山田祥平のRe:config.sys

公衆ケータイ、その先にあるものは

 電話番号を持つ端末を使えることで本人と見なされる時代はいつまで続くのだろう。二段階認証などでは特定の電話番号への着信を受けられればが本人であることの証明にもなる。その番号へのSMSを着信し、そこに記載されたパスコード等を入力すれば本人確認が完了したりもする。場所ではなく、個人と番号が紐付けられた携帯電話網ならではの仕組みだ。

ドコモ公衆ケータイの社会的使命

 ドコモが被災地域へスマートフォン、フィーチャーフォン合計1,520台を無償提供し、「ドコモ公衆ケータイ」として被災地域の通信状況を改善するという。携帯電話各社の被災地域支援は、ドコモとKDDIの船上基地局運用やソフトバンクのドローン基地局稼働など、その機動力、規模、建て付けなど、どれをとっても豊富な資金力と社会貢献力がなければできないもので、こうした迅速な対応は、はっきりいって儲かっている企業にしかできそうにない。これはもう各社ともに後追いでサービス提供し、規模を広げてほしい取り組みだ。

 ただ、端末貸し出しの取り組みとしてはドコモ以外が先行している。

 ソフトバンクは端末貸し出し支援として、すでに携帯電話や衛星携帯電話、タブレット端末など757台を県や市区町村の災害対策本部、NPO法人などの要請に応じて無償貸し出しを実施、1月4日からは被災地の各避難所にも無償貸し出しをしている

 さらにKDDIは衛星通信端末:43台、携帯電話(スマホ、ケータイ):446台といった貸し出しのみならず、PC・スマートフォンなどのデータ復旧サービスの支援措置なども実施するきめ細かさだ。

 誤解を怖れずにいうなら、このようにして被災地を救えるのだから、日常的には携帯電話会社が多少稼いでいてもいいんじゃないかとさえ思う。国の機動力ではなかかなこうは動けないだろうからだ。

 石川県と総務省の要請と協力に基づいて能登半島地震の被災地域にドコモが提供するスマートフォン、フィーチャーフォンは「ドコモ公衆ケータイ」として、今後、被災地域の避難所などへ配備され、被災者が無料で利用できるようになる。これは、避難所などでの貸し出しを想定しているという。また、スマートフォンはStarlinkなどを使ったWi-Fi接続でインターネット接続による幅広い情報の収集、フィーチャーフォンはスマートフォンの操作が苦手な方が通話を中心に手軽に利用することが想定されている。1,520台の内訳は、スマートフォン520台、フィーチャーフォン1,000台だ。

 興味深いのは、ここで「ドコモ公衆ケータイ」というキャッチコピーが、移動体通信事業者であるドコモ自身によって使われていることだ。

 かつて電話と言えば常置場所に固定されたものが普通だった時代、外出先で、誰かと連絡を取るには公衆電話を使う必要があった。そのために、小銭を財布の中に入れておくようにしたり、テレホンカードと呼ばれるプリペイドの磁気カードを使ったりもした。

 余談だが、今年(2024年)1月1日から一般固定電話や公衆電話の電話料金が距離で算出されることはなくなった。固定電話のIP網移行による変更の結果としての全国一律料金化だ。その記念すべき日の夕方に石川県能登半島地方を震源とする地震が発生するというのは皮肉な話だ。

 NTT東日本によれば2011年3月11日に起きた東日本大震災以降、災害時に有効な通信手段として、公衆電話の重要性が改めて注目されているという。同社では緊急時や災害時などに備え、総務省告示(設置義務)に基づき、継続的な設置維持活動に取り組んでいるそうだ。

 災害等の緊急時には、通信規制が実施されることがあるが、公衆電話は「災害時優先電話」となり通信規制の対象外となる。また、電話回線を通じて電力供給されているため、停電していてもコインを利用すれば平時と同様に利用可能だ。

誰でも使える公衆ケータイ爆誕

 かつての公衆電話は固定電話同様に設置場所に束縛されていた。携帯電話が四六時中移動し続けていることが前提の持ち主に束縛されているのとは真反対の位置にあった。しかも固定公衆電話は不特定多数が使った。過去形なのは、少なくとも、ドコモが今回のチャレンジを「ドコモ公衆ケータイ」という位置づけをしたからだ。「公衆」というイメージとは真反対の位置づけである「ケータイ」に、新たに「公衆」を紐付けたのだ。

 これによって誰でも使えるパブリックなケータイが爆誕した。その運用方法がどうなるかなどはまだ公開されていないのだが、注意しなければならない点はいくつもある。

 端末のSIMが持つ特定の電話番号は発信者番号として相手に通知されるのかどうか。スマートフォンとして、ブラウザやアプリを使ってインターネット経由で情報を入手したり、誰かとコミュニケーションしたりした場合、その端末の利用履歴は消去してもらえるのかどうか、また、SMSの送受信などでのやりとりにともなう不都合を起こさない工夫はされているのかなども気になる。自分のApple IDやGoogleアカウントの設定についてはどうなのか、Cookieの削除はしてもいいのかなどなど……。

