ニュース

マイクラで子どもたちが「釜石鵜住居復興スタジアム」を再現。日本マイクロソフト支援のMinecraft全国大会

Minecraftカップ 釜石ワークショップ

 Minecraftカップ 釜石ワークショップが7月13日、岩手県釜石市の釜石PITで開催された。共催は、特定非営利活動法人@リアスNPOサポートセンター。

 Minecraftカップ2019全国大会は、「Minecraft: Education Edition」を活用して作品を開発。コンテストを通じて、子供たちの創造性や論理的思考などを育むことを目的にしている。2020年の東京オリンピック/パラリンピックの開催、2019年のラグビーワールドカップの開催などを見据えて、「スポーツ施設のある僕・私の街ワクワクする『まち』をデザインしよう」をテーマに募集。

 スタジアムや運動場、体育館などのスポーツ施設と、これを連携して利用される施設のある街に住んだり、訪れたりすることで、暮らすすべての人々が、充実して暮せることができるワールドを競うことになる。大会参加の対象となるのは6歳~15歳で、3人以上でチームを構成。8月18日まで募集している。その後、審査が行なわれ、受賞者を決定。9月23日に授賞式を行なう予定だ。

 Minecraftは、ブロックを置いて冒険を行なうゲームであり、全世界1億7,900万人がプレイ。発売からわずか10年で、それまでのテトリスの販売本数を抜いて、世界でもっとも売れているゲームとなっている。また、教育現場でも、プログラミング教育やロボットを動かしたりといった用途で活用されている。

 今回のワークショップは、Minecraftカップ2019全国大会の公式イベントとして開催したもので、参加者は、ラグビーワールドカップ 2019の試合が行なわれる釜石市の「釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアム」を題材にして、Minecraftで同スタジアムを作り上げた。

ワークショップの様子

 釜石市のほか、陸前高田市、大槌町といった岩手県内から、小学校1年生から中学校1年生までの21人が参加。そのうち男子が17人、女子が4人となった。

 参加者は、午前10時から、釜石鵜住居復興スタジアムを見学。4チームにわかれて、フィールド係、客席係、建屋係といった与えられた役割ごとにそれぞれが担当した場所を重点的にチェック。午後1時からは、釜石市内の「チームスマイル釜石PIT」において、実際にMinecraft : Education Editionを使って作業を行なった。

釜石鵜住居復興スタジアム
会場となったチームスマイル釜石PIT

 日本マイクロソフトでは、「チームのメンバーが話し合いをしながらイメージを共有し、試行錯誤しながら完成に向かうことで、力をあわせて活動する協働性を養うことができる。また、スポーツ施設というテーマにおいても、さまざまな施設を考える柔軟性や創造性を養える」などとしている。

 午前10時から行なわれた釜石鵜住居復興スタジアムの見学では、釜石市の野田武則市長も参加。自らがスタジアムの説明を行なった。

釜石市の野田武則市長
釜石鵜住居復興スタジアム見学の受付の様子
釜石鵜住居復興スタジアムの入口の様子
ラグビーワールドカップへの機運が高まっている
参加者がスタジアムに入る

 野田市長は、「日本マイクロソフトには、東日本大震災後からたいへんお世話になっている。2011年3月11日は寒い日であったが、普段にないほどたくさんの星が輝いていたことを覚えている。釜石市では、約4,000世帯、約1万人が被災し、それから8年を経過したが、今でも約150世帯が仮設住宅で暮らし、厳しい生活をしている。復興はまだ道半ばだといわざるを得ない」と発言。

「だが、道路が整備され、宅地が造成され、着実にハードウェアが整ってきた。この釜石鵜住居復興スタジアムでは、市民の夢と希望と勇気を乗せたスタジアムである。かつては、釜石東中学校と鵜住居小学校があった場所であり、校舎の3階に自動車が突き刺さっている写真を見たことがある人もいるだろう。それがこの場所である。

 子供たちは、自らの判断で高台を目指して登っていき、学校にいた子供は全員助かり、釜石の奇跡とも言われている。従来は、国や自治体の指示や情報を待ってから避難をしていたが、東日本大震災をきっかけに自分で判断して、自分で避難をするという考え方が定着した。小中学校跡地に建設された釜石鵜住居復興スタジアムは、釜石市の防災の考え方を広く発信しながら、震災の記憶と防災の知恵を伝えることになる」と背景に触れた。

 また、「メインスタンドの大きな屋根幕は、鳥の羽根をイメージし、スタジアム全体のかたちは船のようになっている。これは震災からの大きな羽ばたきや新たな船出を意味し、復興を目指した新たなスタートの場所と位置づけている。ここに住む子供たちが夢と希望を持って生活ができるようにしたいと考えた。ラグビーを通じて、子供たちに元気をもたらし、釜石から岩手の被災地、福島、宮城、青森の被災地にも元気を与えたい」と語った。

