笠原一輝のユビキタス情報局

「ThinkPad 8」のLTE内蔵版が欲しいユーザーに伝えたいこと

 レノボ・ジャパンが、ThinkPadシリーズの最新製品となる、「新しいThinkPad X1 Carbon」(別記事参照)、「ThinkPad 8」(別記事参照)、「ThinkPad Yoga」(別記事参照)の3製品を、1月28日より順次発売することを明らかにした。

 以前の記事でも説明した通り、同社のブランドは再編されており、以前は企業向けだけとされてきた「Think」ブランドはプロ向けと位置付けが変わっている。

ThinkPad 8

 そうした中、多くの本誌読者の興味は、8.3型WUXGA(1,920×1,200ドット)液晶を採用したWindowsタブレットとなるThinkPad 8に集中しているのではないだろうか。ThinkPad 8は、CPUにAtom Z3770というBay Trail-Tの最上位SKUを採用しており、2GBのメインメモリ、64GBないしは128GBのeMMCによるストレージ、Windows Pro 8.1というスペックになっており、他の8型Windows搭載タブレットに比較してハイスペックなのが特徴となっている。

 そうしたThinkPad 8だが、発表会の質疑応答でワイヤレスWAN(3G/LTE)モデルの存在について聞かれたレノボ・ジャパン製品事業部ThinkPad製品担当の吉原敦子氏は「ご要望があることは承知しており、現在検討中です」と述べ、海外モデルには存在するワイヤレスWAN内蔵モデルを将来的には検討しているものの、現時点ではラインナップにないことを明らかにした。

 海外モデルには用意されていて、日本向けのモデルには用意されていない製品というのは多いが、なぜそうしたことが起こるのだろうか? 本レポートではそのあたりの事情について考えていきたい。

開発コードネーム「Basie」ことThinkPad 8の内部構造

 今回レノボ・ジャパンはThinkPad 8の内部構造を公開した。以下はその構造を解説したものとなる。

【図1】 ThinkPad 8の内部構造
ThinkPad 8の裏蓋を開けたところ
ThinkPad 8の裏蓋に書かれたスペック、開発コードネームは「Basie」

 レノボ・ジャパンが展示したThinkPad 8の裏蓋には製品の開発コードネームなどが書かれたシールが貼られており、ThinkPad 8の開発コードネームは「Basie」(ベイシー)となっていた。ベイシーと言えば、米国の有名なジャズピアニストであるカウント・ベイシーの事が頭に浮かぶが、そこから取られているのかは不明だ。ThinkPadシリーズの開発は横浜市にある大和研究所で行なわれているが、ThinkPadシリーズ開発の指揮は米国ノースカロライナ州にあるラーレで執られているので、米国に由来のある開発コードネームであっても不思議ではない。

 さて、その内部構造は非常に単純な構造になっており、大きく、液晶ディスプレイ、メイン基板、バッテリの3つの要素から構成されている。液晶ディスプレイは、LG Electronics製パネル。これまで8.3型WUXGAパネルを採用している製品は皆無であるので、Lenovoが特注したか、あるいは開発パートナーとして共同開発した製品ということになるだろう。これが本製品の大きな特徴の1つだ。もっとも最初は特注品でも、そのうち他製品に採用されるということはあり得る。

 バッテリに関してはソニー製リチウムポリマー角形2セルを採用。角形は丸形セルに比べて高価だが、薄くできること、さらには寿命が長いことが特徴で、タブレットでは一般的に利用されている。ThinkPad 8では、カタログスペックでは20.5Whの容量を備えるということになっている(バッテリには21Whと書かれていた)。Bay Trail-Tを搭載したシステムとしては、2~3Wが一般的なシステム平均消費電力なので、カタログスペックで8時間のバッテリ駆動というのは妥当な数値だろう。

 メインの基板に関してはヒートスプレッダに隠れていたので完全には解析できていないが、ヒートスプレッダの下あたりに、SoCやメモリ、ストレージなどが実装されていると考えられる(おそらくいくつかのコンポーネントは裏面に実装されているはずだ)。

