山田祥平のRe:config.sys
信頼すべきは唯一無二の電話番号
2018年4月13日 06:00
日本の移動体通信メガキャリア3社、つまり、ドコモ、KDDI、ソフトバンクが新しいコミュニケーションツールとしてRCSを基盤とした「+メッセージ」を5月9日にサービスインする。GSMAによる世界標準仕様であり、従来のSMSを代替するものだという。はたして一般エンドユーザーにはそのサービスによるメリットはあるのだろうか。
電話ネットワークとインターネット
電話のネットワークにとってインターネットは悪である。データ通信ができるようになって悪は悪でも必要悪となったが、本音は違うだろう。
キャリアメールは瞬時に相手にメッセージが届く非同期コミュニケーション手段としてのEメールの存在を一般の人々に知らしめ、その便利さを理解してもらうことに多大な貢献をした。つねにオンラインの状態で待ち受けることができ、ほとんど肌身離さず持ち歩ける端末として携帯電話が市民権を得たからこその結果だ。日本の場合は、いわゆるSMSよりキャリアメールのほうが普及したくらいだ。これはこれですばらしいことだと思う。
唯一の失敗とキャリアが考えていることがあったとすれば、それはキャリアメールのネットワークとインターネットメールを相互乗り入れしたことかもしれない。これは日本固有の失敗でもある。
ご存じのように、普通の人は、キャリアメールの設定をインターネットからのメッセージを受け取らないようにしているケースが少なくない。受け取るように設定していても、どうせ届くのはスパムメールばかりだからだ。実際、手元の端末に届くメールはほぼ100%キャリアメールだといってもいい。サービス開始以降、ほぼ誰にも知らせていないキャリアメールアドレスなのに、そこ宛に届くメールが毎日数十通ある。インターネットからのメッセージを受け取らないようにすればその数は激減する。だから受け取らない設定をする気持ちはわからないでもない。
そのうち、キャリアメールはキャリアが契約者をつなぎとめる手段となった。MNPができるようになり、キャリアを乗り換えても電話番号は維持できるようになったが、キャリアメールアドレスだけはキャリア依存だ。キャリアに依存する@の右側を変えることはできない以上、キャリアを変えればキャリアメールアドレスは変わる。メールアドレスを変えたくなければキャリアの乗換はあきらめるしかない。
だが、そのキャリアメールの存在感が希薄になりつつある今、キャリアとしては次の一手を考える必要がある。
人に紐付く電話番号
携帯電話は、電話という文明の利器を家やオフィスなどの「場所」に依存する存在から、いまこのときどこでなにをしているのかわからない「人」に依存する存在に変えた。メールアドレスも「人」に対するポインタの1つではあるが、会社や学校のメールアドレスはいつかは失われるものであり、インターネットメールアドレスも独自に入手して維持することはできるが、偽名などを使って簡単に取得できるフリーメールアドレスは信用という点で受け入れられにくい。
人の一生の間で、自分の固定された連絡先として、ある程度信頼されるものとしてずっと維持できるのは、キャリアに依存しない連続した数字列である携帯電話番号だけだといってもいいだろう。もちろん、国番号を含めれば、世界で唯一無二のユニークなものだ。ちなみにぼくは携帯電話を最初に契約してから24年になるが、その間、一度も電話番号を変えていない。
その電話番号を使うことでメッセージのやりとりを可能にしたSMSは、電話のネットワークに閉じている。その閉じているネットワークのなかで、さらにリッチなコミュニケーションをできるようにするのがRCS、すなわち、日本では「+メッセージ」と呼ばれるサービスだ。サービスイン当初は国内メガキャリアだけの相互接続だが、MVNOが参入するのも時間の問題だ。世界各国のキャリアも次々に参入し、世界標準のサービスとして普及するのは間違いない。あのiOSだってこの流れに逆らうことはできないんじゃないだろうか。
