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JAXA、探査機あかつきが金星大気の動きを観測で明らかに
~金星の「スーパーローテーション」の理解を目指す
2019年11月19日 18:35
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2019年11月19日、金星探査機「あかつき」の観測成果に関する記者説明会を開催した。
金星探査機「あかつき」(PLANET-C)とは、金星の大気の謎を探ることを目的とした日本の惑星探査機である。2010年5月にH-IIAロケット17号機で打ち上げられた。軌道制御用の主エンジンが故障し投入に失敗したものの、2015年12月には、姿勢制御用エンジン噴射による金星周回軌道への投入を行なって成功。機能確認と約3カ月間の初期観測を終えたのち、2016年から金星を周回する楕円軌道に移行して本格的な観測に移行した。
金星は地球の双子星とも言われており、かつてはよく似た惑星だったと考えられている。だが今の金星は硫酸の雲が浮かび、高温の二酸化炭素の大気に覆われている。太陽の光が地面や海まで届いて大気の運動を駆動している地球とは異なり、金星では太陽からのエネルギーの60-70%は厚さ30kmもある雲によって吸収され、その雲の加熱をエネルギー源として、大気運動が作られている。
代表例が毎秒100mにも達する「スーパーローテーション」と呼ばれる、自転速度の60倍にもおよぶ暴風だ。この金星大気気象の謎を、赤外線ほか各種カメラを使って観測するのが惑星探査機「あかつき」である。
「あかつき」は間もなく金星周回軌道投入から4周年
会見ではまずはじめに、JAXA宇宙科学研究所 太陽系科学研究系 教授 中村正人氏が「あかつき」の現状について紹介した。「あかつき」は2019年12月7日に金星周回軌道投入から4周年を迎える。2019年11月19日現在までに金星を132周回し、各種カメラで6.4金星年分のデータを取得した。取得データはWeb上で公開されており、世界中の研究者が使って研究ができる。
今後の運用については、微小な軌道変更によって長時間の日陰を回避し、燃料はまだ1,000g程度残っていると見積もられており、月平均30gくらい消費することから、2020年度末までの運用を予定している。
「スーパーローテーション」の理解を目指して
続けて、まず「あかつき」プロジェクトサイエンティストのJAXA宇宙科学研究所 太陽系科学研究系 教授の佐藤毅彦氏が大枠について話をした。「あかつき」のゴールの1つ目はスーパーローテーションの理解、次はそれがなにによって駆動されているのか(太陽エネルギーがどう変換されているのか)、最後の3つ目は、吸収・反射されたエネルギーがどう変化しているのかだ。佐藤氏は「新しい発見によって制約条件が明らかになることで、スーパーローテーションの謎について迫っていける」と語った。
金星の反射率は10年規模で変動している
ベルリン工科大学 EU H2020 MSCA-IF beneficiary 研究員のリー・ヨンジュ(Lee, Yeon Joo)氏は、紫外線で見た金星の姿、とくにアルベド(反射率)の10年規模での変化の発見について紹介した。紫外線(365nm)で見ると金星は、太陽光を反射して明るく見える硫酸の雲の部分と、未知の吸収物質によって暗く見えている部分があることがわかる。
幅広い吸収スペクトルを示す未知の吸収物質が具体的になにかについては明らかになっていない。だが太陽光加熱のおよそ半分くらいは、この未知の吸収物質によると推測されている。
これまで何十年も金星の紫外領域での観測が行なわれてきた。しかしアルベド(反射率)の長期間の時間変動は、まだ研究できていなかった。違う時期に違う観測ミッションで得られたデータを組み合わせて用いることは技術的に難しいからだ。
アルベドは太陽光を金星が反射するものなので、太陽と金星と探査機の位相角によって変化する。今回の研究では、恒星光の観測を使ってデータの較正が可能な複数の観測機の観測データを合わせることで、金星全体のアルベドが2011年から2016年-2017年にかけて増加していることを明らかにした。
反射率が高かったということは金星大気の加熱が小さかったことを意味する。その結果、風速も弱まっていると考えられ、それは数値シミュレーションによる予想、惑星探査機の観測データでも支持されている。アルベド変化の理由が金星内部によるものなのか外的要因なのかはわからない。
金星は現在進行形で気候変動が起きている可能性があり、今度も継続的な観測が必要だと語った。この研究は金星大気気象の駆動源である、雲の大気の加熱自体が安定していないことを示している。また、風速の変化による物質循環変化によるアルベドの変化といった逆のフィードバックもあると考えているという。
