■瀬文茶のヒートシンクグラフィック■
Ivy Bridgeこと第3世代Intel Coreプロセッサの発売を4日後に控えた4月25日、海外フォーラムサイトに掲載された1枚の写真が注目を集めた。Ivy BridgeのCPUパッケージから、ヒートスプレッダを剥がしたものであるとするその写真には、グリスが塗布されたヒートスプレッダが写っていたのである。これは表面からは分からないSandy Bridgeからの変更点だ。
今回のヒートシンクグラフィックでは、CPUコアとヒートスプレッダ間のTIM(Thermal Interface Material)がグリスに変更されたという情報の真偽とともに、それが廃熱のボトルネックとなっているのではという疑問から、リテール版Core i7-3770Kを「殻割り」して確かめてみた。
●Ivy BridgeのCPUコアとヒートスプレッダ間のTIMはグリスなのかかつて、Pentium IIIやAthlon XPなど旧世代のCPUでは、デスクトップ向けCPUでもコアが露出したCPUパッケージを採用していたが、近年のデスクトップ向けCPUはほぼ全てがヒートスプレッダを搭載している。CPUコアを覆う金属製のヒートスプレッダは、CPUコアの熱を拡散する役割と、欠けやすいCPUコア(シリコンダイ)を物理的に保護する役割を果たす。一方で、発熱源であるCPUコアから放熱部へと到る熱輸送経路の部品点数を1つ増やすことになるヒートスプレッダは、その接続方法や部材の性能次第で熱輸送のボトルネックにもなり得る。
近年のIntel製CPUでは、ヒートスプレッダによるボトルネックを軽減すべく、CPUコアとヒートスプレッダ間を、熱伝導率の高いはんだでソルダリングしていたのだが、デスクトップ版Ivy Bridgeでは、これが熱伝導率の低いグリスに変更されたというのである。
CPUとコアとヒートスプレッダの図解。今回確認するのは、CPUコアとヒートスプレッダ間に塗布されたTIMについてである |
Intel Core i7-3770K本体 |
実際にCore i7-3770Kのヒートスプレッダを剥がしたものが下記の写真である。情報通り、確かにCore i7-3770KのCPUコアとヒートスプレッダはソルダリングされておらず、代わりにグリスが塗布されていた。
●グリスの塗り替えによる温度変化
Ivy BridgeでCPUコアとヒートスプレッダ間にTIMにグリスを採用しいていることが確認できたところで、これが熱輸送のボトルネックとなっているのかを確認する。検証内容は、殻割りを行なう前にあらかじめ取得していた温度データと、殻割り後にグリスを塗り替えて測定した温度の差を比較するというものである。
殻割り後に使ったグリスは2種類で、1つは本連載の本編でCPUクーラーの検証に利用している「OCZ Freeze Extreme」。もう1つは82.0W/mkという圧倒的な熱伝導率を誇る液体金属「Liquid Pro」である。OCZ Freeze Extremeを塗布した際の結果からは、もともと塗布されているグリスの性能を確認し、Liquid Proを塗布した際のデータからは、仮にソルダリングされていた場合どのような温度になっていたのかを確認することが目的だ。
温度の比較検証では、定格動作クロックである3.5GHz動作時の温度と、4.6GHz@1.2V動作時の温度をそれぞれ取得した。CPUクーラーにはThermalrightの「Silver Arrow SB-E」を利用し、CPUとCPUクーラー間のグリスはOCZ Freeze Extremeで統一している。その他の条件については、下掲のグラフ中に記載した。
テスト機材。Silver Arrow SB-Eのファンスピードは全開で運用している |
検証前はグリスの塗り直しではほぼ差がつかず、Liquid Proを使うと4~5℃下がる程度と予想していたが、実際は想像以上に大きな温度差がつく結果となった。標準状態のCore i7-3770Kが3.5GHz動作時に61℃に達していたのに対し、OCZ Freeze Extreme塗布時は53℃、Liquid Pro塗布時には50℃まで低下した。オーバークロックにより発熱が上昇した4.6GHz動作時には、この差はさらに広がり、標準状態の84℃に対してOCZ Freeze Extreme塗布時は69℃、Liquid Pro塗布時には64℃と、15~20℃もの温度差が生じた。
この結果からも明らかなように、Ivy BridgeのCPUコアとヒートスプレッダ間に塗布されたグリスは、熱輸送経路において大きなボトルネックとなっている。OCZ Freeze Extreme塗布時の結果を鑑みると、単にグリスであることだけが問題ではなく、標準塗布されているグリスのパフォーマンスが芳しくないことも影響しているようである。
OCZ Freeze Extremeを塗布したの検証後の写真。結果的にかなり厚塗りだったが、最初に塗られていたグリスとは一線を画す結果となった |
Liquid Proを塗布した検証後の写真。スプレッダを剥がすためカッターの刃を入れた際、液体金属が引っ張られて基板上に零れてしまっている。 |
