笠原一輝のユビキタス情報局
なぜ新型ThinkPad X1 Carbonに適応型キーボードを採用したのか
(2014/1/10 06:00)
米国ラスベガスで開催されているInternational CESだが、PC関連での最大の話題と言えば、Lenovoが発表したThinkPadシリーズの最新製品、8.3型WUXGA液晶搭載の「ThinkPad 8」と14型液晶を搭載したUltrabookとしては世界最軽量となる新しい「ThinkPad X1 Carbon」だろう。
そのLenovoでThinkPadビジネスをグローバルに統括するLenovo 副社長兼ThinkPad事業部 事業部長のディリップ・バティア氏にお話を伺う機会を得たので、その模様をお伝えしたい。Lenovoが何を考えて適応型キーボードを採用したのかなどを含め、筆者なりに新しい適応型キーボードがユーザーにもたらすモノは何なのかを考察していきたい。
ThinkPad X1 Carbonと8、日本でもそう遠くない未来に販売される可能性は大
バティア氏は「ThinkPadはプロフェッショナルのためのデバイスというのが我々の基本的な考え方だ。我々の基本的な戦略としては、薄型軽量を極めたデバイスを今後も出していくというものだ。その象徴となるのが今回発表したThinkPad X1 Carbonで、従来製品に比べて6%軽くなり、14型の液晶を搭載したUltrabookとしては世界最軽量となる」とし、長らくクラムシェル型ノートPCの典型とされてきたThinkPadも、薄型、軽量の方向を目指して開発を進めているとした。
このことは、以前の記事でも紹介した通りで、ThinkPadの2013年型の基本設計(CS13)は、薄型軽量を実現することをコンセプトに設計されており、T440sやX240、X240Sと言ったいわゆる“Classic ThinkPad”シリーズに関してもUltrabookの要求を満たすように薄型化が実現されている。ThinkPadと言えば、これまではクラムシェル型ノートPCの代名詞といったところだったと思うが、そのThinkPadも今変わろうとしているのだ。
かつ、ThinkPadというブランドの位置付けも徐々にではあるが、変わりつつある。2013年に、Lenovoはブランド戦略を大きく転換している。2013年以前は企業向けが「Think」で、一般消費者向けが「Idea」という切り分けになっていた。ThinkPadはそのThinkブランドのノートブックPC版という位置付けだった。しかし、2013年に大きく切り分けが変えられており、2つのブランドは企業向けか一般消費者向けかという切り分けで無く、Thinkがプレミアム(高級)ブランドで、Ideaがメインストリーム(普及価格帯)ブランドというように変更されている。つまり、ThinkPadというのは企業向けか一般消費者向けかにかかわらず、プレミアムなノートブックPC向けのブランドとされているのだ。
このため、Lenovoでは新しいThinkPad X1 Carbonを企業向けだけとは位置付けていないという。バティア氏は「この新しいThinkPad X1 Carbonは、企業向けでもあり、一般消費者向けでもある。どちらのユーザーにとっても最先端のプレミアムな商品、それがThinkPad X1 Carbonだ」と説明する。このため、販売経路に関しても、これまでのように企業向けの販路と直販だけでなく、一般消費者向けの販路による販売が計画されているのだという。
なお、現時点では日本で新しいThinkPad X1 CarbonとThinkPad 8の販売計画が明らかにはしていないが、レノボ・ジャパンに近い関係者によれば日本でも販売は計画されており、かつそれはグローバルに大きく遅れるタイミングでは無いという。仮に日本でも一般消費者向けの販路に拡大されるとすれば、エンドユーザーにとっては入手経路が増えることになるため、歓迎して良い動きと言えるだろう。
6列目をアプリケーションによって動的に変更する適応型キーボードを採用
新しいThinkPad X1 Carbonが発表されて、おそらく既存のThinkPadユーザーが最も驚いたのは、適応型キーボードではないだろうか。2012年、ThinkPadのうちClassic ThinkPadと呼ばれるシリーズ(ThinkPad X/T/Wシリーズ)は、それまでThinkPadの伝統だった7列配列のキーボードから6列配列のキーボードへと転換した。そのあたりの事情に関しては詳しくは過去記事を読んで頂きたいのだが、かいつまんで説明すればUltrabookのような薄型化がThinkPadでさえ不可避な状況で、薄く、コンパクトなPCを作るためにフットプリントが大きな7列配列キーボードは維持するのが難しく、20年に渡って伝統となっていた7列配列から6列配列へと転換したのだ。
