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NEC、量子コンピューティング領域に本格参入

~2023年に量子アニーリングマシンを完成予定

NEC取締役執行役員常務兼CTO 西原基夫氏がプレゼンテーションを行なった

 NECは12月20日、量子コンピューティング領域に本格参入することを発表した。その10日前には、世界ではじめて商用量子コンピュータを販売しているカナダのD-WaveがNECと協業し、NECから1,000万ドルの出資を受け入れることを発表していた。

 そのことも含め、今後のNECの量子コンピューティングに関する取り組みについて、記者説明会が行なわれたので、その内容をお伝えする。

D-Waveとの協業で開発を加速

 記者説明会では、NECの技術分野のトップである、取締役執行役員常務兼CTO 西原基夫氏がプレゼンテーションを行ない、まずはD-Waveとの協業の狙いを説明した。

 D-Waveは量子アニーリングマシンの開発/販売を行なっている企業であり、業界のリーディングカンパニーである。NASAや米国オークリッジ国立研究所などが、D-Waveの量子アニーリングマシンを購入し、実際に活用しているほか、D-Waveはクラウド経由で量子アニーリングマシンの時間貸しサービスも行なっており、多くの企業が試行利用している。

 NECは、D-Waveと協業することで、ユーザーニーズの把握やサービス提供、ソフトウェア/アプリケーションの開発加速を狙っているとのことだ。

2019年12月10日にカナダのD-WaveがNECと協業し、NECから1000万ドルの出資を受け入れることを発表したが、NECから見たD-Waveとの協業の狙いは、ユーザーニーズの把握やサービス提供、ソフトウェア/アプリケーションの開発加速である

 なお、量子コンピュータは、その動作原理によって、大きく「量子ゲート方式」と「量子アニーリング方式」に分けられる。先日、Googleが量子超越性を達成したとして話題になったが、GoogleやIBMなどが研究している量子コンピュータは前者の量子ゲート方式である。

 量子ゲート方式は、現在のデジタルコンピュータと同じ論理演算が可能なため、原理的にはあらゆる問題に対応できるとされているのだが、量子ビットの数を増やすことが困難であり、トップを走るGoogleやIBMでも50量子ビット程度しか実現できていない。世のなかの実際の問題を解くためには最低でも数千から数万量子ビットが必要だと言われており、量子ゲート方式の量子コンピュータの実用化にはまだいくつものブレイクスルーが必要だ。

 それに対し、量子アニーリング方式は、1998年に東京工業大学教授の西森秀稔教授と当時大学院生だった門脇正史氏によって提唱されたもので、量子ゆらぎという性質を利用して、膨大な選択肢からベストなものを探索する、いわゆる組み合わせ最適化問題を解くための技術だ。

 汎用性の高い量子ゲート方式と違って、量子アニーリング方式で解ける課題は最適化問題やサンプリングにかぎられるのだが、現実世界での課題の多くが、最適化問題に帰結できるため、量子アニーリング方式だから役に立たないというわけではない。

 量子アニーリング方式の量子コンピュータは、量子アニーリングマシンとも呼ばれる。D-Waveの最新製品「D-Wave 2000Q」では2,048量子ビットを実現しており、商用化という点では量子ゲート方式よりかなり先を進んでいる。

 量子アニーリングマシンの適用分野としてまず挙げられるのが、巡回セールスマン問題やナップサック問題のような組み合わせ最適化問題である。こうした最適化問題は、問題のサイズが大きくなると解の候補数が爆発的に増加するため、従来の計算機では計算が困難だが、量子アニーリングマシンを使えば現実的な時間で解が得られる。

記者説明会の内容。NEWがついている項目が新しいトピック、UPDATEがついている項目が進捗状況のアップデートである
量子コンピュータ、とくに量子アニーリングマシンの適用分野として真っ先に挙げられるのが、巡回セールスマン問題やナップサック問題のような組み合わせ最適化問題である。こうした最適化問題は、問題のサイズが大きくなると解の候補数が爆発的に増加するため、従来の計算機では計算が困難である
量子コンピュータは膨大な組み合わせから最適解を見つけ出すのが得意であり、新薬の開発や金融商品の儲かる組み合わせの提示などの応用が期待されている

NECは量子コンピュータ技術の元祖である

 続いて、西原氏は、これまでのNECの量子コンピュータへの取り組みについて語った。NECは、じつは量子コンピュータ技術の元祖であり、1999年に世界ではじめて、量子コンピュータの基本要素である量子ビットの動作を実現。2014年には世界ではじめて、パラメトロンと量子ビットの融合に成功し、量子ビットの非破壊読み出しに成功した。この成果によって、量子ゲート方式の量子コンピュータの実現可能性が大きく高まったのだ。

