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「レイバー」っぽい巨大人型重機が鉄道インフラを守る未来。京都鉄博で漫画家ゆうきまさみ氏も操作体験
2022年9月28日 06:20
双方向力制御で遠隔操作できる巨大人型ロボ「零式人機ver.2.0」
京都鉄道博物館で2022年9月19日から10月2日まで期間限定で「多機能鉄道重機」特別展示が行なわれている。展示されているのは西日本旅客鉄道株式会社(JR西日本)、日本信号株式会社、そしてロボティクス・スタートアップの株式会社人機一体が開発中の「零式人機ver.2.0」。電気設備作業を行なう人型重機と鉄道工事用車両(軌陸車)を融合させたロボットだ。
土日祝日には動作デモも行なわれている。デモでは点検作業などをイメージしてスポンジの棒の受け渡しのほか、巨大な切符の検札風の動きも披露される。見学者から各2名ずつが選ばれて、ロボットに棒を渡したりできる。
人機一体のいう「人機」とは「人間-機械 相乗効果器」の略。ロボットの肩幅は120cm、腕の長さは約1.7m。可搬重量は片腕20kgほど。構造部材は高強度樹脂製で3Dプリンタを使って作られている。ブラシレスDCモーターが使われており、非常に高精度なエンコーダで関節角度を計測し、トルクセンサで力を計測している。それによって非常に滑らかに外力に反応できる。
高所作業車の先端につけて、15mまで伸ばせる。それによって高所に設置されている多様な設備の点検や整備などを行なうことができる。操作は地上の車両からVRゴーグルと専用コントローラを使って行なうため、安全な地上にいながら高所の作業が可能となる。遠隔操作装置「人機操作機 ver.5.0」によって操縦者の操作とロボットの動きが連動するだけでなく、人機一体の独自の力制御技術「「プロクシベースト・アドミタンス制御(Proxy-Based Admittance Control:PBAC)」によってロボットが受ける重みや反動を操作者にリアルタイム・フィードバックできることから、誰でもすぐに直感的操作が可能とされている。片腕の自由度は7。
なおデザインは家族型ロボット「LOVOT」などでも知られる、znug design(ツナグデザイン)の根津孝太氏。オレンジのラインは力の流れを表現している。
現在、人手で行なっている作業には、その場その場で判断しなければならないことも多く、完全な自動化は難しい。そこで汎用なロボットを人が遠隔操作することで、人手作業を機械化することを目指している。JR西日本では、作業員の約3割削減など生産性を向上させると同時に、感電や墜落などの危険作業をなくすことが目標となっており、2024年春には実用化・営業線での導入を目指すとされている(2022年4月15日付けリリース)。
「パトレイバー」のゆうきまさみ氏と金岡博士のトークショー
9月25日には「多機能鉄道重機」特別展示に合わせて『機動警察パトレイバー』などで知られる漫画家ゆうきまさみ氏が来館。開発者である人機一体・金岡博士(かなおか はかせ)とトークショーを行なった。トークショーは2回に渡って行なわれたが、本記事では2つの内容を1つにまとめてレポートする。金岡博士は今回のトークショーにあたって、私物の単行本や設定資料集を並べて臨んだ。
『機動警察パトレイバー』はクリエイターユニット「ヘッドギア」によるメディアミックス・プロジェクト。1988年にリリースされた一連のOVA(オリジナルビデオアニメ)作品と、ゆうきまさみ氏による漫画連載(1988~1994年)が並行する形で進められた。超電導技術をベースにした「レイバー」と呼ばれる巨大ロボットが重機のようにさまざまな作業用途に日常的に用いられている架空の1990年台の日本を舞台にした作品で、レイバーを使った犯罪「レイバー犯罪」を取り締まる警察のレイバー隊(パトレイバー)とその隊員たちの活躍と成長を描いた物語だ。現在も根強い人気があり、新作アニメとして『機動警察パトレイバーEZY』の制作も進行中である。詳細は公式サイト参照。
