大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

実はVAIOノート505ユーザーだったノジマ社長。買収を経て「VAIOはもっといい方向に変わる」その理由とは?

ノジマ 取締役兼代表執行役社長の野島廣司氏。手に持つのはVAIO SX14

 「VAIOはマーケットシェアを取りに行く企業にはならない。お客様に喜ばれるPCを作り続けていく」。ノジマの野島廣司社長はこう語る。2025年1月6日に、ノジマグループがVAIOの買収を完了してから、約2カ月が経過した。

 VAIOのノジマグループ入りはPC業界では大きな話題となり、一部にはPCメーカーとしての独立性に懸念の声も上がった。だが、両社の発表ではVAIOの事業運営方針に変更がないこと、ノジマはVAIOの成長ポテンシャルをさらに引き出せるように支援する姿勢を明らかにしている。

 果たしてVAIOはこれからどうなるのか。ノジマの野島社長に、VAIO買収の狙い、そして、今後のVAIOについて聞いた。野島社長がVAIO買収について、単独インタビューに応じたのは今回が初めてとなる。

質の販売にこだわるノジマ、VAIOのモノづくりにシナジー

――冒頭から変化球のような質問になりますが(笑)、野島社長はVAIO製品を使った経験はありますか?

野島氏(以下敬称略) 「VAIOノート505」や「VAIOノートC1」を使っていましたよ。VAIOノート505は薄くて、軽量で、持ち運ぶのにはとても便利でしたし、VAIOノートC1はカメラが搭載されており、車での移動中に会議などを行なっていました。

VAIOノート505
VAIOノートC1

 今のように移動通信回線が整備されていなかったり、あるいは画質が悪かったりしていましたから、ずいぶん苦労はしましたね。当時は1日の多くの時間がVAIOと一緒でしたが、VAIOを移動中に使いすぎて、かなり目が悪くなった覚えがあります(笑)。

 約10年前からは、自分で資料を作ることが少なく、ビューワとしての利用に最適なiPadを持ち歩くようになったため、VAIOを使うことはなくなりました。ただ、VAIOを持っていると格好いいし、便利だし、とても重宝しましたよ。これからノジマグループの社員のPCも、VAIOに代えていくことになります。

――ノジマグループが、VAIOを買収した狙いはなんでしょうか?

野島 ひとことで言えば、シナジーが出しやすいと考えたからです。VAIOはPCブランドとして、付加価値を提案し、品質の高いモノづくりをする企業として高い評価を得ています。それは、ノジマグループのイメージとも合致します。

 ノジマのデジタル家電専門店(量販店)では、質を販売することにこだわってきました。ノジマの店舗には、予算と販売ノルマがありません。お客様に最適な製品をコンサルし、購入してもらうということを徹底し、お客様に喜ばれ続けることを大切にしています。

 VAIOには予算がありますから、その点では違いがありますが(笑)。お客様に喜ばれることを目指している点では、販売店とメーカーであっても同じ姿勢です。

 また、VAIOは法人向けビジネスが約9割を占めますから、その点でもシナジーが発揮できると考えています。ノジマグループの売上高のうち、デジタル家電専門店運営事業は約35%です。

 一方で、ITXやコネクシオ、アップビートといったキャリアショップ運営事業では、法人向け通信機器の販売では国内トップクラスの実績を誇ります。法人分野でのシナジーを大きく期待しています。

日本メーカーは「いいものを安く売る」ことからの脱却が必要

――VAIO買収の話は、いつごろから進めていたのですか?

野島 かなり前から話はありました。ノジマグループは、2014年に日本産業パートナーズから、ITXを買収した経緯があります。そうしたこともあり、同じく日本産業パートナーズが株式を持っていたVAIOの立て直しに関して、相談を受けることが何度もありました。

 私は、VAIOの方向性として、法人分野に特化したほうがいいというアドバイスをしていたのですが、それが実現できたことで、日本産業パートナーズから、正式に提案があったのです。それが2024年夏に近い時期です。

――以前からPCメーカーを傘下に入れたいと思っていたのですか?

野島 PCメーカーだけでなく、家電メーカーも持ちたいと思っていますよ。ただ、その際の条件は、そのメーカーが特徴を持っていること、優位性があることです。日本のメーカーは、長年に渡り「いいものを安く売る」ことを目指してきました。

 しかし、今はそれが成り立つ時代ではありません。価値がある商品はその価値に合った価格で売らないと、事業として成り立ちません。「いいものを安く売る」ことができなくなったときに、日本のメーカーは価格を上げても作り続けるという選択をせずに、価格が合わないから止めてしまうという選択を取りがちです。

 「いいもの」と「安く売る」ことを両立する姿勢が染みついていますから、安く売れなくなると、開発・生産・販売を止めてしまう。これはお客様に対して、とても失礼な話です。

 パナソニックが、Technicsのダイレクトドライブターンテーブルを止めると言ったときに、私は値段を上げてもいいから続けるべきだと言いました。デンマークのオーディメーカーであるオルトフォンではカートリッジの価格が10倍になっても、長年に渡り事業を継続し、お客様に喜ばれています。

