Flash Memory Summit 2010の講演会場案内板。予想外の混雑によっていくつかの会場が、より大きな部屋に変更されている |
会期:8月17~19日(現地時間)
会場:米国カリフォルニア州サンタクララ
Santa Clara Convention Center
「Flash Memory Summit」は毎年8月に米国カリフォルニア州サンタクララのシリコンバレーで開催される、フラッシュメモリとその応用に関する世界最大のイベントだ。今年(2010年)も8月17日~19日に「Flash Memory Summit 2010」が開催された。
Flash Memory Summitはフラッシュメモリに関するイベントなのだが、フラッシュメモリを置き換える可能性を秘めた、次世代不揮発性メモリに関する講演がいくつか用意されている。今年は磁気メモリ(MRAM:Magnetoresistive Random Access Memory)の講演セッションが組まれるなど、MRAMに関する話題が賑やかだった。
MRAMは簡単に言ってしまうと、磁化の反転を利用してデータを書き込むメモリである。磁性体材料における磁化の向きは電源を切ってもそのまま残るので、不揮発性メモリ(電源を切ってもデータが消えないメモリ)となる。ハード・ディスク装置(HDD)の半導体版とも言える。
MRAMのメモリセル(データの記憶場所)は、データを記憶する素子(磁気トンネル接合素子)とメモリセルを選択する選択トランジスタで構成されている。これはDRAMのメモリセルと良く似たアーキテクチャだ。DRAMのメモリセルは、データを記憶するキャパシタ素子とメモリセルを選択する選択トランジスタで構成されている。すなわち1個のデータ記憶素子と1個のトランジスタで1bitのデータを記憶する。このことから、理論的にはMRAMはDRAMと同等の記憶密度を狙えるとされている。
ただし現在のところ、製品化されているMRAMの最大容量は16Mbitで、DRAMの512Mbit~2Gbitに比べるとまったく及ばない。MRAMでは、データを記憶する素子の面積が非常に大きくなってしまう。磁化反転に必要な磁界を発生する配線を、専用に設けていることと、その磁界によって磁化を反転させるために必要な領域をある程度は確保しなければならないからだ。その結果、MRAMではデータ記憶素子がDRAMセルのキャパシタ素子に比べるとはるかに大きなものになってしまっている。
そこでデータ記憶素子を小さくした、次世代のMRAMを開発する動きが活発だ。日本国内では日立製作所や東芝、富士通研究所などが研究開発成果を国際学会で明らかにしてきた。海外では米国で複数のベンチャー企業が次世代のMRAMを開発している。Flash Memory Summitでは、米国のベンチャー企業による開発状況が公表された。開発状況を公表したのは以下の企業である。
・Grandis
・Everspin Technologies
・Crocus Technology
・MagSil
それでは順次、各企業が公表した開発状況を説明しよう。
●Grandis:1Gbitの次世代MRAMチップを12月に公表へ次世代MRAMの研究開発を最も活発に繰り広げているベンチャー企業は、Grandisだろう。スピン注入メモリ(STT-RAM:Spin Transfer Torque RAM)と呼ぶ次世代MRAMを専門に開発中の企業として、半導体メモリ業界では知られている。
スピン注入メモリは、電子のスピンによって生じる磁気モーメントを利用して、磁性体に磁化反転を起こす。データ記憶素子(磁気トンネル接合)に電流を注入するだけで磁化反転が起こるので、製品化されている現行世代のMRAMと違って磁界発生用配線が不要になる。またこの点が最も重要なのだが、磁化反転に必要な電流が比較的小さく、しかも、半導体の加工寸法を微細化すればするほど、必要な電流が少なくなる。理論的には、非常に高密度で消費電力の低い不揮発性メモリを実現できる。
Grandisは技術開発ベンチャーなので、複数の大手半導体ベンダーと提携したり、DARPA(国防先端研究計画局)から研究を受託したりしながら、スピン注入メモリの開発を続けてきた。現在は、45nm世代以降の微細加工技術によって実用化を狙っている。韓国の半導体メモリベンダーHynix Semiconductorと共同で1Gbitのスピン注入メモリチップを開発中であり、2010年12月に米国で開催される国際学会で試作結果を発表する予定である。
そして今後は1年~2年以内に、1Gbitのスピン注入メモリチップを実用化する計画になっている。また2014年までに2Gbit/4Gbitチップ、2016年までに4Gbit/8Gbitチップを開発していくとのロードマップを示していた。
