山田祥平のRe:config.sys

5Gネットワーク始動、その万感の想い

 5Gに埋め尽くされた感のあるMWC。インフラあってのソリューションだが、まだ、その特性を活かしたサービスモデルは模索の真っ最中だ。提供する側も、提供される側もよくわかっていない。この次世代通信インフラは、いったいぼくらに何をもたらすのか。そして、どのような意味を持つのだろう。

5Gを身の回りの有線接続にたとえれば

 MWC 2日目の夕方、Qualcommがブースで「MWC 5G Industry Moment」と称するセレモニーを開催、世界中のキャリア、デバイスベンダー、インフラプロバイダーが一堂に会して5G時代の到来を祝った。

 セレモニーの冒頭で、5G通信のスピードテスト的なデモンストレーションがあったが、そこでは約5Gbpsの帯域が確保できていた。Qualcommのブースの天井には、あちこちに各キャリアの5G基地局が設置されていて、それを使って通信デモできるようになっている。5Gで5Gbps、ややこしいがそういうことだ。

 この実測5Gbpsという帯域幅は3GPPの目標値である下り20Gbps、上り10Gbpsには届かない。Qualcommによれば、おそらくしばらくは実現不可能だろうとのことだ。

 つまり、実測値は理論値の4分の1程度だが、今、慣れ親しんでいる身の回りのスピード感でいうと、たとえば、電波でいうならWi-FiはWiFi6で10Gbpsくらいだ。また、HDMIでの4K解像度出力も同程度だ。また、USB 3.1 Gen2も同じ10Gbps相当で5Gの2倍程度ある。

 理論値で比較するなら、USB 3.2が20Gbpsでほぼ同等だ。一方で、青いコネクタでお馴染みのUSB 3.1 Gen1の理論値は5Gbpsくらいだから、5Gよりずっと遅い。Gen2なら10Gbpsだが、まだ半分だ。今回のデモの値は実効値なので、実力的には最速のUSB接続をモバイルネットワークで置き換えられるくらいのイメージだと考えられる。40GbpsのThunderbolt 3には届かないが、20GbpsのUSB 3.2なら将来的に置き換えられそうだ。

 もっとも、ローカルで使うバスはエンドユーザーが1人で独占できるが、公衆網はそうはいかない。実効5Gbpsも大勢で使えば速度はどんどん落ちていく。みんなで使えば遅くなるのだ。それでも、これから10年くらいかけて身の回りのデバイスのあり方は大きく変わっていくことになりそうだ。

デバイスが変わる、ビジネスが変わる

 通信コストのことを無視して考えられるとすれば、そして、付加価値による高額な価格設定は難しいとも思うのだが、5G通信は、クラウドサービスのあり方に大きな変革を与えることになるだろう。これまでは通信帯域や遅延が足かせになって実用的に無理があったサービスも、十二分に使いものになるようになる。

 極端にいえばローカルにストレージを持つことが無意味になったり、あるいは、処理系すらクラウドに任せ、エンドユーザーデバイスはストリーミングでUXを見せるだけになるかもしれない。5Gならそれができる。10年後に、まだWindowsを使い続けているのかどうかはわからないが、そうだとしても、ローカルPCで稼働させる必要はなく、自分のデスクトップはクラウドにあって、いつでもどこでもどんなデバイスでもいつもの環境が手に入るというようなイメージだ。

 もちろんそれは現時点での5Gの実力ではちょっと厳しいかもしれない、これからの10年ほどをかけて5Gネットワークから6Gネットワークへの転換を待つ必要があるかもしれないが、その一歩を踏み出したという点での意義はある。

 4G通信は、フリーミアム、ロングテール、サブスクリプションといったビジネスモデルのモビリティを成立させたが、5G通信はそれらの昇華はもちろん、新たなビジネスモデルやソリューションを実用化するポテンシャルを持っている。それはいったい何なのかをこれから考えなければならないことだけが問題だが、おそらくは水面下で虎視眈々と次のオーバーザトップを狙っている企業は数知れないはずだ。