●温度低下によるオーバークロック耐性の変化
殻割りをおこなってグリスを塗り替えた結果、標準状態に対して大幅な温度低下を実現したが、この温度低下によってオーバークロック耐性の向上はあるのだろうか。8スレッド総てに負荷を掛けられるベンチマークソフト「CINEBENCH R11.5」のCPUテストの完走を基準として、各電圧での動作クロックの限界を確認してみた。室温等の条件は、グリスの塗り替えによる温度変化の検証と同じである。
下記の表がオーバークロック耐性確認テストの結果である。○印と×印は、その設定でCHINEBENCH R11.5が完走したか否かを表し、△印の設定については、CHINEBENCH R11.5が完走するものの、CPUコア温度が105℃を超えて熱保護機能による動作クロックの引き下げが発生した設定である。
1.20V | 1.25V | 1.30V | 1.35V | 1.40V | 1.45V | 1.50V | 1.55V | |
4.6GHz | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | △ |
4.7GHz | × | × | ○ | ○ | ○ | ○ | △ | △ |
4.8GHz | × | × | × | ○ | ○ | ○ | △ | △ |
4.9GHz | × | × | × | × | × | ○ | △ | △ |
5.0GHz | × | × | × | × | × | × | × | × |
1.20V | 1.25V | 1.30V | 1.35V | 1.40V | 1.45V | 1.50V | 1.55V | |
4.6GHz | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
4.7GHz | × | × | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
4.8GHz | × | × | × | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
4.9GHz | × | × | × | × | × | ○ | ○ | ○ |
5.0GHz | × | × | × | × | × | × | × | × |
1.20V | 1.25V | 1.30V | 1.35V | 1.40V | 1.45V | 1.50V | 1.55V | |
4.6GHz | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
4.7GHz | × | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
4.8GHz | × | × | × | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
4.9GHz | × | × | × | × | ○ | ○ | ○ | ○ |
5.0GHz | × | × | × | × | × | × | × | ○ |
テストの結果、OCZ Freeze Extreme塗布時には、各電圧の限界クロックに変化はなかったものの、殻割り前に動作クロックの引き下げが発生した条件でも、設定したクロックでベンチマークが完走した。Liquid Pro塗布時には、4.7GHzと4.9GHzが1段階下の電圧でベンチマークが完走するようになったほか、5.0GHz設定でもベンチマークの完走に成功した。どうやら、Ivy Bridgeは空冷で実現可能な温度域でも、動作温度に応じて多少オーバークロック耐性が変化するようだ。
空冷レベルではグリスの塗り替えによって大幅なオーバークロック耐性の向上が期待できるわけではないようだが、少なくとも標準状態に存在する温度の壁を越え、常用可能な動作クロックを高める効果はありそうだ。
5.0GHzでCINEBENCH 11.5実行した後に撮ったスクリーンショット。ちなみに、5GHzでのOS起動であれば、1.35V程度の電圧でも可能だった |
●標準塗布のグリスは、オーバークロック動作に制約を課すボトルネック
オーバークロックも殻割りも、メーカーの製品保証を受けられなくなる行為であることは同じだが、その難易度やリスクは明らかに殻割りの方が高い。殻割りとグリスの塗り替えによるCPU温度の低下は大きなメリットだが、失敗して3万円のCPUを壊すリスクに見合うかと問われれば、そこまでの価値があるとは言い難いのが正直なところだ。
となれば、ソルダリング版Ivy Bridgeの登場に期待したいところだが、定格動作を問題なくこなしている以上、Intelが製造工程を見直してまで、敢えてコストの高いソルダリング版をリリースする可能性は低いだろう。オーバークロック耐性に優れたCPUコアがあり、それを冷却可能なCPUクーラーがあるにも関わらず、ユーザーが手を加えにくいところに両者のポテンシャルを殺してしまうボトルネックが存在するのは、なんとももどかしい限りである。