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PCのグラフィックスはここまで進化した!「トゥームレイダー」を例に小話を挟みながら解説
2024年5月20日 06:17
PC Watch編集部から「ゲームグラフィックスの歴史的を『トゥームレイダー』で語って欲しい」というような依頼を受けたので、今回、こういう記事を寄稿している。
筆者は、1990年代、今はなき3dfxのGPU(当時は3Dグラフィックスアクセラレータと呼ばれていた)の「Voodoo」シリーズの熱烈な愛好家で、某PC誌に「無道者」(ブゥドゥもの)という連載をしていたほどのマニアだった。当時、そのPCで「トゥームレイダーI/II/III」をプレイしから、この作品シリーズのファンとなり、以降、スピンアウト作品を除けば、ほぼすべてのメイン作品をPC版でプレイしているほどなので、この依頼を快諾することにした。
日本でも認知度の高い「トゥームレイダー」の誕生
「トゥームレイダー」(Tomb Raider)は直訳すれば「墓荒らし」となる。
リアルタイム3Dグラフィックス黎明期に登場したゲームとして、「トゥームレイダー」は、世界規模で高い人気を誇り、そして本作の主人公のララ・クロフトは、ゲームに登場する女性キャラクターの中では、グローバル規模では群を抜いて知名度が高い。
当時、数あるゲーム作品の中で、ここまで突出できたのは、3Dグラフィックスベースのゲームとしてはまだ珍しかった「考古学アドベンチャー」を題材にしたことだったと思う。地味なイメージの「考古学」に、「ぶっ飛んだSF感とオカルト感」、「大冒険」、「大乱闘」を掛け合わせた物語といえば、大人気ハリウッド映画の「インディージョーンズ」シリーズがあるわけで、その「語り口」を3Dグラフィックスベースのゲームとして実現したトゥームレイダーシリーズは斬新だったのだ(2Dゲームでは「ピットフォール」などが存在した)。
それと、派手なアクションゲームのイメージのあるトゥームレイダーシリーズだが、初期作品は、一度に画面内に登場してくる敵キャラクターは限定的で、戦闘はおまけ程度。メインの攻略相手は「地形」(遺跡)であり、遺跡に仕掛けられたパズルをひたすら解いていき、最奥地にあるお宝を手に入れることが目的だった。このゲームデザインは、当時のそれほど性能が高くなかった3Dグラフィックスとも相性が良かった。
後に詳しく解説するが、トゥームレイダーはI(無印初代)/II/IIIの三部作が続けて大ヒットし、黄金期を築き上げ、その高い人気は、2001年にハリウッドに実写映画化を撮らせるほどであった。
初期ゲーム作品の「トゥームレイダー」のララ・クロフトは、やや強調気味の「分厚い唇」をまとった女性キャラクターだったが、これを「イメージぴったり」なアンジェリーナ・ジョリーが演じることになったときは、ゲーム・シリーズのファンの多くは歓喜したものだ。かくいう筆者もその1人である。
映画はそこそこのヒット作となり、2003年には続編も作られたほどの人気を博した。
アンジェリーナ・ジョリーは、この続編の「II」に主演して以来、20年以上、ララ・クロフトを演じていないにもかかわらず、依然と「ララ・クロフト=アンジェリーナ・ジョリー」の図式が日本で浸透しているのは不思議だ。きっと、女性お笑い芸人の「キンタロー。」さんのトゥームレイダーモノマネの恩恵が大きいのだろう(たぶん)。
ゲームの話に戻すと、シリーズ名の知名度の高さから、「トゥームレイダー・シリーズはさぞかし、栄光の歴史を紡いできた人気ゲームシリーズなのでしょうね」と思われがちだが、実は本シリーズは、想像以上に「苦労人タイトル」なのである。
ここまでしてきたトゥームレイダー小話を切り上げて、突然ゲームグラフィックス話に切り換えるのもなんなので、このまま「トゥームレイダー小話」を継続しつつ、そこに「その時代のゲームグラフィックス小話」を混ぜるフォーマットで進めていくことにしたい。
ちなみに、ハードウェア主体の「ゲームグラフィックスの歴史話」については、本誌PC Watchにおける筆者の連載枠で、面白おかしくわいわいとやっているので、そっちを読まれていない方は、ぜひ、先に下記リンクへのお目通しをお願いしたく思う。
そうそう、この後に続く、「トゥームレイダー小話」には、ゲーム内容に関するネタバレを含んでいるので、現在進行形でトゥームレイダーを楽しんでいる読者は、ゲームの方を終わらせてから本稿に戻ってきていただきたい。
Voodoo全盛期を駆け抜けたトゥームレイダーI/II/III(1996年~1998年)
「トゥームレイダー」シリーズの黄金期は、EIDOS傘下だった英Core Designが開発した初期シリーズ「トゥームレイダーI」(1996年)、「II」(1997年)、「III」(1998年)の三部作である。この三部作は、PCやMacのほか、ソニーの初代プレイステーション(1994年)など、当時の家庭用ゲーム機にも広く移植されて多くのファンを生んだ。