 2019年には、スーパーコンピュータを活用したシミュレーテッドアニーリングの適用実証を開始し、2023年には桁違いの量子重ね合わせ時間を実現した量子アニーリングマシンを完成させる予定とのことだ。

 組み合わせ最適化問題は、日常生活のさまざまな場面に現れるものであり、アニーリングにより、いくつもの社会問題が解決できるという。実際に、NEC関連会社工場での生産計画立案に、シミュレーテッドアニーリングを導入。実際の現場のデータで検証したところ、これまで数時間かかっていた計画立案時間が数秒に短縮され、段取り停止のロス時間が最大30%減った。

 これは実際に量子アニーリングマシンを使ったわけではなく、スーパーコンピュータを使ってアニーリングをシミュレーションしたシミュレーテッドアニーリングによるものだが、それでもその効果は大きい。

NECは量子コンピュータ技術の元祖であり、1999年に世界ではじめて、量子コンピュータの基本要素である量子ビットの動作を実現。2014年には世界ではじめて、パラメトロンと量子ビットの融合に成功し、量子ビットの非破壊読み出しに成功した。2019年には、スーパーコンピュータを活用したシミュレーテッドアニーリングの適用実証を開始し、2023年には桁違いの量子重ね合わせ時間を実現した量子アニーリングマシンを完成させる予定だ
量子コンピュータの基礎技術を支えた技術者。1999年の量子ビット実現は蔡兆申氏と中村泰信氏によるもので、2014年の超電導パラメトロン回路の実現は山本剛氏によるものだ
NEC関連会社工場での生産計画立案に、シミュレーテッドアニーリングを導入。実際の現場のデータで検証したところ、これまで数時間かかっていた計画立案時間が数秒に短縮され、段取り停止のロス時間が最大30%減ったという
こうした組み合わせ最適化問題は日常生活のさまざまな場面にある

将来の高速コンピューティングはハイブリッドになる

 西原氏は、将来の高速コンピューティングプラットフォームは、ハイブリッド方式となると解説した。スーパーコンピュータ、量子コンピュータ、GPUにはそれぞれ得意不得意があるため、それぞれの得意分野を分担して大きな課題に取り組むことになるという。

 現在、NECがNEDOの委託業務として開発している量子アニーリングマシンは、4量子ビットの動作検証中であり、産総研との連携で多ビット化を加速している。NECの超電導パラメトロン方式は、他社の手法に比べて、コヒーレンスを保っている時間が2~3桁長く、全結合でのスケール化が容易であるという利点がある。

 コヒーレンスとは、いわゆる重ね合わせの量子状態を維持しているということであり、コヒーレンスが長いほど、多くの演算が可能になる。

 また、4量子ビットを1つの単位とし、その全結合を保ったままスケール化が容易であるということも、現在NECが開発している量子アニーリングマシンの利点であり、2023年の実用化に向けて、量子ビット数を増やしていくとのことだ。

将来の高速コンピューティングプラットフォームは、ハイブリッド方式となり、スーパーコンピュータ、量子コンピュータ、GPUそれぞれの得意分野を分担して課題に取り組むことになる
NECがNEDOの委託業務として開発している量子アニーリングマシンは、4量子ビットの動作検証中であり、産総研との連携で多ビット化を加速している。NECの超電導パラメトロン方式は、他社の手法に比べて、コヒーレンスを保っている時間が2~3桁長く、全結合でのスケール化が容易であるという利点がある

高性能アニーリングマシンを実証環境として使える「共創サービス」を2020年度第1四半期に開始

 前述したように、シミュレーテッドアニーリングとは、量子ビットを使わずに、量子アニーリングをシミュレーションによって実現することであり、シミュレーテッドアニーリング用に設計されたマシン(あくまで古典的なコンピュータではあるが)をアニーリングマシンと呼ぶ。

 NECは独自アルゴリズムとベクトル型スーパーコンピュータを使うことで、従来のシミュレーテッドアニーリングマシンに比べて300倍以上高速な演算を実現。また、10万量子ビット相当の大規模な組み合わせ最適化問題に対応する。この高性能アニーリングマシンを実証環境として用意する「共創サービス」を2020年度第1四半期(4~6月)に開始予定とのことだ。

 量子アニーリングマシンとシミュレーテッドアニーリングマシンにも、得意不得意があり、適材適所で活用することが重要である。ベクトル型スーパーコンピュータを利用したシミュレーテッドアニーリングマシンは、大規模だが計算に多少時間がかかってもいい分野で使われ、量子ビットを使った量子アニーリングマシンは、msレベルのリアルタイム性が重要な分野で使われることになる。