「パトレイバー」は、それ以前のロボットアニメに比べて「リアル」だと言われている。現代日本を舞台とし、土木機械や自動車の延長線上として巨大ロボット(レイバー)を描いた。だからレイバーにはナンバープレートも付いている。日常のなかにロボットが溶け込んだ世界観は今でも多くの人に刺激を与え続けている。ゆうきまさみ氏はもともと「普段の生活に役に立つ巨大機械はできないか」と思って「レイバー」を発想したという。
金岡博士の人機一体は「人間の手で行なっている重労働=苦役をなくすこと」をミッションとしている。高校生のときに「パトレイバー」と出会い、当時「これならば今ある技術の延長線上で何とか実現できそうだ」と考えたという金岡博士は、土木機械としてのレイバーには実は強い影響を受けたと語った。また、「パトレイバー」が単にロボットだけではなく、そこにレイバーが存在する理由として、巨大地震後の復興と土木事業の急速な拡大など社会情勢も設定していたことも相まって「現実的な夢を見せてくれた」点は大きかったと述べた。
人機一体では、東日本大震災の時にロボットが活躍できなかったことをロボット研究開発の1つの理由としている。その点でもパトレイバーには共感できるという。金岡博士は「東日本大震災のときに『レイバーが欲しい』と思った。災害のときに普段土木作業で使われている機械が災害救助で役に立つのは自然。『ここにレイバーがたくさんあったら役に立つのにな』と思った。『次』はあってほしくはないが、もし次の震災があったら、我々がレイバーを出せるようにしたい」と語った。
金岡博士らは当初は人の力を直接増幅するパワードスーツを開発しようとしていた。だが実際にやってみると実現が難しく、現実的な方向はむしろ「レイバー」だったと思い、重機としてのロボットを作るべきだと考えるに至り、今の「零式人機」を作ったという経緯があるという。
「パトレイバー世代」は「作る」だけではなく社会での「実用化」を考える
漫画原作から30年以上が経って、曲がりなりにもレイバーっぽいロボットができたことについてどう思うかと司会から問われたゆうきまさみ氏は「気分としては、このロボットをここでも見た、あそこでも見たとなったらやっと来たと言えるのではないか。だからあと10年後くらいかな」と感想を述べた。
一般メディアでは大型ロボットができると「ガンダム」と言われがちで、「パトレイバー」と言われることはあまりない。しかしながら金岡博士によると、現在のロボット研究の中心世代は「ガンダム」世代から「パトレイバー」世代へとシフトしており、ヒューマノイド開発においても、単に「作る」だけではなく「実用化したい」という機運が高まっているという。フィクションから影響を与えていることについて、ゆうきまさみ氏は「それほど影響あったのかなあと思うけれども、影響が出てくるのであれば嬉しい」とコメントした。
金岡博士は私物の「パトレイバー」の設定資料集を広げ、「関節構造やアクチュエーターの配置、操縦席のレイアウト等は参考にさせて頂いている」と紹介。ゆうきまさみ氏は「設定資料集がこういう研究に役に立ったということがびっくり」とコメントしつつ、「小さなロボットの中に人をおさめるところは、デザインができあがる前に一人でノートにいくつも絵を描いて、何とかこのくらいの大きさに収まらんんものかと苦心した記憶はある」と述べた。そして「でも私もデザインの出渕さんも現実のメカには、まるで弱い」と続けると、会場は笑いに包まれた。
金岡博士は「フィクションでもメカはメカなので、『こうやったら動くだろう』ということが形になっていることが大事。我々も実際には作ってみないとわからない。こういう形で考えられたものは論文と同じように過去の重要な成果として参考にするべきもの」と評価した。
作業ロボットが人型である技術的・社会的理由は?
