■【短期集中連載】ThinkPad生誕20年の軌跡を追う■
横田聡一常務執行役員 |
レノボ・ジャパンの横田聡一常務執行役員は、いきなり白板に向かって、「ThinkPad」という文字を書き始めた。「社内では、ThinkPadを『TP』という略称で呼んでいる。この頭文字には、Trusted Partnerという意味を持たせることができる。私は8年ほど前から、これこそがThinkPadを表現する最も適切な言葉だと捉えている」と横田常務執行役員は語る。そして、「仕事のシーンで、高い信頼性を発揮し、十分なパフォーマンスを提供する。まさに、パートナーと言われる存在を目指してきた」と続ける。
ビジネスパーソンに信頼されるツールとしての長年に渡るThinkPadの進化は、「パートナー」と称される領域にまで高まっているというわけだ。大和研究所を統括する横田常務執行役員に、開発現場の最前線におけるThinkPadへの取り組みについて聞いた。
●ユーザーの声を聞くことが唯一の手法「Trusted Partner」--。これがThinkPadを表現する言葉だと横田聡一常務執行役員は語る。それを実現するために、ある1つの事にこだわってきたという。
「ThinkPadのエンジニアにとって一番大切なことは、お客様の声を聞くこと、お客様がどんな使い方をしているのかを肌で知ることである。実際の現場に出向き、それを体感し、製品化に反映させる。これこそが、ThinkPadを、お客様にとって信頼できるパートナーへと進化させることができる唯一の手法だ」。
ThinkPadの生みの親であり、レノボグループのプロダクトグループバイスプレジデント兼CDO(チーフ・デベロップメント・オフィサー)として、レノボ全体のノートPC開発を統括する内藤在正副社長が徹底してきた「お客様の声を聞く」という姿勢は、大和研究所全体に定着している。
「ThinkPad X1 Carbon」 |
横田常務執行役は、ユーザーの利用シーンを追求した開発事例の1つとして、最新製品である「ThinkPad X1 Carbon」を例にこんな話をしてくれた。
「ThinkPad X1 Carbonのように、薄くて、軽いPCを使用していると、自然と液晶ディスプレイ部を片手で持って運ぶというケースが、日常的に見られるようになる。これまでの経験則からこうした使い方が増えるのは理解していた。そこで、液晶ディスプレイ部のねじれ試験を行ない、仮に液晶の部分を片手で持ったとしても、パネルが割れることがないようにした」。その試験を行なうための評価設備の設計にも、大和研究所の長年のノウハウが生かされている。大和研究所には数多くの試験設備が設置され、それによって信頼性の高いThinkPadを完成させることができるのだ。
●現場に出向いてトラブルの発生理由を追求仮に不具合が発生したときに、大和研究所では、なぜそれが発生するのかを徹底的に追求、改良を加える。そのためには、現場でユーザーの声を聞くのが最適だ。場合によっては、エンジニアは海外にまで足を伸ばす。
「かつて、米国の学校で、ThinkPadが壊れるという事例が相次いだ。そこで、その学校にまで出向いて調べてみた。すると学生たちは、ナップサックの中に、そのままThinkPadを入れて移動したり、場合によっては、自転車のかごの中に入れて、猛烈な勢いで走り回る。我々の想定を上回る使い方をしていた」。HDDを振動や衝撃から保護する「ハードディスク・アクティブプロテクション・システム」をThinkPadが搭載したのも、こうしたユーザーの状況を理解し、その原因にまで確実に辿りついているからである。
「いつも、エンジニアには『理由が分かるまで帰ってくるな』といって送り出す」と、横田常務執行役員は語る。
一方、多くのPCメーカーが、台湾のODMが提案するリファレンスプラットフォームをベースにし、技術先行型で製品を開発するのとは異なり、ユーザーシナリオの中で、必要とされる機能だけを搭載するのがThinkPadの開発、設計手法だとする。
「お客様にとって価値が見いだせない機能は、いくら最先端の機能であっても搭載しない。もし、それを搭載したら、コストを高めてしまうだけのこと。最新テクノロジーの評価は、技術の観点から捉えるのではなく、お客様視点で判断する」。これも常にユーザーの声を聞いていないと成し得ないことの1つだ。
●トラックポイントへのこだわり「ThinkPadのこだわりの1つに、世代を超えて、一貫性を実現していることがあげられる」と横田常務執行役員は語る。それは、キーボードの操作性や、電源ボタンの位置にも表れている。ユーザーが新たな世代のThinkPadに買い換えた際にも、変わらない操作性を維持することを目指したものだ。
さらに主要な製品では、ドッキングステーションを用意することを継続。拡張性を求めるユーザーのための期待を裏切らない提案でもある。
そして、なんといっても、そのこだわりが最大限に表現されているのが「トラックポイント」だろう。「長年のThinkPadユーザーにとって、トラックポイントは外せない要素。キーボードに手を置きながら、そのまま操作できるという使い勝手は、ThinkPadを象徴するものだ」とする。
だがWindows 8においては、操作環境に大きな変化が生まれている。タッチ操作を前提としたWindows 8では、トラックポイントの操作だけでは難しい局面もあるからだ。しかし、「ユーザーがトラックポイントが必要だといってくれる以上、これからも継続的に搭載していくことになる。ここにThinkPadのこだわりがある」というわけだ。
