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東京理科大、機械式アナログコンピュータ「微分解析機」を70年ぶりに再生

~常設展示室で一般公開へ

ブッシュ式アナログ微分解析機

 東京理科大学 近代科学資料館(館長:秋山仁氏)は、12月1日、「微分解析機再生プロジェクト 完成報告会」を開催した。国立情報学研究所、情報通信研究機構、東京理科大学が共同で、日本では唯一、東京理科大学に保存されている機械式アナログコンピュータ「微分解析機」を70年ぶりに再整備して動態復元することに成功した。今後、近代科学資料館 1階の常設展示室内で一般公開する。

微分解析機

 今回、再生させた「ブッシュ式アナログ微分解析機」は、1931年にアメリカのヴァネーヴァー・ブッシュが開発したもので、太平洋戦争中の1943年に国内で製造されたと考えられている。日本で3台作られたもののうち、現存する唯一の機械だ。大きさは3×3mほど。微分方程式を積分形に変形して「積分機」を使って解を求める仕組み。大阪帝国大学理学部で研究開発されたもので、当時使っていた清水辰次郎教授(1887-1992)が神戸大学、大阪府立大学を経て、東京理科大に転出することで移送されたと考えられている。1993年から東京理科大学 近代科学資料館に常設されており、2009年に情報処理技術遺産に認定された。だが展示が目的だったため実際に動かすことはできなかった。

 しかしながら近年、欧米で微分解析機が再生されたことをきっかけに東京理科大でも再生させることが決定。2013年5月からプロジェクトを始動させ、約1年半かけてサビ等を落とし、調査/解体作業/組み立て/調整/試行を行なった。そして2014年11月になって完成し、一般公開が決定した。

 東京理科大によれば、戦前に作られた微分解析機としてはマサチューセッツ工科大学、マンチェスター大学にそれぞれ現存しているが、「触れながら動作を体験できる」当時の微分解析機は東京理科大の機械が世界唯一だという。また、情報処理技術遺産は国内で71件認定されているが、静態保存が基本で、動作可能な形に再生できたことは日本で初めての試みで、世界でも数少ない事例としている。

 一般公開によって、「物理現象、自然現象と密接に関わっていながら理解し難い微分方程式などの計算科学について、一般社会への理解促進ならびに計算の実態が可視化され教育的効果が大いに期待できる」としている。なお、週に2回程度、実際に動かしたいとのことだが、詳細は決まっていない。

微分解析機
積分機(右)とトルク増幅機
かつて日本にあった微分解析機3台のうちの1つ(右上)
清水辰次郎氏
微分解析機の概要

動作原理

積分機の水平円盤と、その上の垂直小円盤

 繰り返しになるが、微分解析機は常微分方程式を解くための機械式アナログ計算機だ。微分方程式を積分形に変形して「積分機」を使って解を求める。積分機3台、入力卓2台、出力卓1台からなる。心臓部は「積分機」である。

 1つで1階の常微分方程式を解くことができる「積分機」は、回転する水平の円盤(ディスク)と、その上に直角に接する小型の垂直小円盤(ホイール)からなる。垂直小円盤は水平円盤と接することで摩擦によって水平軸方向に回転し、かつ、円盤上を水平に半径方向に移動できる。水平円盤は独立変数によって決められた速度で一定回転する。垂直小円盤は解きたい方程式の曲線(入力)に従って水平円盤上を移動する。ホイールはディスクとの摩擦によって回転しているため、ディスク中心に接している時は遅く、外周部に接しているときは高速で回転する。これが出力になる。

【お詫びと訂正】初出時にホイールとディスクの回転の関係についての記述が誤っておりました。お詫びして訂正させて頂きます。

解く式を変える場合はここの歯車部分を組み替える

 2階微分方程式を解く場合は、一度、積分機を通して出て来た出力を、次の積分機に水平円盤の回転角として入力してやる。こうして出て来た出力は再び最初の積分機へと入力される仕組みだ。なお、解きたい方程式を変える場合は、積分機に動きを伝える歯車部分を丸ごと組み替える必要がある。プログラミングに相当する作業だが、相当に大変だったろうことは想像に難くない。

入力卓。今回は繋げていない
回転軸を通じて積分機へ回転を伝える
微分解析機の原理
トルク増幅機
琴の糸が用いられている
【動画】入力卓の操作

デモンストレーション

 微分解析機の実演は、国立情報学研究所教授の橋爪宏達氏が行なった。動画をご覧頂きたい。

【動画】微分解析機の実演
【動画】積分機と増幅機の動き
微分解析機全体。左が入力卓、奥が出力卓
出力卓
多くの関係者がデモを見守った
出力軸にエンコーダを付けて、PC上で描かせるデモも行なった

会見

東京理科大学 近代科学資料館 館長 秋山仁氏

 会見では、情報処理関連の著名研究者たちがずらりと並び、挨拶に立った。まず数学者で東京理科大学 近代科学資料館 館長の秋山仁氏は「(解析機を使っていた)清水先生に数学の中の数値解析と実用数学という授業を受けた」というエピソードを紹介。「アナログの俊英が70年前にいたことはすばらしいことだと思っている。皆さんのおかげ」と挨拶した。