東京大学大学院 新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻 教授の今村剛氏も「スーパーローテーションの変化によってアルベドが変わるなどさまざまなことが考えられる。それらのデータも『あかつき』によって蓄積されている」と語った。
中間赤外カメラによって明らかになった金星の熱潮汐波の全球構造
金星の熱潮汐波については、産業技術総合研究所 人工知能研究センター 地理情報科学研究チーム 主任研究員の神山徹氏が紹介した。「熱潮汐波」とは、重力ではなく太陽光による加熱が引き起こす大気の潮汐である。昼間部分は大気が温まり、夜側は冷たい。その温度差による現象だ。地球にも存在し、多くの気象現象を引き起こしている。熱潮汐波は太陽の動きに連動する。
熱潮汐波は、金星気象最大の謎と言われる「スーパーローテーション」の生成と維持に関わる有力な現象と見られている。太陽の動きによって雲が温まるのが熱潮汐波の原因だが、太陽の動き(=熱潮汐波の動き、西から東)は「スーパーローテーション」の向き(東から西)とは反対方向だ。
それは以下のようなメカニズムによると考えられている。まず、加熱された雲が熱潮汐波を生み出す。次にその運動量が鉛直方向に輸送されていくことで、雲層以外の大気部分にもエネルギーを渡していく。その結果、反作用として、雲の層の動きが太陽の動きとは反対方向、すなわちスーパーローテーションの向きに動く。いわば、地面を蹴って動いているようなものなのではないかと考えられているという。そのため熱潮汐波の観測は当初から「あかつき」のミッションだった。
惑星全体を覆う熱潮汐波の構造を明らかにするためには、昼側だけでなく、夜側の情報も必要となる。だが紫外線のように反射光を使う観測では夜側の情報は得られない。
そこで、「あかつき」では、波長10μmの光を使って対象自身が放つ中間赤外線を観測する「中間赤外カメラ(LIR)」で大気の温度を測定した。サーモグラフィと同じ原理で、UVI(紫外カメラ)と異なり、夜昼問わず雲頂の温度を観測することができる。
また、「あかつき」の、赤道を回る周回軌道の特性もプラスに働いた。赤道軌道によって南北両半球を広く長く観測することで、惑星に広がる熱潮汐波の構造を取り出しやすかったという。3金星年分以上のデータの蓄積によって、今回の成果が得られたと神山氏は強調した。
LIRのデータ解析については注意点もあったという。データを均一にするために出射角をそろえた。こうしてLIRによって金星全体の熱潮汐波の構造が世界ではじめて明らかになった。「熱潮汐波の世界地図のようなものを得ることができた」と述べた。
これまで理論で予想されたとおりだったが、神山氏は「おもしろいことに、確かにスーパーローテーションとは反対向きの構造が得られている。このような『かたち』をはじめて得ることができたのは『あかつき』による世界初の成果だ」と語った。
1日潮汐、半日潮汐など詳細な構造も明らかになった。両者の違いから、それぞれの波が大気におよぼす力が異なることがわかる。また出射角の違いによる影響を利用することで、異なる高度の雲の3次元構造を取り出すこともできた。たしかに半日潮汐波が大気を加速していることもわかった。
また、多数のLIRの画像を使うことで、ノイズを減らしつつ温度の分解能を上げて、雲の筋の1つ1つの移動パターンを明らかにし、動画にすることもできた。これは東大・今村研究室に所属する学生である福谷氏の柔軟な発想によるものだったという。
この研究によって、赤道から極の方向に雲が広がっていく様子が動画として可視化された。昼側では赤道から高緯度へ向かう流れがあり、夜側では逆に、高緯度から赤道に向かって集まっていくような流れが見られた。これも、これまで理論的には予想されていたが、観測で得られたのは世界初の成果だ。
観測データとシミュレーションデータを合わせると、温度については違いがあることがわかった。これはシミュレーションの改善点があることを示す。風速についてはよく再現できていることがわかったという。
なお金星のスーパーローテーションについては熱潮汐波以外にも子午面循環と乱流の位相メカニズム、大気重力波による選択的加速など複数の説がある。「熱潮汐波は有力な候補だが、それ以外の影響も含めて統一的に見ることができたのが現状だ」と神山氏は述べた。
佐藤氏は「それぞれの説の寄与率の割合を今後は解き明かしたい」と補足した。中村氏も「今日はここまでだが、研究そのものは進んでいるのでほかの成果も間もなく発表できると考えている」と会見を締めくくった。