 こうして懸念ばかりを挙げていくと、せっかくの前向きの施策が、とても制限された状態でしか運用できないことにもなりかねないので、きちんと配慮されているものと信じたい。

 そもそも、公衆ケータイが手のひらにあったとして、誰かに連絡をしたいと思っても、相手の電話番号を記憶していないというのはいかにもありがちだ。だからこそ、LINEやFacebook Messenger、Instagramなど、SNSに実装されたダイレクトメッセージなどの仕組みを活かしたいところなのだが、おいそれと公衆ケータイで自分のプライバシー満載のアカウントを使ってこれらのサービスを使うのには抵抗があるかもしれない。

 だからこそ、使い終わって返却するときには、履歴等が全部消える、あるいは、全部消せるといったことができるようになっていてほしい。工場出荷時の状態に戻せるだけでずいぶん安心度は高まる。それが保証されているなら、抵抗なく自分自身のアカウントをその端末に設定することができる。それならそのアカウントが各種の個人情報を記憶しているので、OSやアプリがたちどころにいつもの環境を呼び出してくれる。今どき、レンタカーだって返却時にカーナビの履歴を消去するのだし。

LINEは公衆ケータイで使うべからず

 いつもの懸念はLINEのサービスだ。

 被災し、愛用のスマホが壊れたり紛失したりしてどうしようもないときに、公衆ケータイとして、スマホを使えるようになったとする。誰もがLINEを使って家族や仲間と連絡を取りたいと思うだろう。

 そもそも仲間はもちろん家族でさえ電話番号を記憶していない場合は少なくない。すべてを端末の連絡先アプリで管理するのが当たり前で、記憶に頼ってはいないからだ。それがかつての公衆電話時代との違いだ。だが、今、目の前にあるのは公衆ケータイなのだ。自分がコミュニケーションを取りたい相手の電話番号を知らなければ連絡がとれない。

 今回の公衆ケータイはフィーチャーフォンがスマホの倍の数となっているが、果たして、フィーチャーフォンを手にした被災者の多くが、話したい相手の電話番号を覚えていないことに気がつき呆然としたりはしないかどうか心配だ。

 LINEは頑なにマルチデバイスでの利用を拒み続けている。それでいて、クラウドサービスとしてさまざまなメッセージ履歴を自動でキープしてくれているわけでもない。大事なコミュニケーション内容はあくまでも端末に保存され、別の端末でそのアカウントを使えば、前の端末からは消え去ってしまう。

 これは、ドコモが「公衆ケータイ」で、携帯電話は必ずしも個人のものではないという考え方を打ち出したのと正反対のものだ。LINEはリアルケータイのように端末とその電話番号にしばられたサービスを目指しているのだと思う。

 LINEの発端は、東日本大震災のときに、安否不明の家族や仲間と連絡をとりたいという想いだったそうだが、今はそれがもっともできにくいサービスになっているし、頑なにそれを変えようともしない。だったら、サービスとして災害時利用をアピールすべきではない。被災者支援としては決定的に仕様が破綻しているからだ

 はっきりいって、公衆ケータイが使える機会があっても、LINEを使うのはやめておいたほうがいい。たとえ自分のスマホを紛失してしまっていても、あとで倒壊した建物の下などに見つかって、蘇る可能性だってあるからだ。そのときに電源を入れたとたんにデータが消えてしまったら、どんなに悲しいだろう。

 LINEはPC用のアプリやブラウザのChrome拡張だけは、iPhoneやAndroidスマホと併行してPC環境で使える。だから、避難所などに誰でも使える公衆PCがあって、それにこれらのアプリをインストールしてあれば、使いたいユーザーは自分のアカウントでログインし、使い終わったらアカウントを削除しておくといったことができる。Chrome拡張ならアプリのインストールも必要ない。非常時のLINE利用はこの方法しかないと思いきや、最初のログイン時にスマホでの認証が求められる。すなわち手元に常用スマホがなければ公衆パソコンでの併行利用はできない。

 サービスとしての出来栄えはいいのに、基本的な仕様がすべてをぶちこわしている。そろそろ社会的責任を考えてもいいのではないだろうか。

 携帯電話番号を本人確認のために使うという時代は当面続きそうだ。今回のドコモの公衆ケータイは、携帯電話会社であるドコモ自身によるパブリックな設備としてのケータイ利用を提案するメッセージだ。その電話を使うユーザーは、その電話番号の持ち主であるとは限らないという状況を許した。これは画期的なことだと考えたい。

 ちなみに、スマホを使った2段階認証は、SMS以外にもAuthenticator系のアプリを使うことでもできる場合がある。この仕組みを使うことで、電話番号に依存しない方法で本人確認が可能だ。ただ、災害時に誰もが2段階認証のための2つ目、3つ目のデバイスを携行しているかどうかは微妙だ。本当は、有事に備えて、公衆端末の利用を想定した認証方法を考えておく必要がありそうだ。このままでは非常時にこそ使いたい便利なアプリが使えないという状況になりかねない。