 日本のメーカーは、こうしたところに踏み出していかなくてはなりません。VAIOは、この考え方ができるメーカーであり、しかも特徴を持ち、優位性を持っています。VAIOの開発者は、カッコいいPCを作り、高い価値を作ることにフォーカスし、努力をしています。ほかのPCメーカーにはない強みです。

VAIO SX14-R

 ただし課題は、これが社会に伝わっていないということです。多くの販売店が、VAIOの魅力を伝えきれていない状況にあります。たとえば、VAIOを一度使った人は、長年使い続けていることからも分かるように、VAIOの価値が伝わった人にはしっかりと評価されています。

 VAIOは、マーケットシェアを取りに行くのではなく、お客様に喜ばれるPCを作り続け、そのためにVAIOの価値をしっかりと伝えていく必要があります。

VAIOの方針に口出しはしない。会社がおかしな方向に行かない限り

――VAIOの買収では、どんなことにこだわりましたか?

野島 私が出した条件は、VAIOの山野正樹社長を続投させてほしいということでした。この話が出たときに、まず山野社長に会う機会を持ちました。話をしてみるとすぐに意気投合し、お互いの考え方にも共感するところがありました。

 山野社長が打ち出した商品理念や行動理念、従業員へのメッセージなどを見ると、ノジマグループの考え方と共通点が多く、とても合っていると感じました。私と考えていることがほとんど一緒でしたよ。

 ノジマグループのM&Aの基本姿勢は、買収した会社の従業員を守るということです。これまでのM&Aでも、従業員が幸せになることを目指し、それを実現してきたと自負しています。

 従業員を守るためには、買収した企業の中から、ノジマグループの考え方に合うプロパーの人をトップに据えるというやり方をしてきました。VAIOでも、山野社長に続投をしてもらうことで、VAIOの経営体制は何も変わらず、VAIOが目指す商品理念や行動理念にも変化がないということになります。

――ニュースリリースの中でも、VAIOの事業運営方針やお客様との関係に変更がないこと、VAIOの経営方針を尊重することが明記されています。これは野島社長がVAIOの経営には口を出さないということですか?

野島 今の考え方や経営方針が揺れ動かない限りは、山野社長体制で進めたいと思っています。基本的には口は出しません。山野社長には、80歳までVAIOの社長をやってもらい(編集部注 : 2025年3月10日で64歳)、日本の製造業の新たな価値を作ってほしいと言っています。

安曇野市の本社工場で製造されるVAIOノート

 しかし、業績が悪化したり、会社がおかしくなってきたりしたら話は別です。それでも口を出さないというのは、株主や従業員を裏切ることになりますからね。

 会社がおかしくなるというのは2つあります。1つは、お客様に嫌われることです。VAIOユーザーがVAIOを嫌いになるような経営になったときには、おかしくなったと判断します。製品の品質が悪くなったり、クレームが増えたり、お客様に嫌われることが増えてきたときには口を出します。

 もう1つは、従業員に嫌われるということです。お客様に嫌われるようになると、すぐに従業員からも嫌われるという状況が起きます。お客様や従業員に嫌われる経営にならない限り、私が乗り出していく必要はありません。

 山野社長には、毎年過去最高益と過去最高の売上を更新し続けてほしいと言っています(笑)。私も経営トップをしている期間だけ捉えれば今までも過去最高を更新し続けていますからね。

 ただし、近視眼的に、一気に成長することは求めません。少しずつの成長でもいいので、長く続く成長を目指してもらいたいと考えています。

ノジマの店舗でVAIOユーザーの拡大を狙う

――一方で、これまでと変わるところはありますか?

野島 ノジマグループには、ITXやコネクシオ、アップビート、そしてニフティといった企業がありますから、これらの企業とのシナジーを生み出すことは、新たな変化だと言えます。

 ネットワーク、スマホ、PCを組み合わせた法人向けの提案ができるのは、ノジマグループだけが持つ新たな強みになります。法人のニーズに合わせたキッティングやセッティングといった点でも差別化ができると思っています。

 また、ノジマの店舗を訪れたお客様からの声を、VAIOの開発チームや生産チームに届け、よりお客様に喜ばれる製品を作れるようになるのではないでしょうか。

――まずはどんなところからVAIOとのシナジーを追求していきますか?

