大原雄介の半導体業界こぼれ話

先見の明があったRambusと、光インターコネクトの今

 7月20日、Rambusは自身のSerDesおよびメモリインターフェイスのPHY IPのビジネスを、まるごとCadenceに売却したことを発表した(CadenceのリリースRambusのリリース)。

 これによりCadenceは、Rambusが得意としていた高速インターフェイスPHY IPやメモリPHY IPを自社で提供できるようになる。ちなみに今回の売却に伴い、これらのIPの開発に従事していたエンジニアも一緒にCadenceに移籍することになるため、Rambusはいわば祖業を売り払った格好になる。

メモリの高速バスとして名を馳せたRumbus

 Rambusの名前は過去にPC Watchで何度も出て来ているからご存じの方も多いかと思う。1990年にMike Farmwald博士Mark Horowitz博士がRambusを創業したわけだが、元々は確かFarmwald博士が「DRAMの転送速度を上げれば配線数を減らしてコストも下げられるんじゃね?」と思いついてしまったところから始まっている。1992年には4Mbitの最初の試作品(Base RDRAM)が完成。これをもってさまざまなメーカーに採用を持ち掛け、1995年には任天堂やCirrus Logicの第2世代製品であるConcurrent RDRAMが採用される。

RDRAMの一例(CL-GD5464搭載ビデオカード、Graphics Blaster MA334より)

 その勢いを駆ってIntelにも営業を掛け、1996年には広範なライセンス契約を結ぶことに成功するわけだが、同社はメモリのベンダーではなく単にメモリインターフェイスの、それもIPを提供するベンダーでしかない。もっと言うなら、Farmwald博士もHorowitz博士も専攻はコンピュータサイエンスであって、エレクトロニクスではない。

 つまり、何が言いたいかと言うと、アーキテクチャには造詣が深いが、それを支える電気信号そのものに関して言えば素人とは言わないものの、専門ではなかったことだ。実際、初期のRambusにはアナログ信号の専門家が非常に少なかった。

 「そんなんでインターフェイスIPが作れるのか?」と思うかもしれないが、実際にこれを搭載した製品が市場に送り出されたわけだし、RambusとのライセンスによってIntelは高速シリアルの技術を手に入れたわけだから、技術はあったわけだ。

 ではどうやってこれを実現したか? というのが実にコンピュータサイエンスの専門家らしい解決法で、Spiceを利用したシミュレーションを徹底的に行ない、これを利用してインターフェイスIPを構築して提供した。

 実際この頃のRambusの人間は「Spiceを使ってのシミュレーションこそがRambusの本丸だ」と明言している。

 もっとも、Spiceによるシミュレーションの場合はどれだけ厳密なモデルを利用するかが最終的なシミュレーションの精度を決めるわけで、このモデルの構築が甘かった1990年台には、「確かにシミュレーション上では完璧だが製品が動かない」と随分陰口を叩かれたものである。

 しかし、任天堂向けのConcurrent RDRAMの開発ではパートナーになったNEC(その後のエルピーダメモリ、現Micron)が随分苦労したし、Intelとの協業の中ではRAC(Rambus ASIC Cell:ラムバスが提供するメモリインターフェイスのIP)に起因すると思われるMTH(Memory Translator Hub)の暴走問題がDirect RDRAMのPCマーケットへの普及の試みの息の根を止めることになったことを考えると、単に陰口と呼ぶには生々しいというか、陰口になっていなかった気はする。

 とは言え、アナログの高速信号伝達レーンをシミュレーションを使って設計するというのは現在では当たり前というか、もう実際の回路で実験するというのはナンセンスで、シミュレーションを使って解析と設計を行ない、プロトタイプでそのシミュレーションを検証するというのが昨今の技法であることを考えれば、単に20年ほど先走っていただけな気もする。

 ただ2000年台に入るとRambusの物理IPや高速インターフェイスIPの品質は急速に向上したし、ビジネスとして成功したかどうかはともかくとして、XDR DRAMは新しいDRAMインターフェイスに向けたさまざまな実装が行なわれ、その後のDRAMに影響を与えた。超敵対的だった同社の経営方針も、CEOがHarold Hughes氏からRon Black氏に変わったタイミングで大幅に転換。まぁ方針を変えたからといってそれまで同社に痛い目にあわされてきた業界からの視線が急に和らいだりはしなかったのだが、2014年にはそれまで頑なに拒んでいたJEDECのDRAM標準化委員会(JC-40)への加盟を発表するなど融和路線が進んでいた。

