笠原一輝のユビキタス情報局

Snapdragon 835とARM版Windows 10でPC業界を改革

~Qualcomm半導体部門のトップ、クリスチアーノ・アーモン氏インタビュー

Qualcomm Technologies上級副社長兼Qualcomm CDMA Technologies社長 クリスチアーノ・アーモン氏

 元々は携帯電話網向けのモデムチップの製造や、IP(知的所有権)を開発する会社としてスタートしたQualcomm。2000年代前半にフィーチャーフォンの高性能化が始まり、その後スマートフォンが登場すると、同社のフィーチャーフォン/スマートフォン向けSoC(System on a Chip)として提供されてきたSnapdragonシリーズはクライアント市場で重要な地位を占めるようになった。

 そのQualcommの子会社で、半導体ビジネスを担当しているのがQualcomm CDMA Technologies(QCT)だ。Qualcommは持ち株会社に相当するので、Qualcommの半導体部門がQCTだと考えれば分かりやすいだろう。そのQCTの社長がクリスチアーノ・アーモン氏で、Snapdragon、Snapdragon X modemなど、Qualcommが製造販売している半導体製品の全てを統括している。

 今回、アーモン氏がアジア太平洋地域の報道関係者を対象に行なったラウンドテーブルに参加する機会を得たのでその模様をお伝えしていくとともに、QualcommがPCビジネスに乗り出していく上での課題についても考えていきたい。

Snapdragon 835とARM版Windows 10でPC業界をリノベーションしていきたい

Q:NXPの買収について、今後どのようなロードマップを描いているのか。

アーモン:まず始めに言っておきたいのはNXPの買収プロセスはまだ完了しておらず、今後の戦略を全て語れる状況にはないということだ。

 我々の強みであるモバイル以外のビジネスの可能性を考えてみよう。そこには自動車、IoT、ネットワークなど多くの可能性がある。NXPは自動車向け半導体ではトップシェアであり、IoTに関しても強力なセールスチャネルを持っており、さらに非常に大きなネットワークビジネスをもっている。それらはQualcommがこれから拡張していこうというビジネスと完全にフィットする。

 基調講演で我々のCEOが語ったように、5Gで重要になるのは電話以外の用途だ。NXPの買収はそうしたモバイル以外での我々のポジションを強化するものだと考えている。現状は全て順調に進んでおり、既に発表したように1年かからずに完了する予定だ。

Q:NXPの買収では何が一番のチャレンジか。

アーモン:両社のビジネスを見た場合、若干のオーバラップがある。それぞれの会社が異なる顧客を抱えており、両社で若干やり方が違うビジネスがある。非常に簡単な方法は、Qualcommはモバイルをもっとよくしていき、コンピューティングの領域に拡張していくことだ。

 例えば昨年(2016年)中国で行なわれたWinHECでは、Snapdragon 835でWindows 10をサポートすると発表した。Snapdragon 835はハイエンドスマートフォンだけでなく、フル機能をもったWindows 10をサポートする。モバイルをコンピューティングへ拡張していったように、一般消費者向けの製品にも広げていく。

 これに対してNXPは世界最大の自動車向け半導体メーカーだ。それと、Qualcommがやっている車載情報システムやCRS、テレマティックス向けのモデムなどは競合しているように見えるかもしれない。しかし、2つの会社が1つになることによって、業界にとってオールラウンドな半導体メーカーが誕生するという点が重要だ。

 NXPのマイクロコントローラビジネスも同様だ。同社は既に数万にもなる顧客を抱えており、NXPは今後もそのビジネスを継続するだろうが、その製品群にQualcommのモバイルビジネスから来る製品を追加すれば彼等の製品ポートフォーリオはさらに強力になる。

 我々は企業統治の観点から、両社の統合はスムーズに進むと考えている。既に述べた通り、我々はそんなに多くのオーバラップする領域がないからだ。

Q:Snapdragon 835でWindows 10をサポートすると、昨年のWinHECで発表した。だが、PC業界のビジネスモデルは、PCのビジネスモデルとはかなり異なっている。

