イベントレポート

ついに登場した「L」、だが名前はまだない

~Google I/O基調講演から

ピタゴラスイッチ的な大仰な機械仕掛けが基調講演開演までをカウントダウンする
会期:6月24日~25日(現地時間)

会場:米サンフランシスコ Moscone Center

 2014年6月25日から米・サンフランシスコで2日間にわたってGoogleが開催した開発者会議「Google I/O 2014」において、Android周辺に関する数々の発表が行なわれた。Glassについては一言も触れられず、Lollipopの文字も見当たらない。それでもGoogleの考える確かな未来がそこにあった。ここでは、その基調講演の概要をレポートする。

次の10億人に向けて

 基調講演が始まるまでは、「♪ロリポップ、ロリポップ、ペロペロキャンディ、私の彼はアップルパイより甘いのよ~♪」と、頭の中にChordettesの大ヒット曲「Lollipop」(1958年)が鳴り響いていたのだが、Lで始まるお菓子の名前として開発コードネーム「Lollipop」公表の期待は裏切られ、そこでお披露目されたのはただの「L」だった。実に、3時間弱に及ぶ基調講演でたたみかけるように語られたのは、その「L」を中心とした、まったく新しいAndroid、そしてGoogleの世界観だった。

 大仰な機械仕掛けのカラクリでセンセーショナルに幕を開けた基調講演だが、冒頭で壇上に立ったSundar Pichai氏(SVP Android, Chrome & Apps)は、まず、地球儀のグラフィックスで世界を俯瞰しながら、そのあちこちの地域で、今、まさに、この瞬間を固唾を飲んで見てくれている参加者がいることを告げた。もちろん、そのリモートサイトの中では、ワールドカップ開催中のブラジル・サンパウロも含まれて、現地からの中継も入った。

Sundar Pichai氏(SVP Android、Chrome & Apps)

 そして、まず、AndroidとChromeが活況であることを数字で示すチャートを紹介しながら、次の10億人にAndroidを届けるための取り組みとして、「Android One イニシアティブ」を発表した。

 これは、Dual SIM、SDカードスロット、4.5型液晶、FMラジオが装備されたAndroidスマートフォンを100ドル以下で次の10億人に届けることで、今なお、このめくるめく世界を知らない人々にAndroidを浸透させていこうというものだ。

「L」で進化し拡張するAndroidプラットフォーム

開発コードネームでもなく、5.0というバージョン名でもなく「L Developer Preview」が初お披露目

 そして、いよいよ「L」の発表だ。プラットフォームの進化として、Pichai氏が「L Developer Preview」の登場を高らかに宣言し、ステージはMatias Duarte氏(VP Design)にバトンタッチされた。

 Google I/O 2014では、Androidの現行バージョン4.4.x(コードネーム:KitKat)の後継として、「K」の次のアルファベット「L」で始まるコードネーム「Lollipop」の登場が期待されていた。だが、ここで披露されたのは確かに「L」ではあったものの、「L」そのものだったのだ。

 まずは、今後、Googleの全プラットフォームを統一する新たなデザインフレームワークとして「Meterial Design(マテリアル・デザイン)」が紹介された。

 紙とインクを象徴するというコンセプトに、デジタルテイストを加味した美しいデザインだ。フラットな中にもシャドウ的な味付けによる奥行き感の分かりやすさがあり、さらに、人間との対話である操作の結果を、アニメーションで自然に視覚的にフィードバックする要素も加えられている。Windowsで言うならVistaのAeroが登場した時のような印象を受ける。そこにはAndoroidが宿命的に抱え込んでいた野暮ったさは微塵もない。そして、このMeterial Designが、今後、あらゆるデバイスにおけるGoogleのUI体系になるという。スマートフォンやタブレットのUIが変わるのみならず、ChromeなどのWeb UIにも、このテーストが取り入れられることになるだろう。無愛想とも言えるGoogleの検索結果が、多少は変わることも想定されているのかもしれない。

Androidでは通知がデバイス間コミュニケーションを司る

 ステージは、担当者が入れ替わり立ち替わりで、続々と新しい事案が発表されていく。

 「L」では5,000を超える新たなAPIが加わる。Materialを中心に据えた「L」は、Materialテーマ、アニメーション効果、リアルタイムシャドウ効果による3Dビュー、統一されたトランジションなどによって分かりやすさが高まる。

 さらに、「L」では、通知の機能が拡張される。今までは、通知バーを引き下ろして見るだけだった通知が、さらに分かりやすく、そして、スマートウォッチと連動し、時計をつけていなければ認証を要求してプライバシーを守るロック画面通知など、さまざまな通知のバリエーションが紹介された。

