笠原一輝のユビキタス情報局

Tizen搭載携帯端末が目指すところ

~キャリアの狙いはガラケーからの置きかえ

 インテル株式会社は、都内のホテルにおいて同社製品向けのソフトウェア開発者イベント「インテル ソフトウェア・イノベーション・フォーラム」を10月31日に開催した。このイベントではIntelのハードウェアやソフトウェアに関する戦略、パートナーであるMicrosoftによるWindows 8.1向けアプリケーション(Windowsストアアプリ)の開発環境を解説するセミナーなどが行なわれたほか、Intelがプロモーターとして普及に努めている、LinuxベースのオープンソースOS「Tizen」に関する説明が行なわれた。

 Tizenのセッションには、Tizenのプロモーションを担当するTizen Associationの議長でもある、NTTドコモ プロダクト部技術企画 担当部長 杉村領一氏、Tizen Associationでボード・メンバーを務めるIntel ソフトウェア&サービス事業部 マネージング部長 クリストファー・クロトー氏、Samsung Electronics ソフトウェアR&Dセンター担当上級副社長 ジョン・ドク・チョイ氏が登壇し、Tizenプラットフォームの開発状況について説明。また、その後報道関係者を集めた記者会見にも登場し、記者からの質問に答えた。

 そうした模様は別記事でお伝えした通りだが、本記事では今回のインテル ソフトウェア・イノベーション・フォーラムで明らかにされた内容と、筆者が独自の取材によって得た情報を元にして、Tizen搭載携帯端末の現状と、今後の見通しについてお伝えしていきたい。

Intelにとって3度目の正直となるTizen、今回は協力して成功を目指す

 Tizen(タイゼン)は、もともとオープンソースで開発が進められてきたLinuxをベースにしているOSで、OSのコアとなる部分にはLinuxを活用しながら、アプリケーションやユーザーインターフェイス、アプリケーションストアなどの機能を追加実装したもの。やはりLinuxをベースにそれらを追加しているAndroidとかなり立ち位置が近いOSと言える。Androidは、Google 1社がすべてをコントロールしているのに対して、TizenはIT業界の多くのメーカーやキャリアなどが集まって運営するという、オープンスタンダードを標榜して作られているところが大きな違いになる。

 Tizenの開発そのものは、Tizen Projectと呼ばれるオープンソースのソフトウェア開発コミュニティで開発されており、そこにはソフトウェアを開発するスキルがある人なら誰でも自由に参加できる。これに対して、Tizen Associationと呼ばれる非営利の業界団体があり、このTizen AssociationがTizenのプロモーションや機能の追加の方向性などを話し合って、決定している。ここがAndroidとTizenの大きな違いということになる。

 このTizen Associationには、プロモーター(幹事)企業として、Intel、Samsungなどの半導体や端末ベンダーのほか、NTTドコモ、Vodafoneなどの通信キャリアも加盟しており、プロモーター各社が集まってTizen全体の方向性を決定している。ちなみに、あまり知られていないが、日本のキャリアはプロモーターとしてNTTドコモが参加しているだけでなく、Tizen Associationのパートナーとしてソフトバンクも参加している(ただし、ソフトバンクがどのような形でTizenに関わっていくのかはまだ明らかになっていない)。

 Intelにとっては、こうしたオープンソースで開発されるLinuxの普及にチャレンジするのは、このTizenで3回目だ。最初にIntelが取り組んだのはMoblin(モブリン)と呼ばれるLinuxベースのOSで、Intelがオープンソースプロジェクトを後援する形で進められたが、特に採用するデバイスメーカーなども現れず、散々な結果に終わった。

 2回目に行なわれたのがMeeGo(ミーゴー)で、フィンランドの携帯電話メーカーNOKIAが開発を主導してきたMaemoとMoblinが合流する形でIntel、NOKIAという2社が主導する形で進んだ。最終的には間もなくNOKIAの端末への採用が始まるという段階になって、NOKIAがMicrosoftのWindows Phone陣営に乗り換えるという決断を下したことで、空中分解する形となった。その後、IntelがSamsung Electronicsなどと組んで始めたプロジェクトが今回の主題であるTizenになる(なお、Intelが所有していたMeeGoの一部ソフトウェア資産はTizenに引き継がれている)。

