロボットは基本的には床面の黒いテープとマーカーを使って移動する。機能については実験中に毎日アップデートをかけていく予定。スタッフも常駐し、本当に必要な機能はなにかということを見きわめながら、裏で開発を続ける。

 吉藤氏はこのような技術が完成すれば日本は「世界に誇れる長寿の国になる」と述べて、クラウドファンディングの支援者たちに感謝を述べた。当初、吉藤氏らは、前回は初回だから注目されたという面もあるだろうと考えて、2回目はどうなるかと懸念を抱いていたという。しかしながら1000万円を超える支援を集めることができた。吉藤氏は「世間から応援してもらっていることはうれしく思っている」と述べ、「死ぬ瞬間まで誰かに必要とされながら、自分らしく生きていく」ことを目標に、今後も進化させていくと語った。

ぶら下がり取材に答える吉藤氏と永廣柾人氏
関係者記念撮影。前列左から日本生命保険相互会社 山内千鶴氏、花王株式会社 長谷部佳宏氏、日本電信電話株式会社 澤田純氏、三菱地所株式会社 谷澤淳一氏。後列左から一般社団法人せりか基金 小西康高氏、日本マイクロソフト アリス・グラハム氏、川田テクノロジーズ株式会社 川田忠裕氏、乙武洋匡氏、オリィ研究所 吉藤オリィ氏、川田テクノシステム株式会社 山野長弘氏、株式会社リバネス 丸幸宏氏

テクノロジで分断をつなぐ

乙武洋匡氏。分身ロボットカフェアドバイザー

 分身ロボットカフェアドバイザーの乙武洋匡氏はベストセラーになった自身の著書『五体不満足』が刊行されたのが21年前だと振り返り、バリアフリー実現には意識と制度の2つの柱が重要だが、最近は3本目の柱である「テクノロジ」が重要視されていると述べて、乙武氏自身がロボット義足を着用する「乙武プロジェクト」について、歩くことが不可能だと思われていた人が自分の足で歩くことができるかもしれない時代が来ていると紹介した。

 そして「孤独を消すためにテクノロジを使うという彼のビジョンには共感した。仕事は糧を得るためのものであると同時に自己実現や社会との関わりのためにも必要だ。これまで障碍者や重病の人は社会との関わりを持てないままだった。それをテクノロジによって実現するこのプロジェクトにはぜひ中央省庁の人たちにも注目してもらいたい」と語った。

花王株式会社 代表取締役 専務執行役員 長谷部佳宏氏

 特別協賛のスポンサーたちも登壇した。花王株式会社 代表取締役 専務執行役員の長谷部佳宏氏は、「当初から協賛したいと思っていた」と語った。吉藤氏は2004年に「高校生科学技術チャレンジ(JSEC)」から「インテル国際学生科学技術フェア(ISEF)」に出ているが、花王はそれにも協賛しており、吉藤氏がここまで見事に理念を成し遂げているのは尊敬すべきことだと述べた。社員やその家族のなかにハンディキャップを持つ人がいることから先駆けてなんとか応援したいと考えており「これからの社会を変えていきたい。ぜひ活動を終わらせることなく続けていってもらいたい。活動がもっと広がることを願っている」と述べた。

日本生命保険相互会社 取締役 常務執行役員 山内千鶴氏

 日本生命保険相互会社 取締役 常務執行役員の山内千鶴氏は吉藤氏の強い志は周りを巻き込む力があると述べ、重い障碍であっても働きたい、働く機会を提供したいという自立支援に共感したことから協賛したと語った。日本生命でも障碍者雇用を進めるために ニッセイニュークリエイションという会社を設立している。社員数は現在は300名で、いま400名が入れる新社屋を建設中だという。社員にはパラリンピック候補者や技能を競い合うアビリンピック金賞受賞者もいるとのこと。「生きがいを持って働くことは重要であり、次世代を社会全体で育む仕組みづくりを行なっていると語った。

日本電信電話株式会社 代表取締役社長 澤田純氏

 日本電信電話株式会社 代表取締役社長の澤田純氏は、5年前の副社長時代に三鷹にあるオリィ研究所を訪問し、吉藤氏の情熱と技術に感銘を受けたと述べた。現在同社では70台弱のOriHimeをテレワークで実際に使っているとのこと。「ハンデあるなし関わらず情報社会が進んでいくと分断が進んでいく傾向がある。その間をどうつなぐかが大事なこと」だと述べて、「閉じられた世界、分断された世界をつなぐ試みの1つをサポートしていきたい」と語った。

 また、「デジタルツインのなかでも分断の議論がある」と述べ、そのインターフェイス技術としてどう良いものを提供するかが重要だと語り、23日までのロボットカフェの営み自体が世界でもまれなことであり、次世代への1つの嚆矢となるものだと語った。

三菱地所株式会社 代表執行役執行役副社長 谷澤淳一氏

 実施会場の協賛をした三菱地所株式会社 代表執行役執行役副社長の谷澤淳一氏は、「孤独をなくすことはナンバーワンの社会課題の解決といってもいい」と述べ、自身の父親がALSで亡くなったことを紹介し、当時、「もしこの技術にめぐりあっていれば」と語った。そして「寝たきりになってしまうと世間から隔絶される。まわりも近づきにくくなる。ロボットが解決してくれるなら非常に意義深い。普及していけば孤独がなくなる。分身ロボットカフェを応援できるのはたいへんありがたいこと」と述べた。

NTTではOriHimeをテレワークに活用中
「OriHime-D」

2020年には常設を目指す

初回は多くの報道陣が見守った

 オリィ研究所は2020年に「分身ロボットカフェ」の常設を目指している。現在の保険制度では労働してしまうと諸般の問題が発生するため、労働対価を払いたくても払えないという課題もある。吉藤氏は「当事者も税金を払いたいと感じているが、今はその自由もない。テレワークが実際に可能になりはじめているいま法律の改正を強く望む」と語った。

 そして「分身ロボットカフェを一過性のイベントにするのではなく、身体が動かなくなった後どう生きていくのか、そのロールモデルを作りたい。作るとその先に問題が見えてくるので、どの程度、何パーセント進んでいるかとは言えない。だが着実に進んでいる手応えは感じている」と語った。

今回の「分身ロボットカフェ」は人気漫画「宇宙兄弟」ともコラボしている
販売グッズ各種