 例えば、Snapdragon 820のOEMメーカーは、QRDやBSPを利用するために契約ベースで進める必要があり、それは大きなOEMメーカーが対象になっている。

 これに対して、PCでは大きなOEMメーカーもあれば、中小のOEMメーカー、ODMメーカー、チャネルとかなり裾野が広くなっている。現状では大手OEMメーカーと契約ベースで話しを進めてきたQualcommはどのようにビジネスを進めていくつもりか。

アーモン:それはいい質問だ、実は私にとってもそれは大事な話題だと認識している。だが、その質問にお答えする前に、我々がどのようにPCを再定義するのか、そのことについてお話したい。

12月にシンセンで行なわれたWinHECでQualcommのSnapdragon上で動作するARM版Windowsのプランが発表された。WinHECの基調講演にはアーモン氏も登壇した(別記事参照)

 今回のCESで私は多くのPCメーカーの関係者と話しをして、非常に前向きな驚きを隠し得なかった。というのも、多くの関係者がこの変化を歓迎しているからだ。PCの市場を見れば、全体としては成長しておらず、そのメインの用途である生産性向上に関してもモバイルへと移行が進んでいる。

 現在PCに使われているチップとモバイルに使われているチップを比較すると、モバイルの方がよりマルチメディア重視となっている。カメラの画質や機能、ハイレゾオーディオへの対応、ビデオ再生機能などいくらでも例を挙げられる。

 今回私がお会いした多くのPCメーカーの関係者の方がおっしゃっていたのは、Qualcommのチップを使うことができれば、そうしたよりよいカメラ、よりよいメディア再生機能、そしてより長いバッテリ駆動時間、スマートフォンと同じ優れたデザイン性という特徴を持ったPCを、Win32アプリという過去の互換性を維持して実現できる。

ARM版Windows 10はWin32アプリを動作させるバイナリートランスレータが搭載されている。WinHECのデモではPhotoshopを動かして見せた

 しかも、既にスマートフォンを製造しているOEMメーカーであれば、薄くて、ファンレスで、美しいPCを、スマートフォンと同じチップを使うことで、BOM(Bill Of Material、部材コスト)を抑えながら実現できる。ユーザーが必要としているプレミアムなPC体験は、よりよいメディア再生機能だし、より長いバッテリ駆動時間だし、美しいデザインだ。

 これらはみな、Qualcommが提供できることだ。我々はPC業界に参入することで、そうした新しい要素をPC業界にもたらし、PC業界をリノベーション(改革)していきたいのだ。

 質問の答えに戻ると、現在我々は多くのPCメーカーと取引している。Lenovo/Motorola、ASUS、HPなど、多くのメーカーがスマートフォン、タブレット、PCビジネスを同時に行なっている。我々の戦略はシンプルだ。それは同じSnapdragon 835を利用して電話をデザインすれば、それと同じ技術を利用してPCを作ることができるということだ。

 また、LTEの常時接続を搭載することでも、PCビジネスは大きく変わっていくだろう。生産性向上を実現するPCにも、常時接続は必要だ。その点からもPCのビジネスモデルは大きく変わっていくと考えている。PCが現在のチャネルだけでなく、通信キャリアを通じて販売されていく。そういうことが起きると考えている。

 我々がPCビジネスに参入することで、ユーザー体験は大きく変わっていく。そう考えており、とてもワクワクしている。

Q:自動運転についてはどうか。NVIDIAやIntelは自動運転向けのプラットフォームを既に発表している。NXPはBlueboxを持っているが、それをどのように活用していくのか。

アーモン:NXPの自動車ビジネスに関してはまだ統合も終わっていないので、お話しすることはできない。Qualcommはテレマティックスの分野から自動車産業に取り組んでおり、非常に強力な製品をもっている。テレマティックスを統合したい企業にとっては、NXPはドライブトレインなど安全に関わる重要な部品を持っており、将来的にはそれらを我々の自動運転のソリューションに統合することが可能になる。

