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NEC、2023年を目処にコヒーレンス時間1msの量子アニーリングマシンを開発

NECが開発した量子アニーリング素子と冷凍機用ホルダー

 日本電気株式会社(NEC)は、同社の量子コンピュータに関する取り組みについて記者説明会を開催した。

 同社は、2023年には1msの重ね合わせ時間を実現する量子アニーリングマシンを開発し、10の50乗の「試行」を実現する環境をする。同時に、量子アニーリングマシンを使いこなせるソフトウェアの開発を行ない、広く活用できる環境を提供する。

 NEC 中央研究所 理事の中村祐一氏は、「量子アニーリングマシンは、クラウドでの提供や、現在のHPCのようなかたちでの採用など、さまざまな形態での提供が想定される。量子コンピュータを活用する企業と、活用しない企業との間に、企業競争力の差が生まれることになるのは明らかである」などとした。

NECの量子コンピューティングへの取り組み

 NECは、1999年に、量子コンピュータの基本要素である固体素子(超伝導)量子ビットの動作を世界で初めて実証。2003年には、2ビット論理演算ゲートの動作に世界で初めて成功し、量子アルゴリズムに従った量子演算を実現。2007年にはビット間結合を制御可能な量子ビットの実証に成功した。

 さらに2014年には、超伝導パラメトロン回路を用いて、量子ビットの高精度、高速、非破壊な単一試行読み出しに成功。世界で初めて、高感度読み出し可能なパラメトロンと量子ビットを融合した。

 NECは、もともとはゲート型量子コンピュータを開発してきたが、将来に向けた量子ビット量の増大にはアニーリング型が最適と判断。2014年に、ゲート型量子コンピュータ用に開発した素子を量子アニーリングに適用している。

 現在は、NECとしてはアニーリング型の開発に特化し、ゲート型はオープンイノベーションとして取り組んでいる。

 2018年10月からは、NEDOプロジェクトとして、東京工業大学、早稲田大学、横浜国立大学とともに、高効率・高速処理を可能とする量子アニーリングマシンの研究開発に取り組んでいる。ここでは、広範な社会課題を高速に解決することを目指しており、3次元実装や制御用低温エレクトロニクスなどによる大規模化、高コヒーレンス量子ビットや量子ビット結合方式や理論を用いた高速化、マシン設計の最適化などのシステムアーキテクチャや性能評価などに取り組む。

 さらに、イジングマシン共通ソフトウェア基盤の研究開発にも着手。現実の組み合わせ最適化問題を、イジングモデルに変換する部分を早稲田大学を中心とする研究チームと連携して推進している。

 また、2019年3月には、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)とともに、「NEC・産総研 量子活用テクノロジー連携研究室」を設立。産総研の超伝導デバイス技術や、量子物理学の知見と連携して、素子の開発を促進。量子アニーリングの研究開発を加速させるという。

量子アリーニング素子
量子アリーニング素子ウェハ

量子パラメトロン方式のメリット

 NECの中村理事は、「量子コンピュータを語るときに、世の中で注目されているのは『量子ビット数』だが、量子コンピュータは、『量子ビット数』に加えて、得られる解の品質に影響する『量子重ね合わせ時間』、実装できる問題の規模に影響する『結合度』、実装できる問題の種類に影響する『解像度』といった4つの要素が重要である。

 しかし、量子ビット数を増やすさいには、ノイズによって大規模実装が難しいこと、量子の重ね合わせ時間では、ノイズにより量子コヒーレント状態が消えてしまうこと、結合度では、配線の結合がノイズの原因になること、解像度では細かい解像度がノイズの原因になるといった課題がある。

