【IDF 2010レポート】
ジャスティン・ラトナーCTO基調講演
~状況の自動認識に基づく新たなユーザ体験とは?

Intel CTOのジャスティン・ラトナー氏

会期:9月13日~15日(現地時間)

会場:米国サンフランシスコ モスコーンセンター



 IDF最終日は、CTOによる基調講演が恒例行事となっている。今回もここにはジャスティン・ラトナーCTOが登壇した。内容は「コンテキスト・アウェア・コンピューティング」で、日本語に直すと「状況認識コンピューティング」となるだろうか。

 ラトナー氏は、人間とデジタルデバイスとの関係は、まだまだ改善の余地があり、今後はコンテキストが認識できているコンピューティングの時代になるのではないかとしている。

 コンテキスト認識とは例えば、センシング(感知)や推論によって、生活の内容や友人、感情、趣味、どこにいるのか、何をしているか、など自分にまつわるすべての状況を、デジタルデバイスが理解している状況である。これに基づいたユーザー体験を提案しようというのである。

●コンテキスト・アウェア・コンピューティングの実例

 そうしたユーザー体験を提供しようとしている事例として、旅行関係の出版社であるFodor's Travelが紹介された。Fodor's Travelは自分たちのコンテンツを携帯電話に取り込んで提供しようとしたが、アプリケーションなどがあまり良くないこともあってユーザーに利用してもらえない問題に直面しているという。

 そうした背景があった上で現在開発中のシステムは、旅行をしているユーザーの好みや挙動に基づいてタイムリーな提案を行なえるというものである。

 デモではサンフランシスコのフェリービルを中心に、“何マイル以内”という指定を行なうだけでレストランのリストアップを行なったり、市内のお勧めスポットを提案してくれる機能を紹介。このデータはランダムなものではなく、常に収集し続けているユーザーの好みや食事にかける料金、趣味・嗜好に基づいて提案しているのがポイントとなる。

 Fodor's Travelは30人ほどの被験者によるフィールドテストを行ったところ、気に入ってもらうことができ、20ドル程度なら対価を支払っても良いというアンケート結果を得られたという。

あらゆる状況を認識していることに基づくコンピューティング体験が「コンテキスト・アウェア・コンピューティング」であるFodor's Travelが開発中のシステムは「Personal Vacation Assistant」と名付けられており、COMPALのMID上で動作していた
現在地にほど近いレストランのリスト。ユーザの好みや予算などを自動的に理解してリストアップしてくれる「Suggestion」ボタンは、現在地からの観光候補を提案してくれる機能。やはりそれまでのユーザーのコンテキストに基づいて提案される

 こうしたコンテキスト・アウェア・コンピューティングのさらなる活用例として、Intelラボのラマ・ナックマン氏が登壇。

 ナックマン氏は、コンテキストとは“すべて”であり、あらゆる状況を認識することであるとした。そしてコンテキストの認識に必要なセンシングについて、最近のデバイスはたくさんのセンサーが組み込まれてきており、デバイスの状態を認識して画面を回転させるなどの機能がある。こうしたセンサーをデバイスの状態認識以上に広げていきたいと考えているという。

 例えば加速度計を使った人の動きの検知では、高齢者の転倒防止のために足にセンサーを装着して、歩幅や歩行速度、走行速度などさまざまな変動を検知。歩行のイレギュラーを検知して転倒の予測を行なうといったことができる。これは状況を常にセンシングしているからこそ、イレギュラーなパターンを検知できるわけである。

 家庭の事例では、TVの体験が提示された。これは、誰がTVを見ているのかということを、リモコンに備え付けられたセンサーで検知するというもの。手の動きや操作の仕方などで誰が利用しているか検知し、その人はどんなTV番組が好みなのかを学習して、提案してくれるというものである。

