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そこかしこでAIがインフレしていたIFAの展示会

IFA 2025の会場となったメッセ・ベルリン

 9月5日から9月9日に、ドイツ共和国ベルリン市にあるメッセ・ベルリンを会場として、ITや家電をテーマにした展示会IFA 2025が開催されている。IFAはもともと家電メーカーなどが欧州向けの製品を発表して展示する展示会として活用されてきた側面が強かったが、近年はよりデジタルの展示会としての側面が強化されており、ITスタートアップや家電でもスマートホームと呼ばれるようなIoT機器などが主役の展開に変貌を遂げつつある。

 PC業界の視点では、IFAは年末商戦向けの製品を発表するイベントとして活用されてきたが、今年はIntelの新CPUが年末から年明けというタイミングになっていることも影響して、例年に比べると発表もやや少ない印象だ。しかし、そうした中でもAcerやLenovoは記者会見を行なって新製品を発表するなどしている。

 また、韓国のSamsungやLG、中国のHaierなどは、そこかしこで「AI」対応を謳ったスマートホーム向け家電をアピールしており、文字通り「AI」のインフレが発生しているような状況だった。

今回のIFAではAMD/Intel/Qualcommの発表はなく、PC新製品の発表は例年より少なかった

昨年のIFAではIntelがCore Ultra 200V(Lunar Lake)を発表したが、今年はこうしたSoCベンダーの発表はなかった

 IFAは、例年9月の上旬に行なわれている展示会で、欧州向けの家電製品発表の場として利用されてきた。10年代には、それに加えてスマートフォンやPCがIFAで発表されるようになり、家電だけでなくそうしたIT機器の発表の場としても活用されてきた。

 そうなっていった背景には、9月というIFAの開催時期が大きく影響している。PCメーカーなどにとって、1年に1度新しい製品を発表する場は、ほとんどがCESだ。Lenovo、HP、Dell、ASUS、Acerといったトップ5はもちろん、SamsungやLGなどの韓国メーカーといったグローバルにPCを販売している大手はいずれもCESで新製品を発表するのがここ十数年の通例だ。これはPCメーカーにSoCを提供するAMDやIntelなどがCESに合わせてノートPC用の製品を発表するからだ。

 それに対してIFAは9月の上旬で、開催場所が欧州というのがCESとの大きな違いになる。重要なのはこの9月上旬というタイミングで、これからPC業界は、第4四半期(10月~12月期)に日本で言えば年末商戦、欧米では感謝祭やクリスマス商戦といった商戦期に突入する。その年末商戦に向けた新製品を発表するのに適した場としてIFAが使われているのだ。

 特に昨年(2024年)のIFAでは多くのノートPC新製品が発表された。というのも、昨年のIFAではAMD、Intel、QualcommといったノートPC向けのSoCを提供するSoCベンダーが新製品を発表したからだ。

 IntelはCore Ultraシリーズ2のうち、Core Ultra 200V(Lunar Lake)を発表し、QualcommはSnapdragon Xシリーズの低価格版を発表した。AMDは既にCOMPUTEXで発表していたため新しい発表はなかったが、Ryzen AI 300シリーズ(Strix Point)の出荷を開始していたことなどがあって、多くのPCメーカーが新しいSoCを搭載した製品をIFAで発表した。

 それに対して、今年のIFAはそうしたSoCベンダーは1つも新しい製品を発表しなかった。Intelは既に次世代製品のPanther Lakeを今年の年末までにいくつかのSKUを発表し、来年により多くのSKUを投入すると明らかにしている。つまり、おそらくCESで多くの製品が発表される可能性が高い。AMDは次の製品に関して何もアナウンスしていないが、CESで新しい製品を発表するのがここ数年の通例だ。

 Qualcommは、同社の年次イベントであるSnapdragon Summitを9月23日から米国ハワイ州マウイ島で開催することを明らかにしており、COMPUTEXのタイミングで同社 CEO クリスチアーノ・アーモン氏がSnapdragon Summitで次世代PC向け製品を発表すると明らかにしている。このため、その直前になる今回のIFAでは発表などの活動はなかった。