ロボットが社会の中で存在する理由も設定されている点が「パトレイバー」の魅力の1つだ。金岡博士はコミックス4巻の後藤隊長のセリフを引用しながら、「この世界の人たちはロボットが人型である理由をどう考えているのか」とゆうきまさみ氏に問うた。ゆうきまさみ氏は「それはロボット漫画の常道だからですよ。クモ型機械だと違う漫画になってしまう」と会場を爆笑させつつ、漫画中でも「人型2足は技術力のアピールだ」とされている点に触れると、金岡博士も同意した。
ただし、必ずしも人型である理由はないが「2本の腕を自在に使えれば役に立つだろう」という点については最初から考えていたという。金岡博士は「腕に関してはそのとおりで、我々も上半身は人型になった。だがここから2足歩行にするのはハードルが高い。歩くロボットを作ることは技術的には容易だが、ビジネス上の理由で2足を作るのは難しい。レイバーにとっては2足歩行はどうなのか」と答えた。
ゆうきまさみ氏はそれに対して米国で行なわれた「DAPRA Robotics Challenge」の様子をTVで見たと紹介し、「2脚じゃなくてもいいけど多脚は不整地を踏破できるし、足は良いものなのではないか」と返した。金岡博士はパトレイバーの中で「城南工大の古柳先生」という「レイバーの父」とされる人物が、もともと「多足機械の歩行制御」を専門としていた、つまり多脚での歩行技術がレイバーを生み出した設定になっている点について触れ、「ガンタンクのようなクローラ型のレイバーが出てこないのはどんな理由があるのか」と問うた。ゆうきまさみ氏は「踏み潰してはいけない場所にも入っていけるからというのが裏設定。それと古柳氏は戦争から帰ってきた世代でその時に日本中が瓦礫だったので、そこを歩かせるために多脚制御の研究をした設定になっている」と紹介した。その結果生み出されたレイバーが使い勝手の良い機械として普及したというわけだ。
ゆうき氏自身もロボット操作を体験、「零式人機」は蝶々結びに成功
ちなみにこのトークショーの間、「零式人機」はずっと遠隔操作で、ホースを結ぼうとしていた。「パトレイバー」の中で、主人公の泉野明がレイバーの指で蝶々結びをするシーンがあることにちなんだデモだ。1回目のトークショーの時は片結びまで、2回目は蝶々結びを実現した。「零式人機」のハンドには指がないが、それでも操作に熟練すれば、そのくらいはできることを示す実演となった。金岡博士自身も初めて見たとのこと。なお、失敗した時にオペレーターのHMDの動きに合わせて首を横に振る様子が会場からは「かわいい」と高評価を受けていた点も付け加えておきたい。
ゆうきまさみ氏自身もトークショーに先立って「零式人機」の操作を体験したそうだ。「漫画で描いていて『レバー2本だけでロボットが動くかなあ』と思っていた。動いたのでびっくりした」と感想を述べ、シンプルな2本のレバーとトリガーボタン一つずつだけで操作ができること、操作すればするほど慣れることを体感したという。
人機一体では、既に上半身と下半身をそれぞれ操作できるコックピットは開発済みだ。上半身部分を腕で操り、下半身部分を足のペダルで操作する。だが、まだ両者のロボットをくっつけた状態での操作は実現していない。金岡博士は「視界もHMDなので、どちらかといえば『グリフォン』(パトレイバーに出てくる敵レイバーの1つ。空も飛べる)かもしれない。でも空を飛ぶのは難しい。零式人機も車に乗せるために軽量化しないといけなかった。空を飛ぶにはさらに軽量化しないといけない」と語った。
ストーリーと技術、どちらも重要
金岡博士は「我々の『人機』が『レイバー』と呼ばれるとするなら、何が必要ですか? 何をやれば我々のロボットを『レイバー』と呼んでもいいですか? 」とゆうきまさみ氏に問いかけた。ゆうきまさみ氏は「実際にその辺りで見かけて仕事をするようになれば、自然と『レイバー』と呼ばれるようになるのではないか」と返した。作業をする巨大ロボットの姿が一般的なものになり、多くの人がそれを「レイバー」と呼び始めたら、それはもう「レイバー」なんじゃないかというわけだ。ただし実際に「レイバー」という名前を使うには、いわゆる「大人の事情」をクリアするハードルは存在することは言うまでもない。
金岡博士は「パトレイバーで学んだこと」として、「革新的な技術を進めるためには理由とストーリーが必要」ということを挙げた。前述したが「パトレイバー」世界では日本で起きた巨大地震とその巨大復興プロジェクトが社会背景として描かれており、それが土木分野中心にロボットが普及したというストーリー全体に一定の説得力を持たせている。