「I」から「III」の時代、PCでは、3Dグラフィックスの描画に際しては、頂点単位の幾何学(ジオメトリ)演算については、CPUが専任させられていた。そう、この時代、今で言うところのGPUには、ジオメトリ演算機能は搭載されていなかったからだ。
ちなみに、冒頭でも触れたように、当時は実際の3Dグラフィックス処理を担当するハードウェアを「GPU」ではなく「3Dグラフィックスアクセラレータ」と呼んでいた。
当然、「2Dグラフィックスアクセラレータ」も存在し、これは、Windowsの画面などを描画する専任ハードウェアであった。当時は、「2Dグラフィックスアクセラレータ」ではなく、「ビデオカード」(ビデオボード)と呼ぶことの方が多かった。
つまり、トゥームレイダー「I」をPCでプレイするためには、そのPCに、Windows画面を描画するためにビデオカードのほかに、別途「3Dグラフィックスアクセラレータ」の搭載が必要だったのだ。その意味ではこの時代、初代PS、セガ・サターンなどの3Dグラフィックス対応のゲーム機が4万円前後で販売されていた中で、十数万円以上するPCに、わざわざゲーム機本体分の「3Dグラフィックスアクセラレータ」を買い足してまで3Dグラフィックスベースのゲームをプレイするということは、今よりもずっと贅沢な楽しみであったといえる。
この時代、大人気を博した3Dグラフィックスアクセラレータは3dfxのVoodooシリーズだ。Windows 95が出たばかりの1995年当時、PCでまともに動作する3Dグラフィックス対応PCゲームの大半が1995年にリリースされた初代Voodoo Graphics(Voodoo1)を想定して制作されていた。トゥームレイダー「I」も、そんなタイトルの1つであった(CPUのみを使ってのソフトウェアレンダリングモードでも動作はしたが)。
この時代、DirectXは既に存在してはいたのだがその完成度は低く、この分野でスタート&ダッシュを決めた3dfxの3DグラフィックスAPI「Glide」の方をPCゲーム業界は本命視していた雰囲気があった。
「II」が発売された1997年頃から、2Dと3Dのグラフィックス処理を単一カードで処理できるビデオカードが発売されるようになる。この時代の人気を博した2D+3D両対応ビデオチップとして筆者はNVIDIA「RIVA 128」を思い出す。DirectXもDirectX 5となり完成度を上げており、この頃になると対応ビデオチップや対応ゲームも徐々に出てくるようになった。
「III」が発売された1998年は、NVIDIAが2D+3Dビデオチップ「RIVA TNT」を、3dfxは3Dグラフィックスアクセラレータの「Voodoo2」をリリース。DirectXは「6」にまでバージョンを上げていた頃だ。
DirectX 6は存在感を上げてはいたが、筆者の肌感では、まだ僅差で3Dグラフィックス処理専任のVoodoo勢が優勢の時代であったように思う。大げさでなく、この頃の3dfxは「Voodooにあらずんば3Dグラフィックスアクセラレータにあらず」と言われるほど、PCゲーミングにおいては栄華を誇っていたのだ。
さて、当時のゲームの3Dグラフィックスのスペックは、Voodooシリーズや初代PSを基準に設計されることが多かった。
Voodoo1は公称値で秒間35万ポリゴン(Pentium 90MHz使用時)、Voodoo2は秒間270万ポリゴン(Pentium 166MHz使用時)、初代PSは秒間18万ポリゴン(テクスチャマップ有効時)を訴えていたので、これらの値を60で割れば、60fps時の1フレームあたりに描画できる上限ポリゴン数が分かる。
計算して見るとVoodoo1で17,500ポリゴン、Voodoo2で45,000ポリゴン、初代PSで9,000ポリゴンということになる。ちなみに、2024年現在の現行GPUや現行ゲーム機では1,000万ポリゴン超(影生成用の不可視ポリゴンも含む)の描画が余裕である(笑)。
ちなみに「I」のララ・クロフトのポリゴン数はわずか230~250であった(動作対象機種による、以下同)。シーン全体で1フレームあたり数千ポリゴンという予算内では致し方ないといったところ。
そして「II」、「III」では、これが300~450ポリゴンまで増量された。
この時代の3Dゲームグラフィックスでは、ライティングは三角形の各頂点単位で行なわれ、そのライティング結果をグラデーションでポリゴンを塗りつぶす……というようなグーローシェーディングが採用されていた。