アニーリングマシンとは、量子ビットを使わずに、量子アニーリングをシミュレーションによって実現するマシンだが、NECは独自アルゴリズムとベクトル型スーパーコンピュータを使うことで、従来のシミュレーテッドアニーリングシステムに比べて300倍以上高速な演算を実現。また、10万量子ビット相当の大規模な組み合わせ最適化問題に対応する。この高性能アニーリングマシンを実証環境として用意する「共創サービス」を2020年度第1四半期に開始予定だ
量子アニーリングマシンとシミュレーテッドアニーリングマシンにはそれぞれ特性があり、適材適所で活用することが重要。ベクトル型スーパーコンピュータを利用したシミュレーテッドアニーリングマシンは、大規模だが計算に多少時間がかかってもいい分野で使われ、量子ビットを使った量子アニーリングマシンは、msレベルのリアルタイム性が重要な分野で使われる

2020年1月から「量子コンピューティング推進室」を新設

 西原氏は最後に、2020年1月から、「量子コンピューティング推進室」を新設することを発表した。最初は20名のメンバーでスタートし、顧客との共同実証を通じた用途開発や技術開発を推進するほか、AIや既存技術を含めた顧客課題へのハイブリッドな対応を可能とする人材育成も行なうという。

 NECは現在、量子コンピューティング推進のために、多くの研究機関や大学、企業と協業を行なっており、量子アニーリングマシンの実用化を目指すとのことだ。

NECは2020年1月から、量子コンピューティング推進室を新設。顧客との共同実証を通じた用途開発や技術開発を推進する
NECが量子コンピューティング推進のために組んでいるパートナー。量子アニーリングマシンは、NEDOや産総研、東工大、大阪大学などと共同開発を行なっており、ソフトウェア開発ではD-Waveや東北大学、Jijなどと協業している
記者説明会のまとめ。「量子コンピューティング市場の構築加速に向けたD-Waveとの協業」、「基本量子セル(4量子ビット)の動作検証」、「アニーリングマシンの活用も含む、組み合わせ最適化問題の検証サービスを2020年度第1四半期から提供開始」、「ユースケース開発や人材育成などを強化する『量子コンピューティング推進室』を2020年1月に設置」の4つの取り組みにより、2023年に量子アニーリングマシンの実用化を目指す

シミュレーテッドアニーリングのデモや量子アニーリングマシンのモックアップの展示も

 NECが販売しているベクトル型スーパーコンピュータ「SX-Aurora TSUBASA」によるシミュレーテッドアニーリングのデモや開発中の量子アニーリングマシンのモックアップの展示も行なわれていた。

 NECが開発したアニーリング処理に適した独自アルゴリズムをベクトル型スーパーコンピュータで動かすことで、従来のアルゴリズム+Xeonに比べて、遙かに高速にスケジューリングの最適化が可能で、その結果の質も高いことをデモしていた。

 これは”量子”を使っているわけではないが、量子アニーリングの振る舞いを従来のコンピュータでシミュレーションすることでも、用途によっては十分な成果が得られるということであり、NECが2020年度第1四半期から提供を開始するアニーリングマシンによる組み合わせ最適化問題を解決するための共創サービスも、それを狙ったものである。

シミュレーテッドアニーリングによる、スケジューリング最適化のデモ
NECが販売しているベクトル型スーパーコンピュータ「SX-Aurora TSUBASA」。これはタワー型の最小システムで、ハードウェアの価格は170万円程度とのこと
SX-Aurora TSUBASAでは、この赤いユニット「ベクトルエンジン」で、ベクトル演算を行なう。ベクトルエンジンには8コアのベクトルプロセッサが搭載されており、2.45TFlopsの演算性能を誇る
ベクトルエンジンはPCI Expressスロットに装着され、追加電源コネクタも利用されている
アニーリング処理に適した独自アルゴリズムを開発。従来のシミュレーテッドアニーリングより高速に、よりよい結果を得ることができる
独自アルゴリズム+ベクトル型スーパーコンピュータでは、0.8秒でスケジューリングの最適化が完了したが、従来アルゴリズム+Xeonでは、33.66秒かかっても満足がいく結果は得られなかった
NECがNEDOやAISTなどと共同開発中の量子アニーリングマシンのモックアップ。上半分が希釈冷凍機の一部分で、下半分が0K近くに保たれる量子アニーリングマシンのコアである
実際はこの銅でできた円筒の下に量子デバイスが貼りつけられる。現在検証中の量子アニーリングマシンは、1つの量子デバイスで4量子ビットを実現しているため、これ全体ではその円筒が8個あるため(手前はわかりやすいように金属の円筒カバーが外されているが、実際は奥にあるように円筒カバーで覆われている)、32量子ビットになる
コア部分のアップ。2023年の実用化に向けて、1つの量子デバイスでより多くの量子ビットの実現を目指す