 先に書いたように、5Gbpsという速度は、無線でいえば現時点で(安定した)Wi-Fiを使ってできることが、いつでもどこでもどんなデバイスでもできるようになる世界をもたらす。USBのケーブルも置き換える。それをかなえるのが5Gの特質の1つである「eMBB(enhanced Mobile Broadband)」だ。さらに実効速度だけではなく、低遅延「URLLC(Ultra-Reliable and Low Latency Communications)」、同時大量接続「mMTC(massive Machine Type Communication)」のアドバンテージは、IoTの世界を一変させるだろう。ドローンやクルマの自動運転、ロボットなどを取り巻く環境にも大きな影響を与える。医療の世界における遠隔手術の期待も大きい。

5Gはゆっくりと浸透する

 5G通信が絵に描いた餅が、どれほど美味しいものなのか、今はまだエンドユーザーの誰も知らない。それにみんなが使えば5Gbpsの帯域など、アッという間に埋め尽くされる。しかもモバイル依存は強まる一方で減ることはない。だから、これから5Gをどう使っていくかを考えると同時に、来たるべき6Gの時代に備えて、さらなる広帯域を確保すべく研究開発を進めなければならない。電波は有限の資源であることを考えれば、知恵と工夫でそれを克服するしかないのだ。キャリアにとっては厳しい試練だが、土管屋を捨てたキャリアにとっては新しいビジネス領域を開拓するための付加価値でもある。

 それを前提にすれば、ローカルストレージやキャッシュメモリを持たないデバイスの登場も間違いない。企業ユースなどではセキュリティ的にもその方が安心だ。

 ただ、現在の4G LTEネットワークが、一気に5Gネットワークに切り替わるわけではない。おそらくは3Gが4Gになったときよりも、ずっと時間がかかる。世界に出遅れてしまった感のある日本だが、2020年の東京オリンピックにあわせて本サービスの開始を予定しているようだが、日常生活に浸透していくには5年程度は必要だと考えられているようだ。

 もちろん5年間たっても地球はもちろん、日本列島を5Gネットワークが完全にカバーするわけではない。通信が集中する地域や、大きな需要がある地域など、限定されたエリアでのサービス提供となるようだ。需要次第だとキャリアでは考えているようだし、MWCでのドコモブースでの説明員の話では、5Gの使えないエリアは基本的にネットワークもすいていることになり、LTEでの通信でも、比較的快適にサービスが利用できるのではないかということだった。

 たしかに今でも地方都市などに行くと、LTEってこんなに快適だったのかと感じることがある。数百Mbpsが確実に確保できるのなら、現在のユースケースでは特に不満はないだろう。そういう意味で、5Gの帯域幅、つまりeMBBだけに注目するのはあまり褒められた話ではない。ただわかりやすいだけだ。

通過点にすぎない

 多くの場合、新しいテクノロジーは既存のテクノロジーを上書きするかたちで浸透していく。だとすれば、5Gは、今のスマートライフの何を上書きするのだろうか。

 家庭に引き込まれた光回線のスピードが1Gbps程度、さらに、家庭内のネットワークも同程度の帯域をもつ有線のGigabit Ethernet。仮にWi-Fiルータを使っているとして、そこに接続すれば5Gネットワークがもたらすであろうものは、なんちゃってだとしても明日からでも手に入る。家庭などでは、そんな環境を数人の家族、あるいは1人で独占しているわけで、5Gサービスが始まったからといって、いきなり想像もつかないような輝かしい未来が手に入るわけでもない。今、現在、すでに同様の体験は入手済みなのだ。ただ、どれだけ多くの群衆がいるのかはかりしれない公共空間でWiFiを使うのには無理がある。だからこそのモバイルネットワークだ。

 余談だが、MWC開幕前日に開催されたXiaomiのプレスイベントではホームIoTのデモが披露されたのだが、空気清浄機をスマホを使ってオフにできるはずが、それができなかった。きっとWi-Fiを使っていたのだろう。会場の失笑を買ってはいたが、半分は同情する空気感があった。みんな難しいことを知っているのだ。以前よりは遙かによくなったとはいえ、何千人もの人がいる空間で、Wi-Fiでの安定した接続は難しい。

 そして足回りとしてのネットワークインフラだけで完結するものではなく、その先にあるサービスのパフォーマンスもエンドユーザー体験に大きな影響を与える。ボタンをクリックしてもまったく反応しないようなオンラインサービスでのチケット争奪戦がすぐになくなるわけではないのだ。

 とにかく今はハイウェイができた状態だ。インターチェンジやランプを降りて街を楽しんでもらえるかどうかは、その街の魅力に依存する。そういう意味ではサービスも言い訳のできない時代に突入したといえるだろう。