 こうしたことを受け、今回のIFAで記者会見や製品を発表したのは、AcerとLenovoの2社にとどまった。

 それ以外のメーカーはそもそもIFAに参加しておらず、昨年記者会見を開催していたASUSも新製品発表はなかった。Intelの記者会見などに参加して製品発表ないしは開発意向表明を行なったDellやHPの姿もなかった。

 PC業界にとって、次の大きな発表の波は、来年のCES 2026になるだろう。その意味で、来年のCESはPC業界の関係者にとっても、PCユーザーにとっても見逃せないイベントに間違いないだろう。

スマートホーム関連では中韓の家電メーカーが「AI」推し一色でインフレ現象が

IFAのSamsungブース

 PCに関してはそんな状況だったが、IFAではスマートホーム関連の展示がいろいろな意味で熱かった。特に、Samsung Electronics、LGなどの韓国の家電メーカーと、中国のHaier(ハイアール)の3社のブースでは、ほぼすべての展示に「AI」というキーワードを入れて、AI洗濯機、AI食洗機、AI冷蔵庫……など、とにかくすべての家電に「AI」を付ける競争でもしているのですか?と聞きたくなるような状況だった。

Samsungはスマート家電(冷蔵庫や洗濯機)でひたすらAI推し
LGも同じくスマート家電でAI推し
中国のHaierもAI推し

 対照的だったのは、SiemensやBOSCHなどのドイツの家電メーカー。こちらではそうした浮ついた感じはなく、「この洗濯機は騒音を少なくして水を削減できます」といった環境への配慮などが前面に押し出されていた。AIというある種のバズワードを押し出すよりも、実際に購入する消費者向けの利点をアピールするなど、このあたりは質実剛健というイメージがあるドイツの家電メーカーらしさがでていると感じた。

Siemensブース
BOSCHブース

 そもそもAI対応というのも、何をもってAI対応なのかが明確ではないため、現状としては何かAIに対応しているような機能があれば、AI対応と言って良いという雰囲気があって、マーケティング優先なことは否めない。その意味では、現状は言った者勝ちである状況だが、さりとて将来こうした家電にAIの機能が普通に溶けこんでいくことは容易に予想できるだけに、韓国や中国のメーカーがそうした未来を前面に押し出すことも正しいと思うし、ドイツメーカーのように今のメリットを強調することも正しいと思う。ただ、それはスタイルの違いではないだろうか。

 今後AIがPCやスマートフォンのようなIT機器だけでなく、スマート家電と言われているいわゆるIoTのような機器に普及していくのは間違いないだろう。その時には、インターネットがそれらの機器のベースになっていて誰も対応していることをうたわないのと同じように、AIに対応していることを誰もアピールしなくなるだろう。そう考えれば、今起きていることは、過渡期の現象だということはできるだろう。

 なお、Samsungは日本でも発表された「Galaxy Tab S11 Ultra」と「Galaxy Tab S11」を発表し、ブースに展示していた。SoCがMediaTek Dimensity 9400+へと進化しており、CPUはArm Cortex-X925になっていることが大きな特徴だ。そのうち1つのX925は3.73GHzになっているので、それによりシングルスレッドの性能が大きく向上していることが大きな特徴になる。ディスプレイはGalaxy Tab S11 Ultraが14.6型WQXGA+(2,960×1,848ドット/120Hz)、Galaxy Tab S11が11型WQXGA(2,560×1,600ドット/120Hz)となっている。

Galaxy Tab S11 Ultra
Galaxy Tab S11

 また、SamsungはLEDバックライトの進化形としてMicro RGBの展示を行なった。LEDバックライトは通常のLEDの約50分の1の大きさになるMini LEDと呼ばれるより小さなLEDへと進化してきたが、それをさらに2分の1に小型化したものがMicro RGBとなる。そうしたMicro RGBにより色表現が豊かになり、画質が向上するとアピールされた。

