Freescale、MRAMの量産開始 ~究極の不揮発性メモリへの期待と現実
7月10日(現地時間) 発表
●理想のメモリLSIを求めて
米国の大手半導体ベンダーFreescale Semiconductorは10日(現地時間) 、4Mbit MRAM(Magnetoresistive Random Access Memory)の量産を始めたと発表した。
MRAMは半導体業界で、「究極の不揮発性メモリ」と期待されてきた。将来、PCやサーバーなどのメインメモリに採用されれば、使用環境を一変させる可能性を秘めているからだ。
MRAMが製品化されたこの機会を捉え、理想のメモリLSIについて述べるとともに、最初のMRAMとなったこの製品の位置付けを考えてみたい。
まず、理想のメモリLSIとは何かについて考えよう。これには、いろいろな条件がある。
・電源を切ってもデータが半永久的に消えないこと(不揮発性)
・データを高速に読み出せること(高速読み出し)
・データを高速に書き込めること(高速書き込み)
・書き込めるデータの量が大きいこと(大容量)
・電力をなるべく使わないこと(低消費電力)
・実使用に問題ない信頼性を備えていること(高信頼性)
そして何よりも重要なのが、価格が低いこと(低コスト)。
現在のメモリLSIは、最初に挙げた不揮発性の有無により、大きく二分されている。従来普及してきたメモリLSI、すなわちDRAMとSRAMは、電源を切るとデータがすべて消える。例えばデスクトップPCの電源を切ると、メインメモリであるDRAM(ダイナミックRAM)に残っていたデータはすべて消えてしまう。
不揮発性メモリLSIが普及してきたのは最近のことである。その代表がフラッシュメモリだ。フラッシュメモリでは、電源を切ってもデータが半永久的に消えない。そしてデータを高速に読み出せる。さらに、書き込めるデータの量が非常に大きい。4Gbit、8Gbitといった大容量品が製品化されている。そしてこれが最も重要なのだが、価格が低くなった。容量当たりの価格が急速に低下した結果、携帯電話機や携帯型音楽プレーヤー、デジタルスチルカメラなどの比較的安価な機器にフラッシュメモリが普及した。
しかし、フラッシュメモリはデスクトップPCやノートPC、PDAなどのメインメモリには採用されていない。データの書き込みに時間がかかるからである。書き込みにかかる時間は、読み出しに必要な時間の100倍程度。読み出しに必要な時間が100nsくらいなのに対し、書き込みに10μsは必要なのだ(実際には品種によって若干変わる)。これではメインメモリには採用できない。
もう1つ問題なのは、書き換え回数の制限があることだ。フラッシュメモリは通常、10万回の書き換えを保証する。10万回というと多そうだが、メインメモリ用途にはまったく足りない。メインメモリではデータの書き換えが頻繁に起こるからだ。10年間ずっと書き換え続られること、書き換え回数に換算すると10の15乗回がメインメモリ用途では1つの目安になっている。
●フラッシュメモリの弱点を克服する
フラッシュメモリの弱点である、書き込み時間の長さと書き換え回数の制限。これらの弱点を克服すると期待されてきたメモリLSIがMRAMである。原理的には、不揮発性、高速読み出し、高速書き込み、大容量、低コストをまとめて実現できるからだ。
MRAMはその名称の通り、磁気をデータの蓄積に利用する。永久磁石のN極とS極を思い出して欲しい。磁気を帯びた物体には必ず、磁化の方向がある。この方向の違いを利用してデータを記憶するのである。MRAMの基本素子は、3つの薄い層を重ねた素子であり、磁気トンネル接合(MTJ:Magnetic Tunnel Junction)と呼ばれている。
下から磁性層(固定層)、絶縁層(トンネル絶縁層)、磁性層(自由層)となっており、磁性層が2つある。2つの磁性層における磁化の向き(小さな磁石の向きを想像して欲しい)がそろっていると、磁気トンネル接合を貫通する電流が流れやすくなる。
そこでMRAMでは、磁性層(自由層)の磁化の向きを電気的に変え、電流の流れやすさを制御することでデータを蓄えている。電気を切っても磁化の向きはそのままなので、データは保存される。つまり不揮発性が得られる。
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MRAMの基本素子である磁気トンネル接合(MTJ:magnetic tunnel junction)の構造と動作。下から磁性層(固定層)、トンネル絶縁層、磁性層(自由層)である。磁性層の矢印は磁化の向きを示す。2つの磁性層で磁化の向きがそろっていると、MTJを貫通する電気抵抗は低く、電気が流れやすくなる(左図)。磁化が逆向きになると電気抵抗が上がり、電気が流れにくくなる(右図)。MTJとセル選択トランジスタ(MOS FET)で1個のメモリセルを構成する |
MRAMをフラッシュメモリと比較したときに優位性が期待できるのは、高速書き込みと信頼性である。磁化の向きを変えるのに要する時間は大変短く、数十nsはもちろんのこと、数nsすら可能だとされている。信頼性とは具体的には、書き換え回数でフラッシュメモリをしのぐことだ。SRAMやDRAMなどに近い書き換え回数が実現できる。低価格化の可能性でも期待は大きい。1個のトランジスタと1個のMTJでメモリセルを構成できるので、原理的にはSRAMよりもはるかに低く、DRAMに近いレベルの製造コストを狙える。
