【次世代磁気メモリ編】ベンチャー企業が独自技術をアピール
フラッシュメモリは不揮発性メモリ(電源を切ってもデータが消えないメモリ)である。「Flash Memory Summit(FMS)」では、将来はフラッシュメモリを置き換えたり、フラッシュメモリと併用してメモリサブシステムに組み込まれたりする可能性のある「次世代不揮発性メモリ」のセッションが設けられている。特に昨年(2010年)は、次世代不揮発性メモリの候補である「磁気メモリ(MRAM)」のセッションが設けられて来場者の関心を呼んでいだ。今年もMRAMのセッションが設けられ、主に「第2世代」の磁気メモリ(STT-RAM:Spin Transfer Torque RAM)を開発する企業がプレゼンテーションを実施した。
なぜ「第2世代」かというと、「第1世代」の磁気メモリ(MRAM)はすでに製品化されているからである。元々はMotorolaの半導体部門がMRAMの研究開発を開始し、同部門が独立してFreescale Semiconductorとなって開発を継続し、2006年7月に製品化した。その後はMRAMの事業部門が独立してEverspin Technologiesとなり、現在に至っている。当然ながら同社も第2世代の磁気メモリを開発中である。
第1世代と第2世代の違いは、メモリセルの大きさの違いにある。第1世代の磁気メモリはメモリセルが大きく、バッテリバックアップ付きSRAMの代替は十分に可能であるものの、製品の最大容量は16Mbitに留まっており、数百Mbit~Gbitクラスの大容量化は望めそうにない。
第2世代の磁気メモリはメモリセルが小さく、原理的にはDRAMと同等の記憶容量を狙える。データ読み書きの速度もDRAMに近く、将来はPCやタブレット、スマートフォンなどのメインメモリに利用できる可能性がある。
●米国の技術開発ベンチャー5社が講演今年のMRAMセッションでプレゼンテーションを実施したのは、以下の企業である。いずれも米国の技術開発ベンチャーだ。
・Avalanche Technology
・Crocus Technology
・Everspin Technologies
・MagSil
・Spin Transfer Technologies
この中でCrocus TechnologyとEverspin Technologies、MagSilは昨年のMRAMセッションでも講演した企業である。この3社と、第2世代磁気メモリの代表的な開発企業であるGrandisが昨年は講演した。なおGrandisは今年のプログラムには名前を連ねていたものの、実際の講演はキャンセルしていた。この7月末にGrandisをSamsung Electronicsが買収したことが、影響しているとみられる。
それでは各社の講演内容をご紹介しよう。
●Avalanche:64Mbitの試作チップを披露Avalanche Technologyは2006年に設立された。本社所在地は米国カリフォルニア州フリーモントである。「SPMEM(Spin Programmable Memory)」と呼ぶ、STT-RAMを開発している。10nm以下に微細化したSTT-RAMの開発を狙っており、300を超える特許を保有しているとする。
同社は講演で、64Mbitの試作チップ写真を披露した。製造技術は65nmのCMOS技術である。メモリセルの大きさは15F2(F2は設計ルールーこのチップでは65nmーの2乗)であり、まだ縮小の余地が少なくない。シリコンダイ面積や動作速度、消費電力などは公表しなかった。
●Crocus:不揮発性のロジック回路
Crocus Technologyは、米国カリフォルニア州サニーベールとフランスのグルノーブルに拠点を構えるベンチャー企業である。同社は「TAS(Thermal Asisted Switching)-MRAM」と呼ぶ独自のMRAM技術を開発し、商品化しようとしている。TAS技術は熱エネルギーを使って磁化反転を容易にする技術であり、データの書き換えに必要な磁界が小さくなるとともに、書き込み後のデータが安定に保存されるという特徴を備える。
Crocus Technologyは7月22日に「MLU(Magnetic Logic Unit)」と呼ぶ技術を発表した。MLUはTAS技術をロジック回路に使えるようにした技術である。すなわち不揮発性のロジック回路を形成できる。
通常のMRAMの記憶素子は固定層(磁化の向きが固定された層)、トンネル絶縁層(きわめて薄い絶縁膜)、自由層(磁化の向きを動かせる層)の3層構造をしている。自由層の磁化の向きを固定層と揃えることでデータ「1」(あるいは論理値「高」)を記録し、自由層の磁化の向きを固定層とは逆向きにすることでデータ「0」(あるいは論理値「低」)を記録する。
これに対してMLUでは、固定層が存在せず、代わりに自由層(下層)が配置されている。自由層(下層)、絶縁層、自由層(上層)の3層構造である。自由層(上層)の磁化の向きを自由層(下層)で読み取ることによってデータ「1」あるいは「0」(論理値「高」あるいは「低」)を読み出す。
MLUによってNAND構造の磁気メモリ、マルチレベルセルの磁気メモリ、多層構造の磁気メモリ、不揮発性の連想メモリ、アクセラレータ回路などを構成できると主張する。既存のMRAMにはメモリセルが大きいという弱点があるが、NAND構造やマルチレベルセルなどを組み合わせることによってメモリセルを縮小し、高密度のMRAMを実現する狙いがある。
またMLUは排他的論理和(XOR)ゲートでもあることから、連想メモリやセキュアメモリ、ルックアップ・テーブルなどにも応用できるとする。