金岡博士は「ストーリーを作ることが技術を作ることと同様に大事。我々は、今の世の中には苦役がたくさんあって、それを解消したいと考えている。『パトレイバー』では世界の中におけるレイバーの必然性がすごくうまく組み立てられている。当時の目でも衝撃的だったし、いま見ても納得できる」と改めて評価。「現実世界でも、今までにない新しい機械を生み出すためには技術の革新が必要。我々は必ずしもパトレイバー世界の『レイバー』を作ろうとしているわけではないが、結果的に近づいていくことは喜ばしい。『レイバーに近づけよう』という思いがなかったというと嘘になってしまうが、決してそれだけではない。論理的に考えると、ああいうかたちにならざるを得なかった」と述べた。
そして、「現代社会においてレイバー、我々の零式人機を普及させるためにはどういうストーリーが必要か、アイデアがあれば頂きたい」と難題をゆうきまさみ氏に話を振ったが、ゆうき氏は「ここでいきなり聞かれて答えられる問題ではない」と返答。そして「実用的なロボットが普及しなかった理由」として、「日本は昔は景気が良かった。それでエンタメに行ってしまった。ところが景気が悪くなってしまうとロボットどころじゃなくなったんじゃないか。ロボットは普及して安くならないと使われない。研究を発展して普及させてもらいたい」と答えた。
金岡博士は「普及させます。鉄道分野を嚆矢として全世界の鉄道会社に普及させていきたいと思うし、汎用人型重機なので、鉄道に限らずさまざまな現場、電力、道路、トンネル、橋梁、インフラ検査やプラント、災害復興と広く適用させていきたい」と受けた。
「レイバー」実現で「みんなで幸せになろうよ」
最後に金岡博士は「レイバーが世の中にあったらさまざまな日常の苦役も解消できる。アクチュエータやコンピューターの性能向上もあり『作ろう』と思えば作れる状態になっている。役に立つロボットを今作らないで、いつ作るのか。もしアメリカや中国が『レイバー』を先に作ったら、死んでも死にきれない。ゆうきまさみ先生にも申し訳が立たない。そうなったらあまりにも悔しいので、なんとか実現し、日本でレイバーを実用化させたい。我々には我々のストーリーがある。そのなかできちんとレイバーを実現させて苦役をなくし、『みんなで幸せになろうよ』という社会が実現できればと思っている」と述べた。
ゆうきまさみ氏も「2本足で歩いて、2本の腕で作業する機械は見てみたい」と受けた。そして会場に集まったファンたちに向けて、刺激で生まれた新しいアイデアの可能性も匂わせつつ、「あれだけ動いたら十分エンタメにもなる。でもロボットの本質はこっちにあるんだよねということは声を大にして言いたい」とトークを締め括った。ちなみにエンタメ用レイバーの話が「パトレイバー」で描かれなかった理由は、グリフォンの事件を描くのに手一杯で、そこまでは描く余裕がなかったからとのことだった。
京都鉄道博物館でのデモ日は10月1日、2日。1日4回
京都鉄道博物館での「零式人機ver.2.0」の残りのデモ日は10月1日と翌2日。デモは1日4回を予定しており、開始時刻は、11:00、 13:00、14:30、15:30。各回所要時間は約15分。場所は京都鉄道博物館 本館1F「車両のしくみ/車両工場」エリア。なお平日も静展示は行なわれている。
JR西日本がロボット開発に取り組む理由
前日の9月24日には、人機一体の金岡博士と、JR西日本 鉄道本部 電気部電気技術室 室長の木村秀夫氏による対談も行なわれた。テーマは「多機能鉄道重機の開発の経緯/鉄道用重機は人型ロボットであるべきか?」。こちらも合わせてレポートする。合わせてお読み頂ければ、金岡博士がゆうきまさみ氏とのトークショーで「ストーリー」にこだわっていた理由が理解しやすくなると思う。
まず、JR西日本の木村氏が、同社から見たロボット開発の狙いを紹介した。JR西日本は全長4,903.1kmの鉄道を有する。その分、整備にも人手が必要となっている。多機能鉄道重機は今後の著しい労働力不足時代の到来を見越して開発しているものの1つだ。また鉄道電気設備の整備作業は人がはしごに登って作業を行なっている現場が多い。鉄道上の架線のメンテナンスは複雑な設備に対して多くの人員を要する。作業時間は終電から始発までの夜間が多い。高圧電線であり、危険もある。
これまでにもJR西日本では電柱の建て替えに対して電柱ハンドリング車、架線支持装置(可動ブラケット)取り替えに対してはブラケットハンドリング車を開発するなど機械化を進めてきている。林業用のクレーンのように電柱を扱って電柱を穴に埋めたり、70~80kgあるブラケットを現状は滑車を使って人が取り替えているが、それを安川電機のロボットアームを使って自動で取り替える。できるだけ人手を少なくてもできるようにしようというものだ。繰り返し作業に対しては、このような専用装置を開発することが可能だ。