 こうなるとRambusの持つ高速インターフェイスの技術というのは、信号の高速化が急ピッチで進む業界としては非常に貴重であり、さまざまなIPが多くの企業にライセンスされることになる。

XDR DRAM(Spurs Engine搭載カード「WinFast PxVC1100」より)

Rambusのそのほかのビジネス

 もっともRambusは別に高速インターフェイスとメモリインターフェイス一本やりというわけではなく、多角化に腐心していた。とは言え、さまざまなビジネスを買収したものの、大きなビジネスに育ったのはセキュリティIPぐらいである。

 元々は2011年に買収したCRI(Cryptography Research, Inc.)のビジネスであるが、その後2019年にはVerimatrixから旧Inside Secureの資産一式も買収しており、当初は通信経路のサイドバンド攻撃に対処といった感じのソリューションだったのが、今ではRoT(Root of Trust) IPの提供を含むセキュリティIP全般の提供を行なっている。

 そのほかのビジネスとしては、2016年にInphyから買収したメモリチップセットがある。これはRegister DIMM用のバスバッファなどを提供するビジネスであるが、残念ながら大きなビジネスになるか? というとそうでもない。

 昔は光学系に色気を出して2009年にはGLT(Global Lighting Technologies Inc.)のMicroLens関連技術、2010年にはUni-PixelのDynamic BacklightingやTMOS(Time Multiplexed Optical Shutter)の技術を入手し、LED照明とか導光板などのビジネスを始めたものの、「手間ばかり掛かって儲けがない」(元Chief Marketing OfficerのJerome Nadel氏)ということで、2018年には関連資産一式を全部Fusion Optixに売却、この分野から撤退している。

 2015年にはBinary Pixelなる技術を開発してイメージセンサービジネスへの参入の色気を見せたものの、それ以上の進展はなく終わってしまった。

 最近だと、2022年5月にCXL Memory Interconnect Initiativeなる取り組みを発表したものの、何か具体的な取り組みが公開されたとか製品が用意されたとかいう話はないままである。

 というわけで、現在のRambusではまだインターフェイスIPなどの物理IPが占める割合はかなり高いと考えられる(残念ながらForm 10-Kなどを見ても、単にコントラクトとライセンスの売上の比率が示されているだけで、IPの種類別の金額などは明らかにされていない)。こうした状況で、その物理IPをCadenceに売っ払うというのは、なかなか大胆な決断と言える。

信号伝送は光の時代へ

 そんなRambusだからこそ筆者の中では高速電気信号に特化したベンダー、という扱いだったわけだが、そのRambusのSteven Woo博士(現在の肩書はFellow and Distinguished Inventor, Rambus Labs)に2012年頃に話をした時「将来は“光”になるのは確実だと思うが、ただそれがいつかはまだ私にも分からない。今Rambusは光インターコネクトに繋がる技術(GLT由来の導光板関連技術やMicroLensなど)を保有しているから、そういうニーズに対応もできる」という話をしていた。

 その後に光関連をまるごとFusion Optixに売却したタイミングで「ああ、光シグナリングも諦めたんだな」と思ったのだが、今頃になってそういう機運が高まってくるというあたりは、やっぱりちょっと早すぎた(そもそもOpticsに目を向けるのが早すぎた)のかな?と思う。

 昨年7月に「高速化が進む電気信号」という記事を掲載したが、今年8月にPCI-SIGは光接続に向けたワークグループを立ち上げたことを発表した。もっともこれは現在の電気信号を代替するというよりは、より長距離接続の接続に向けて、さまざまなベンダーがリリースしている独自のPCIe/光ブリッジを使ったPCI Expressエクスパンダを標準化するのが最初の目的であろう。

