AliExpressの迷い方
格安の「鉱机王電源」はRTX 3090を燃やさない
2021年2月8日 06:55
マイニングブームの産物
時は2018年。ビットコインの高騰によるマイニングブームの影響でパソコン市場が一変した。
手持ちのハードで掘ったりしたが、筆者にとって一番楽しかったのは「マイニング用」として変態パーツが世のなかにどんどん出てきたことだ。USB 3.0ケーブルを通したPCI Expressライザーカードや、PCI Express x1スロットで埋め尽くされたマザーボードを覚えている読者も多いだろう。2020年末に再来したマイニングブーム直前まではジャンクパーツとして出回っていたこれらは今また高値で取引されている。
そしてマイニング用パーツは平常時に使えないものばかりではない。筆者はマシンラーニング(機械学習)用にGeForce RTX 3090を使いたく、新しい電源を物色していたさいに「90 Plus Gold」という謎バッジつきの怪しいマイニング用電源をAliExpressで買ったので、レビューしよう。
パソコンのCPUを脳とたとえるなら、電源は心臓だ。自作初心者には「絶対電源はケチるな」とアドバイスする筆者だが、自分では用途に合わせてグレードを選んだり、分解レビューを参考に購入したりする。それでも、電源はスペックだけでは品質や耐久性がわからないので、価格と重量だけが評価指数になることが多い。
だが、AI開発用のマシンラーニングクラスタで複数台展開する場合、「高いのを買っておけばいい」という単純な話だけでは済まない。GeForce RTX 3090を2基搭載する場合、1,200W以上は欲しい。国内で探したところ11月時点で2万円台から、この記事をまとめている1月末時点では3万円前後まで高騰している。
AliExpressでは1,200Wクラス電源は40ドル前後から存在するが、ラベルのレーティング部分の写真がなかったり、レーティングの数字を足し算しても明らかに1,200Wに届かなかったり、200V専用だったり、定格800Wで瞬間最大出力1,200Wのものを1,200Wとして謳っていたりと、地雷製品が多数存在する。
こういう地雷製品は60ドル台まであり、売上順にすると上位に出てくるが、筆者のような経験者はこういう地雷を踏まない。筆者が見つけたまともそうなものは100ドル弱で1,600WのT.F.Skywindの「鉱机王電源」≒キング・オブ・マイニングマシン電源だ(以降KoM電源)。
決め手はいくつかある。100V対応、モジュラー式であるのはもちろんのことだが、最大の決め手がラベルの情報のツッコミどころが比較的に少ない点。英語の綴りミスはわずか2カ所、レーティングの数字はおおむね合理的だ。
なかでも90~160V時は最大出力1,300Wという、制限事項も記載していることは高得点である。高出力電源の容量が入力電圧に左右されることはめずらしくなく、サーバー用電源では一般的だ。スイッチング電源の原理を考慮すると合理的な制限だが、コンシューマ向けだとわかりにくいので、低いほうに表記と保護回路設計を合わせているのだろう。
KoM電源のラベルには、どこかで見たことあるような「90 Plus Gold」というバッジがあるが、これはもちろん最新の電源効率規格ではなく、80PLUS認証試験費と商標利用費を払いたくなかっただけの苦肉の策だろう。ただ、T.F.Skywindのマーケティングが天才というわけではない。ほかのメーカーも時々使っていて、秋葉原でも登場したことがある。
第一印象は意外とまともだった
KoM電源を買ったときの最初のサプライズが、送料無料を選んだのに、FedExで送られてきて、わずか3日で到着したことだ。そこそこ大きくて重い1,600W電源をFedExで送ると、おそらく商品価格の半分は飛んでしまうので、これは売り主のミスかもしれない。
到着したパッケージには電源とモジュラーケーブルが入っていて、モジュラーケーブルはフルセットで入っていた。6+2ピンのPCI Expressコネクタがトータルで12個使えるので、キング・オブ・マイニングマシン電源という名に恥じぬ仕様だ。電源側のモジュラーコネクタはCooler Masterの電源によくある1列×5ピンのペリフェラル電源用コネクタがあるが、ピンアサインまでCooler Master用ケーブルと互換性があるかどうかは不明だ。
分解する前に、改めてラベルを確認してみよう。AliExpressで売られている電源は画像が使いまわされていて、ラベルの一部がフォトショで改変されているものもあるが、今回は製品写真どおりのものが届いた。