 Tizenの特徴は既に述べた通りオープンソースで開発が進められていることで、誰でも開発に参加でき、かつ一定の条件を満たせば誰でもそのソフトウェア資産を利用して製品を作れることにある。また、Tizenは、プロファイルと呼ばれるデバイスの種類に応じて提供されるコンポーネントを変えているのも特徴と言える。現在のバージョン2.xでは、スマートフォン向け(Mobile Profile)と車載情報システム向け(IVI Profile)の2つが用意されており、2014年に正式リリースされる予定のバージョン3.0では、これらに加えて、デジタルTV、デジタルカメラといったプロファイルも提供される予定になっている。例えば、車載向けのTizen IVIには自動車のエンジン用のコンピュータが他の機器とやりとりする規格CAN(Controller Area Network)に対応している必要があるが、そうした機能はスマートフォン向けには必要無いので省かれている、といった具合になっている。

 Samsung Electronics ソフトウェアR&Dセンター担当上級副社長 ジョン・ドク・チョイ氏によれば「現在バージョン2.2の最終作業を進めてきたが、10月中にTizen Compliance Specification(TCS)と呼ばれるTizenのアプリケーションの互換性を実現するための仕様、Tizen Compliance Test(TCT)と呼ばれるその具体的なテストの仕様が決定し、バージョン2.2が正式リリースになった」と述べた。Tizen 2.2自体はすでに6月にリリースが行なわれており、今後は2014年第2四半期に計画されているバージョン3.0の開発に向けて、実際にソフトウェアの開発を行なうTizen Projectなどと協力しながら進めていくとした。

NTTドコモ プロダクト部技術企画 担当部長 杉村領一氏
Tizenの運営はマーケティングを、各企業が集まって運営されている非営利団体Tizen Associationが担当し、開発はオープンソースコミュニティであるLinux FoundationとTizen Projectが担当する
Tizen Associationを構成する企業はIntel、Samsungなどの半導体・デバイスベンダや、NTTドコモなどのキャリアも。ソフトバンクもパートナーとして加盟している
Tizenを採用するメリットはいくつかの製品カテゴリ別にプロファイルが用意されていること
Samsung Electronics ソフトウェアR&Dセンター担当上級副社長 ジョン・ドク・チョイ氏
Tizenの開発マイルストーン。現在バージョン2.2まで済んでおり、2014年第2四半期に予定されているバージョン3.0の開発が続けられている

ドコモ向けの端末、発表は延期されたが、2013年度中で調整中と情報筋

 こうしたTizenだが、俄然日本で注目されるようになったのは、2月にバルセロナで行なわれたMWC(Mobile World Congress)において、Tizen Associationの議長職を務めるNTTドコモが、Tizenに対応した端末を2013年の後半に発売するとアナウンスしたからだ(詳しくは僚誌ケータイWatchの記事を参照)。

 だが、このプランは、すでに延期になってしまっている。NTTドコモ自身はこれまで公式には明らかにしてこなかったが、読売新聞が10月5日付で「年内発売は延期され、来年前半に」と報道し、すでに年内の発売はないという見通しであることが明らかになっていたのだ。今回の質疑応答では当然杉村氏に対してそうした質問が投げかけられた。杉村氏は具体的なスケジュールに関しては言及することなく、「Tizen端末の開発に関しては鋭意努力している。我々としては日本でだけでなく、グローバルの市場で認知して欲しいと考えており、その中で1番良いタイミングは何かということを模索しながらすりあわせている。今回のイベントでお披露目できればもっとよかったのだが、その中でもできることを開発者の方にお話できるように努力した」と、2013年内の販売がなくなった可能性が高いことを示唆している。杉村氏はTizenのバージョン2.2は10月末で完成しており、ソフトウェア面での開発の遅れはないと強調した。実際、Tizenのソースコードはダウンロードして誰でも試すことができるので、その言葉に嘘はないだろう。

 では、なぜNTTドコモは2013年内を予定していたTizen端末の投入を見送ったのだろうか? 実はそのヒントは杉村氏の発言に隠されている。杉村氏は「グローバルな市場で認知して欲しい」と述べており、実はそれこそがNTTドコモがTizen端末の2013年内投入を見送った最大の理由なのだ。

