山口真弘の電子書籍タッチアンドトライ

電子ペーパーを採用した電子書籍端末、およそ20年の進化を振り返る

電子ペーパーは視野角が広く紙のような見た目で目が疲れにくいことが特徴。省電力であることも見逃せない(写真はKindle Oasis)

 電子ペーパーは、紙のような見た目を持ちつつ、デジタルデータの表示と書き替えが行なえる表示媒体だ。Kindleをはじめとした電子書籍端末に用いられていることが知られているが、最近では電子ノートやディスプレイ、さらには街中のサイネージや店頭のプライス表示に使われるなど、より身近な存在になりつつある。

 そんな電子ペーパーを採用した製品は、これまでの約20年、どのような歩みを遂げてきたのだろうか。今回はその発展をともに歩んできたコンシューマ向けの電子書籍端末について、節目節目で重要な役割を果たした製品をピックアップし、その歴史を紹介する。

電子書籍端末の歴史はE Inkの歴史でもある

 電子ペーパーにはさまざまな方式が存在するが、現在「電子ペーパー」といえば、事実上、米E Ink(イーインク)が開発した同名の電子ペーパーを指すことが多い。

 E Inkが採用しているのが「電気泳動方式」と呼ばれる仕組みだ。これはマイクロカプセルの中に正と負に帯電した白黒の粒子があり、それらに電圧をかけることで文字などを表示するという原理だ。粒子の中でオセロのような白黒の取り合いが行なわれていると考えれば分かりやすい。

 この仕組みの利点は、粒子の移動時にしか電力を消費しないので、バックライトを常時点灯させる液晶や有機ELと違い、電力消費が圧倒的に少なくて済むことだ。現行の電子書籍端末は画面を横から照らすフロントライトを採用しているため、一定の電力は消費するが、それでも液晶や有機ELとは比較にならない。また紙のような見た目で視野角が広く、かつ目が疲れにくいのも大きなメリットだ。

 さて、そんなE Ink電子ペーパーが注目されるようになったのは、2004年にソニーから登場した電子書籍端末「LIBRIe(リブリエ)」だろう。今日のような液晶タブレットが存在しなかった当時、片手で持てる手頃なサイズのこの製品は、読書専用という切り口に加えて、世界で初めてE Ink電子ペーパーを採用したことでも大きな注目を集めた。

ソニーの電子書籍端末「LIBRIe(リブリエ)」(2004年)。4階調と、現在主流の16階調に比べると表現力は低い
タッチ操作には非対応。ページめくりは専用ボタン、項目選択はスクロール、文字入力はキーボードで行なう
単四電池4本で駆動する。本製品に限らず「ΣBook」など当時の端末はバッテリーではなく電池駆動の製品が多い
のちに発売された同社の3G搭載端末PRS-T3S(右)との比較。タッチ操作に対応したことでボタン類が大幅に削減されていることが分かる

 ただしこの製品は自前の通信回線を搭載しておらず、コンテンツをPCで買って端末に転送する二度手間がかかったため、同時期に存在した「ΣBook(シグマブック)」などE Inkでない読書端末と比べて、それほどアドバンテージはなかった。コンテンツ数などの課題もあってブレイクには至らず、2009年には連携サイトも閉鎖に至った。

 電子ペーパーを広く知らしめたのが、Amazonが自社の電子書籍ストア「Kindle」のローンチに合わせて2007年に投入した同名のE Ink端末「Kindle」だろう。モバイル回線を内蔵し、通信費はAmazon持ちでコンテンツの購入とダウンロードが行なえるこの製品は、その独特すぎるデザインに賛否両論はあったものの、エポックメイキング的な1台となった。

 その2年後、2009年に発売された2代目(Kindle 2)は、日本からも購入できる国際版が用意されたこともあり、まだ日本版Kindleストアが登場していなかったにも関わらず、日本でも購入する物好きなユーザー(筆者含む)が相次いだ。この頃にはAmazonの電子書籍サイト「Kindle」はすでに評判になっており、日本上陸を待望する声が多く上がっていた。

2007年に発売された初代端末Kindle(日本未発売)。通信回線を内蔵するのは当時としては画期的だった。前述のLIBRIeと同じくタッチ非対応で、操作はボタンで行なう
横から見るとくさび型の独特の形状がよく分かる。正面から見た写真では筐体が歪んでいるように見えるのはこのせい
こちらは2代目(Kindle 2)。ボタンなどの構成は似ているがデザインはかなり一般的になった。技適も取得しており日本でも利用できる
2021年発売の第10世代Kindle Paperwhite(右)と並べたところ。E Ink読書端末としての約14年の進化の跡が見て取れる

Kindleを追う他社、それに伴ってE Inkの採用例も続々

 この頃、つまり2010年前後には、Kindleの成功例を真似てか、他社でも通信手段を備えた電子書籍端末の発売が相次ぎ、それに伴いE Inkの採用例も増えていった。海外では米Barnes & Nobleの「nook」や、楽天に買収された「Kobo」、国内では電子書籍に再参入したソニーの「Reader」がその代表例だ。E Ink電子ペーパーの階調が4階調から16階調となり、またタッチ操作に対応したことで、物理ボタンが削減され始めたのもこの時期だ。