椅子は木が使われている
手すりにも木が使われている
樹脂の椅子は東京ドームのほか、熊本や岩手県北上市のスタジアムで使用されていたものを流用した

 釜石市は、2019年にアジアで初めて開催されるラグビーワールドカップ2019日本大会の開催地に立候補したさい、唯一、スタジアムを持たない立場であった。

 「12会場の1つに選ばれ、今、復興のシンボルとして、準備を進めているところである。6,000席という小さいスタジアムだが、海外から訪れた人からはすばらしい施設だと評価されている。山と空と海がある場所に作られ、これだけ開放的なスタジアムは世界のどこに行ってもないと言われる。

 2017年5月に、釜石市で発生した尾崎半島山林火災の被害木を活用して、木製シートやベンチ、トイレ棟を配置した。さらに、メイングラウンドには、優れた耐久性と衝撃吸収性のほか、メンテナンス性にも優れる床土改良型のハイブリッド天然芝を世界で初めて採用した。ぜひ、今日のワークショップの参加者には、自然に囲まれた釜石鵜住居復興スタジアムをデジタルで再現してほしい」と期待を語った。

 午後1時から行なわれたワークショップでは、アジア初のMinecraft公式プロマインクラフターであるタツナミ・シュウイチ氏が講師を務め、Minecraftカップ2019全国大会運営委員会事務局の土井隆次長とともに進行。まずは、約40分間にわたって、Minecraftの概要や基本的操作方法を説明し、作業を行なっている子供たちを、会話をしながらサポートをした。

子供たちは、講師を務めたタツナミ・シュウイチ氏とともにフィールドに降りて、スタジアムの様子を見学
参加者たちが記念撮影

 スタジアムの見学にも参加したタツナミ・シュウイチ氏は、「子供の頃はブロック遊びが大好きで、今はMinecraftを仕事にして、楽しい毎日を過ごしている。今日は、スタジアムの競技場の芝生がどうなっているのか、座席はどんな材質でできているのかといった点を注意して見てほしい。家を作るときや、建物を再現するさいに、ここにこれがあるのはどういう理由があるのかに注目してほしい。便利だとか、格好いいとかの理由を探し出して、クラスターの視点で考えてほしい」と要望。

講師を勤めたタツナミ・シュウイチ氏
Minecraftの概要を説明

 さらにワークショップでは、チームが共同で制作するさいに、プロマインクラフターチーム「Team-京」が「暁城」の制作のさいに定めた「京都五カ条」を採用。「1人でものを作らない」、「他人の立場に立って考える」、「時間を厳守し、メリハリをつける」、「メモを取る習慣をつける」、「わからないことをわからないままにしない」という5つを徹底した。

共同作業においては「京都五カ条」を徹底した

 ワークショップの部屋には、釜石鵜住居復興スタジアムの写真や設計図までが張り出されており、子供たちはそれを参考にしたり、アイデアを出し合いながら作業を進めていった。

「Minecraft: Education Edition」を活用してスタジアムづくりを開始
Minecraft上にスタジアムを作る場所を用意
それぞれが役割に応じて作業を進めていった
子供たちはフィールド係、客席係、建屋係といったかたちで役割を分担
ワークショップでは、釜石鵜住居復興スタジアムの写真や設計図までが張り出されていた
完成した釜石鵜住居復興スタジアム
参加者がMinecraft上で記念撮影
日本マイクロソフト 政策渉外・法務本部社会貢献担当部長の龍治玲奈氏

 日本マイクロソフト 政策渉外・法務本部社会貢献担当部長の龍治玲奈氏は、「これからの子供たちは、自分で創る力や、問題を解決する力が大切になる。Minecraftを通じて、プログラミングに興味を持ってもらい、今後、求められる力を身につけてほしい。日本マイクロソフトは、事情で学校に行ってプログラミングができない、なかなかプログラミングに触れる機会がないという人にも、それを体験できるように努力をしていきたい。

 それによって、今後、こういう社会になったら、もっと楽しいなと思えることを実現してもらいたい。今日は、プログラミングを仕事にしている人たちがサポートをしてくれている。こうしたイベントは多くの人との連携によって実現する。パートナーシップに感謝する」などとした。

 ワークショップは、午後5時に終了。Minecraft: Education Editionを使って、見事、釜石鵜住居復興スタジアムを完成させた。タツナミ・シュウイチ氏は、「短時間にも関わらず、これだけの作品を完成できたのは、子供たちの集中力が大人顔負けであったことが要因。一般的な小学生のレベルではない作品に仕上がっている」と講評した。