 私は、自動運転のソリューションはPCやサーバーを自動車に乗せるようなことだとは思っていない。全てのソフトウェアはゼロから開発され、そしてそれら全てのシステムを、自動車の他のシステムと統合して完璧に動くようにしなければならない。

 そしてクラウドと連携し、セルラーV2Xをなどを利用して、インフラや他の車両と連携できなければならない。それは他の半導体メーカーも同じだと考えている。だからこそ、NXPの買収は非常に重要なのだ。NXPの買収が完了すれば、Qualcommは自動運転を開発するのに、エンドツーエンドで全てのソリューションが揃っている半導体メーカーになるだろう。

Snapdragon 835の歩留まりはQualcommの事前の想定よりも順調

Q:Snapdragon 820の発表の段階では多くのデバイスが発表された。しかし、Snapdragon 835については1つも発表されていない。何か製造上の問題などがあるか。

アーモン:もうまもなくだ(笑)。ただ、残念なことに我々はお客様の計画をお話しすることができない。今お話できることは、我々はSnapdragon 835の性能、安定性、10nmの歩留まりには満足しているということだ。我々は非常に早く10nmに対応したSoCを出すことができた。既に量産の準備が整っており、非常に多くのデバイスがこの数カ月の間に発表されると考えている。

Snapdragon 835(左)。右のSnapdragon 820に比較してパッケージサイズが30%削減されている(別記事参照)

Q:10nmの歩留まりはどうか。競合他社は歩留まりに苦しんでいるという報道もあるが。

アーモン:競合他社のことは分からない。しかし、我々のSnapdragon 835は、もともと我々が想定していた歩留まりよりはよい。我々はこの結果に満足している。現時点ではSnapdragon 835の量産には何の問題もない。

Q:今回はなぜ製造パートナーがSamsung Electronicsになったのか。

アーモン:われわれは製造委託に関しては1社だけでなく複数社と取引を行なっている。TSMCもSamsungも、Qualcommの長期間にわたる製造パートナーだ。それだけでなく、GLOBALFOUNDRIESやSMICなどもパートナーで、今後NXPとの統合が進めば、さまざまなファウンダリーを利用する可能性を検討していくことになるだろう。

Q:Intelのファウンダリーサービスを利用する可能性があるか。

アーモン:現時点ではIntelのファンダリーサービスを使うことは検討していない。

Q:AIの戦略について、AIのアクセラレータにとってもっとも重要なものは何か。NVIDIAにとってはGPUで、IntelにとってはFPGAが重要となっているが、Qualcommにとっては。

アーモン:機械学習に関しては、Qualcommなりのアプローチが必要だと考えている。我々はどこからここに来たのかと言えば、モバイルからだ。我々のSoCには異なるタイプのプロセッサや異なるタイプの昨日が用意されている。

 機械学習はCPUだけでなく、GPU、DSPなど、さまざまな演算器を利用して演算できる。我々のモバイルプロセッサであるSnapdragon 835は、多くのDSPやGPUをハードウェアとして持っている。まもなく我々は詳細を明らかにするが、Qualcommはヘテロジニアスなコンピューティングプラットフォームを考えている。

 もしプロの写真であれば、さまざまな環境で撮影する。明るかったり、暗かったり、曇りだったり、時にはうまくいかないこともあるだろう。しかし、機械学習を活用していけば、スマートフォンが状況を分析してどのような写真を撮ればよいかを決めて撮影できる。それにより、普通のユーザーであっても、プロの写真家のような写真を撮ることができるようになる。

 同じように機械学習を利用してマルウェアの検出ができるようになるかもしれない。また、バックグランドで動いているアプリケーションを解析してより省電力を実現する、そんな使い方もあるかもしれない。このように機械学習は自動車やIoTだけでなく、スマートフォンに関してもさまざまなユースケースが考えられ、それを提案していくことも大事だと考えている。