米Barnes & Nobleが2010年に発売した「NOOK Wi-Fi(日本未発売)」。E Inkは表示にのみ利用し、タッチ操作は下段にある横長のカラー液晶で行なう仕組み。黎明期にはこうした実験的な端末が多くリリースされた
2010年暮れに日本に再上陸したソニーのE Ink端末「PRS-650」。先代の「LIBRIe」とつながりはなく、電子書籍ストア「Reader Store」から本を購入する。タッチにこそ対応するものの通信回線の搭載はのちの「PRS-T1」まで持ち越され、電子書籍はPCで購入したのち転送する必要があった
Kindle Paperwhiteの1世代前にあたる「Kindle Touch」(2011年)。ペットネームに「Touch」とあるのは、Kindleとして初めてタッチ操作に対応したため。日本語表示にも対応していたが、Kindleストアの日本上陸が2012年秋にずれ込んだことで国内発売に至らなかった
楽天傘下となったKoboが、Kindleストアの日本上陸3カ月前の2012年7月に国内初投入したE Ink端末が「Kobo Touch」。こちらもタッチ操作に対応。悪い意味で今なお語り継がれる伝説の端末だが、現在でも問題なく利用でき、ソフトウェアアップデートにも対応する

 そして2012年10月にはKindleストアが日本に上陸し、それに合わせてE Ink電子書籍端末「Kindle Paperwhite」がリリースされた。いまも同名の後継モデルが販売されているこの端末で、初めて電子ペーパーに触れたユーザーも多かったのではないだろうか。

 事実、この「Kindle Paperwhite」の当時のユーザーレビューには、デバイスそのものの評価よりも、初めて使ったE Ink電子ペーパーの挙動について意見を連ねる人が多かった。黎明期ならではの現象だったと言えるだろう。ちなみに当時のE Inkは「Pearl」で、その後高速かつコントラストの高い「Carta」へと移り変わっていく。

Kindle Paperwhite(2012年発売)。フロントライトを搭載し「紙のように白い」という意味でのペットネームを持つ。画面サイズは当時としては標準的な6型。この筐体デザインは2018年まで現役だったため、いま見てもそれほど古い印象はなく、また現在でもすべての機能が利用可能だ
Kindle Paperwhiteの現行モデル(右)は画面が6.8型へと大型化。E Inkの進歩に加えて、プロセッサの高速化、ソフトウェアの改良などもあり、速度も“爆速”といっていいレベルへと進化している
【動画】2012年発売の初代Kindle Paperwhite(左)と、現行の6.8型のKindle Paperwhite(右)の速度比較。タッチしてからのレスポンスの速さ、ページの書き替えが始まってから終了するまでの速度、いずれも圧倒的に現行モデルが高速だ

姿を消した「その他」のE Ink端末たち

 さて、2012年10月のKindleストアの日本上陸以降、各社が展開していた「その他」の電子書籍専用端末は、急速にその数を減らしていく。正確にいうと、Kindle前後に登場したデバイスは、そのほとんどが後継モデルが出ることなく、そのまま姿を消していった。

 そのような道を辿ったのにはいくつかの理由がある。もとより事業者にハードを売るノウハウがなく、Kindleの価格競争力の高さを前に「撤退」という判断を選択をせざるを得なかったことがひとつ。またスマホやタブレットの普及期と重なり専用端末にユーザーの目が向かなくなり、それらのアプリにシフトするという方向転換を図ったのが理由だろう。

 消えていったデバイスの中には、WiMAXを搭載したBookLive専用E Ink端末「BookLive!Reader Lideo」のようなコンセプトは秀逸な製品や、電子書籍コンテンツを収録した状態で販売される「honto pocket」のように別の切り口を狙ったユニークな製品もあったが、後方支援を受けられないまま前線に出て玉砕するような形になったのは、なんとも残念だった。

BookLive専用E Ink端末「BookLive!Reader Lideo」(2012年)。WiMAXを内蔵するなど、初代Kindleが支持された要因である通信回線の内蔵に真面目に取り組んだ意欲作だったが、E Inkの表示品質は高くなく動作速度も緩慢。Wi-Fi非対応なのが災いし、2019年のサポート終了以降はネットへの接続すら不可能
大日本印刷「honto pocket」(2014年)。通信回線を搭載せず、海外ミステリー小説や歴史小説、傑作選集などのタイトルをあらかじめ収録した状態で販売される電子書籍端末。ストアブランドを冠していながらストアとは連携しない不思議な製品だ。乾電池駆動ということもあり2022年現在でも利用可能
KDDI「biblio Leaf SP02」(2010年)。ページ全体ではなく文字部分のみをリフレッシュする機構を採用。存在感を発揮しないまま「LISMO Book Store」の終息とともに販売とサポートが打ち切られた。タッチ操作は専用スタイラスでのみ対応、ソーラー充電対応など実験的要素も多い
ソニーは通信回線を搭載した初のモデル「PRS-T1」(左)以降、複数のモデルをリリースしたが、2013年の「PRS-T3S」(右)を最後に新製品の投入を打ち切り、世界各国で展開していたReader Storeも日本を残して終了、会員は楽天Koboへと引き継がれた。ちなみに「PRS-T3S」はE Inkの白黒反転をほぼ不要にした意欲作だった