また、性能の低い3Dグラフィックスアクセラレータでは、各ポリゴンの代表点(たとえば重心位置)で行なったライティング結果の単色でポリゴンをベタ塗りにするフラットシェーディングが用いられることも多かった。
テクスチャマッピング処理は、その適用結果を滑らかに見せるテクスチャフィルタリングを適用しない「ポイントサンプル方式」しか利用できないハードウェアも多かった。
現在の技術視点から見れば、テクスチャマッピング処理が乱暴だったのが初代PSである。初代PSでは、テクスチャマッピングの際、視点から見た、画面内の各ポリゴンの傾斜に配慮しない(≒奥行き具合を無視する)「Affine Texture Mapping」を採用していたため、ポリゴンと視点の位置関係によっては、ポリゴンに貼られたテクスチャが大きく歪むことが多かった。
このあたりのに詳しい関心がある人は下の動画を参照すると楽しいだろう(動画出典)。
ちなみに、この時代、そうした「傾斜」(奥行き)に配慮したテクスチャマッピング(Perspective Corrective Texture-mapping)にハードウェアレベルで対応していたゲーム機には任天堂の「NINTENDO 64」(1996年)がある。
GPUの誕生とシリーズ革新を狙ったトゥームレイダーIV/V(1999年~2000年)
トゥームレイダー初期三部作が連続で大ヒットしたものの、用心深かった開発元のCore Designはマンネリ化を危惧し、「IV」では、サブタイトルを付けた「トゥームレイダー4 ラストレベレーション(英題:Tomb Raider IV: The Last Revelation)」(1999年)をリリース。この作品は、ツインテール姿のララ・クロフト少女期の描写から始まり、その成長の過程でララの考古学方面の師匠であったクロイ教授との冒険、すれ違い、そして対決がエジプトを舞台に描かれた。
ララは「IV」のラストシーンで生死不明となったが、その謎を残したまま物語が始まるのが「V」に相当する「トゥームレイダー クロニクル」(2000年)になる。「5」はなんと「ララのお葬式」から始まり、そこに集まった、かつてララと親交のあった人物達が、「ララの活躍」を回想していく……という切り口で描かれた。
「IV」のラストで奈落の底に落ちたララ。彼女の生存を信じて疑わないクロイ教授は、実は「V」の閉幕後、再びエジプトに出向いて砂漠を掘り起こすも、「結局、ララは自力で脱出してましたとさ」という説明がなされて、教授だけでなくファンもビックリ。ララとクロイ教授とのすれ違いは、ララの精神の暗黒面を強めていく。また、シリーズのファン達は開発元に「あの生死不明の“引っ張り演出”に対する深掘りはないんですね……」という不信感を募らせていく(笑)。
最新グラフィックス技術に対応しなかったIVとV
トゥームレイダーシリーズは「IV」と「V」も、ゲームエンジン的には、I/II/IIIの初期三部作のものを継続的に活用していたが、3Dグラフィックスアクセラレータの性能が上がったこともあり、「IV」、「V」ではララの3Dモデルは500ポリゴン程度に引き上げられている。
「IV」が発売された1999年には、NVIDIAが「GeForce 256」を発表しており、これが、NVIDIAにとって最初のGeForceブランド製品となっただけでなく、世界初の「GPU」製品でもあった。
そう、これまでCPUが担当していた幾何学演算処理系を、このGeForce 256から「ビオカード」側で受け持つことができるようになったのだ。この「CPU要らずの幾何学演算」機能は「ハードウェアT&L」(Tranform&Lighting)と呼称され、この仕組みをWindowsから利用できるようにするDirectX 7もほぼ同タイミングで発表された。
NVIDIAは「PCプラットフォームに対し、新しい3Dグラフィックスハードウェア時代を切り拓いた」として、従来の「3Dグラフィックスアクセラレータとは異なってるぞ」というブランディングもかねて、GeForce 256を「GPU」(Graphics Processing Unit)と呼称することを推進。実際、この呼び名は、業界とユーザーにも浸透することとなった。
トゥームレイダー「V」が登場した2000年には、NVIDIAが世界初のプログラマブルシェーダーアーキテクチャ対応のGPU「GeForce 3」を発表し、マイクロソフトは、これをサポートするDirectX 8をリリースする。
この時代になると、栄華を誇った3dfxは勢力を弱めており、3DグラフィックスAPIもDirectXの方が業界スタンダードを勝ち取っていた印象だ。なお、2000年には栄華を誇った3dfxはNVIDIAに吸収合併されてしまう。
技術動向が目まぐるしく動いた1999年~2000年に発売されたトゥームレイダー「IV」と「V」だったが、これらの作品は、ゲームエンジンに大きな進化がなかったこともあり、「ハードウェアT&L」と「プログラマブルシェーダー」のいずれにも対応していなかった。