 メモリに関しては標準では2GBだが、基板のスペース的には4GBの構成も可能だと思われる。IntelのClover Trail世代では、メモリがSoCの上にPoP(Package on Package)で搭載されていたため、4GB以上という構成は不可能だったが、Bay Trail-T世代ではPoPではなくなったため、原理上は可能だ。しかし、現状IntelがBay Trail-Tでサポートしているのは32bit Windows8/8.1のみで、64bitには対応していないため(厳密に言えば64bitのInstantGoに未対応であるため)、4GBを実装しても3GBしか利用できないことになりあまり意味がない。IntelはBay Trail-Tの64bit対応を今春以降であると明らかにしており、それ以降には4GBなりを搭載したモデルが登場してもおかしくない(あくまで推定の話だ)。

 ストレージは64GB、128GBの2つのモデルが用意される。もちろん64GBのモデルの場合でも、microSDカードを利用して増設することは可能だが、Windowsの場合にはOSの構造上、Cドライブにほとんどのデータを置くことになるので、メインドライブが大きいに越したことがない。従って、128GBが選択肢として用意されているのは素直に嬉しいところだ。

 なお、販売に関しては従来のThinkPadシリーズと同じように、企業向けの型番付きのモデルと、LenovoのWeb直販で買える製品が用意されている。LenovoのWeb直販の場合など、個人向け製品に関してはOffice Personal 2013バンドル版が最低構成となる。これは、以前の記事で説明したとおりで、本製品がMicrosoftがOEMメーカーに対して提供している「Smaller Screen Program」の対象になるからだろう。

WANモデムのスペースは用意されているが、日本向けモデルでは非搭載

 さて、上に示したThinkPad 8の内部構造を見ていくと、不自然に空いている部分があるところが見て取れる。実はここは、ワイヤレスWANモデムが実装される部分になる。Lenovoではグローバル向けのモデルにはワイヤレスWANモデム(例えば米国向けの製品ではLTEモデム)を内蔵したモデルを用意している。

 もちろん、Wi-FiやBluetoothなどは標準で搭載されているので、ワイヤレスWANモデムを内蔵していなくても、スマートフォンのテザリングやWi-Fiルーターなどを利用することで出先でデータ通信することは可能だ。しかし、ワイヤレスWANモデムを内蔵して欲しいというニーズは少なくない。

 だが、すでに冒頭でも説明した通り、レノボ・ジャパンでは、将来的に出せるように検討しているものの、現時点では出せるとも出せないとも言えないとした。なお、レノボの関係者は、他の2つの製品(ThinkPad X1 CarbonとThinkPad Yoga)に関しては検討していることも否定しており、それに比べれば少なくとも可能性はある、というのがThinkPad 8のワイヤレスWANモデムの現状ということになる。

キャリアIOTのテストを通すためのコストは決して安くない

 可能性が残されているのは悪くないニュースだが、おそらくハイエンドPCユーザーが感じている不満は、なぜ海外向けにはオプションとして用意されるのに、日本でだけ提供されないのか、ということではないだろうか。実はこうした状況はレノボ・ジャパンだけでなく、他のグローバルなPCベンダーでも同じようなことが発生している。

 もちろん、PCメーカーは、ワイヤレスWANモデムのニーズがあることは理解している。しかし、それをオプションとして提供するにはいくつかの乗り越えるべき壁があるのだ。最大の要因は、仕様を日本に合わせ込むコストだ。

 PCメーカーがワイヤレス機能を提供する場合には、日本の法令などに従って、いくつかの認定を取る必要がある。最も有名なものは、技術基準適合証明という無線の認定を取得し、製品に適合マークを表示しなければならない。これは法令で決まっているもので、Wi-FiやBluetoothなど、どんな無線であろうとも認定を受ける必要がある。ただ、この認定は、ワイヤレスWANがあろうとなかろうと、ほとんど全ての製品がWi-Fiを搭載している現状から、認定にかかるコストは大きく変わらない。