 情報筋によれば、Samsung Electronicsが設計・製造しているTizen端末の最初の製品はある程度のレベルに完成しており、若干の遅れはあるもののほぼスケジュール通りに進んでいるという。しかし、NTTドコモも、設計・製造を担当するSamsung Electronicsも、2013年内に無理して日本というローカル市場に向けて出すことにこだわるよりも、世界市場にアピールできる会場で大々的に発表し、その後日本で製品発売にこぎ着けたいという意向があるという。このため、1月にラスベガスで行なわれるInternational CES、あるいは2月にバルセロナで行なわれるMobile World Congressにおいて大々的に発表し、グローバル市場に対してTizenのプレゼンスをアピールする方向でマーケティングプランを練っているという。このため、2013年内の投入を諦め、2013年度内(2014年3月)までに立ち上げることを狙っている、それが現在のプランだと説明している。

Tizenが目指すところ、それはガラケーを置きかえる次世代端末か

 さて、そうしたNTTドコモとSamsung Electronicsが開発をしているTizenスマートフォンだが、どのような製品になるのだろうか? 筆者がNTTドコモが発売するスマートフォンはどのような製品になるのかと杉村氏に質問をしたところ「発表前の製品については具体的なことは説明することができない。しかし、本日のインテル ソフトウェア・イノベーション・フォーラムのプレゼンテーションで、他のプラットフォームとの差別化ポイントになる部分をお見せしたつもりだ」とし、具体的な製品計画にこそ言及は無かったものの、そのヒントをくれた。

 杉村氏が記者会見に先立って行なったインテル ソフトウェア・イノベーション・フォーラムのプレゼンテーションで強調したのは、TizenのMobile Profileのユーザーインターフェイスの最大の特徴となる「Dynamic Box」、「DropView」と呼ばれる機能だ。例えば、現在のiOSやAndroidでは、ユーザーが何かをしようと思った場合、自分で目的のアプリケーションをまず起動する必要がある。例えば、つぶやこうと思ったらTwitterのクライアントソフトを起動するし、メールを送ろうと思ったらメーラーを、Webサイトを見ようと思えばWebブラウザを起動する。

 これに対して、TizenではオブジェクトオリエンテッドUIと呼ばれるユーザーインターフェイスのデザインが採用されており、スマートフォン上のDynamicBoxをユーザーがフリックすると、その下にDropViewと呼ばれる追加情報が表示され、ユーザーが目的に応じて操作を選ぶことができる。杉村氏はその例として高齢者が利用するシーンを挙げ「お爺ちゃんが孫の写真を触ると、電話する、メールするなどの選択肢が下に表示されるというイメージ」と説明しており、高齢者のようにスマートフォンを苦手とするようなユーザーであっても、簡単に使えるUI設計にしていることを示唆した。

 これが意味していることは、NTTドコモとSamsungが開発しているTizenスマートフォンは、現在のスマートフォンを買っていない層を狙っているのではないだろうか。では、どんな層を狙っているのかと考えていくと、おそらく杉村氏が例にした高齢者や、中高年などあまりスマートフォンに良い印象を持っていない、馴染みが薄いと思われるユーザー層だ。現在そうしたユーザー層が選択しているのは依然として強い人気があるいわゆるガラケーと総称される日本独自のフィーチャーフォンだ。そうしたユーザーをスマートフォンへ移行させるとっかかりとして、Tizenスマートフォンを位置付けていると考えれば、腑に落ちるのではないだろうか。実際、情報筋はTizen搭載端末をNTTドコモがそのように位置付けていると説明しており、その可能性はかなり高い。

 これまでTizenスマートフォンは、いわゆる“第3の選択肢”として語られることが多かった。しかし、中々スマートフォンに移行することができていない“ガラケー難民”とでも言うべきユーザーを取り込む目的があると考えると、現在でも多数のガラケーユーザーを抱えるNTTドコモが積極的に取り組んでいるのも大いに納得できるところだ。果たして、それがどのような製品になるのか、その全貌が明らかになるのも。早ければ1月のCESである可能性が高く、今後も注目していいだろう。

杉村氏のセッションで示されたプログラムオリエンテッドなUIからオブジェクトオリエンテッドなUIへという考え方
DynamicBox、DropViewの考え方を説明するスライド
チョイ氏が紹介したDynamicBoxとDropViewのグラフィックスの例。このようにオブジェクト指向でUIやアプリケーションを設計していくことで、スマートフォンに慣れていないユーザーでも使いやすいようにするのが目的

(笠原 一輝)