野島 2025年3月から、ノジマのデジタル家電専門店の全店舗でVAIOの取り扱いを開始します。

 ここでは、ノジマ独自にVAIOの専用什器を新たに用意し、展示販売することになります。実は、VAIOの買収を発表してから、ノジマの店舗に来店するお客様からは、「いつからVAIOを扱うんだ」という問い合わせをずいぶんいただいています。

ノジマの店舗に設置される什器のイメージ

 これまでのVAIOは、代理店を通じた取引になり、私達の声が直接届きにくかったり、VAIOの開発者の意図や提供する価値が、私達に届きにくかったりということがあって、ノジマでは一部の店舗にしか展示をしていませんでした。

 ただ、グループ会社となったことで、そうしたことが解決でき、開発者と直接対話ができる環境が整ったと言えます。すでに、VAIOが講師となって、店員向けの勉強会を開催しました。お客様に安心してVAIOを購入してもらうために、しっかりと説明ができ、価値を販売できる体制を敷きます。

 自信を持ってVAIOを売ることを、店員自らが楽しみにしていますよ。私も、2024年12月に、長野県安曇野の本社工場を自分の目で見て、これならば、安心して買ってもらえるという確信を得ました。

長野県安曇野市にあるVAIO本社工場

 ただ、心配ごとが1つあるんです。VAIOでは、2025年3月に向けて、すでに多くの受注が入り、生産が追いつかない状態となっていることです。たとえば数百台用意してもらったとしても、約230店舗に展示したら、それで終わりです。もっと売るから、もっと用意してくれと言っているところです(笑)。

――これはノジマ向けモデルが作られるということにもつながりますか?

野島 それは考えていません。

安曇野でVAIO社員に伝えたかったこと

――安曇野の本社工場を訪れたときには、VAIOの社員に対してどんなことを言いましたか?

野島 最も強く考えていたのは、VAIOの社員が動揺しないようにすることでした。ノジマグループの事業方針が、VAIOの事業方針と、とても近いことを説明し、山野社長に経営を率いてもらうことも直接説明しました。

 そして、VAIOにはお客様に喜んでもらえるモノづくりを続けてほしいということも伝えました。経済安全保障の観点から、国内で生産するPCに対する関心が高まっています。VAIOが安曇野でPCを生産しているという価値はますます高まると思っています。

 それと、VAIOの安曇野本社の社員と話をしていて気がついたのですが、リフトアップヒンジは、VAIOの使いやすさを実現する機能の1つとして、先行したユニークなものですが、実用新案や特許を取っていないんですよ。

 VAIOの価値を分かる人に買ってもらうためには、こうした機能はしっかりと特許を取っていくべきだという話をしてきました。これがVAIOのブランドイメージを高めることにもつながります。

――VAIOは若い人への訴求が遅れていると感じます。依然としてソニー時代からのVAIOユーザーに支えられている部分もありますが……。

野島 その点では、今は学生向けのプランを考えています。ぜひ楽しみにしてください。

――VAIOでは、2025年度以降、海外事業を強化する方針を打ち出しています。先ごろ、VAIOが発表したのはノジマグループとは別の販売企業とのパートナーシップによるシンガポールへの進出でした。ノジマグループは、VAIOの海外戦略において、どんな貢献ができますか?

野島 シンガポールでの話は、買収の話が始まる前から進んでいたものであり、それはあまり気にしていません。

 ノジマグループ傘下には、シンガポールおよびマレーシアで家電および家具を販売するCourtsと、マレーシアではPCおよびスマホの販売ではナンバーワンの実績を持つTMTがあり、Galaxy ショップやOPPOショップの展開のほか、マレーシア唯一のHP直営店の運営なども行なっています。

 現場同士の意見が一致すれば、VAIOショップを展開することができるかもしれませんが、大切なのは、価値を正しく伝えるビジネスを行なうことです。海外でも、VAIOの価値を伝える姿勢は崩しません。

VAIOを日本の製造業の手本となる企業に

――ノジマグループのトップとして、今のグループ全体が持つ課題をどう認識していますか?

野島 ひとことで言えば、ノジマグループを立て直すということです。これは「本部主導の経営」から、「お客様主導の経営」、「従業員主導の経営」に変えるということを意味します。

 2024年2月から、現場の改革をスタートしているのですが、経営も現場も何から手をつけたらいいかが分からないという状態で、これがなかなか進みません。

 「お客様主導の経営」とは、お客様からいただいた声をもとに、それによってどんどん現場の改革を進めていこうというもので、実験できることはなんでもやってほしいと言っています。

 もともとノジマが特徴としていたのは、チェーンオペレーションはせずに、店舗ごとにバラバラで、独自性を持って運営するという手法です。これは世界中を見回しても、ノジマだけができるやり方であり、店舗の成長を支えてきました。

 それにも関わらず、本部主導の動きが出てきてしまい、結果として、経常利益が悪化しました。改革は進めてはいますが、目指すところからすれば、まだ50~60点のレベルです。もっと「お客様主導の経営」を強めていかなくてはなりません。

――そのノジマグループの中で、VAIOが目指すゴールはなんでしょうか?

野島 日本の製造業の手本になる企業になることです。それは、率先してマーケットシェアを取りにいく企業ではなく、製品の価値が分かるお客様に、その価値を提供する事業を行なえる企業です。ブランド価値を高め、マインドシェアを高め、買いたいと思ってもらえるお客様を増やすことができる企業です。VAIOはできる限りお客様の声を集めて、それをもとに進化をしていきます。ノジマグループの中で、VAIOはもっといい方向に変わりますよ。ぜひ期待してください。