当時、最上級グラフィックスを纏ったトゥームレイダーVI(2003年)。しかしゲームの評価は低く……
「マンネリ化の打開」……これに取り憑かれたCore Designは、さらならる新展開を求めて、「VI」に相当する「トゥームレイダー 美しき逃亡者(英題:Tomb Raider VI: The Angel of Darkness)」(2003年)をリリースする。
ララは、かつての師匠のクロイ教授とは「IV」、「V」の経緯もあって絶縁状態にあったが、クロイ教授からの提案でフランス・パリで再会することに。しかし、クロイ教授は、ララとの会合中に、何者かの手によって殺害されてしまう。「VI」では、殺人容疑をかけられて逃亡者となったララが、自らの潔白を示すために、警察の捜査から逃れつつ、怪しげなオカルト犯罪組織の一味に挑んでいくというストーリー展開が描かれる。
トゥームレイダー好きの間で「VI」を語る際に高確率で話題に上るのが、シリーズ初の準主役級の男性プレイアブルキャラクター、カーティスである。念力で投擲武器を操る、イケメン超能力者で色男のカーティスは、これまで恋愛感情とは無縁だった「鉄の女」ララから、小さじ一杯ほどの「女心」を引き出すのだ。しかも、「VI」ラストシーンでは「ララ&カーティス」の新コンビ誕生も“まんざらではない”的な余韻を残しながら終了する。
「逃亡者」×「イケメン超能力者」というとんでも展開に当時の筆者は「ナンダコレ」感が拭えなかったが、今改めて振り返ると「VI」の切り口自体は悪くなかったのかもしれないと思い始めている。しかし「VI」は、ゲームそのものの未完成感が否めなかった。
実際、ゲームそのものに対しては世界中のファンから「シリーズ歴代最低の評価」を喰らってしまい、売り上げも芳しくなく、この結果を受けて開発元のCore Designは閉鎖されてしまう(事実上の倒産)。
「シリーズのマンネリ化」を嫌い、新しい試みをいろいろと盛り込んだ「IV」、「V」、「VI」だったが、逆にこれがファン達に「トゥームレイダーが迷走を始めた」……そんな印象を与えてしまったように思う。筆者も「IV」、「V」、「VI」は「トゥームレイダーの暗黒期」というイメージを抱いている。
ストーリーがイマイチでもグラフィックスは最上級クラス
しかし、「VI」は、当時としては、最上級クラスの3Dゲームグラフィックスを実現していたことを筆者は忘れていない。
そう、トゥームレイダーシリーズとしては、初のプログラマブルシェーダー技術に対応したゲームグラフィックスを採用していたのだ。
ざっと「VI」に搭載されたプログラマブルシェーダー技術によって実装された新表現群を列記してみると……
- ハイダイナミックレンジ(HDR)レンダリング
- 1ポリゴン未満の微細凹凸を疑似表現する法線マッピング(バンプマッピング)
- 奥行き方向だけでなく、地面や水面に立ち込める霧を表現する高さフォグ(ハイトフォグ)表現
- ピンボケ効果を表現する被写界深度表現
- 水面に対する屈折表現
- リアルタイムキューブ環境マップ生成による、動的キャラクターを含めた鏡像や映り込み表現
など、挙げればキリがないほどなのだ。
PS3(2006年)の発売よりも3年も前に出た「VI」は、既にPS3時代の3Dゲームグラフィックス要素を先取りしていたと思う。せっかく開発したこの新エンジンは、本作で活用されたのみで破棄されることになる。
1つ補足すると「VI」における影生成は、今なお活用されているデプスシャドウ技法の方ではなく、高い互換性と低負荷に優れた投射テクスチャマッピング技法を採用していた。そのためセルフシャドウ表現はなし。ここは「VI」の卓越した3Dグラフィックス表現の中で唯一、手を抜かれた部分という印象だ。おそらくパフォーマンス面で妥協したのだとは思う。
ちなみに、この「VI」では、ララのポリゴン数は4,400にまで増量されている。
そうそう。「VI」にはオーパーツ的な「とんでも機能」が実装されていた。
それは、自由度がとんでもないアスペクト比設定とマルチモニター描画機能だ。今で言うウルトラワイド描画はもちろん、ゲーム画面を複数のモニターに対して、異なるアスペクト比、異なる解像度で同時リアルタイム描画できる機能も搭載しているのだ。なんで、こんな機能が搭載されているのかは、全く謎である。
開発はCoreDesignからCrystal Dynamicsへ(2006年~2008年)
Core Design閉鎖後、トゥームレイダーの版権は、親会社のEIDOSに引き取られ、その後、開発はアメリカのCrystal Dynamicsに引き継がれる。そして同時に、CoreDesignが手掛けたオリジナルシリーズ6作品は「未完」のままに終了が宣言される。ララがイケメン超能力者カーティスと再会することはもう今後絶対に叶わないし、彼女は「鉄の女」に戻るのであった。