 一方、Mobile Chromeにも大きなメスが入る。OSのシェルと同様にMaterial Designが取り入れられ、スタックカード風のUIが提供されるようになる。つまり、無愛想なタブのUIとの訣別だ。これまでの1つ1つのタブは、独立したアプリのように振る舞うようになる。モバイルアプリにまでいわゆるMDIを持ち込んでしまったことのツケが、ここにきて新たなアプローチに変わる。Webページ=タブの世界を、Webアプリの世界に昇華させるチャレンジだ。

ロック画面通知も大きく変わる
スクリーン下部を見ると、戻る、ホーム、タスクのボタンのデザインが変わっているのに気が付く

ARTが主役に

 「L」では、新たなランタイムとして、すでにKitKatで試験的に実装されているARTが導入されることになる。64bitにも対応する新たなランタイムによって、性能はこれまでのDalvikよりも格段に向上するようだ。また、ARM、x86、MIPSといったプラットフォームすべてに対応するという。

 グラフィックスに関しては、Android Extensionが発表された。こちらは、WindowsでいうならDirectX 11のような位置付けで、テッセレーション、ジオメトリシェーダー、ASTC方式のテクスチャ圧縮などをサポートする。

 OSがこれだけ贅沢にリソースを使うと、気になるのがバッテリ消費だが、そこも疎かにはされていない。バッテリ消費を追跡できるツールや、APIが提供されるという。やはり、リソースを贅沢に使う以上、開発者がバッテリ消費を抑制する責任からは逃れることはできないようだ。

 セキュリティについても触れられた。Androidの歴史を3.xを除いて紹介しながら、Play Servicesにおけるマルウェアからの防御が強化され、今後は、セキュリティパッチをPlay Service経由で配布することが明らかになった。Googleは、これをSecurity Innovationと豪語するが、早い話がWindows Updateのようなもので、OSのバージョンアップを待たずして、各種のセキュリティパッチを迅速に提供する仕組みが整えられるということだ。

バッテリの節約モードを標準でサポート。消費の犯人捜しも簡単にできるようになる
Android 3.xはなかったことにされているようだ

Androidを身にまとう

新しいAndroidプラットフォームとしてのWearが発表された。即日受注開始

 続いてはウェアラブルへの取り組みとしての「Android Wear」だ。人々は1日に125回、スマートフォンの画面を見るそうだが、今後はスマートフォンをポケットから取り出さずに、腕時計を使って必要な情報を確認できるようにする。基本操作は音声に加えて縦スワイプと横スワイプ、そしてタップだけというシンプルなものだ。

 本体にハードウェアボタンを持たない腕時計型端末に実装されたAndroid Wearは、音声で操作でき、声で告げたメモがGoogle Keepに登録され、同様に、リマインダーやアラームをセットできる。また、Google Nowの仕組みが取り入れられ、スマートフォンの通知機能と連携しつつ、必要な情報だけを閲覧していける。もちろんGoogleでの検索も可能で、検索結果の一覧もしょっぱなの部分を確認し、スマートフォンにそのページの表示を委ねることができる。

 また、スマートフォン側で料理のレシピを確認し、それをWearに送ることで、買い物リストや調理手順を腕の画面で確認できるようになる。こちらは、デバイス間インテントといったところだろうか。クーポンの発行など、プラットフォームとして開発者にも魅力的なものとなりそうだ。

 端末は最初のOEMとしてLGの「G Watch」とSamsungの「Gear Live」が発表され、即日Playストアでの注文が可能になっている。日本からはすでにLG製が7月4日までに出荷されるとして注文が可能になっているほか、Samsung製は近日発売となっているが確実に日本でも発売されるそうだ

 なお、I/Oの参加者には、このどちらか好きな方が配布されるほか、この夏に発売される丸形液晶のMotorola製デバイス「Moto 360」が後日送付されるという。

自動車への進出とChromecastの強化

 Googleは、年初のCESでOpen Automotive Alliance(OAA)を発表したが、その取り組みの1つとして、この基調講演でAndroid Autoをアナウンスした。

 いわゆる自動車で使うAndroidの利用モデルで、ナビゲーション、コミュニケーション、音楽を運転中でも安全に操作できる環境をもたらす。とは言え、車側の装備として高度な処理系を要求するのではなく、スマートフォンを車のタッチ対応画面に接続すると、運転中の操作に最適化されたUIでのシェルやアプリが走るというもので、これなら進化の早いスマートフォンの革新にも耐えられる。5年以上は乗る可能性が高い車のITが陳腐化してしまうことがないというわけだ。今年の終わりには、OAA加盟各社から実装した車が出荷されてエンドユーザーに届くようになるという。