 もっともその先には、より高速化される信号への対応も考えているのかもしれない。

 昨年の記事で100Gbpsの電気信号の実現は割と確実という話をご紹介したわけだが、PCI Express Gen 7では既に生の信号レートが64GT/secなので、次世代は128GT/secが求められることになる。もしくは85GT/secでPAM-8とかだろうか。これはさすがに難易度が高すぎる。なので、光に救いを求めても不思議ではない。

 光は? というと、今は200Gbps/レーンの実現に向けて標準化が進んでいるし、なんならコヒーレントを使えば既に400Gbps/レーンは普及しており、現在800Gbps/レーンに向けて作業が進行しているから、まだヘッドルームはそれなりにある。

 それにWDMを使えば(コストはとにかく)割と現実的に帯域を引き上げ可能だ。光信号の高速化に伴うBER悪化に対応するために強力なFECを入れ、これによるレイテンシが大きくなっていることを鑑みると、むしろ信号速度は25GT/secぐらいに抑えて(つまり相対的に軽いFECによりレイテンシの悪化を抑えて)、その代わりWDMによって帯域を引き上げるという方が、高コストのソリューションではあるが現実的かもしれない。

 ただバックプレーンとか長距離(最近だと自動車内にPCI Expressを張り巡らす、という話が進んでいる)には現行の光インターコネクトでも間に合うが、オンパッケージの光接続には全然適切とは言えない。今後より高速な信号伝達に向けて電気信号を光信号に切り替えていくためには、これを適切に扱えるパッケージ技術が必要になる。

光回路を手掛けるLightmatterの「Passage」

 こうした動向を踏まえてか、今年のHot Chipsに先立って開催されたHot Interconnectsの2日目の基調講演がLightmatterの「Passage」だったのはなかなかにタイムリーであった。

 Lightmatterという会社は、光回路ベースのAIプロセッサを手掛けているスタートアップ企業で、昨年3月に「Envise」と呼ばれる初代のAIプロセッサをリリースしている。これ、内部的にはいわゆるMACユニット(乗加算ユニット)をMZI(マッハツェンダー干渉計)を利用して実装している。入力信号も光信号で、演算も光ベース、出力も光信号である。

 ただEnviseそのものは147個のMZIユニットがフォトニックテンサープロセッサとして実装されているが、いかに高速(MZIを利用してのMAC演算は100ps程度とされ、理論的なピーク演算性能は200THzほど。ただ今はここまでの速度は出ない)とは言え、演算器の数は十分とは言えない。

 そこで複数のEnviseを接続して処理を分散させるわけだが、この際に利用されるバックプレーンというかインターコネクトがPassage(図1)である。そのインターコネクトの断面図がこちら(図2)。シリコンインタポーザに近い構造だが、ちょっと異なるのは、中に導光路が仕込まれていることだ。

【図1】一番下に有機パッケージがあり、その上に光信号と電気信号の両方を通すPassgaeが配され、その上にチップが載る格好
【図2】ちなみにこの導光路、127μm(通常の光ファイバーの直径)のサイズに40本を通せるとされる。また電気層に関してはUCIeの利用を前提にしているので、その意味でも通常のSilicon Interposerと同じような特性になっているものと思われる

 Lightmatterの想定ではとりあえず入出力は56Gbps(NRZ)または112Gbps(PAM-4)だが、必要なら8波長のWDMが利用できるから400Gbpsの送受信が可能という想定だ。ちなみにPassageそのものは2019年に第1世代の試作品が出ており、現在はより進化したバージョンになっている。

 今のところPassageはEnvise以外では利用されていないし、今後これが広範に使われるか? というとちょっと疑問ではあるのだが、今後のパッケージの方向性を示す1つの例であることは間違いないと思う。

 多分Rambusは10年前にGLTの技術を手に入れた時、こういう世界が来ることを予想していたのだろうなぁと思う。先見の明があるのは重要だが、先見すぎるのも問題、という事だろうか。正しい時期に正しい技術を手に入れるのは実に難しい。

【図3】56G/112Gは既存のEthernet用のPHYが流用できるから、ということだろうがPassage経由だとFECとかはもっと簡単で良いと思うので、最終的には専用のものになりそう。ちなみに900Gbps/1.8Tbpsというのは、データレート(50Gbps)ではなく信号レート(56GT/sec)で計算している&双方向だから