山田祥平のRe:config.sys

家のインターネットにローカル5Gの基地局いかがですか

 日本人の4割が暮らすとされる集合住宅の悩みが少しでも解消するかもしれない。高速で安定したインターネットがなければハイブリッドワークなど夢の夢だ。だからこそ大事な家のインターネット。だが、欲しくても手に入らないことが少なくなかった。ローカル5Gは救世主となれるのだろうか。

光を敷けない集合住宅を設計したデベロッパーは反省しなさい

 ISPのNUROで知られるソニーワイヤレスコミュニケーションズが、ローカル5Gを利用した国内初の集合住宅向け固定インターネット接続サービス「NURO Wireless 5G」の一般向け提供を2022年4月1日より開始するという。このサービスを使えば、工事不要で宅内に設置したホームルーターを使って下り最大4.1Gbps、上り最大2.6Gbpsの広帯域でインターネットに接続できるらしい。

 このサービスでは、敷地内など集合住宅内の各戸からアクセスできる位置に基地局を置き、宅内にレンタルされたホームルーターとの間でローカル5Gの通信を行なう。

 この5Gは、ドコモやKDDIといった移動体通信事業者が提供する公衆サービスとしての5G通信とは違う。あくまでもローカル通信として5Gのテクノロジーを利用するものだ。

 つまり、移動体通信事業者でなくても、エリアを限定した基地局を設置することで5Gサービスを提供できる制度を使い、マンションの敷地内などに基地局を設置し、それと各住居に設置されたホームルーターが5G通信で結ばれてインターネット接続をかなえる。

 NUROは、これまでも通常より細い幅2mmの光ケーブルと、さらにそれを分岐させるスプライスBOXと呼ばれる名刺大のケースに入った装置を使い、固定電話回線用メタルケーブルのための配管のスキマに光ケーブルを潜り込ませるような方法などを用いて、集合住宅での光配線を実現してきた。だから、フレッツなどでは無理でもNUROなら光を配線できるという。これは今住んでいる集合住宅に、NUROが導入されることが総会で決定したときに、説明に来た同社の営業マンからあった説明だ。

 通常、マンションでは、建物外からの光ケーブルを、MDFと呼ばれる配線盤にいったん引き込み、さらにそこから各フロアに向けて配線、そしてフロアごとの配線盤から各戸へと分配する。分岐ではないので、下層階ほど配線は太くなる。そのため、建物の下層階から上層階を結ぶ縦管の径が全戸への配線を阻み、断念するケースがよくあるそうだ。

 冒頭の写真は、うちのマンションの各フロアに設置されている保安用の配電盤で、管理人室のメイン配電盤からいったんここに引き上げられた配線が、各戸に管で配線されていく。ここまでの縦管とここからの配線管の口径に余裕がないと、新たに光ケーブルを追加することができないのだ。

 十分な口径のある管なら、あとから光ケーブルを追加で引き回すことができるが、一般的には各戸に2回線分のメタル電話線を確保するギリギリの径のものが使われていることが多い。たとえ数本のケーブルを追加できても、全戸に光をというのはほぼ無理だったりする。

 代替案として、もはや固定電話のための配線は2本もいらないから、1本を撤去して1本を光にといった判断を理事会等で決め、総会にかけて提案し、貴重な予算を使って代替配線するというのも大変だ。管理組合がすんなりと合意することもないだろう。

 ただでさえ、大規模修繕などでお金がかかるのに、そんなことに予算を使いたくないという反対の声もあるだろう。新たに別経路を確保することもできるが、費用はもちろん露出配線などでは外観を損ねることを理由に反対も起こるに違いない。

 将来の高齢社会のためには、遠隔医療などを想定し、部屋に直接光回線を引き込むことが絶対に必要だと声を大にしていってもなかなか聞いてもらえない。本当にそういう設備が必要になる可能性が高い高齢者ほど分からないというジレンマもある。

 集合住宅には、こうした悩みがあるのだ。2000年以降に建てられたようなマンション等で、すぐそこにブロードバンド時代が見えていたというのに、部屋に光ケーブルを引き込めないような構造で作ってしまった建物は、設計自体に問題があったといってもいい。考慮しない方がおかしいのだ。

