山口真弘の電子書籍タッチアンドトライ
電子ペーパーを採用した電子書籍端末、およそ20年の進化を振り返る
2022年10月18日 06:28
電子ペーパーは、紙のような見た目を持ちつつ、デジタルデータの表示と書き替えが行なえる表示媒体だ。Kindleをはじめとした電子書籍端末に用いられていることが知られているが、最近では電子ノートやディスプレイ、さらには街中のサイネージや店頭のプライス表示に使われるなど、より身近な存在になりつつある。
そんな電子ペーパーを採用した製品は、これまでの約20年、どのような歩みを遂げてきたのだろうか。今回はその発展をともに歩んできたコンシューマ向けの電子書籍端末について、節目節目で重要な役割を果たした製品をピックアップし、その歴史を紹介する。
電子書籍端末の歴史はE Inkの歴史でもある
電子ペーパーにはさまざまな方式が存在するが、現在「電子ペーパー」といえば、事実上、米E Ink(イーインク)が開発した同名の電子ペーパーを指すことが多い。
E Inkが採用しているのが「電気泳動方式」と呼ばれる仕組みだ。これはマイクロカプセルの中に正と負に帯電した白黒の粒子があり、それらに電圧をかけることで文字などを表示するという原理だ。粒子の中でオセロのような白黒の取り合いが行なわれていると考えれば分かりやすい。
この仕組みの利点は、粒子の移動時にしか電力を消費しないので、バックライトを常時点灯させる液晶や有機ELと違い、電力消費が圧倒的に少なくて済むことだ。現行の電子書籍端末は画面を横から照らすフロントライトを採用しているため、一定の電力は消費するが、それでも液晶や有機ELとは比較にならない。また紙のような見た目で視野角が広く、かつ目が疲れにくいのも大きなメリットだ。
さて、そんなE Ink電子ペーパーが注目されるようになったのは、2004年にソニーから登場した電子書籍端末「LIBRIe(リブリエ)」だろう。今日のような液晶タブレットが存在しなかった当時、片手で持てる手頃なサイズのこの製品は、読書専用という切り口に加えて、世界で初めてE Ink電子ペーパーを採用したことでも大きな注目を集めた。
ただしこの製品は自前の通信回線を搭載しておらず、コンテンツをPCで買って端末に転送する二度手間がかかったため、同時期に存在した「ΣBook(シグマブック)」などE Inkでない読書端末と比べて、それほどアドバンテージはなかった。コンテンツ数などの課題もあってブレイクには至らず、2009年には連携サイトも閉鎖に至った。
電子ペーパーを広く知らしめたのが、Amazonが自社の電子書籍ストア「Kindle」のローンチに合わせて2007年に投入した同名のE Ink端末「Kindle」だろう。モバイル回線を内蔵し、通信費はAmazon持ちでコンテンツの購入とダウンロードが行なえるこの製品は、その独特すぎるデザインに賛否両論はあったものの、エポックメイキング的な1台となった。
その2年後、2009年に発売された2代目(Kindle 2)は、日本からも購入できる国際版が用意されたこともあり、まだ日本版Kindleストアが登場していなかったにも関わらず、日本でも購入する物好きなユーザー(筆者含む)が相次いだ。この頃にはAmazonの電子書籍サイト「Kindle」はすでに評判になっており、日本上陸を待望する声が多く上がっていた。
Kindleを追う他社、それに伴ってE Inkの採用例も続々
この頃、つまり2010年前後には、Kindleの成功例を真似てか、他社でも通信手段を備えた電子書籍端末の発売が相次ぎ、それに伴いE Inkの採用例も増えていった。海外では米Barnes & Nobleの「nook」や、楽天に買収された「Kobo」、国内では電子書籍に再参入したソニーの「Reader」がその代表例だ。E Ink電子ペーパーの階調が4階調から16階調となり、またタッチ操作に対応したことで、物理ボタンが削減され始めたのもこの時期だ。
そして2012年10月にはKindleストアが日本に上陸し、それに合わせてE Ink電子書籍端末「Kindle Paperwhite」がリリースされた。いまも同名の後継モデルが販売されているこの端末で、初めて電子ペーパーに触れたユーザーも多かったのではないだろうか。