Crystal Dyanmicsは、原点回帰で、トゥームレイダーシリーズを「いったんリブートさせる方針」を決断。
そのリブート1作目が「トゥームレイダー: レジェンド」(2006年)になる。
本作では、CoreDesignのオリジナル6作品で深く語られることがなかった「ララの母親」の謎に迫る新シリーズがスタートする。
ララの父親が「何かに没頭していた」的な描写は、オリジナル6作品にも幾度かあったと思うが、実はそれは「失踪した妻(ララの母親)」を探していたという設定がなされる。リブートシリーズはオリジナル6作品とは基本無関係というスタンスをとりながらも、オリジナルシリーズのファンも、すんなり入り込めるこの「新テーマ設定」は悪くなかったと思う。
また、ララに「ライバルの美人考古学者」アマンダを設定したのも面白かった。しかも、ララの大学時代の同級生で1度、ララと冒険を共にするも、ヘマをやらかして生死の狭間を彷徨い、ララへの逆恨みの念が爆発して、精神崩壊気味のメンヘラ女と変貌した……という設定もイマドキで胸熱である(本作冒頭でプレイアブルシーンで描かれる)。
本作「レジェンド」は、ゲームの完成度も高く、リブートは成功したように思えた。
続くリブート2作目は驚きのリメイク作品となる。それが、トゥームレイダー黄金期のCore Designオリジナル作品1作目を、その当時の最新技術でリメイクした「トゥームレイダー: アニバーサリー」(2007年)になる。
オリジナル版にも登場した、あのアトランティス文明の生き残りの女マッドサイエンティスト、ナトラ姉さんもほぼそのままの設定で再登場し、ファンを喜ばせた。
この作品は、単体作としてみるとよくできたゲームではあったのだが、せっかく前作「レジェンド」で、「ララ対アマンダ」、「ララの母親失踪の謎」を盛り上げたのに、その流れをせき止めてしまった感があった。
リブート3作目「トゥームレイダー:アンダーワールド」(2008年)では、再び、「母親失踪の謎」を巡り、アマンダとの再対決が描かれる。さらには「アニバーサリー」に登場した敵役ナトラも、今回は厄介なお邪魔虫として暗躍。「敵の敵は味方ですわよ!」的にララがアマンダと共闘する場面もあったりして、少年漫画的な熱血沸騰な盛り上がりも見せた。
間に「1のリメイク」を挟んで、リブート新シリーズの盛り上がりに水を差した感があった割には、本作はファンらにも高く評価され、200万本以上のヒット作となる。
時代はプログラマブルシェーダーへ
「VI」の時代と比較してCPUやGPUは、PS2世代の頃と比較すればだいぶ進化していたこともあり、「レジェンド」、「アニバーサリー」では、画面を構成するポリゴン数やテクスチャ解像度などは増加している。なお、「レジェンド」、「アニバーサリー」に登場するララの3Dモデルは約9,800ポリゴンにまで増加している。
開発に用いられたゲームエンジンは、Crystal Dynamicsが手掛けた人気シリーズ「Legacy of Kain: Soul Reaver」(1999年)の開発から用いているゲームエンジンの最新版を活用。
「レジェンド」、「アニバーサリー」の2作品は、それぞれの発売年こそPS3の時代に突入してはいたが、プログラマブルシェーダー技術の活用がやや限定的であったように思う。おそらく、開発に用いた「Legacy of Kain」エンジンがPS2世代のゲーム機を想定したもので、基本設計の古さが足を引っ張ったのではないか、と筆者は考えている。
実際、「レジェンド」、「アニバーサリー」の2作品はゲームの内容こそ「VI」を上回ってはいたが、各グラフィックス要素の表現力、品質自体はPC版の「VI」の方が優れている部分も散見されたほど。
そうした評価を受けてか、「アンダーワールド」では、当時のCrystal Dynamicsの最新技術を集結したゲームエンジン「CDCエンジン」(CDC:Crystal Dynamics Core)が新規に開発される。グラフィックスエンジンも刷新。完全にプログラマブルシェーダー技術の活用を前提とした新設計となった。
結果、CDCエンジンは、当時のPS3世代のゲームグラフィックス(≒DirectX 9世代のプログラマブルシェーダー技術を活用したグラフィックス)基準に到達していたように思う。具体的には、「アンダーワールド」では、以下のようなグラフィックス表現を見て取れる。
- 複数のテクスチャをレイヤーで重ねることで行なう、動的な「汚れ」、「染み」、「濡れ」、「破れ」の表現
- シーンの間接光を球面調和関数に事前計算で焼き込んでおき、これを動的キャラクターに適用していく大局照明技術
なお、ララのポリゴン数も、一気に32,000ポリゴンにまで増量された。
