笠原一輝のユビキタス情報局

なぜLenovoはMotorola Mobilityを買収したのか

 Lenovoは、Googleが2011年に125億ドルで買収したスマートフォン製造メーカーMotorola Mobilityを29億1千万ドルで買収したことを明らかにした。

 Lenovoは数年前よりPC+(ピーシープラス)というスローガンを掲げ、コアビジネスとなるPCにプラスして、タブレットやスマートフォン、デジタル家電などマルチに事業を展開していく方針でビジネスを進めている。数年前にはほぼシェア0だったスマートフォンのビジネスは中国でのシェアがNo.1になったことに合わせて、2013年の末にはグローバルでSamsungとAppleに次いで3位になるなど成長が続いていた。

 そのLenovoがMotorola Mobilityを買収したのは、成熟市場へアプローチできていなかったスマートフォンビジネスの弱点を補いたいという意向が背景にあると考えられる。2005年にLenovoがIBMからPC事業を買収し、その後グローバルなメーカーとして飛躍を遂げたPCにおける成功体験の繰り返しを狙っているのだ。

CESでもメインストリーム向け製品を展示

 日本のユーザーにとってLenovoと言えば、ThinkPadシリーズやIdeaPadシリーズなどWindows PCを販売するメーカーという認識だと思う。しかし、ここ数年Lenovoが力を入れていれるのがスマートフォンのビジネスで、事業を始めた2011年からみるみるうちに成長し、現在では中国のスマートフォン市場でシェアがNo.1になった。

 先日米国で行なわれたInternational CESでもLenovoは近隣のホテルにブースを設置して同社のソリューションを顧客や報道陣など向けに見せたが、そこでもスマートフォンは展示されており、具体的には以下のような製品が展示されていた。

Lenovoが2013年2月のMWCで公開した同社のスマートフォンの成長の軌跡。わずか2年で急成長を遂げている
Snapdragon 800(2.2GHz)、5.5型フルHD液晶、1,300万画素背面カメラを搭載したLenovoのVibe Z、ハイエンド向けの製品となる
Lenovo S930。6型HD(1,280×720ドット)液晶、クアッドコアCPUを搭載したAndroidスマートフォン
Lenovo A895。5型HD液晶、クアッドコアCPUを搭載したAndroidスマートフォン

 Lenovoのスマートフォンには「Vibe Z」などハイエンド向けと思われる製品もあるのだが、MediaTekのSoCなどを搭載したメインストリームやローエンド向けが製品ラインナップの中心で、どちらかと言えば中国のような成長市場をターゲットにした製品になっている。

 それはある意味当然で、Lenovoのスマートフォンがメインターゲットにしてきたのは中国のような成長市場であるからで、だからこそ急成長を遂げてきたのだ。

Lenovoはブランドと開発力を取り、Googleは特許を取ったという今回の取引

 そうしたLenovoにとって課題になってきたのは、成熟市場と呼ばれる先進国の市場へどのように参入するかだった。実際、Lenovoは成熟市場向けにも投入できるような製品をいくつか作ってきた。前出のVibe Zもそうだし、昨年(2013年)はK900と呼ばれるAtom Z2500(Clover Trail+)を搭載した5型スマートフォンを発表し、中国やアジア市場に投入してきた。このK900は完成度もかなり高く、日本や欧州などの成熟市場に投入しても充分売れそうな完成度だったが、投入はされなかった。

Lenovoが昨年のCESで発表して、市場に投入したK900

 その最大の要因は、成熟したスマートフォン市場におけるLenovoのブランド力の無さだろう。成熟市場では、成長市場に比べると通信キャリアが強い力を持っている。日本や米国はその端的な例だが、そうした市場では、どんなに製品が魅力的な製品だったとしても、保守的な通信キャリアを説得するだけのブランド力が必要になる。もちろんPC市場におけるLenovoのブランドはここ数年でかなり浸透したが、スマートフォン市場ではほぼ0に近いのが現状だ。

 そうしたLenovoにとって、成長市場で通用するブランド力は何よりも欲しかったものだ。実際Lenovoは過去にそのやり方で、PC市場において大成功を収めた。言うまでも無く、2005年のIBMのPC事業の買収だ。この買収は「資金はあるけど、ブランド力と製品開発能力が無いというメーカーが、資金は無いけど、ブランド力と製品開発能力があるというメーカーを買収するとどうなるのか」という企業買収の典型例とも言っていい。

 この買収により、LenovoはThinkPadなどのブランドを得たのはもちろんこと、PCビジネスのやり方をよく知っている米ノースカロライナ州ラーレにいるIBM PCの関係者、そして日本の大和研究所という開発拠点も手に入れた。そして、その後の日々のオペレーションはラーレにいる米国人に運営を任せ、開発は日本の大和研究所に任せた結果、2013年の末にはグローバルなPC市場でシェアトップになるという大成功を収めた。

 今回Lenovoが買ったMotorola Mobilityはまさにそれと同じ条件を満たすものだと言っていい。特に米国において“Moto”の愛称で知られるMotorola Mobilityは、米国のスマートフォンユーザーによく知られており、そのブランド力は高い。また、米国のMotorola Mobilityの開発チームを得ることで、そこをベースにして成熟市場向けのハイエンド製品を開発できる。そして北京にいる現在のLenovoの開発チームが成長市場向けのメインストリーム、ローエンド製品を開発していくという体制が維持できれば、次の成長への梃子にできるだろう。これがLenovoの狙いだと筆者は考えている。

 その一方、Googleはこの買収で何を得たのだろうか? Googleが2011年にMotorola Mobilityを買収した際には125億ドルを使ったが、今回Lenovoへ売却する際の価格は29億1千万ドルで、その差額(95億9千万ドル)はGoogleにとっては損失と言ってもいいだろう。

 ただし、Googleが発表したプレスリリースによれば、Motorola Mobilityが所有していた特許の大部分はGoogleが保持するとされており、その中から2,000程度の特許はLenovoに対して使用権が与えられるとされており、Googleが必要だったのは、要するにその特許だったということがわかる。その特許に95億9千万ドルの価値があったのかどうかは、どの特許がGoogleに残されたのか発表されていないので伺い知れないが、その中にAndroid関連の死活的に重要な特許があったと考えることはできるだろう。

SamsungとAppleに迫れるのか。そして日本市場参入は?

 Motorola Mobilityは以前に比べてスマートフォン市場でのシェアが小さくなっており、Lenovoがこの買収で得るのは規模ではなく、そのブランドと製品開発能力の2つだ。従って、このLenovoの買収により、SamsungとAppleという2強にすぐ迫れるという類の話ではない。しかし、すでに述べた通り、Lenovoに欠けていたのは、成熟市場でのブランドとハイエンド向け製品を開発する能力で、それを今回のMotorola Mobilityの買収で得たことになる。これにより、2強に対する挑戦権を得たことになる。

 日本市場への影響という意味では、Motorola Mobilityは昨年のRazr Mをソフトバンクモバイルに納入していたぐらいで、残念ながら日本でのブランド力はさほど強くないのは現実だ。しかし、通信キャリアに対してアクセスできていなかったLenovoに比べれば、Motorola Mobilityというブランドの方がキャリアに対してアクセスしやすいと言える。ここ1年ぐらい、浮かんでは消えているレノボ・ジャパンによるスマートフォンビジネスへの参入が、ついに現実化する可能性は高く、そこは日本のユーザーとしても要注目と言えるだろう。

(笠原 一輝)