●数々の挑戦に挑んだThinkPad X300長年、ThinkPadの開発に携わってきた横田常務執行役員にとって、思い出深いいくつかのThinkPadがある。
その1つが、ThinkPad T21である。無線LAN機能を搭載した初めてのThinkPad製品でもあり、「これによって、ノートPCの使い方が大きく変化したという点でも意味がある製品だった」とする。
「ThinkPad X300」 |
そしてもう1つが、「ThinkPad X300」だ。「とにかく新たなテクノロジーをつぎ込み、ThinkPadの性能を大きく飛躍させた画期的な製品。米Business Week誌の表紙を飾ったという点からも、世の中の注目を集めていたのがわかっていただけるのではないか」と横田常務執行役員は語る。
ただ、「残念だったのは」と切り出し横田常務執行役員が語るのは、「すぐにリーマンショックが訪れ、寿命が短かったこと」という点だ。「リーマンショックがなければ、もっと長期間に渡って販売されていたかもしれない」と悔しがる。
●ThinkPad X1 Carbonがもたらす意味とはレノボ・ジャパンは、2012年8月29日、UltrabookとなるThinkPad X1 Carbonを発売した。「取り巻く環境が変化する中、それに応えた設計を行なったのがThinkPad X1 Carbon。コンシューマライゼーションが進む中で、企業がPCを選ぶ基準がどう変化するのか。そして、顧客のニーズが多様化する中で、メニューをいかに増やしていくか。その回答の1つがThinkPad X1 Carbonである」とする。
ThinkPad史上最薄で、14型ディスプレイを搭載したノートPCとしては世界最軽量となるThinkPad X1 Carbonは、空冷モジュールをはじめとする主要部品の薄型化および軽量化を図る一方、新設計のキーボードの採用により、長時間使用しても快適な入力を維持できる環境にこだわった。また、最高級のカーボン素材を使用することで、「ThinkPad T420s」に比べても、2.3倍の強度を実現している。
「最薄、最軽量でも妥協のない堅牢性を実現し、最高の操作性を追求した」と横田常務執行役員は語る。
そして、ThinkPad X1 Carbonでは、こうした技術的な挑戦に加え、広がる需要層や多様化するニーズにおいて、ThinkPadがどう応えるかという新たな製品コンセプトへの挑戦といった観点が見逃せない。
横田常務執行役員は、「細分化するユーザーニーズにあった製品を提供するのがThinkPad X1 Carbonで目指したもの」と位置付ける。
多様化するニーズへの回答という意味で、横田常務執行役員は、1つの取り組みを提案してみせる。それは、アクセサリーの品揃え強化である。「これまでのThinkPadは、筐体そのものに重点をおいた作りになっていた。しかし、これからは本体+アクセサリーとして、ThinkPadを考えていく必要がある。これによって、多様化するユーザーニーズにも対応できるだろう」とする。
現在、開発中であることを公表しているThinkPadブランドのタブレット端末でも、この姿勢は同じだという。
「ThinkPad+(プラス)」。
横田常務執行役員はこんな言葉を使って表現する。
「『ThinkPad+』が意味するのは、かゆいところに手が届くThinkPad。これは、ThinkPadとアクセサリーによって、多様化するニーズにも細かく対応していくことを示す」とする。これが20年目を迎えたThinkPadの新たな一歩を表現する言葉になるのかもしれない。
●ThinkPadが果たす新たな役割とはレノボは、2012年第2四半期(4~6月)における世界のPC市場シェアで、第2位となった。しかも、1位のHewlett-Packardとの差は、わずか0.7ポイントである。2011年前半には第4位だったレノボが、ついに1位の座を射程距離に収めたといっていい。
ここにThinkPadが大きく貢献しているのは紛れもない事実だ。ThinkPadの累計出荷台数は7,400万台。このうち、IBM時代の出荷台数は2,200万台、レノボになってからが5,200万台。すでにレノボグループになってからの出荷量の方が多い。
横田常務執行役員は、1位という近未来のポジションを意識しながら次のように語る。「これまではトップに追いつくという立場で製品を開発してきた。しかし、トップシェアの立場になれば、市場をリードするベンダーの責務として、将来のPCのビジョンを切り開いていかなくてはならない。新たなPCのビジョンとは何か、新たなプラットフォームとは何か、新たなユーザーシナリオとは何か。これまで以上にこうしたものを視野に捉えて、次のPCを考えていくことが必要だろう」。
そして、こうも語る。「時代の変化とともに、仕事の仕方も変化する。その変化に対応したツールをこれからも提案していかなくてはならない。また、コンシューマライゼーションが進む中で、ThinkPadが提案するパーソナルツールとはなにかといったことも改めて追求する必要があるだろう」。
これもThinkPadに課せられた20年目以降の大きな役割だといえそうだ。
(2012年 10月 11日)