笠原一輝のユビキタス情報局

ソフトウェア開発環境に併せて変革を遂げるIntelの最新開発ソリューション

 インテル株式会社(以下インテル)は、10月31日に都内のホテルにおいて「インテルソフトウェア・イノベーション・フォーラム」(略称ISIF)を開催した。ISIFは、Intelが米国のサンフランシスコで例年9月に開催している開発者向けのイベント「Intel Developer Forum」(IDF)の中からソフトウェア開発者に向けた内容を抜粋し、最新のソリューションや開発環境などを紹介する場となっている。

 今回のイベントでインテルは、自社ハードウェアの最新情報や、現在同社のプラットフォーム上で動作するOSのうち代表的な3つ(Windows、Android、Tizen)を取り上げ、現時点での開発環境などに関して解説した。そこからは、ソフトウェア開発環境に併せ、Intelも変わりゆくという姿が透けて見えている。

ソフトウェア開発者と協力して日本発のイノベーションを世界に提案

宗像義恵氏

 「半導体は単なるスイッチングにすぎない。それを利用するためのプラットフォーム、そしてその上で動くソフトウェアがあって初めて動作する」とインテル株式会社取締役兼副社長執行役員の宗像義恵氏は、講演の冒頭で詰めかけたソフトウェア開発者に語りかけた。

 言うまでもないことだが、Intelや他の半導体メーカーが提供する半導体製品は、それを搭載するマザーボードなどがあって初めて動くし、その上で動くOSやアプリケーションが無ければ、ユーザーは何もすることができない。

 特に、近年はコンピュータの置かれている環境は大きな変貌を遂げている。従来はすべてのデータはローカルにあり、その処理もクライアントで行なうのが一般的だった。しかし現在では、データはクラウドに格納され、データの処理そのものもクラウドで行なわれるという形が一般的になりつつある。まさにコンピューターの利用モデルの大転換点のまっただ中にあるわけだが、それによって、ソフトウェアに求められるニーズも大きく変わりつつある。

 そうした状況に、Intelとしてもぬかりなく対応していると宗像氏は言う。「Intelは世界に10万人近い社員を抱えているが、その内ソフトウェア事業部の社員は14,000人。これだけのソフトウェアエンジニアを抱えている半導体メーカーはほかにない」(宗像氏)。実際、同社はAndroidのオープンソース開発にも多大な貢献をしているとオープンソースコミュニティ、およびGoogleからも高く評価されている。

 現在のIntelは言うまでもなくPCの世界では王者だが、コンシューマ市場ではPCだけの時代から、スマートフォンやタブレットといった新しいジャンルの製品がシェアを拡大しつつある。Intelがそれらの市場に出遅れているというのは、本連載でも何度か指摘した通りだが、その状況は変わりつつある。

 9月のIDFでは開発コードネーム「Bay Trail-T」で知られる「Atom Z3000」シリーズを発表し、WindowsタブレットやAndroidタブレットへの採用が進んでいる。宗像氏は「IntelとしてはPCでやってきたことを、PC以外のプラットフォームへと進化させていきたい。その時に必要になるのは、皆様のようなソフトウェア開発者と一緒にやっていくこと。ぜひとも皆様と一緒に日本からイノベーションを提案していきたい」と述べ、アジア市場など日本のメーカーがまだ開拓し切れていない市場に積極的に打って出ていきたいと呼びかけた。

今日のコンピューティング環境は大きく変わりつつある
Intelの成長エンジンとも言えるムーアの法則
Intel製品はPCだけでなく、PC以外の製品にも広く展開し始めている
1つのOSだけでなく、複数の選択肢をOEMメーカーに提供する
Intelの開発者コミュニティは、グローバルに見て、非常に大きなコミュニティの1つである
日本の開発者と共に日本発のイノベーションを世界へ

2-in-1デバイス、Bay Trail-TでPCの次の姿へと進化させるIntel

 宗像氏の後を受けて登壇したのは、インテル技術本部本部長の土岐英秋氏と、米Intelソフトウェア&サービス事業部ディベロッパー・リレーションズ・ディビジョンディレクターのスコット・アぺランド氏。土岐氏は主にIntelのハードウェアソリューションの最新情報を説明し、アぺランド氏は知覚コンピューティングなどのソフトウェア戦略に関する説明などを行なった。

 土岐氏は同社のラインナップについて触れ、6月にIntelが発表した「Haswell」こと第4世代Coreプロセッサが、サーバーからタブレットまで幅広いラインナップをサポートしているほか、「Silvermont」の開発コードネームを持つ新設計CPUコア(詳細は別記事参照)を採用した22nm世代のAtom、さらには9月のIDFでIoT(Internet of Things、何らかの形でインターネットにつながる小型電子機器)向けとして発表された「Quark X1000」などを紹介し、広い範囲エリアで強力な製品を投入していると説明した。