 問題になるのはその先だ。それがキャリアIOT(Inter-Operability Testing)と呼ばれる試験だ。このキャリアIOTというのは、法令で決まっている試験ではなく、携帯電話キャリアが自社のネットワークにつなげる機器に対して行なっている試験で、キャリアから販売する端末、あるいはキャリアのネットワークへの接続を保証するサードパーティベンダーの製品に対して通過を求めているテストになる。このテストを通過して初めて、キャリアが自社のネットワークに接続できる機器として販売を許可する。

 余談になるが、現在日本の携帯電話キャリアはSIMロックフリー機を技術基準適合証明のマークがある機器であればという条件で接続を認めているが、SIMロックフリー化によりネットワーク接続で何らかの問題が発生してもサポートはしないとしている。

 このキャリアIOTにかかるコストが安くないのだ。もちろん条件はベンダーによって異なるので一概にいくらということはできないのだが、1つのキャリアで認定を取るだけで1製品あたり数百万円単位でコストが発生することもあるという。従って、メーカーとしては、それを製品に上乗せする必要があるのだが、例えば、数百個でも1つあたりに1万円、千個売れたとしても1つあたり数千円を上乗せしなければ、メーカーは元が取れない、それが今の現状なのだ。だが、ThinkPad 8に関して、ワイヤレスWANの需要の閾値はそこに達していないということだ。

キャリアIOTを通さずに販売することは可能だが、企業向けの製品ではNG

 もっと低コストでワイヤレスWANモデムを搭載した製品を出す方法はないのだろうか? 実はある。単純にキャリアIOTを無視すればいいのだ。というのも、キャリアIOTは法令で決まっているわけではなく、あくまでキャリアが自社ネットワークに対して接続することを許可するためのテストだから、メーカーが自分の責任で保証しますと言ってしまえば、キャリアIOTで認定を受けずとも販売できる。もちろん、その場合、キャリアのネットワークに接続して何か問題が起きたとしても、ユーザー、メーカーともキャリアからのサポートは受けられない。

 デルが日本で「Venue 8 Pro」を発表した時、3Gモデムについて、「デルでSIMの動作検証などを行なう予定はなく、ある程度スキルの高いユーザー向けと位置付ける」(別記事参照)と非サポート扱いにしたのも、技術基準適合証明は通っているけど、キャリアIOTは通っていないためだと考えられる。

 もう1つの抜け道としては、NTTドコモのネットワークを利用してデータ通信サービスを提供するMVNO(Mobile Virtual Network Operator、仮想移動体通信事業者)に特化して提供するという道だ。これだと、あるMVNOでだけ検証すればいいので、キャリアIOTをやる場合に比べて低コストで実現できる。

 実は、レノボもコンシューマ向けの「YOGA TABLET 8」の3Gモデム内蔵版(SIMロックフリー)はNTTドコモのMVNOであるIIJのSIMをバンドルしている。つまり、IIJでの接続はサポートするが、それ以外はサポートされないという建前になる。もちろんSIMロックフリーであるので、IIJ以外のMVNOや通信キャリアでも利用できるだろうが、それはユーザーの自己責任でということになる。

 だが、一般消費者向け製品ではこの手もありだが、ThinkPadはビジネス向けという位置付けも想定されているため、きちんとキャリアIOTを通してから提供する。そのためのコストも見極めなければならない。おそらくそれが吉原氏のいう「現在検討中」という言葉の意味だと考えられる。

 こうして考えていくと、ワイヤレスWANモデムを内蔵したPCがより一般的になるためには、ユーザーがもっとPCにワイヤレスWANモデムを内蔵して欲しいという声を上げていくことが大事だし、何よりもモデムを内蔵した製品を多くのユーザーが買うようになれば、キャリアIOTのコストはどんどん下がっていくことになり、PCの標準機能としてワイヤレスWANモデムが内蔵される日が来るだろう。

 そうした意味で、真剣にそうした未来が来て欲しいと思うユーザーは、ぜひとも各社のワイヤレスWANモデム内蔵製品を検討して購入して欲しいと思う。買うことこそ、ユーザーとして最大の支持行為なのだから。

(笠原 一輝)