 結果的にKindle以外で生き残ったE Ink採用の専用端末は、国内では楽天傘下になった「Kobo」シリーズのみというのが現在の状況だが、一方で最近は、ファーウェイの「MatePad Paper」のような、電子書籍に加えて手書きノート機能に注力した製品や、中身はAndroidタブレットほぼそのままでディスプレイにE Inkを採用した「BOOX」シリーズのような汎用端末も登場している。

ファーウェイの「MatePad Paper」(2022年)。10.3型の大画面で手書きノート機能もサポート、写真のように電子書籍を表示した状態で画面右でメモも取れる。現時点ではアプリのラインナップに難があるが、レスポンスは高速で、E Ink端末としての完成度は高い
E Ink採用ながらGoogle Playストアが利用できるなど中身はほぼAndroidタブレットなのがOnyx Internationalの「BOOX」シリーズ。6型から13.3型まで多数の製品がラインナップされる。写真は10.3型の「BOOX Note Air2 Plus」(2022年)。アプリごとの表示最適化機能も充実

 ちなみにこれら近年に発売されたE Ink端末は、E Ink電子ペーパーそのもの進化はもちろん、ハードウェア性能の向上、さらにソフトウェア面の改良もあり、かつてのようなもっさり感は大幅に軽減されている。

 特に後者は、製品が代を重ねることでE Inkならではのリフレッシュなどの挙動を目立たなくするノウハウが確立したことが大きいだろう。液晶などにはさすがにかなわないとはいえ、ユーザーがE Inkの書き替え速度に合わせてゆっくり操作せざるを得なかった十年以上前の製品とは、別物になりつつあるのが現状だ。

画面の残像を消去するリフレッシュをページ単位でなく、内容的にキリのいい章単位で行なうという設定も、過去のノウハウの蓄積の賜物だろう。これは楽天Koboの最新モデル「Kobo Clara 2E」(2022年)。ちなみに同製品は最新世代のE Ink Carta 1200を搭載する
デバイスによっては、画質優先かスピード優先かといった、アプリごとのE Inkの挙動を設定できる場合もある。これはBOOXシリーズで、リフレッシュ設定を4つから選べる

近い将来「カラーE Ink」「E Inkディスプレイ」がブレイクする?

 このように、E Ink電子ペーパーを搭載した電子書籍端末が順調にモデルチェンジを重ねる中で、いよいよ実用レベルに入ってきたのがカラーE Inkだ。これまで技術レベルでしか噂が聞こえてこなかったのが、ここ1~2年で、コンシューマ向けの製品も少しずつお目見えしつつある。

 「BOOX Nova Air C」は、最新のカラーE Inkパネル「Kaleido Plus On-Cell ePaper」を採用したことで、カラーE Inkの欠点である低い彩度を改善。まだ万人に受け入れられる域には達していないが、いよいよカラー化が実用の粋に入ってきたことを感じさせる。近い将来、Kindleなどの大手で採用されれば、ブレイクは必至だろう。

BOOX Nova Air C」(2022年)。同社のカラーE Ink採用端末としては初代の「BOOX Nova3 Color」に続く第2世代にあたるモデル
左から、BOOX Nova Air C、BOOX Nova3 Color、Kindle Paperwhite。「Kaleido Plus On-Cell ePaper」を採用したBOOX Nova Air Cは彩度が大幅に向上していることが分かる

 一方、モノクロのE Inkについては、近年は電子書籍端末以外の採用事例も増えている。1つは前述の電子ノート、もう1つはディスプレイだ。

現 在のE Inkディスプレイの価格は20万円台と、まだコンシューマ向けというよりも文教向けだが、モバイル向けであれば「BOOX Mira」のような10万円前後の製品も登場している。目が疲れにくいディスプレイという触れ込みはキャッチーなだけに、どこかのタイミングで価格破壊的な製品が出てくると、一気にブレイクする可能性もある。

 現状、大型化やカラー化を除けば、電子書籍端末は台数ベースでの伸びしろがあまり思い浮かばないのに比べて、ディスプレイの市場ははるかに大きく、買い替えに加えて買い増し需要も大きいだけに、今後の展開に期待したいところだ。

まだまだ高価で個人の手が届きにくいが、E Inkを採用したディスプレイは、目の疲れにくさなどもあって注目の的。写真は25.3型のE Inkディスプレイ「BOOX Mira Pro」(2022年)