事実、この「Kindle Paperwhite」の当時のユーザーレビューには、デバイスそのものの評価よりも、初めて使ったE Ink電子ペーパーの挙動について意見を連ねる人が多かった。黎明期ならではの現象だったと言えるだろう。ちなみに当時のE Inkは「Pearl」で、その後高速かつコントラストの高い「Carta」へと移り変わっていく。
姿を消した「その他」のE Ink端末たち
さて、2012年10月のKindleストアの日本上陸以降、各社が展開していた「その他」の電子書籍専用端末は、急速にその数を減らしていく。正確にいうと、Kindle前後に登場したデバイスは、そのほとんどが後継モデルが出ることなく、そのまま姿を消していった。
そのような道を辿ったのにはいくつかの理由がある。もとより事業者にハードを売るノウハウがなく、Kindleの価格競争力の高さを前に「撤退」という判断を選択をせざるを得なかったことがひとつ。またスマホやタブレットの普及期と重なり専用端末にユーザーの目が向かなくなり、それらのアプリにシフトするという方向転換を図ったのが理由だろう。
消えていったデバイスの中には、WiMAXを搭載したBookLive専用E Ink端末「BookLive!Reader Lideo」のようなコンセプトは秀逸な製品や、電子書籍コンテンツを収録した状態で販売される「honto pocket」のように別の切り口を狙ったユニークな製品もあったが、後方支援を受けられないまま前線に出て玉砕するような形になったのは、なんとも残念だった。
結果的にKindle以外で生き残ったE Ink採用の専用端末は、国内では楽天傘下になった「Kobo」シリーズのみというのが現在の状況だが、一方で最近は、ファーウェイの「MatePad Paper」のような、電子書籍に加えて手書きノート機能に注力した製品や、中身はAndroidタブレットほぼそのままでディスプレイにE Inkを採用した「BOOX」シリーズのような汎用端末も登場している。
ちなみにこれら近年に発売されたE Ink端末は、E Ink電子ペーパーそのもの進化はもちろん、ハードウェア性能の向上、さらにソフトウェア面の改良もあり、かつてのようなもっさり感は大幅に軽減されている。
特に後者は、製品が代を重ねることでE Inkならではのリフレッシュなどの挙動を目立たなくするノウハウが確立したことが大きいだろう。液晶などにはさすがにかなわないとはいえ、ユーザーがE Inkの書き替え速度に合わせてゆっくり操作せざるを得なかった十年以上前の製品とは、別物になりつつあるのが現状だ。
近い将来「カラーE Ink」「E Inkディスプレイ」がブレイクする?
このように、E Ink電子ペーパーを搭載した電子書籍端末が順調にモデルチェンジを重ねる中で、いよいよ実用レベルに入ってきたのがカラーE Inkだ。これまで技術レベルでしか噂が聞こえてこなかったのが、ここ1~2年で、コンシューマ向けの製品も少しずつお目見えしつつある。
「BOOX Nova Air C」は、最新のカラーE Inkパネル「Kaleido Plus On-Cell ePaper」を採用したことで、カラーE Inkの欠点である低い彩度を改善。まだ万人に受け入れられる域には達していないが、いよいよカラー化が実用の粋に入ってきたことを感じさせる。近い将来、Kindleなどの大手で採用されれば、ブレイクは必至だろう。
一方、モノクロのE Inkについては、近年は電子書籍端末以外の採用事例も増えている。1つは前述の電子ノート、もう1つはディスプレイだ。
現 在のE Inkディスプレイの価格は20万円台と、まだコンシューマ向けというよりも文教向けだが、モバイル向けであれば「BOOX Mira」のような10万円前後の製品も登場している。目が疲れにくいディスプレイという触れ込みはキャッチーなだけに、どこかのタイミングで価格破壊的な製品が出てくると、一気にブレイクする可能性もある。
現状、大型化やカラー化を除けば、電子書籍端末は台数ベースでの伸びしろがあまり思い浮かばないのに比べて、ディスプレイの市場ははるかに大きく、買い替えに加えて買い増し需要も大きいだけに、今後の展開に期待したいところだ。