ラトナー氏の靴下のなかにセンサーを取り付けているセンサーはShimmerのもので、最新世代のウェアラブルセンサーと紹介された歩行のパターン、左右の足ごとの動きなど、あらゆる物理的な動きを、常にセンシングすることで、高齢者の転倒防止につなげるシステムのデモ
TVのリモコンの裏面に貼り付けられたセンサーボタンの持ち方、押し方のパターンなどから個人を識別するそのリモコンを使用しているユーザーにお勧めの番組を推薦するシステムを紹介

●コンテキスト・アウェア・コンピューティングのメカニズムと未来

 さらにナックマン氏はコンテキスト・アウェア・コンピューティングのメカニズムにも言及。基本的にはセンサーから得たデータ(Rawデータ)を受け取り、解析。最終的に一定の推論につなげていくことになる。

 ここでいうセンサーとは、ハードウェアセンサーだけでなく、ソフトウェアセンサーも活用すべきであるとした。ソフトウェアセンサーとは、PCや携帯電話、Webサービスなどのデジタルデータなどをベースとした情報である。例えばユーザーのコンタクトリスト、スケジュール、どんなアプリを使っているか、どんなWebサイトを閲覧しているか、といったコンテキスト情報を得られる。むしろ、ハードウェアセンサーよりも多くの情報が得られるであろうとしている。

 ナックマン氏はここで、こうしたハードウェアセンサー、ソフトウェアセンサーからの情報をすべて集約させたアプリケーションを紹介。こうした複数のセンサーからの情報を組み合わせてシステムで処理することで、センサーから得られる情報からコンテキストを推測するうえで確度の高い推論を導けるとしている。

 アプリケーションアーキテクチャのフレームワークも提示した。その中心となるコンテキストエンジンは、センサーからの情報を収集し、推測アルゴリズムへ受け渡しを行なう。さらにAPIを用意することで、開発者がWebサービスなどで結果を活用できるというものだ。推論アルゴリズムやアナライザは外部に置くことで、さまざまな人が作ったアルゴリズムを適用できるようにしている。コンテキストプロキシサービスは、クラウド上でコンテキストを共有する仕組みを提供するものだ。

 ちなみに、こうして集約された個人のコンテキスト情報はきわめて貴重なものである。このコンテキストを守る仕組みについては、リリースポリシーが設けられる。どの情報を共有するか、誰と共有するか、共有する時間帯、などを細かく制御できるようになっている。

 このほかラトナー氏は、コンテキスト・アウェア・コンピューティングに不可欠なプラットフォームの要件も提示。常にセンサーによる検知を行ない続ける必要があることから、低消費電力なセンサーは重要だとした。また、センサーからのRawデータを意味あるものへ変換するなどの処理に対する最適化も必要であるとしている。

ハードウェアセンサーによる情報を受け取り、そこから推論を導き出していく流れを示した図ただハードセンサー以上にパーソナルな情報を多く得られるのがソフトウェアセンサーであるとし、その融合が次のステップであるとした
ハードやソフトのセンサー情報を集約し、その関係性などから確度の高いコンテキストを推論するシステムのデモコンテキスト管理アプリケーションのフレームワーク。中心となるコンテキストエンジンはミドルウェア的に動作する

 最後にラトナー氏は、究極のセンシングとして脳からの情報をコンピュータで解析することを紹介。カーネギー・メロン大学などと協力して、研究を進めている例では、脳波のスキャンを行ない、1つの言葉から何を連想しているか、などをコンピュータを使って解析しているのだという。こうした結果から人間の“ニュアンス”の思考を模倣するシステムなどにつなげるなどが期待されている。

 最後にラトナー氏は「もっとも重要なことは人に愛されるデバイスを作ること。コンテキストを意識したコンピューティングは私たちの生活を豊かにしてくれる。毎日の生活に浸透する製品にしたい」と述べ、次世代のチャンスがここにあることを改めて強調した。

(2010年 9月 17日)

[Reported by 多和田 新也]