余談だが、筆者は、「アンダーワールド」の時の「ゲームらしいポリポリな顔立ちと、リアルな人間的な顔立ちの中間表現」のララが好きである。
もう1回リブートしていいですか!?(2013年)
原作アレンジと新要素がほどよくミックスされた「レジェンド」、「アニバーサリー」「アンダーワールド」からなるリブート3部作。人気も上々だったのだが、ここでトゥームレイダーに思いもよらない不幸が訪れる。
実は販売元のEIDOSが大赤字に陥っていたのだ。結局、経営難となった同社は、抱えていたタイトル版権やブランドを、日本企業のスクウェア・エニックスに売却することとなる。その後、トゥームレイダー新作は5年ほど途絶えるのであった。
親会社をスクウェア・エニックスに変えたCrystal Dynamicsは、その後のトゥームレイダーシリーズに対し、思い切った決断を下す。
「もう1回リブートします!」
「アンダーワールド」で「母親失踪の謎」は解明できた(あれで納得するララは凄いけど)とはいえ、「ライバル・アマンダとは今後どうなっていくの!?」という期待感はあったと思うのだが、Crystal Dynamicsが描いた新3部作はひとまず終了とされ、再び新生トゥームレイダーがスタートするのであった。特に根拠はないが、この判断には、親会社のスクウェア・エニックスが大きく関与したのではないか、と筆者は想像している。
ということで、スクエニ・リブートシリーズ1作目が、そのものずばり! サブタイトルなしの「トゥームレイダー」(2013年)となった。なお、本作は初期オリジナル版と区別するために「Tomb Raider 2013」と呼称されることが多い。
ララ・クロフトのデザインも、親会社の影響をうけてなのか、「厚ぼったい唇」は消え失せ、均整の取れたファイナルファンタジー風の美女へと変貌。「鉄の女」設定も改まって、考古学専攻する大学院生あたりに設定された。
ストーリーも「大学の考古学研究チームを載せた船舶が海難事故に遭い、乗員の若者一行が、謎の島に漂着する」という、2010年前後に流行していた「ティーンエイジャー・サバイバル冒険譚」スタイルをインスパイアード。
ゲーム自体は、現地調達の素材で道具を作成するクラフト要素や、戦闘などで獲得した経験値をスキルアップグレードに変換するRPG要素を搭載。また、ゲーム展開は、当時、同ジャンルゲームの直接的なライバルだった「アンチャーテッド」シリーズを意識したような「ゲームフィールドがダイナミックに崩壊していく演出」を貪欲に導入。
……というわけで、新生トゥームレイダーは、色んな意味で「スクエニ・プロデュース」な作品として仕上がっていたと思う。
PC版は髪の毛の表現が驚異的に
本作の発売は2013年。2013年と言えば欧米でのPS4の発売時期に近いのだが、開発はその前からスタートしていたこともあり、メインターゲットはPS3、Xbox 360として開発されていた。もちろん、すぐのちにPS4、Xbox One版もリリースされている。
ただ、そんな事情もあってか、採用ゲームエンジンは「アンダーワールド」と同じCDCエンジンとなっていた。
よって、レンダリングエンジンは「アンダーワールド」と同じ、従来的なアドホックなアプローチによるマテリアル表現が引き続き実践された。つまり、PS4世代のゲームグラフィックスでは標準的な技術となった「物理ベースレンダリング」(PBR:Physically Based Rendering)への移行は、次作までお預けとなってしまった。
とはいえ、プログラマブルシェーダー技術の活用は「アンダーワールド」よりも一段進んだものになっている。その最たる例が、毛髪表現だ。
本作PC版に限り、ララの毛髪は、当時の定番の毛髪表現手法であったリボン状のテクスチャ付き板ポリゴン(バナナリーフ法)ではなく、実際の人間と同様に線分で表現するアプローチを採用したのだ。
このAMDと共同開発した毛髪表現は「TressFX」(Tress:毛髪、FX:特殊効果)と名付けられた。
本作のララの3Dモデルの総ポリゴン数は35,000で、TressFXで表現されたララの毛髪の本数は7,014本と発表されている。
毛髪の一本一本は16頂点からなるスプライン曲線として制御され、描画時にはComputeShaderで毛髪1本は15個のクアッド(四辺形)として描画される。なのでつまり、毛髪1本は30ポリゴン(1クアッドは2ポリゴンで表現されるため)として描画される。毛髪のシミュレーションは7,014本の毛髪1本1本に対して個別に行なわれるが、描画時には、1本あたりの毛髪を3本に複製増毛して描画されるため、本作の毛髪は
- 7,014本×3倍×30ポリゴン=631,260ポリゴン
相当ということになる。ララの毛髪は、ララの身体の約18倍のポリゴン数ということになるのだ!