結果的にその判断は、今となっては、タッチパッドの大型化、パームレストの大型化という異なるメリットも生み出している。前回の記事で紹介した2013年型のThinkPad(Lenovo社内のコードネームでCS13と呼ばれる基礎設計)では、この6列キーボードを採用することでタッチパッドを大型化することができ、かつパームレストが大きく取れるようになったため、その下に2.5インチのHDDを格納することができるようになった。
Windows 8ではジェスチャー操作などは必須になりつつあり、タッチパッドの重要性は以前よりも増している。また、Ultrabookでは最初から組み込み型のSSDしか搭載できないことが一般的だが、X240やT440sなどCS13のThinkPadでは、2.5インチのHDDを内蔵でき、かつそれが故障したときにはユーザーが自分自身で交換もできる。HDDの入手性の良さを考えれば、ビジネスの継続性という意味では、このことの重要性は今更筆者が強調するまでもないだろう。
そうしたこともあって採用された6列キーボードだが、今回Lenovoは新しいThinkPad X1 Carbonにおいて、それをさらに進めて、6列目のファンクションキーを、ソフトウェアにより機能を可変する適応型キーボードというタイプに変更している。具体的には6列目のファンクションキーがタッチ型のキーに変更されており、ソフトウェアにより表示と機能の割り当てが動的に変更されるのだ。
機能はアプリケーションの種類によって切り換えられ、ExcelやWordなどのオフィスアプリケーションを利用している場合にはF1~F12の表示に、SkypeなどのVoIPアプリケーションを利用している時はノイズ低減機能やスピーカーやマイクのボリューム、Internet Exploerのようなブラウザであれば戻るや進むなどのボタン……、といったようにアプリケーションの種類により切り換えられる。
バティア氏は「我々はユーザー体験を次のレベルに引き上げる必要があると判断した。それは何かと言えば、より簡単に使えるようにするということだ。ブラウザにはブラウザの操作性に合わせたキーに、Officeを使うときにはOfficeに合わせたキーに動的に変えていくというのがこの適応型キーボードのコンセプトだ」と述べ、スマートデバイスが実現しているような、難しいことを覚えなくてもシンプルに使えるということをPCでも実現する、それがこの適応型キーボードのコンセプトだということだった。
既存のユーザーには戸惑いを覚える可変する6列目
確かにバティア氏の言う通り、PCをそんなに使ったことが無いユーザーにとって、この機能は素晴らしいと言えるだろう。今回の適応型キーボードの6列目には機能が、文字ではなく絵で表示され、それも機能が切り替わると同時にソフトウェア的に切り替えられる。つまり、6列目はタッチパッドになったようなモノだと考えればわかりやすい。おそらく、PCにそんなに慣れていないユーザーが使ってもすぐに使いこなすことができるだろう。
だが、古くからPCを使っているユーザーにとっては、戸惑いがあるのは事実だ。特に、日本語変換ソフト、具体的にはジャストシステムのATOKなどがこれに該当するが、デフォルトの変換キーの割り当てで、ひらがな変換がF6、カタカナ変換がF7、半角/全角変換がF8、アルファベットへの変換がF9に割り当てられており、特に古くからATOKを利用しているユーザーの中にはこの変換方法に慣れ親しんでいるユーザーが少なくない。余談だが、それぞれF6によるひらがな変換はCtrl+U、以下同じようにカタカナ変換はCtrl+I、半角/全角変換はCtrl+O、アルファベット変換はCtrl+Pで置きかえられる。割とすぐ慣れるので、これまでF6~F9を利用してきた方は試してみるといいだろう。
また、6列目にあったESCキーが5列目に移った関係で、英語キーボードで日本語変換をオン/オフするトグルスイッチにもなっている"~"キーが右側のAltとCtrlの間に移動して、同じにDeleteキーがバックスペースの横に来ている。そのほかにも、CapsLockが右Shiftキーの2回押し、HomeとEndがCapsLockキーの位置といった配置の変更が行なわれている。ただ、文字キーそのものは以前の6列配列キーボードとまったく同じ位置にあるので、文字入力そのものには影響はない。おそらくこのキーを設計したエンジニアは、文字入力のキーをできるだけ移動せずに、影響を最小限にとどめる設計をしたと考えることができるだろう。