●Everspin:STT-RAMの商用化で一番乗りを目指す
Everspin Technologiesは前述のように、2008年にFreescale Semiconductorから分離独立した技術開発ベンチャーである。また唯一、MRAMを量産している企業でもある。本社所在地はアリゾナ州チャンドラー。
Everspin Technologiesはこれまでに300万を超えるMRAMチップを出荷したとの実績を示した。現在は300を超える顧客と取引があるという。出荷中のMRAM製品が保証する性能は、50nsと短い読み書き時間、10の15乗回とほぼ無限に近い書き換え回数、125℃の高温で20年という半永久的なデータ保存期間、電源オンから動作開始まで50nsと短いオン時間、電源オフからシャットダウンまで50nsと短いオフ時間である。
Everspin Technologiesは第2世代の磁気メモリ、すなわちSTT-RAMを現在、開発中である。講演ではMbitクラスのSTT-RAMを開発し、次にGbitクラスのSTT-RAMを開発していくとのロードマップを示した。
筆者は講演とは別に、Everspin Technologiesの講演者であるマーケティング担当バイス・プレジデントのSteffen Hellmold氏と同社の最高経営責任者(CEO)を務めるPhil LoPresti氏にインタビューする機会に恵まれた。そのときの説明によると、早ければ2012年にMbitクラス(16Mbitよりも大きいクラス)のSTT-RAMチップを商品化する可能性があるという。製品仕様については顧客の評価を受けている最中だという。またファースト・シリコンが同社内で試作済みであるとLoPresti氏は述べていた。
Everspin Technologiesのトップスライド。講演者はマーケティング担当バイスプレジデントのSteffen Hellmold氏 | Everspin Technologiesの概要 | 出荷中のMRAM製品の性能 |
MRAM製品の応用分野と公表済みの顧客企業 | GbitクラスのSTT-RAMに至るロードマップ | STT-RAMの商品化で一番乗りを目指す |
●MagSil:SoCへの埋め込みメモリを狙う
MagSilは2004年に設立された。独自開発のFIMS(Field Induced Magnetic Switching)技術をMRAMに採用している。磁気記憶素子の基本技術はマサチューセッツ工科大学(MIT)が開発したもの。
FIMS技術は現行のMRAM技術に導入されている技術(外部磁界によって自由層の磁化の向きを変える技術)で、そのままでは微細化が難しいとされている。これを何らかの工夫によってSTT-RAMに近い微細化を可能にしたのがMagSilのメモリセル技術で、同社は「iMR(Innovative Magnetic Recording)セル」と呼んでいる。ただし技術の詳しい内容は明らかにしていない。
応用製品として狙っているのは単体のメモリチップではなく、SoCやロジックなどへの埋め込みメモリである。製造工程がCMOSロジックとあまり変わらないことが強みだ。標準的なCMOS製造工程にマスクを3枚追加するだけで、メモリを埋め込めるという。
●Spin Transfer:独自のスピン注入技術を開発
Spin Transfer Technologiesは、「OST(Orthogonal Spin Transfer)」と呼ぶ独自のSTT-RAM技術を開発中である。通常のSTT-RAMおよびMRAMの磁気記憶素子では相対する磁化の向きが平行(あるいは反平行)になっている。これに対してOST技術では、磁気記憶素子の磁化の向きが直交している。固定層は磁化が垂直方向で、自由層は磁化が水平方向なのである。
OST技術は通常のSTT-RAM技術に比べるとスイッチングが高速であり、スイッチングに必要な電流が低く、また、微細化しやすいというのがSpin Transfer Technologiesの主張である。実際に磁気記憶素子を試作し、1nsと短いスイッチング時間を達成できていることを示していた。ただしデータの書き込み方法や読み出し方法などは講演では説明しなかった。
なお、Spin Transfer Technologiesは、米国ニューヨーク大学のAndrew Kent教授による研究を商用化するために、投資会社のAllie Mindsとニューヨーク大学が共同で2007年12月に設立した。
Spin Transfer Technologiesのトップスライド。講演者はゼネラル・マネージャーのSteven Cliadakis氏 | OST(Orthogonal Spin Transfer)磁気記憶素子の構造。相対する磁化の向きが直交している | 既存STT-RAM(面内記録および垂直記録)セルとOST-MRAMセルの比較 |
OST磁気記憶素子のスイッチング特性 |
Flash Memory Summitで講演した企業以外にも、次世代磁気メモリの開発ベンチャーが米国にはいくつも存在するといわれている。各社には共通の技術と独自の技術がある。投資を新たに募ったり、優秀な人材を雇用したりするためには、独自技術の優位性を主張したい。だからといって独自技術の内容をあまり詳しく公表してしまっては、競合他社を利益を与えかねない。各社のプレゼンテーション内容がかなり抽象的なのは、こういった矛盾した思惑が絡んでいるからだろう。
(2011年 8月 19日)
[Reported by 福田 昭]