左から通常のLED、Mini LED、Micro RGB
Micro RGB
世界初のMicro RGBディスプレイ

欧米で大人気の芝刈り機、各社はLiDAR装着の高性能自動機をアピール

LiDAR搭載芝刈り機

 スマートホームというわけではないが、日本との大きな違いを感じた展示としては、自動芝刈り機の展示がある。芝刈り機の展示はホール9でされていたが、いずれもLiDARを利用した高性能な芝刈り機に進化しており、複数のメーカーがそれを展示して機能を競っていた。中には芝刈り機の応用例として、水陸両用ロボット掃除機(芝刈り機とロボット掃除機は技術的にはほぼ同じ)の展示なども行なわれており、プールの中を掃除機が泳ぐというかなり優雅な感じの展示も行なわれていた。

 自動運転の自動車にも、カメラを利用したコンピュータビジョンだけのもの、LiDARとカメラを組み合わせたもの、さらにそれにレーザーを加えたものなど複数のセンサーを搭載している例があるが、LiDARを利用することより正確な自動運転ができるようになり、安定して芝を刈れるということがアピールされていた。

水陸両用掃除機

 日本だと、地方にいってもそこまで敷地が大きな家とかはないため、芝刈り機へのニーズはあまり高くないが、欧米では大都市でもない限りは、日本では想像できないほど大きな個人宅というのが結構あって、芝刈りは得るものがないのに、やらなければいけない家事と認識されているという。その意味で、それが自動でできるような自動芝刈り機は注目されており、IFAではそれが多数展示された形だ。

東京都が「SusHi Tech Tokyo 2025」のブランドをひっさげてスタートアップ競争にグローバル展開

IFAのホールマップ。30近いホールがあって、回るのも一苦労

 こうしたIFAが開催されているメッセ・ベルリンだが、その会場は非常に巨大で30個近いホールが用意されており、その大部分を利用してIFAの展示が行なわれている。そのため、移動にはバスが走っており、それに乗って移動もできるが、多くの参加者は徒歩で移動するため、1日展示会に参加すると1万歩や2万歩といった歩数になるのは避けられない。もし来年以降IFAに参加しようと検討しているなら、行く前に少々体を鍛えて、2万歩程度を歩いても問題ないようにしておいた方がよい(つまり筆者は歩くだけで疲れ果てた)。

 そうした巨大なIFAの会場だが、ホールにはそれぞれ意味が持たせており、スマートホーム関連、コンピュータ関連、通信関連などに分類され、展示する出展社は展示内容に応じてまとまって展示している形になる。そのため、参加者は必要なところだけ見ることが可能になっている。

 そうした中でホール25は「IFA Next」と呼ばれるスタートアップに特化した展示会場になっていた。スタートアップ企業を優先してそれだけを集めた展示会場を用意するのは世界的な展示会のトレンドだが、IFAもその例に漏れず、IFA Nextに以前から力を入れており、世界中からスタートアップ企業などを集めてさまざまな展示が行なわれている。

IFAにおけるSusHi Tech Tokyoのブース
MIXIの会話型ロボットRomi、なでるとそれに反応するなどユニークな動作が特徴。日本では販売済みだが、将来のグローバル展開を見すえて出展
CalTAのTRANSCITYはデジタルツインを実現する3次元データを、動画をクラウドにアップロードするという作業だけで実現する。デジタルに詳しくない人でも簡単に3Dデータを作成できる。こちらも日本では建設業などにサービスを開始しているが、今後のグローバル展開を見すえた出展

 今年のIFA Nextでの注目は、「SusHi Tech Tokyo」のブランドを活用して参加している地方自治体としての東京都だ。SusHi Tech Tokyo 2025は東京都が主催しているスタートアップをテーマにしたカンファレンスで、東京ビッグサイトで5月8日~5月10日に開催された。今回のIFAの出展は、そうしたSusHi Tech Tokyo 2025で紹介されたスタートアップなどをIFAで紹介しようという試みで、ホール27にブースが設けられ、日本のスタートアップ企業が展示を行なった。

 こうした取り組みは独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)が「J-Startup」のブランドでCESなどに出展しているのと同じような取り組みになる。今回のSusHi Tech Tokyo 2025でも、日本で販売しているがグローバル展開がまだなハードウェアやサービスなどが紹介されていて来場者の注目を集めていた。