率直に言って、こうしたキー配列の変更は既存のユーザーにとっては、新しいキー配列に慣れる必要があるため、“何してくれてんねん”という感想を持つ人が多いだろう。ただ、この問題は結局古くて新しい、“既存のユーザーにだけ合わせるのか、それとも新しい大多数のユーザーに合わせるのか”という問題の繰り返しに過ぎない。結局の所、ユーザー個々人にとって最適なユーザーインターフェイスというのは慣れ親しんだデバイスなのだ。それが他者にとってどんなに使いにくいデバイスであろうが、本人にとっては慣れたデバイスが1番使いやすい、このことはいつの時代も変わらない真理だ。
マジョリティはどこにあるのかという古くて新しい問題
問題は、製品を開発する側にとって、マジョリティはどこにあるのかということだ。結局のところ、入力機器は大多数が使いやすいというモノに合わせていかない限り、製品は売れなくなり、その製品自体が死滅することになる。もちろん、その製品を愛している熱烈なファンは支持するだろうが、全体から見れば少数派になり、消えていってしまうということだ。
実際、Lenovo自身も、そういう経験はしている。その代表的な例は、現在もThinkPadのアイデンティティで有り続けているが、ノートPCのポインティングデバイスとしては少数派になってしまったスティック型のTrackPointだろう。TrackPointは慣れるまでに時間はかかるものの、慣れてしまえばタッチパッドよりも快適に利用できる。しかし、今やスティック型のポインターを採用しているのはThinkPadシリーズと東芝の一部製品ぐらいで、Lenovo自身もメインストリーム向けの製品(IdeaPad、Yoga、Miix)などでは採用していない。マーケットでのシェアで言えば、おそらく10%もなく、今や完全なるマイノリティなのだ。
逆に言えば90%以上のユーザーはタッチパッドでのノートPCの操作に慣れ親しんでいるということだ。そうしたときに、例えば企業で導入する際にタッチパッドがついていないと入札にも参加できない、店頭でタッチパッドがついていないから買ってもらえない、そういうことが実際に起きてしまう。ThinkPadシリーズも、2002年に投入したThinkPad T30世代から、TrackPointだけでなくタッチパッドも装着し始めたのはこうした背景があったからだ(それでもThinkPadシリーズにはTrackPointがついているというのは凄いことだと筆者は思う)。
今回の適応型キーボードも状況はそれに近いと思う。現代はiPadなどのスレート型タブレットの普及が欧米を中心に進んでおり、タッチ操作の方に慣れ親しんでいるというユーザーが増えている。キーボードとタッチ、どちらの方が入力しやすいかは、先ほど述べた通り習熟度の問題なのでここでは議論しないが、徐々にタッチでの操作がマジョリティになりつつある、あるいは今後さらに多数派なっていくのは否定できないだろう。そうした中でクラムシェル型ノートPCが進化していく過程で、2-in-1デバイスのように変形するというのも1つの路だし、今回の新しいThinkPad X1 Carbonの適応型キーボードのようにタッチキーボードと物理キーボードのハイブリッドというのも1つの路だろう。確かにこれで完成ということではないというのも事実だと思うが、それでも新しいトライとしてこれはこれでありだと思う。マジョリティの側にいること、これこそがメーカーにとっても、ユーザーにとっても大事なことなのだ。
他のClassic ThinkPadでは従来型の6列配列キーボードを継続していく
今回の適応型キーボードだが、最初の世代の製品であって、逆に言えばそれが受け入れられるか否かによって、将来の路は決まっていくだろう。PCユーザーとしては大いに注目したいところだ。実際バティア氏は「この製品をリリースするにあたって内部でのテストも、外部でのテストも行なって良好なフィードバックを得ており、使い勝手には自信を持っている。また、リリース後にも実際に買って頂いたお客様からのフィードバックも来年の製品に活かしたい」としており、テスト段階では良好なフィードバックがあったとのことだった。
ただ、Lenovoとして、この適応キーボードをいきなりすべてのThinkPadに広げようというわけではないという。バティア氏は「他のClassic ThinkPadは、従来通りの6列配列キーボードを今後も継続していく」とした。つまり、適応型キーボードにイマイチ慣れないと感じるユーザーは、そうした従来型のClassic ThinkPadを今後も購入して欲しいというのがLenovoのポジションということになる。
時代に合わせた新しい選択と、従来のユーザーにも継続した選択を提供してくれる、そうした選択の余地があるということはユーザーにとってありがたいことで、ぜひとも今後もお願いしたいものだ。