型番はTF1600-W-S6Pだが、同型で非プラグイン式や100V未対応のもあるので気をつけたい。次に入力仕様。筆者が購入したのは100/200Vで、50/60Hz全対応のもの。一方、出力のレーティングは12V/150Aとしか書いておらず、ほかの電圧ルールについては何も書いていない。マイニング用電源なので、12V以外はおまけというスタンスなのだろうが、この電源にHDDをたくさんつなげようと考えている場合は気をつけよう。MAX POWERの項目には100V環境で1,300Wと記載されているので、この記事では以降1,300W電源として検証する。
最後に注意書きと愉快なバッジが並んでいる。注意書きの英語はいろいろおかしいけど、理解できるレベル。カバーを開けるな危険、シール剥がしたら保証なくなるぞ、などと言っているが、筆者はこれから両方を行なう。
低価格電源によくあるような中身
カバーをあけて、まずファンのスペックを確認。140mmの2線接続、動作は静かだったので、おそらく電圧で回転数を制御している。なかのレイアウトは意外にもキレイで、あるべき場所にシリコーンが散布されている。
電源の入力付近にはヒューズやチョーク用のランドはあるが、実装は省略されており、X/YコンデンサによるEMIフィルタのみが実装されている。低価格電源では一般的なアレンジだ。
一次回路を見ると、2つ同型の大きいコンデンサが並んでいるため、電圧ダブラー搭載(=アクティブPFC非搭載)だとわかる。整流器はジェネリックの「GBU2510」、25A/1,000Vのもので、コンデンサはJunFu製の105℃品で、低価格電源によく採用されている台湾資本の老舗ブランドだが、無名よりは安心というレベルだ。
二次側のコンデンサもJunFu製で一貫している。電流が大きくなる二次側ではメイン基板とモジュラープラグ基板の接続にバスバーを採用している。12Vのバスバーは12V1~12V6とラベルされたパッドをつなげているので、6レールある12V出力を1レールとして使う、イマドキのシングルレール出力設計だった。
3.3Vと5Vはそれぞれ縦に刺さっているDC-DCモジュール基板で生成しているようだが、モジュールのサイズとモジュラープラグには線1本でつながっているところを見るとやはり12V以外のレールは最低限しか提供していないようだ。
ここまで見ると、半田や組み立ての品質は悪くない印象だ。いわゆる「動物電源」よりはいいが、設計は低価格帯そのものだ。アクティブPFCなし、かつ高効率部品を使わず90%以上の効率を出せるとはにわかに信じがたいが、90 Plus Goldバッジは90%以上を約束するものとは誰も言っていないので文句は言えないのだ……。
いざGeForce RTX 3090 2枚で検証
GeForce RTX 3090は、ゲーム用途で考えると価格やスペックのバランスが微妙な製品だが、マシンラーニングやクリエイティブ用途だと驚異のコスパを発揮する。価格と性能のポジションはTITANの位置にあるが、120%のパフォーマンスを無理やり詰め込んだ感はGeForceの「末番が90の製品」にふさわしい。
そして推奨電源容量750W以上で、電源容量が数値上十分でも安定駆動しないケースも稀に報告されるなどと、電源に対する要件が結構シビアである。実際RTX 3090は与えてさえすればTDP(Power Target≒100)以上の電力を余裕で食える。そのため、秒単位の平均電力こそ350Wに抑えられているが、じつはミリ秒単位の瞬間最大電力は、それ超えることがあるのだ。この挙動自体は、CPU含め一般的なのだが、そのスケールが大きいGeForce RTX 3090は、電源への要求がひときわ厳しい。
結論として、1,300Wで1万円の闇電源で40万円相当のビデオカードを燃やしたというオモシロ展開はなく、普通に安定稼働してしまった。ただ、それだけでは安心できないので、細かいところまで検証していくことにする。
検証に使うパソコン
- マザーボード: ASRock Z370 Gaming K6
- CPU: Comet Lake 6コア魔改CPU
- メモリ: G.Skill Ripjaws 4 16GB DDR4-3200
- SSD: Samsung PM951 256GB
- ケース: LianLi O11 Dynamic
- GPU1: Zotac RTX3090 Trinity
- GPU2: NVIDIA RTX3090 FE
今回はZOTACからGeForce RTX 3090 Trinityを借りて2枚構成にしているが、サイズのミスマッチで、SLIブリッジを装着できない。それ以前に、今の世代ではゲームでもマシンラーニングでもSLIを使うメリットは限定的だ。