国立情報学研究(NII)所長 喜連川優氏

 大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構、国立情報学研究(NII)所長の喜連川優氏は、「一丸となってここまで来れたのはすばらしいこと。完成に至るまで1年半以上を必要としたと伺っている。半世紀以上動かないでいたものをここまでもってきたのは3者の寝食を忘れたような大きな努力があったからではないかと思っている」と語った。

 喜連川氏は情報処理学会会長でもあるため、情報処理遺産についても言及した。「一度完璧に動かなくなったものが蘇るのは今回が初めてで奇跡的なこと。学会長としても素晴らしいことを成したのではないかと考えている」と述べ、「再現するだけではなく、今の子供たちに実際に使わせて、学習効果がどうであるか見ることを目的としている。アメリカでも現在の材料で微分解析機を作り、微分方程式を解く課程を理解させている。今の若者たちの刺激になることを期待している」と語った。

独立行政法人 情報通信研究機構(NICT) 理事長 坂内正夫氏

 独立行政法人 情報通信研究機構(NICT) 理事長の坂内正夫氏は、これまでにもペルーが徳川幕府に献上したモールス信号機を復元したというトピックスを紹介し「NICTの社会還元部門の試作室のスキルは非常に高い」と評価した。今回もさまざまな苦労があったものの、例えば動作原理も分からなかったトルク増幅器などを復元することができたと語り、「ここに至ったのはご同慶の至り。東大駒場にあった(1950年代の)微分解析機を捨てたのは私で、これで罪滅ぼしができたのではないか」と冗談まじりに語った。一方「我々には過去を見て懐かしんでいる余裕はない。過去は未来へのステップアップ。そういう位置づけで、教育や研究のモチベーションになることを期待している」と続け、「量子コンピュータにはアナログ的コンピュータの要素がある。また時代を経るとアナログコンピュータの時代が来るかもしれない。これが捨てられることなく活用されるのを期待している」と述べた。

東京理科大学学長 藤嶋昭氏

 光触媒の研究で著名な東京理科大学学長の藤嶋昭氏も挨拶に立ち、「この資料館は中学・高校生がよく修学旅行で立ち寄ってくれる場所。近代資料館の外側は、ここ神楽坂に移ってきたときの木造建築を復元したもの。明治時代のおもかげが残っていて、2階は『東京物理学校の部屋』、地下は秋山仁先生による『数学体験館』となっている。数学のいろんなことを体験できるすばらしい場所だ」と建物を紹介した。東京理科大の前身である東京物理学校を卒業したことになっている夏目漱石の小説「坊ちゃん」の主人公についても触れて、「微分解析機が動くようになったことを私たちの誇りにしたい」と語った。

近代科学資料館の外観
近代科学資料館2階にある「東京物理学校の部屋」
近代科学資料館の地下にある「秋山仁の数学体験館」
展示物の1つ、サインカーブ描出器
情報処理学会 歴史特別委員会長 発田弘氏

 情報処理学会 歴史特別委員会長の発田弘氏は「情報処理技術遺産」ついて概説した。日本の計算機科学黎明期の成果には、海外に見られないようなものもあるし、欧米に先駆けて計算機を開発したのはアジアでは日本だけだという。だが成果は今ほとんど残っておらず、捨てられてしまった。辛うじて残っているものを何とか保存できないかと考えて、情報処理学会では活動を行なっている。

 例えば「コンピュータ博物館」というバーチャル博物館を作って、既になくなってしまった技術遺産を紹介している。毎月7万アクセスがあるが、実物は見られない。海外には計算機に特化した博物館があるが、日本にはない。発田氏は「日本の古いコンピュータも海外の博物館に行かないと見られないような時代になるのではないか」という危惧を抱いているという。そこで、せめて今あるものを遺そうと考えて、「情報処理技術遺産」と「分散コンピュータ博物館」という仕組みを作った。情報処理技術遺産は毎年10件程度を認定している。現在までに71件が認定されている。動くものは極めて貴重だという。「これを機に我が国の情報処理技術遺産に少しでも関心を持ってもらいたい」と語った。

日本のコンピュータ発展の歴史
情報処理技術遺産 認定証の盾
IIJ 技術研究所 研究顧問 和田英一氏

 微分解析機については、日本独自の論理素子を使った「パラメトロンコンピュータ」の研究開発で知られており現在はIIJ 技術研究所 研究顧問を務めている東大名誉教授の和田英一氏が説明した。和田氏はまず微分方程式の説明から話を始めた。微分方程式とは、一言で言えば、時間などを変数としたときの変化を知るための方程式である。数式の形で解くのが難しい場合はグラフを描くわけだが、解析機がない時代は手で近似計算を行なって解くしかない。「これを手でやっていた時代からすれば電子計算機は目から鱗だった」と和田氏は学生時代を振り返った。理論物理の研究室では電動計算機を朝から晩まで動かしていたという。和田氏は微分解析機の動作について細かく語り、「微分方程式を解いてるねえという気分になるのはこういう機械の方」だと語った。

 このほか、東京理科大学 近代科学資料館には、さまざまな歴史的な計算機などが展示されている。

パラメトロン計算機
日本の手回し計算機
懐かしのパソコン類も

(森山 和道)