やじうまPC Watch

CPUのヒートスプレッダ内を液体金属で満たしたオーバークロッカー

~今後は政府に支援を仰ぐ

 CPUがIvy Bridge世代になって話題になったのが、CPUのダイとヒートスプレッダの間がグリスで接着されていることだ。

 過去のIntel製CPUは、ダイからヒートスプレッダへの熱伝導を良くするために、TIM(Thermal Interface Material)として熱伝導率が高い半田を採用しソルダリングされていたが、これがIvy Bridgeのオーバークロック向け最上位モデル「Core i7-3770K」で廃止され、グリスとなった。これにより熱伝導率が低くなり、結果的にCPUの温度がソルダリング品と比較して高くなって、オーバークロックに不向きな構造となったのである。

 今回、これについて研究している香港のオーバークロッカー“Chi-Kui Lam”氏と少しお話をする機会を得たので、紹介していきたい。

 同氏によれば、Intelは65nm世代からTIMとしてのグリスの可能性を探っていたという。ご存知のように、90nm世代ではリーク電流が比較的高く、ソルダリングを採用しなければプロセッサを安定して動作できなかったが、65nmのConroe(Core 2 Duo)世代からリーク電流が大幅に下がり熱処理が楽になったため、当時から一部の下位モデル(Celeronなど)で既にTIMとしてグリスを採用していたという。

 ソルダリングからグリスに変更したことで、ダイの実際温度とヒートスプレッダの差は広がった。具体的には、Sandy Bridge世代でマルチスレッドベンチマークソフト「wPrime」を使用して負荷時の温度を計測したところ、ダイとヒートスプレッダの温度差は10℃程度だった。しかしIvy Brdige世代になると20~30℃の差異が生まれたという。これはグリスの性能がいくら良いものでも熱伝導率は8.9W/mK程度だからだ。

 今回Lam氏は、オーバークロックにおいてTIMは何が最適かについて研究を行なった。弊誌でお馴染みの瀬文茶氏と同様、TIMに液体金属を使用して、Haswell世代のCore i7-4770K(3.5GHz)で実験した。液体金属は、GELIDから提供されたプロトタイプ「Vit105」で、現在国内でも市販されているCoollaboratoryの「LIQUID Pro」の82W/mKを上回る86W/mK品だという。

 瀬文茶氏の実施方法と決定的に異なるのは、CPU基板表面部品を絶縁処理してから、ヒートスプレッダの中を液体金属で充満させたということだ。「液体窒素の温度領域では液体金属が固体になり、体積も収縮する。液体金属では分子が対流して熱を伝えられるが、固体では原子または分子の振動だけで熱を伝えることになる。よってフルに性能を発揮させるためには、空気の分子を入れないことが重要であり、充満することにした」という。

 副次効果としては「CPUのダイのみならずCPUの基板も熱くなる。液体金属で満たすことで、その基板からの熱も奪うことができるようになる」という。

 方法としてはまずヒートスプレッダの中を液体金属で満たし、そのままCPUの基板を載せ、逆さまにしたマザーボードに装着してソケットのリテンションで固定。そしてヒートガンを100℃に設定して約10分温めて固定したという。

テストをしているところ
wPrime 1024Mの世界記録

 当然、この方法の欠点は「お金が掛かり過ぎる」点で、ヒートスプレッダの中を満たすために注射器約4本分(最低35cc程度は必要)も利用した。

 一方、「そもそもヒートスプレッダを取り払って、ダイに密着できるヒートシンクや冷却ポッドを制作すれば良いのではないか」という意見もあるだろうが、Lam氏は「接触面が平らで、なおかつ均一にダイに重量を掛けることは難しく非現実的。特に32nmプロセス以降のダイはかなりデリケートで、同氏はこれまでに何個も犠牲にさせてきたという。

 さて、ここまで苦労した結果だが、3月4日に無事Core i7-4770Kを6,463.16MHzで稼働させることに成功し、マルチスレッドベンチマークソフト「wPrime 1024M」を108.828秒、3月5日にはwPrime 32Mを3.421秒で完走。見事世界記録を更新したのである。マザーボードはASRockの「Z87M OC Formula」だった。そのほかメモリや電源、SSDなどの機材はSuperPi 100万桁世界記録突破時と同じ構成。

 同氏の次の目標だが、香港中文大学に協力を求め、高純度グラファイトを入手してTIMとして採用したいのだそうだ。「グラファイトの特性はTIMとして理想的だ。粘りのある液体状のものだが、-190℃の域に達してもこの物理的な特性を変えることがなく非常に安定している」という。ただしこのコストは非常に高く、「政府による支援がなければ実現はなかなか難しい」と語った。

(劉 尭)