しかしながら特定の部分だけを自動化しても、人手を要する作業はどうしても残る。そこで汎用の重機でさまざまな設備に対して作業するようにできないかというのが開発コンセプトだ。操作は人が判断しながら行なうので、設備の違いを吸収できる。地上から操作するので人は高所に登らなくてもよく、安全性が向上する。現在の作業としては架線部品の取り替えや、架線支持物の塗装、樹木の伐採等を想定している。
ビジネスのために「ストーリー」が重要な理由
続けて登壇した金岡博士は、「鉄道用重機は人型ロボットであるべきか?」というタイトルでロボットの社会実装について語った。金岡博士は紹介を受け「熱い思いはあるが、その思いだけでできるものではない。社会的に役に立つものにしなければビジネスは動かない」と話を始めた。
金岡博士はもともと大学のロボット研究者。だが社会実装に課題を感じ、ベンチャーを起こした。「新しいロボットを世の中に出すのは非常に難しい。ロボットはコンピュータと同じような速度で社会実装されていない。ほとんど止まっていると言っても過言ではない。だからこそ民間で、スタートアップから世の中を刺激したいと考えて創業した」と人機一体を紹介した。いま同社は、滋賀と福島の2拠点の「秘密基地」で事業を進めている。
ミッションは「苦役」、すなわち「望まない労働」から人を解放すること。快適な生活は多くの人たちの物理的な苦役によって維持されている。それはおかしいのではないかというのが金岡博士の考えだ。テクノロジーで苦役を無用とすることが人機一体の目標だ。
一番大きなきっかけは東日本大震災と福島第一原発事故だったという。金岡博士は津波の映像、原発事故の映像を見ていて、無力感と悔しさを感じた。日本のロボット技術は世界一と言っていたにもかかわらず、何もすることができなかった。「使ってください」と言えるロボットはなく、あったとしても焼け石に水だった。実質的に何もできなかった。今でも廃炉に向けて多くの技術開発が進んでいるが、あまり芳しい進行状況ではない。すごいロボットはなく、それを生み出す力もなかった。それを解消したいというのが原動力になっている。
ではなぜ鉄道分野なのか。夜間の数時間の間に多くの人が人海戦術で鉄道を整備している。だから維持されている。そのことも知らずに当たり前のインフラとして多くの人が鉄道を使っている。これを何十年も同じように続けていいものか。誇りある仕事だが、しんどいし、危険だ。誇りはそのままにもっと社会的地位の高い仕事にしたい。そのためには「技術を導入するしかない」と金岡博士は語る。今でも高度な技術職だが、さらにテクノロジーを導入することで、姿を変える。
そのために日本信号、JR西日本、人機一体で連携して役割分担して、インフラメンテナンスのための機械を開発している。日本信号が量産、JR西日本がユーザーだ。これが経済的にペイするかどうか。その理解も重要だ。過渡的プロセスも含めて実行可能か。これが大人の事情であり、金岡博士のいう「ストーリー」だ。初期はこの重要性を金岡博士ら自身も気がついてなかったが、パートナーと進めることで、気づけるようになったし、これが「あのロボットの成否を握っている」と語った。
実証試験やデモは行なわれているが、実用化は既定の事実ではない。技術というよりビジネスの問題だという。「ビジネスも含めて現実的問題として解決しなければならないし、皆さんの応援が必要です。『あんなロボットを操縦する仕事に就きたい』と子供たちに思ってもらう社会システムを作ることが重要」と金岡博士は会場に対して呼びかけた。零式人機については既に2年間開発を続けており、Ver.2.0の開発期間は実質8カ月程度だった。それを開発することで「幸せ」になれるのかが一番重要だと述べ、Ver.2.0の概要を改めて紹介した。
コックピットの中の人は、ロボットが感じている力のフィードバックを受け、視覚もVRゴーグルを通して見ることで、まるでロボットになったかのような感覚で操作することができる。空間上の自由な場所に視点を移動させることもできる。人は高所に登らなくてもいいので落下も感電のリスクもない。「もっとかっこいいもの、あるいはもっと単純なものも作れたが、このシステムが今の我々には適していると判断して提案した」という。まず「おお」と思ってもらうことも重要だったという。
ロボットにはさまざまな技術が組み込まれて、統合されている。ロボット自体が技術を検証するための試験場でもある。研究者にとっては技術が動くことは大事だが、本当に大事なことは「役に立つ」かどうかだ。単なる1つの技術の実現ではないところに「このロボットの産業としての器がある」と金岡博士は語った。スマホや車も多くの技術の統合体だ。そのような、さまざまな技術の受け皿と成り得る産業に発展させていきたいという。そして「もっと人間を圧倒的に超える物理的能力を持たせたい」と述べた。