 基調講演の話題は、さらに車という空間からリビングという空間に移る。次は、Andoroid TV。この時点ですでに1時間30分が経過している。

 Android TVは、TV放送を楽しむことを前提にした環境で、カード型のUIでリモコンやスマートフォンアプリを使ってTVを操作する。もちろん音声による操作も可能で、Google検索によって、ローカルコンテンツや番組情報、オンラインコンテンツなどを串刺し検索できる。ゲームプラットフォームとしても機能する点で、過去におけるGoogle TVとの差別化もなされているようだ。

 ChromecastのAPIもサポートすることで、Chromecastでできていたことは全てできる。日本のベンダーではソニーとシャープが参加を表明し、各社ともにTVへの組み込み、セットトップボックス、ゲーム機などとしてこの秋にリリースされる。

 そのChromecastも強化される。いわゆるGoogle Cast対応が謳われ、各種のデバイス、アプリへと対応が拡大していく。これまでは一部のアプリに限られていた対応だが、Google Cast Readyアプリとして多くのアプリの対応がお披露目された

 また、新機能として、キャストの共有ができるようになるという。同じLANの中にいなくても、リーチできれば近くのデバイスを探してそれに接続できるなど使い勝手が高まっている。また、キャストを受けていない時に表示される背景スクリーンセーバーに、自前の写真をあしらうこともできるようになった。これらの拡張は夏頃予定されている。

 そして、Androidデバイスからのミラー表示もサポートするようになり、Chromecastの活躍する領域はますます拡大していきそうだ。

 さらに話はChromebook関連に。スピード、シンプルさ、そしてセキュリティを重視し、現時点では15のデバイスが各社から発売されているChromebookだが、その成長は著しい。これからは、Androidとの連携を強化し、スマートフォンの通知をChromebookのデスクトップに表示したり、Google NowをスマートフォンとChromebookで同期するなどし、寝室にスマートフォンをおいたままで電話がかかってきても、Chromebookでその着信が分かったり、あるいは通話するなどの利便性が叶う。また、今後は、AndroidアプリがChromebookで利用できるようになるといった拡張も予定されている。

コンソールにUSBケーブルでスマートフォンを接続すると、タッチで操作できるITカーに変身する。原始的だが現実的なAndroid Auto
Android TVではTV画像を背景にカード型のUIで各種の操作を行なう

仕事に使えるAndroidを目指して

 「L」についてはエンタープライズセキュリティについても対応が表明されている。BYODによる個人のデバイスをコーポレートとプライベートに分けることができるようになる。セキュリティのためにデータを分離できるようになるのだ。

 アプリ側の対応は何もいらない。ICS以降のすべてのアプリが対応する。これは、サムスンによるKnoxがAndroidの標準機能として採用されたものとなる。ほとんどのメジャーOEMがこの機能をサポートする。

 エンタープライズ対応としては、Native Office Editingとして、Microsoft Officeの文書をそのままGoogleドキュメント環境で編集できるようになる。そして、オンラインプレゼンアプリの「Google Slide」も正式にアナウンスされた。これらはAndroid for Workとして提供される。

 加えて、Google Drive for Workは、1カ月10ドルで容量無制限ストレージを提供することが発表された。さらに、Google Cloud PlatformにおけるCloud Dataflowなど、Googleによるクラウドサービスの充実も、コスト、スケールともに、ムーアの法則的に進化していることが伝えられた。

 サービスとしては、Google Playの好調が報告され、同時にGoogle Fit Platformがアナウンスされた。ヘルス、フィットネス関連のプラットフォームで、いろいろなデバイスやアプリからのデータをブレンドして多数のアプリと連携していくことができるようになる。

Lはエンタープライズにもしっかりと対応する
さらにGoogle Fit Platformも発表された
各アプリの情報をまとめて統合する

 こうして2時間30分を優に超える長時間の基調講演が終わった。今のGoogle、そしてAndoroidの全てが網羅的に理解でき、そのすべてにおいてアグレッシブな計画があることが的確に伝わってきた。Androidのバージョンアップが、これまでのようにリードデバイスへのOTAから始まるのではなく、Developer Previewとして、システムイメージパッケージが配布され、開発者は自分のタイミングで、ドッグフードを覚悟の上で早期に自分のデバイスに焼く方式になったのも象徴的だ。このパッケージは、基調講演の翌日午前中(現地時間)から、実際に公開され、誰でもダウンロードできるようになっている。

 Googleは新たな一歩をここに踏み出した。途中、乱入者が2度も現れるなど波乱もあった基調講演だったが、スマートフォンやタブレットのみならず、クルマからリビング、腕時計などをクラウドで包み込み、すべてを連携させていく将来のGoogleがおぼろげに見えてきた。少なくとも直近のスマートさは「通知のメカニズム」と「そのデバイスを超えたキャスト」がキーになりそうだ。そのためのフレームワークを、どれだけ具体化した環境に落とし込んで考えられるかで、Googleの方向性が理解できるはずだ。

(山田 祥平)