 Haswellに関しては、Intelがここ最近推進している2-in-1デバイスについて触れた。土岐氏は「2-in-1とは平たい言葉で言えば、“ニコイチ”の製品。最高のタブレットと、最高のノートブックPCを1つのデバイスとして融合した」と紹介。その上で「2-in-1デバイスは、これまでのPCとは異なる利用モデルが考えられ、それに対応するには新しいソフトウェアが必要になる」と述べた。

 次に土岐氏は、Atom Z3000シリーズへと話を移した。Bay Trail-Tでは、CPUの命令実行方式としてOut Of Order型をサポートしCPU性能が上がっているだけでなく、GPUもIntel自社製のコアに変更され性能が上がっている。また、OSとしてはWindowsとAndroidを同時にサポートしている。

 土岐氏は、そのBay Trail-Tや、すでに市場に出回っている「Clover Trail+」搭載Androidタブレットについて触れ「IA(Intel Architecture)のAndroidが今年(2013年)に入り日本市場にも登場しつつある。他プラットフォームとの互換性を心配する方もいらっしゃるかもしれないが、Intelでは独自の技術を搭載することで高い互換性を実現している」と述べ、ASUSから発売されている「Fonepad 7」など紹介した。

土岐英秋氏、手に持っているのはClover Trail+を搭載したFonepad 7
Intelの製品はIoTからサーバーまで多岐に渡っている
Ultrabookの進化の歴史、現在は第3段階
Intelが提案している2-in-1デバイスの定義。Ultrabookと違って“要件”ではない
複数のメーカーが2-in-1デバイスをリリースしている
デスクトップPCも、AIO(液晶一体型PC)そして、大型のタブレットへと進化
9月のIDFで発表したBay Trail
今年に入り、IA Androidを搭載した製品が日本市場でも販売開始されている
IA Androidでは、互換性の心配がほとんどない

今、最も熱いIoT向けQuark X1000を搭載したGalileo

 次いで、土岐氏は、現在IT業界で熱い注目を集めているIoTについての説明を行なった。IoTとはまだ聞き慣れない方も居るかもしれないが、小型電子機器までもが何らかの手段でインターネットに接続するようになる状況を示す。

 例えば、最近では「Fitbit」のような、データをインターネットにアップロードできるヘルスメーターがトレンドになっている。現時点ではPCやスマートフォン経由でアップロードするようになっているが、将来的にはWi-Fiやセルラー回線を内蔵して、直接インターネットへデータをアップロードしたり、受信できるようになると考えられている。今後、据え置き型の時計にもインターネットアクセス機能が内蔵されて、カレンダーや天気予報などのデータが自動的に降ってきて、いろいろな情報を表示できるようになる……。そんな未来を一言で表現する言葉がIoTなのだ。

 Intelは、9月のIDFでIoT向けのソリューションとして、Quark X1000という製品を発表しており、従来の製品と比較して、サイズは5分の1、消費電力は10分の1となっている。IntelはこのQuark X1000を搭載した製品を開発するための開発ボード「Galileo」(ガリレオ)を発売した。メモリやフラッシュメモリなどがオンボードで搭載されており、OSとしてはLinuxが動く。ソフトウェア開発者のアイディア次第で、ユニークなIoTを開発することが可能になっている。

IoT(Internet of Things)は次の新しいフロンティアと考えられている
IDFで発表されたQuark X1000
Quark X1000の特徴
Quark X1000を搭載した開発ボードGalileo
Intelが公開したGalileo
作成したプログラムをUSB経由で送り込んで走らせることができる

知覚コンピューティングが2-in-1デバイスの使い方を変える?

スコット・アぺランド氏

 土岐氏に次いで登壇したアぺランド氏は、主にIntelのソフトウェアソリューションについての解説を行なった。中でもアペランド氏が強調したのは、知覚コンピューティングと呼ばれるナチュラルユーザーインターフェイスについて。これは、キーボード、マウスなどではなく、ジェスチャーや発声など、人間にとってより自然な形のユーザーインターフェイスだ。Intelは、Ultrabookとともに、知覚コンピューティングの普及に努めており、実際、2014年にはUltrabookに3Dカメラを標準搭載する計画があることをすでに明らかにしている。

 同氏のプレゼンでは、株式会社しくみデザインが作成した「KAGURA」というアプリケーションのデモが行なわれた。KAGURAは3Dカメラを利用し、ジェスチャーでパーカッションを叩くことができる。3Dカメラならではの機能として、距離も演奏に利用できる。