こういった利点があるため、大手メモリLSIベンダーのほとんどがMRAMの開発を手掛けてきた。例えば2006年6月には、東芝とNECが共同でMRAMの基盤技術を開発したと発表している。なかでも最も開発が進んでいると業界で認められているのが、Freescale Semiconductorである。同社はMotorolaの半導体部門だった時代からMRAMの開発を始めており、2002年半ばには1MbitのMRAMチップを試作したと公表している。2003年には4MbitのMRAMチップを試作し、評価用サンプルの出荷を開始。ユーザーによるサンプルの評価結果を設計および製造にフィードバックし、2006年6月に量産を始めた。
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Freescale Semiconductorが量産を始めた4Mbit MRAMのチップ写真 |
それではFreescaleが商品化した4Mbit MRAM「MR2A16A」をもう少し詳しく見ていこう。基本的な仕様は、ワード構成が256Kワード×16bit、読み出しアドレスアクセス時間が最大35ns、読み出しサイクル時間と書き込みサイクル時間がともに最小35ns、電源電圧は3.3V(3.0~3.6V)、読み出し動作時消費電流が最大80mA、書き込み動作時消費電流が最大155mA、待機時消費電流が最大28mAなどである。パッケージは幅400ミル(約10.16mm)の44ピンTSOPタイプ2、RoHS規制対応品。パッケージのピン配置は非同期式SRAMに準じている(パッケージの中央に電源ピンと接地ピンを集めた配置)。データ保持期間は最小10年。
この仕様をほかのメモリLSI製品と比べてみよう。全体的な仕様は非同期式SRAMに近い。動作のタイミング仕様も非同期式SRAMに準じたものになっている。SRAMユーザーであれば使いやすいだろう。読み出しアクセス時間は、NOR型フラッシュメモリの高速品および低消費電力タイプの中速SRAMに相当する。書き込みサイクル時間はフラッシュメモリよりもずっと短く、低消費電力タイプの中速SRAMに近い。
ただし、動作時の消費電流はかなり大きく、改良の余地が残る。もう少し消費電流を下げないと、2次電池などのバッテリで動かす機器には使いづらく思える。
Freescaleはこの4Mbit MRAMを米アリゾナ州チャンドラーの工場で量産していると公表した。ウェハの大きさは200mm(8インチ)。製造プロセスは0.18μmのCMOS、5層金属配線である。
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4Mbit MRAMを製造したシリコンウェハの拡大図 |
気になる価格だが、参考価格として1,000個購入時の単価が25ドルと発表されている。4Mbitという容量を考慮すると、フラッシュメモリに比べて非常に高額である。とはいうものの、新技術による最初の商品なので、高額なのは致し方ないだろう。今後は価格が急速に下がっていくものと期待できる。特に今回の発表で注目すべきなのは、4Mbitとそれなりに大きな容量にも関わらず、1個のトランジスタと1個のMTJでメモリセルを構成していることだ。このアプローチはメモリセル面積をDRAMなみに小さくできる。製造歩留りが高まれば、コストは急速に下がる。今後の大容量化にも弾みを付けやすい。一方、MTJの製造ばらつきを押さえ込めないと製造歩留り(良品率)が上がらず、コストが高止まりする危険性がある。このあたりが実際にどうなるかは、あと半年~1年くらい経過しないとはっきりしないだろう。
製造歩留りが上がり、大容量化が進むという楽観的なシナリオを考えるとすると、DRAMやフラッシュメモリなどに近い価格で供給できる可能性が高くなる。そうなれば将来は、デスクトップPCやノートPCなどのメインメモリに使われる可能性が出てくるだろう。
PCのメインメモリがMRAMに換わった場合、電源を切ってもメインメモリにデータが残っていることから、電源を入れたあとの立ち上がりが非常に素早くなる。PCに電源を入れたあとの時間潰しも必要なくなる、そういう日が来ることを期待しよう。
□Freescale Semiconductorのホームページ(英文)
http://www.freescale.com/
□ニュースリリース
http://media.freescale.com/phoenix.zhtml?c=196520& p=irol-newsArticle&ID=880030&highlight= (英文)
http://www.freescale.co.jp/media/news2006/0712_4Mbit_MRAM.html
□関連記事
【6月6日】東芝とNEC、不揮発性磁気メモリMRAMの基盤技術を確立
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0606/toshiba.htm
(2006年7月14日)
[Reported by 福田昭]
PC Watch編集部
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