新エンジン開発でスクエニ・リブートシリーズは最終章へ(2015年~2018年)
続く「ライズ オブ ザ トゥームレイダー」(2015年)では「ララの父親」が研究していた「不死の泉」の探索へ挑む冒険が描かれる。このスクエニ・リブートシリーズでは、サブテーマとしてやんわりと「謎の死を遂げたララの父親」を取り上げていたが、本作から「その謎の核心」に迫っていくことになる。しかも、本作では「その死」の直前から「よい仲」だったという、ララの父親の「内縁の妻」(二号さん)的なアナが登場。雪の女王より怪しげなアナの正体は……実は……!!
そして、本作でもララの「相棒キャラ」として気の優しい大男ジョナが登場。過去作では、ララの相棒は全員、影が薄かったが、スクエニ・リブート版では、前作から引き続き、ジョナを登場させることでその設定を改める努力をしているように見受けられた。
また、本作では、この手の「考古学アドベンチャー」ではもはや定番ともいえる、「考古学に執着するカルト集団」としてトリニティが登場。執拗にララのお宝探しを妨害してくることになる。
そして、親会社スクエニ体勢となって3作目、事実上のシリーズ最終作(今のところ)となっているのが「シャドウ オブ ザ トゥームレイダー」(2018年)だ。本作でも、引き続き、カルト集団「トリニティ」とのお宝探し競争が継続される。
本作では、オカルト系都市伝説としても有名な「マヤの世界終末論」(2012年人類滅亡説)をテーマに、世界を再構築すらできるという「超文明の箱」の奪取をトリニティと争うことになる。
本作では、これまで“か弱かった”はずの女子大生(大学院生?)のララが、段々とオリジナルシリーズの無敵の「鉄の女」へと変貌していく様が描かれる。特に、このシリーズでは「父親?」、「兄?」代わり的な相棒のジョナが生死不明となった際には、映画「地獄の黙示録」も真っ青な狂戦士ララへと変貌し、無慈悲にトリニティ教団の連中を殺戮しまくる姿を披露。筆者は初見プレイ時、この過激アクションに驚きを通り越して笑ってしまった。
本作ラストでララは現代文明を滅亡から救い、ジョナも「自分のいるべき場所」を見つけ、そして「父親の死の謎」にも片を付けたところで、このスクエニ・リブートシリーズは完結を迎えるのであった。
ララのポリゴン数が大幅に増え、物理ベースレンダリングも
本作の想定プラットフォームがPS4に移行したことで、ポリゴン予算はさらに上昇。ララの3Dモデルは20万ポリゴンに跳ね上がっている。もちろん、毛髪は別予算である(笑)。
「ライズオブ~」、「シャドウオブ~」は、Crsytal Dynamicsが新開発したゲームエンジン「Foundation」を用いて開発が行なわれた。
グラフィックスエンジンも、PS4世代のGPUを想定して刷新。念願の物理ベースレンダリング(PBR)システムを実装した。
PBRとは、表現対象の材質に対して全方位から白色光をあてて、その反射率や反射特性を事前に測定してテクスチャパラメータ化しておき、実際のレンダリング時には、このテクスチャを活用し、エネルギー保存の法則を意識しつつライティングとシェーディング演算を実践する手法だ。先進技術に取り組んでいた開発スタジオの中にはPS3世代から実用化していたところもあるが、本格的に普及と採用が進んだのはPS4世代のゲーム開発から。
この技術の採用により、すべての材質が、朝昼夕の日照条件、月夜の淡い光、人工照明に対しても、現実世界にほぼ同等の発色、陰影を返すようになる。つまり「リアルに見せるため」に、シーンごとの細々としたライティング調整や材質の入れ替えがほぼ不要となるのだ。また、この技術によって現実世界での照明の知識をそのままゲーム世界で生かすこともできるようになるのであった。
PBRの採用に加え、「ライズオブ~」、「シャドウオブ~」では、従来の点光源、平行光源以外に、環境マップテクスチャを光源として扱ってライティングするイメージベースドライティング(IBL)に対応しており、静的な情景下においては、かなりリアルな陰影を返せるようになった。