 2000年代になってから見かけたマンションのモデルルームのひとつは、ルーター置き場となるスペースがあって、そこにルーターを置き、住戸内の各部屋に有線LANのケーブルで配線できることをアピールしていた。

 でも、そのスペースにはコンセントがなかった。そのくらいまぬけだったのだ。一生の買い物をするのに、作る側の意識はそのくらいでしかなかった。こういうことはマンションデベロッパーの姿勢として、十分に責められていいと思う。

 今なお、そういう考慮のない設計で建てられるマンションが少なからずあるのだ。

「家のインターネット」は古い時代の既存配線に邪魔されている

 今回のNUROのサービスは、配管などの建物設備上の問題で光回線を配線できない集合住宅の各世帯に、高速インターネットをもたらそうというものだ。

 光回線を各戸に引き込めない場合のインターネットは、ケーブルTVの同軸ケーブル、電話回線に重畳させるVDSL、専用同軸ケーブルによる共用インターネットなど様々な方法で実現されている。

 その一方で、中枢部分からの配線という意味では、様々なデータが色々な方法で各戸に引き込まれている。その多くを、光ケーブル1本で集約すればそれでいいと思うが、そのためにはカネも時間も手間もかかり、さらには工事中にサービスが停止する。

 例えばインターフォンのための配線や、TV受信のためのアンテナ線経路など、引退させて別の手段に変更できるものはいくらでもありそうだが、そこにはなかなか踏み切れないというのが実状だろう。

 コロナ禍によって在宅勤務やオンライン授業などを余儀なくされ、集合住宅内のトラフィックが急増したことで、各戸が自由に使える帯域が不足し、オンライン会議の映像が止まる、YouTubeの動画や映画コンテンツが途中で途切れるといったトラブルが続出したりした。

 結局、「家のインターネット」に頼っていてはだめだと、モバイルネットワークを使うのだが、みんながみんな使い放題のプランに加入しているわけではなく、コスト的にも破綻してしまう。それでも5GどころかLTEでも、パンク寸前の「家のインターネット」に比べればずっと快適だったりもするわけだ。しかも、多くのエンドユーザーは上りの遅さに気がつかない。

 かくして、一部の集合住宅においては「家のインターネット」の威厳はガタ落ちになる。もう家のインターネットは役立たずだよね、と。

それでも「家のインターネット」にこだわる

 毎日持ち歩いているスマートフォンなどの端末でインターネットが使えるし、ほかのデバイスでインターネットを使うにはテザリングすればすむ話なのだから、そもそも家のインターネットって必要なのかという疑問を持つ世代も出てきていそうだ。

 家のインターネットに5,000円近くを支払うなら、家族それぞれで分け合ってその予算を自分の携帯電話料金に上乗せしたほうが、みんなが快適にインターネットが使えるかもしれない。

 そもそも昼間は家に誰もいないのだから、夜のためだけに固定インターネットは必要なのかという疑問もあるだろう。それに夜だって家にいる時間の半分は睡眠している可能性もある。家の固定インターネットは留守宅、そしてそこにいるはずのペットを見守るためにも、さらには各種家電のコントロールなどにも役に立つといった発想はまだそこにはない。

 ちょうど、携帯電話が浸透していった2000年代に、最終的に固定電話はいらないよね、というムードが強くなったのに似ている。

 今回のNUROのサービスは、とにかく「家のインターネット」をというコンセプトだ。そのために集合住宅のように閉じたエリアの居住者だけが使えるロケーションの基地局を設置する。

 だが、その基地局を使う加入宅が増えていけば、ユーザーごと、つまり各戸で使える帯域幅に影響を与えるのは今まで通りだ。そのときに、基地局までの回線を増強するといった対処をNUROがしてくれるのかどうかは気になるところだ。

 それでもいろんな事情で100Mbpsにも満たない、つまり5GどころかLTEよりもずっと遅い「家のインターネット」を使うしかなかった世帯が、なんとか別の方法で高速な「家のインターネット」を使えるようになる選択肢が増えたのは喜ばしい。その期待に応えるきちんとしたサービスを提供できるよう、NUROは気を抜かずにがんばってほしいと思う。