 Intelとしてはこうした知覚コンピューティングを利用したアプリケーションを、ソフトウェア開発者にどんどん開発してもらうことで、2-in-1デバイスで遊べる、あるいは実用になるアプリケーションを増やしていき、2-in-1デバイスの普及を促進するとともに、ソフトウェア開発者がそれにより資金を得て、さらなる開発につなげていくという好循環モデルの構築を狙っているのだ。

種々のOSをサポートするIA
知覚コンピューティングを提案しているIntel
絵本を利用したARのデモ
絵本を利用したARのデモ
株式会社しくみデザイン代表取締役の中村俊介氏が知覚コンピューティング対応ソフトウェアのKAGURAをデモ
【動画】KAGURAのデモ。縦方向だけでなく、前後方向も利用できていることに注目

Windows 8.1向けソフトウェア開発環境

 続いて、日本マイクロソフト株式会社執行役デベロッパー&プラットフォーム統括本部長の伊藤かつら氏と、同社テクニカルエバンジェリストの渡辺友太氏が登壇し、Windows 8.1向けアプリケーションの開発について説明した。

 伊藤氏は自身で使っているという「Surface Pro 2」を取り出し、飛行機の機内で使ったというエピソードなどを交えながら「今の時代はタッチファーストの時代、それに合わせてサービスなどを作り替えている。先日リリースしたWindows 8.1ではAPIも大幅に作り替えており、それらの作業をMicrosoft史上あり得ないスピードで出荷した」と述べた。

 伊藤氏によれば、Windowsストアに公開されているアプリの数はすでに10万本を超えており、Windows 8のリリースより1年で10万本へ到達したのはiOSの1.5倍、Androidの2倍の早さだという。また、アプリがダウンロードされた回数は2.5億回、販売されたWindows 8のライセンスは1億本、そして将来にわたるPCの置きかえ需要などが5億台期待できることなどを紹介した。

日本マイクロソフトの伊藤かつら氏
Windows 8.1は、Microsoft史上ないほどの速度で進化した

 渡辺氏はソフトウェア開発者にとって、Windowsストアに対応したアプリを作成するメリットなどを説明。同氏は「開発者にとっては、200を超える地域へ提供でき、最大で80%になる収益率の高さやサードパーティ課金、さらにはマーケティングデータを活用できることがメリットになる」と述べたほか、Windowsストアアプリ向け開発ツールに用意されているリモートデバック機能と呼ばれる機能を紹介し、Wi-Fiなどを通じてアプリケーションをターゲットとなるマシンに導入し、ソースコードを修正すれば、その部分がテストマシンにもWi-Fiを通じて反映される機能などを紹介した。

日本マイクロソフトの渡辺友太氏
Windows 8.1対応Windowsストアアプリケーションを開発するメリット
リモートデバックの機能を使うと、ソースコードを書き換えてコンパイルするだけでリモートの端末のバイナリファイルも修正されてすぐ試すことができる

変わりゆくソフトウェア開発環境、Intelの競合他社"ARM"と開発者獲得競争の側面

 今回のインテル ソフトウェア・イノベーション・フォーラムでは、このほかに、Tizenに関するセッションと、IA Androidに関するセッションが行なわれた。Tizenに関する内容は、別記事ですでに紹介しているので、そちらをご覧頂ければ幸いだ。また、IA Androidの開発環境などに関しても別記事で解説しているので、興味がある方はぜひそちらもご覧頂きたい。

 なぜIntelがこうしたソフトウェア開発者を対象にしたイベントを日本で行なうのかと言えば、1つにはソフトウェアを巡る環境が大きく変わってきたということが背景にある。以前は、プログラマブルでインターネットに接続できるようなデバイスのシェアは、WindowsとMac OSでほぼ100%というような状態だった。従って、半導体メーカーのIntelとしては、MicrosoftやAppleにある程度任せておくことができた(もちろん、Intelは以前から自社で強力なC++コンパイラや最適化ツールなどを投入しており、積極的に開発者のサポートを行なっていたが)。

 しかし、すでにそうした時代は過去の話になり、今はOSの選択もWindowsだけでなく、Linuxベースの各種OS(AndroidやTizenなど)が選択可能になり、将来的にはそれらの方がWindowsよりもより大きなシェアを占める可能性が高くなっている。そして、それらのLinux OSでは、x86だけでなく、ARMもサポートされ、事実上の選択肢がx86しかない状況ではなくなってきている。

 過去、Intelにとって競合他社と言えば、“赤のA社”、つまりAMDだったわけだが、すでにそうではなくなっている。今、Intelの競合他社は“青のA社”、つまりARMであり、ARMとの競争に勝ち抜くことがIntelにとっての至上命題になりつつある。今回Intelが開催したソフトウェア開発者向けのイベントは、そうした文脈の中で理解すると、その狙いが明確に見えてくるのではないだろうか。

(笠原 一輝)