Q:エッジ(IoTのクライアント側の事)とクラウド、現在はどちらにもコンピューティングパワーがある状況だが、将来はどうなっていくと考えているか。

アーモン:常に両方に処理能力が必要になると考えている。次世代の産業変革と言えるIoTを考えてみよう。ポンプにセンサーがあり、それがクラウドに接続されているとする。センサーはクラウドに接続しているが、ポンプに搭載されている機器上で分析や何かのアプリケーションをリモート実行するとすると、機器が何かの決定をしないといけない場合が想定される。

 例えば、ポンプが壊れたとすると、ポンプに搭載されているAIが診断して、自動で部品を自分で注文し、その修理をスケジューリングする、そういうことも考えられる。そう考えていけば、演算性能はクラウドだけでなく、エッジ側にも必要になると考えている。

Qualcommにとっての課題は、中小のPCメーカーをどのようにサポートしていくか

 今回のアーモン氏のインタビューで、アーモン氏はいくつか重要な事を言っているが、PCやスマートフォンユーザーに関わる話題としては大きく2つある。

 Snapdragon 835の歩留まりが同社の想定よりよかったという点は、Snapdragon 835を搭載したスマートフォンの出荷がさほど遠くない時期であることを示唆している。順当に考えれば、2月末にスペインのバルセロナで行なわれるMWC 2017でお披露目され、第2四半期あたりに製品が出荷されることになるだろう。

 もう1つは、今年(2017年)の年末商戦に最初の製品が登場するとされているARM版Windows 10に関して、Qualcommが、スマートフォンを製造している大手OEMメーカーがSnapdragon 835を搭載したPCをリリースすると考えているという点だ。

 Lenovo、HP、ASUS、Acerなど、PCだけでなくSnapdragonを搭載しているスマートフォンを出しているPCメーカー、さらには、Samsung ElectronicsやHuaweiのように昨年からWindowsタブレットを出荷しているようなスマートフォンメーカーなどの大手OEMメーカーが最初のターゲットだということだ。

 そして、その販路は、現在PCが販売されているチャネル(量販店、通販、メーカーのダイレクト販売)だけでなく、携帯電話キャリア経由である可能性も示唆していることからも分かるように、携帯電話キャリアの法人営業チャネルやショップなどもターゲットになっている。

 分かりやすく言えば、Snapdragon 835を搭載したWindows 10 PCは、ヨドバシカメラやAmazonで販売されるだけでなく、ドコモショップでも扱われる可能性が高いということだ(もちろん、日本でそうなるかについてアーモン氏が言及しているわけではない。あくまで日本でそうなった場合にどうなるかを平たく言えばそういうことだということ、念のため)。

 Qualcommにとっての今後の課題は、そうした大手OEMメーカーだけでなく、LOEM(Local OEM)と呼ばれる中小のPCメーカーや、ODMメーカーなど、PCメーカーの裾野を広げている役割を担っている中小のOEM/ODMメーカーをどのようにサポートしていくかだろう。現在Snapdragon 820を搭載したスマートフォンを発売できているのは、大手OEMメーカーだけで、中小のOEMメーカーはQualcommと直接契約が結べないため、販売できていないという課題がある。

 Windows 10 Mobileが非常に端的な例で、大手OEMメーカーであるHPはSnapdragon 820を搭載したスマートフォンをリリースできているが、日本の中小のOEMメーカーはミッドハイのSnapdragon 617までしか搭載できていない。これに対してPCの世界では、大手OEMメーカーであろうと、中小のOEMメーカーであろうと、IntelのCPUをローエンドからハイエンドまで選択できる。そうした中小のメーカーをサポートする体制を築き上げてきたことがIntelの強みだ。

 従って、そのフィールドでQualcommがIntelと戦っていくには、そうしたサポート体制を作り上げていけるかどうかが重要になる。