筆者の使っているケースとマザーボードでは、RTX 3090の2枚刺しはエアフローが厳しいが、今回熱によるスロットリングは起きなかった。とはいえ、両面にVRAMを実装しているRTX 3090をこのように隣接して挿して長期運用するのは避けるべきだ。
まずは電力効率を確かめてみよう。本来であれば前回紹介した電子負荷装置で一定の負荷をかけるべきだが、180WまでのDL24では、1,300W電源の検証はできない。正確な出力側の消費電力を測れない以上、信頼できる効率データが公開されている電源と比較することでしか測れない。今回は筆者が常用しているCorsairのHX1200i(1,200W 80PLUS Platinum)と比較する。
負荷を掛けるためのベンチマークは、RTXコアも活用して、つねに両GPUを100%負荷、350W電力まで押してくれる「Octaneベンチ」を使う。CGのレンダリングは純粋なレイトレーシングの並列演算なので、RTX 3090が秀でるユースケースの1つだ。
1つ目のシーンのPath Tracingステップにて、コンセントからの消費電力を測った結果はHX1200iが776W、KoM電源が843Wになった。
消費電力 | 電圧 | |||
---|---|---|---|---|
アイドル時 | Octaneベンチ時 | アイドル時 | Octaneベンチ時 | |
King of Miner | 80W | 843W | 12.246V | 12.041V |
HX1200i | 88W | 776W | 12.252V | 12.086V |
おおよそ定格の6割の出力なので、HX1200iがCorsairのデータシートどおり92%効率だと仮定すると、システムの消費電力は714Wになる。逆算するとKoM電源の効率は約85%、80PLUS Bronzeと同レベルだ。なお、入力電圧が低ければ効率も落ちることは常識なので、100Vという世界一低い電圧の日本で高効率を求めるのは酷だ。KoM電源は、中国やヨーロッパの230V環境では90%以上の効率を出せるかもしれないので、メーカーにクレームを入れるほどハズレてはいない。
アイドル時の効率を比べると、むしろKoM電源のほうが優秀だが、おそらく低負荷ではあまり意味がないアクティブPFCを搭載していないことと、5Vと3.3Vが貧相なゆえに低負荷でのロスが少ないからだろう。
電圧はわずかな差があるものの、ATX電源の要件内に問題なく収まっている。だがこれだけでは安定供給されているかは判断できないので、オシロスコープでノイズを計測して見よう。
最大ノイズPeak-Peak | ||
---|---|---|
アイドル時 | Octaneベンチ時 | |
King of Miner | 103.7mV | 60.4mV |
HX1200i | 35.5mV | 47.9mV |
ここでもKoM電源は、低価格設計の影響が見られる。ATX規格の要求では、12Vのリップル(うねり&スイッチングノイズ)が120mV以下に対し、アイドル時のうねりこそ10mV弱だったものの、スイッチングノイズの最大Peak to Peakが103.7mVでぎりぎり合格ラインのレベル。負荷時にはうねり成分が強くなったが、最大Peak to Peakは60.4mVに下がった。
ちなみに、HX1200iはつねに10mV弱のわずかなうねりはあるが、Peak to Peakノイズはアイドル時35.5mV、負荷時47.9mVで余裕の合格だ。
今回のノイズの計測場所は、ビデオカードの挿し口付近で計測したが、Intelが発行しているATX規格の計測条件とは若干違う環境なので、100%正しい評価ではない。つまり場合によってはKoM電源は120mVを超えるノイズが乗る可能性を否定できない。
もちろん、パソコンパーツは電源ノイズが少しでも規格を超えると爆発するような作りではない。ただ、ノイズが大きいと受電側のコンデンサに負荷を掛けてしまい、パーツの寿命に影響が出てしまう。普通のパソコンで使う、またはマイニングでパソコンごと使い倒す分には良いのかもしれないが、KoM電源で超高価なパーツを常用するのはやはり避けるべきだろう。
良い意味でも(燃えなかった)悪い意味でも(90%効率は出ない)期待外れなKoM電源だが、ほとんどプレミアム製品しかない1,200W+のセグメントで低価格というニッチを満たしている。ゆえにマシンラーニング、CGレンダリングやシミュレーションファームなど、コスパ重視のミドルレンジ製品を大量に、ジョブが来るたびに動かす(マイニングの用に24時間稼動ではない)環境ではアリかもしれない。
2019年あたりに動物電源が終息してしまって、心に穴が空いている方には、ぜひおすすめしたい。