 NECの量子パラメトロン方式は、これらの4つの分野における課題を同時に解決できるのが特徴であり、そこに20年間に渡る技術の蓄積が活かされている」と胸を張る。

 一般的に、量子ビットは、微小なエネルギーのため、ノイズに非常に弱いという特徴がある。だが、NECの超伝導パラメトロン方式は、ビットおよび結合部分に対して、外部から大きなマイクロ波エネルギーを供給できるため、ノイズの影響を最小限にでき、コヒーレンス時間が長く、全結合を容易に実装できる。そのため、高速、高精度演算ができる時間を長く保持することにつながる。

 それによって「ノイズ耐性に優れており、量子重ね合わせ時間が長いため、高速に問題が解けること、全結合の実装が容易であるため、より複雑な問題を解くことができる」(中村理事)という。

 NECでは量子コンピュータによって、社会価値の創造を目指しており、そのキーワードになるのが「組み合わせ最適化技術」になると語る。

 「信号やダイヤ、配車の最適制御により、理想的な経路誘導や交通制御を実現したり、個人に対する商品提供において、出費を最小にできる買い物の組み合わせを提案したり、病気に理想的な特効薬の開発に貢献したりといった用途が想定される。量子コンピュータの組み合わせ最適化技術が、さまざまな場面で、最適な価値を提供することになる」とする。

NEC 中央研究所 理事の中村祐一氏

量子コンピューティングの今後

 中村理事は、量子コンピュータに関する市場動向についても説明。

 「AIやビッグデータの拡大にともなって、さらなるコンピュータパワーが求められるなか、ムーアの法則の実現が困難になるとの指摘があるなど、従来のコンピュータの性能限界が指摘されていること、D-Waveの量子アニーリングマシンの解析速度が、従来型コンピュータの1億倍以上の高速化を実現することが可能であると発表されるなど、新たなコンピューティングが現実になるつつあることが、量子コンピューティングに対する期待が高まっている背景にある」と解説。

 その上で、「データを分析、対処する過程において、組み合わせ最適化問題という、従来のコンピュータでは解くことが難しい計算問題が存在する。それでも専門家は、数カ月をかけて、アルゴリズムを開発し、最適化問題に取り組んできた。

 一方で、10年ほど前から、ディープラーニングが登場したが、長時間学習がボトルネックとなって、なかなか利用されてこなかった。ところがGPGPUの利用によって、学習の高速化が可能になり、実用化の域に入ってきた。さらに、多くの組み合わせ問題が解けるシミュレーテッド・アニーリングが注目を集めており、ここでは、一度、Aという結果が出ても、もっといい解答を得られるのではないかということを前提にさらに試行を繰り返すことになる。

 深層学習とGPGPUのように、高速に実行できるアクセラレータによって、試行を何度も繰り返して、最適なものを探索することができるようになる。試行の回数を大幅に増やすアクセラレータが、量子アニーリングとなり、それが量子アニーリングが注目を集める理由である」とした。

早稲田大学 グリーン・コンピューティング・システム研究機構 主任研究員(研究院准教授)の田中宗氏

 また、NEDOプロジェクトで、NECで共同研究を行なっている早稲田大学 グリーン・コンピューティング・システム研究機構 主任研究員(研究院准教授)の田中宗氏は、「IoT社会やSociety5.0において、組み合わせ最適化がますます重要になるなかで、量子アニーリングは、多様な場面に内在する組み合わせて最適化処理を高速かつ高精度に行うと期待されている技術である」と前置きし、「量子アニーリングは、組み合わせ最適化、機械学習、マテリアルシミュレーションといった領域で利用でき、セールスマンの最適な巡回や、シフト表の作成、配送計画、集積回路設計、経営戦略などにおいて、精度の高い解答を導き出すことができる」とする。

 フォルクスワーゲンでは、特定のコースを走る418台の自動車の経路選択を計算し、渋滞回避ルートを提案することで渋滞を緩和したり、工場内のAGV(無人搬送機)の移動の最適化によって、省電力化やAGVの台数削減などを実現したりといった成果のほか、特徴量選択により、広告配信の最適化、顔画像の特徴学習などにも利用できる例を示した。