高所まで伸びるロボットがあれば、クレーン上で揺れる高所まで行く必要がない。鉄柱によじ登る必要もない。道具を操り樹木伐採などもできる。重量物を操ることによって、ロボットが多人数作業を代替できる。こうすれば役に立つということに共感してもらって作られたのがこのロボットだ。
力制御をキーテクノロジーとし製品化を目指す
単に1つの技術だけでできあがっているわけではないが、人機一体のコア技術は力制御技術だ。力を緻密に操ることができれば、人間のように、あるいは人間を超えた作業ができる。また人がロボットを直感的に操るための「パワー増幅バイラテラル制御技術」もキーとなっている。
6自由度ある頭部は操作者が着用したHMDの位置情報を読み取って自在に動く。意思表示も可能だ。ロボットの手先を人が持って動かすこともできる。このロボットが力に対して敏感に応答できるからだ。力制御を使うことで、1つの物体を両手で扱うこともできる。普通の産業用ロボットだと、どう動かすかを事前に計画しておかなければならない。人機一体のロボットは未知物体に対しても、反力を感じながら臨機応変に操作を行なうことができる。
これが同社の基礎技術だ。遠隔操作でそっと操ることもできるし、対象物に力を与えると、それに対してロボットが反応する。これによって、たとえば人間と共同作業が可能になる。「ちょっとこっち」とロボットが持っている対象を引っ張って作業を教えるようなことができるのだ。もちろん動かさないように固めることもできる。
またグリッパーとは別に、ハンドの開発も行なっている。3本指となっていて、こちらは器用な作業を行なうための研究開発だ。指の形を自在に変更することで未知の不定形の対象物を自在に操ることができる。3本指を揃えて掴んだり、支えたりすることもできるし、持ち替えを行なったりもできる。これらの技術を統合したのが「零式人機ver.2.0」だ。
今このロボットはJR西日本で実証実験を行なっている。重さ30kgの部品を持って作業したり、長尺の道具を操作したり、人との共同作業などの実験を進めている。ここをベースに開発を進めることで、2024年度に実用レベルのロボットを製品化することを目指している。
金岡博士は「このストーリーが大事。単なるプロトタイプではない。皆さんのインフラを支えるために使われるようになります」と語った。
自動化だけではなく、人と組み合わせる「機械化」へ
では、人型ロボットであるべきなのか。いわゆる「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」に対し、「RX」という言葉がある。「ロボティクス・トランスフォーメーション」だ。デジタル技術のトランスフォーメーションだけでは人の苦役をなくすことはできない。人が直接肉体労働をしないようにするためにはロボットを使う必要がある。
金岡博士らは「自動化」だけでなく「機械化」が重要だと言っている。AIに頼るのではなく、汎用ロボットを人が操作する。では、人が操作するロボットは、人型であるべきか?
ロボットが作業する場合は、人が作業する環境であれば人型がいいという話があった。だがそれは微妙だという。作業環境には作業環境に応じた機械、かたちがある。それは必ずしも人型とは関係ない。ロボットと環境の関係だけ見れば人型の必要はない。
では、操作者がいたらどうか。人が操作するならば、人と相似形であることに意味があると金岡博士はいう。つまり操作するロボットならば、そして操作が直感的であればあるほど、人型に意味があるという。フラッグシップは人型としつつ、ただし、人型には必ずしもこだわらない。人型でないものが役に立つ現場もあるからだ。フラッグシップだけではなく、バリエーションで汎用性を確保する。「ガンダム」みたいなフラッグシップもあれば、実際の社会実装には「ジム」や「ボール」のようなものも必要だという。
ロボットがあれば何でもできる世界へ
そして、苦役をなくすことを目指す。でもそれだけではネガティブをなくすだけだ。だが本当はもっと先、よりポジティブな世界も目指す。「拡張身体としてのロボットを操ることで人が何でもできる世界を目指す。今の我々には肉体の可能性以上のことを実現することはできない。しかし、テクノロジーと人間が一体化すればスーパーマンのようなことができる。最終的には人型ロボットを作りたい」と語った。
「全身バージョンを作ることで、技術の集大成、フラッグシップを人型重機として見せる。『人型重機があれば何でもできる』とみんなが信じられる世界を実現する。そこから、さまざまなバリエーションを作って汎用性を確保すればいい」と述べた。そして2025年の大阪万博では人型重機が闊歩する世界を実際に見せたいと語った。現在、そのためのスポンサーを募集中だという。金岡博士は「ぜひ皆さんの応援を頂きたい」と会場に対して呼びかけた。