また、人肌を初めとした半透明材質のライティングについては、ついに疑似表面下散乱(Subsurface Scattering)への対応を果たす。これにより人間キャラクタの人肌表現が一気にリアルとなっている。これもPS4世代ではスンダードな技術である。なお、毛髪表現については引き続き、AMD TressFXが採用された。
「シャドウオブ~」の方では、PC版に限り、影生成についてのみ、ワンポイントでリアルタイムレイトレーシング技術に対応した。鏡像生成や間接照明についてはリアルタイムレイトレーシング技術への対応は見送られた。
トゥームレイダーは、またリブートする!?
スクエニ・リブートシリーズが完結して数年後の2022年5月。スクウェア・エニックスは、EIDOSから取得していた「Tomb Raider」シリーズ、「Deus Ex」シリーズ、「Thief」シリーズ、「Legacy of Kain」シリーズなどのブランドIPを、スウェーデンのEmbracer Group ABに売却した。なお、このタイミングでトゥームレイダー開発元のCrystal DynamicsもEmbracer Group AB傘下となっている。
その後、スマホゲーム「Tomb Raider Reloaded」(2023年)、見下ろし型視点のスピンオフ作品「The Lara Croft Collection」(2023年)、Core Design黄金期のトゥームレイダー1,2,3のリマスター作品「Tomb Raider I~III Remastered」(2024年)が発売されたが、本流トゥームレイダーの後継作は2024年春時点ではまだ出ていない。
ただし、2022年12月にCrystal Dynamicsが、「Unreal Engine 5」ベースでトゥームレイダーの新作を開発中であることをアナウンスしているので、期待は持てそうだ。正式なタイトル・アナウンスはまだないが、いちおうスクエニ・リブートシリーズの世界観を引き継ぐことがほのめかされているようだが詳細は不明。「シャドウオブ~」から時間がだいぶ空いてしまっているので、3度目のリブートと言う可能性も否定できないだろう。カーティスやアマンダとの再会があれば胸熱なのだが(笑)。
リブートといえば、映画版「トゥームレイダー」も、アンジェリーナ・ジョリー主演の作品シリーズから、ひっそりとリブートされているのをご存じだろうか。
新シリーズのララはアリシア・ヴィキャンデルが主演しており、内容的にはエピソードゼロ的な若かりし頃のララクロフトを描いたものとなっている。映画のタイトルは「トゥームレイダー ファースト・ミッション」(2018年)で、ストーリー/テーマ的には、スクエニ・リブートシリーズの1作目と同じ「邪馬台国の秘密」を踏襲したものになっている。
評価は残念ながら賛否両論といった感じで、アンジェリーナ・ジョリー主演作ほどはファンに強い印象を与えられなかったようだ。この映画の続編は企画されてはいたものの、現在は消滅してしまったとされている。
また、この原稿の執筆を完了して間もないタイミングでAmazon MGM Studiosによってトゥームレイダーの実写ドラマの制作がスタートされたことが報じられた。詳細はまだ、不明だが、こちらも「新たなリブート企画」として、そのの公開が楽しみである。
トゥームレイダーは好きなシリーズなので、つい力が入って、つい一杯、書いてしまったが、この「ゲーム小話」×「ゲームグラフィックス解説」のフォーマットの記事は、ほかの方が書いたものも読んでみたい気がする。ただ、執筆は、想像以上に疲れて大変だったので、担当される方は覚悟して挑んでください(笑)
基本的に本稿は、筆者自身の取材とゲーム体験に基づいているが、一部、筆者の知らなかった情報については以下のサイトを参考にさせていただいた。
https://www.virtuallara.com/
https://tombraider.fandom.com/wiki/Tomb_Raider:_Underworld/Screenshots