Grandisにおけるスピン注入メモリ開発の歴史 | Grandisにおけるスピン注入メモリ)開発の最新状況 |
スピン注入メモリのメモリセル構造。DRAMメモリセルと同じくらいに小さなセルを実現できる見通しを得た | スピン注入メモリの開発ロードマップ |
●Everspin:MRAM製品を量産中、次世代技術にも取り組み
現行のMRAMが商品化されたのは、4年ほど前の2006年6月のことである。大手半導体ベンダーのFreescale Semiconductorが4Mbit MRAMチップの量産を始めたと2006年7月10日に発表した。そのFreescale SemiconductorからMRAM事業が分離して独立したベンチャー企業が、Everspin Technologiesだ。同社が設立されたのは、2008年6月のことである。
Everspin Technologiesは現在、256Kbit~16MbitのMRAMを製品化している。そして次世代MRAMである、スピン注入メモリの開発に取り組んでいることを明らかにした。CMOS技術で16Kbitのメモリセル・アレイを試作し、特性を評価中である。
Everspin Technologiesが手掛けているMRAM技術。左は製品化済みのMRAM技術で、トグル方式と呼ぶ磁化反転技術を開発し、製品に採用している。右はスピン注入メモリ技術で、現在開発中である | スピン注入メモリ技術による16Kbitのメモリセル・アレイを試作し、スイッチング電流を測定した結果。125μAと比較的低い値を得ている |
●Crocus:熱アシストの書き込み技術で微細化
Crocus Technologyは、「TAS(Thermal Asisted Switching)-MRAM」と呼ぶMRAM技術を開発している。TAS技術は磁界に熱エネルギーを併用して磁化反転を起こす技術で、磁化反転に必要な磁界が少なくて済む。現行のMRAM技術に比べると、微細化に適した技術だというのがCrocus Technologyの主張である。TAS技術による1Mbit MRAMチップの開発は完了し、シリコン・ファウンダリ(製造請け負い企業)であるイスラエルのTower Semiconductorへの技術移転も済んだとしている。
なおCrocus Technologyは2009年10月1日にスピン注入メモリの開発を手掛けていることを公表しているものの、Flash Memory Summitではスピン注入メモリには言及しなかった。
●MagSil:「現行技術」による次世代MRAM
MagSilは2004年とかなり以前に設立されたMRAM開発ベンチャーであるにもかかわらず、その研究開発内容はほとんど公表されてこなかった。今年のFlash Memory Summitでは、ほんの一部だけ、そのベールに包まれた姿をみせてくれた。
MagSilは、独自開発のFIMS(Field Induced Magnetic Switching)技術をMRAMに採用している。FIMS技術は現行のMRAM技術に導入されている技術で、そのままでは微細化が難しいとされている。メモリセル技術、特にデータ記憶素子(磁気トンネル接合)に革新があるとMagSilは主張する。磁性体材料は、ごく普通の材料だという。
65nm技術で実現できるアクセス時間は2nsと非常に短い。現行のFIMS技術では65nmに微細化できるかどうかが疑問視されているので、MagSilの講演内容を見る限りは、現行技術の改良で次世代MRAMを実現しようとしているように見える。公表していない、何らかの絡繰りがあるのだろう。
MagSilが開発しているMRAMの要素技術 | MagSilが開発しているMRAMのメモリセル構造。この構造図からは、従来のFIMS技術と大きく違うようには見えなかった | MagSilが開発しているMRAMの概要。65nm技術で2nsのアクセス時間を達成できるとしている |
米国のMRAMベンチャーによる講演を聴講していると、製品化に向かって突き進んでいく、非常にアグレッシブな姿勢を感じる。開発資金の調達、技術課題の克服、マーケティング活動などやるべきことは山ほどあるものの、到達すべきゴールは明確だ。一方、国内の大手半導体ベンダーによるMRAM技術の学会発表からは、もどかしさを感じることが少なくない。「次にどうするのか」が見えてこないからだ。学会発表チップ(カンファレンス・チップ)で終わるのでは、あまりにもったいないし、開発リソースの無駄遣いともいえる。MRAMの製品化に本気で取り組む企業が国内からも登場することを、期待したい。
(2010年 8月 23日)
[Reported by 福田 昭]