SMSもRCSも、インターネットとの相互接続はない。メッセージは特定の電話番号から単一、あるいは複数の電話番号あてのものであることが保証される。RCSはコマーシャルプラットフォームとしての利用も想定されているようで、企業がキャリアと契約することで、商用利用もできるようになるそうだが、どこの馬の骨ともわからないような組織や事業者がスパム的なメッセージを送りつけることは抑制されるだろう。そういうメッセージが届くようなら、キャリアに対してその送り元となっている電話番号を知らせて、なんらかの処置をしてもらえばいい。
電話番号とそれを使ってつながる電話のネットワークはインターネットとはまったく違う。キャリアと契約を結んだ契約者だけが存在する信頼できるネットワークだから安心して使える、というのが移動体通信事業者の論理なのだろう。
勧誘や迷惑電話などがかかってくることはあっても、迷惑メールの数に比べれば微々たるものだということからも、電話番号を所有することのハードルがある程度の信頼感を確保していることがわかる。
もう止められないRCSの普及
かつて世界的なネットワークの頂点にいたのはキャリアだった。ところが、いわゆるOTT(オーバー・ザ・トップ)という存在がその地位を揺らがすようになった。キャリアに関係なく、インターネットを使ってさまざまなコミュニケーションサービスを提供するようになり、文字はもちろん、画像、そしてあげくの果てには電話の原点とも言える音声のコミュニケーションまでになうようになってしまった。
電話の業界は、そのOTTの影響力をなんとかして抑制する必要があった。そうでなくては、「トップ」の地位から本当に滑落してしまうからだ。電話番号だって危うい。各OTTのメッセージサービスは、電話番号なんてどうでもいいといった感覚さえ持たせる勢いを持っている。
だからこそ、インターネットには乗り入れない電話のネットワークに閉じた魅力あるサービスが必要だった。場合によっては、音声通話を捨てて、リアルタイムの通話もRCSにゆだねたっていいくらいの覚悟で臨んでいる。その意気込みはハンパじゃない。
ところがRCSが普及し、多くの人がそれに頼るようになると困ることもある。すべてが電話番号に依存するようになるからだ。電話番号は契約者情報がSIMというICカードに書き込まれ、それを端末に装着することで、その端末でその電話番号での発着信が可能になる。同じ電話番号のSIMを複数枚発行するサービスを提供するキャリアも世のなかにはあるようだが、基本的にはと電話番号とSIMの関係は1対1だ。eSIMなどのテクノロジが普及しても基本的な考え方は同じだ。
ということは、特定の電話番号宛てのRCSメッセージは、1台の端末にしか届かない。今の音声通話の着信と同じだ。複数台の端末を携行していても、そのうちの1台にしか届かないのだ。これはスマートフォン、iPad、PCの3台だけで使えるLINEの仕様よりも厳しい。仮に将来的にRCSの別電話番号への転送がサポートされたとしても、返事をするさいの送信元電話番号を変えられるようにできるようになるとは思えない。
たぶん世のなかには、そんなのちっとも不便じゃない、むしろシンプルでわかりやすいと考えるユーザーのほうが多い。そうでなければ今の仕様のLINEがこれだけ普及することはなかったはずだ。機種変更時にはちょっと不便を感じても、その不便はすぐに忘れてしまう。そういうものだ。
だからRCSの不便は、多くのエンドユーザーにとっては不便ではない。電話番号を教える相手は基本的に信用できる相手ということを前提に、そこから届くメッセージも信用できるものとして受け入れられるだろう。
こうしたことを考えると、RCSの普及を阻止する方法はないといってもいい。しばらくの間はSMSと共存しながら、そのうちすべての非同期コミュニケーションはRCSに移行していくだろう。せっかくマルチデバイスの時代がやってきて、いろんな端末を併用し、適材適所で使い分けられる時代がやってきたかと思っていたら、時代に逆行したようなコミュニケーションサービスが登場してしまった。
憂鬱だ。